僕のヒーローアカデミア 〜黒翼の守護者   作:コバハト

6 / 7
第3話『烏』

小学五年生

 

修行を始めてから、もう何年も経った。

 

黒い翼。

 

風。

 

雷。

 

どれも少しずつ身体に馴染み、今では意識することなく自然に扱える。

 

それでも。

 

毎日の修行だけは欠かさない。

 

強くなるため。

 

誰かを守れるようになるため。

 

そして、いつかヒーローになるために。

 

◇◇◇

 

朝。

 

「行ってきます」

 

「行ってきまーす!」

 

玄関から飛び出してきた友羽那が、元気よくランドセルを背負う。

 

「てんにぃ!早く!」

 

「そんな急がなくても大丈夫だよ」

 

「今日は体育あるもん!」

 

「転ばないようにね」

 

「はーい!」

 

「二人とも気を付けてね」

 

お母さんに見送られ、俺と友羽那は並んで家を出た。

 

神社の石段を降りる。

 

朝の澄んだ空気が気持ちいい。

 

「今日もいい天気だね!」

 

「そうだね」

 

空を見上げる。

 

雲一つない青空。

 

飛びたくなるような天気だった。

 

◇◇◇

 

授業を終え。

 

放課後。

 

「ただいまー!」

 

「ただいま」

 

ランドセルを置くと、友羽那が俺の部屋へ駆け込んできた。

 

「てんにぃ!」

 

「今日もお山!」

 

「もちろん」

 

「やった!」

 

二人で裏山へ向かう。

 

烏間神社の裏山。

 

そこには修行のために整備された広場がある。

 

木製の的。

 

走り込み用のコース。

 

木刀を置く棚。

 

幼い頃から、毎日のように通っている場所だった。

 

◇◇◇

 

広場へ着く。

 

軽く身体を動かし、深呼吸をする。

 

次の瞬間。

 

背中から黒い翼が大きく広がった。

 

「今日も綺麗……」

 

友羽那が目を輝かせる。

 

俺は軽く笑い、そのまま地面を蹴った。

 

翼を一度羽ばたかせる。

 

身体がふわりと浮き上がる。

 

もう飛ぶことに迷いはない。

 

自由に。

 

思うままに。

 

空を駆ける。

 

木々を越え。

 

山の上を抜け。

 

風を切る。

 

「気持ちいい……!」

 

自然と笑みがこぼれる。

 

この景色が好きだ。

 

山々。

 

遠くの街並み。

 

夕日に染まり始める空。

 

飛んでいる時だけ見られる、この特別な景色。

 

何度見ても飽きることはない。

 

◇◇◇

 

十分ほど飛んだあと。

 

ゆっくりと広場へ戻る。

 

「おかえり!」

 

友羽那が大きく手を振る。

 

「ただいま」

 

「次は分身!」

 

「了解」

 

俺が小さく呟く。

 

すると。

 

ぽんっ。

 

ぽんっ。

 

ぽんっ。

 

ぽんっ。

 

四体の小さな分身が現れた。

 

「今日は当てる!」

 

「負けない!」

 

「本体、覚悟!」

 

「頑張れー!」

 

みんな相変わらず賑やかだ。

 

「それじゃあ始めようか」

 

「おー!」

 

俺は再び空へ舞い上がる。

 

一体の分身が風を放つ。

 

俺も風を放ち、正面からぶつける。

 

二つの風が打ち消し合い、霧のように消えた。

 

続けて雷。

 

青白い稲妻が迫る。

 

俺も雷を放ち、空中で相殺する。

 

「まだまだ!」

 

「右!」

 

「上!」

 

「そこだ!」

 

四体が連携しながら次々と攻撃を仕掛けてくる。

 

俺は翼を大きく羽ばたかせ、空中を自在に飛び回る。

 

急上昇。

 

急降下。

 

急旋回。

 

攻撃を避け、必要なら風と雷で打ち消す。

 

ただ飛ぶだけじゃない。

 

実戦を想定した飛行訓練。

 

額から汗が流れる。

 

「はぁっ!」

 

一気に加速し、四体の間をすり抜ける。

 

「速い!」

 

「また避けられた!」

 

「悔しいー!」

 

「次は絶対当てる!」

 

その様子を見ていた友羽那が笑いながら拍手する。

 

「てんにぃかっこいい!」

 

その一言だけで。

 

疲れなんて吹き飛ぶ気がした。

 

「よし」

 

地面へ降り立つ。

 

呼吸を整える。

 

その時だった。

 

「お疲れ」

 

聞き慣れた声が後ろから聞こえる。

 

振り返る。

 

「兄さん」

 

鳥話兄さんが木刀を肩に担ぎながら立っていた。

 

「飛ぶだけじゃ強くなれない」

 

兄さんは一本の木刀を投げる。

 

俺はそれを受け取った。

 

「少し休憩したら」

 

「組手、やるぞ」

 

俺は木刀を握り直し、小さく笑った。

 

「望むところ」

 

木刀を握って構える。

 

兄さんも静かに木刀を構えた。

 

「始め」

 

その声と同時に俺は地面を蹴った。

 

一気に間合いを詰める。

 

木刀を振り下ろす。

 

――カンッ!

 

兄さんは難なく受け止める。

 

「甘い」

 

そのまま押し返される。

 

俺は後ろへ飛び、着地と同時に翼を広げた。

 

一気に空へ舞い上がる。

 

「空に逃げるか」

 

「逃げないよ」

 

「戦い方を変えるだけ」

 

兄さんの頭上へ回り込み、そのまま急降下。

 

しかし。

 

「遅い」

 

木刀が横から迫る。

 

ギリギリで身体を捻り、紙一重でかわす。

 

その勢いのまま風で加速。

 

兄さんの横を抜ける。

 

「いい判断だ」

 

「でもまだ単調だ」

 

兄さんは迷いなく追ってくる。

 

俺は木を蹴り、空へ。

 

空中で向きを変え、再び突っ込む。

 

何度も攻撃を繰り返す。

 

だが届かない。

 

木刀は全て弾かれ、受け流される。

 

(どうすれば……)

 

兄さんの動きを見る。

 

肩。

 

足。

 

視線。

 

呼吸。

 

その全てを観察する。

 

(……あった)

 

踏み込む瞬間。

 

ほんの僅かだけ右肩が下がる。

 

その瞬間だけ。

 

反応が遅れる。

 

次の瞬間。

 

兄さんが踏み込んだ。

 

「そこ!」

 

翼を大きく羽ばたかせる。

 

正面から行くと見せかけ――

 

風で急加速。

 

兄さんの視界から一瞬消える。

 

空中で身体を捻り、背後へ回り込む。

 

「っ!」

 

兄さんが振り返る。

 

その時にはもう遅かった。

 

俺の木刀が兄さんの胴へぴたりと止まる。

 

静寂。

 

風だけが木々を揺らしていた。

 

やがて兄さんは木刀を下ろす。

 

「……そこまで」

 

俺も木刀を下ろした。

 

「兄さん……?」

 

兄さんは少しだけ笑う。

 

「今回は俺の負けだ」

 

「……!」

 

思わず目を見開く。

 

「本当に?」

 

「ああ」

 

「最後の動きは完全に一本だった」

 

「フェイントも、風での加速も良かった」

 

「ようやく空を移動するためじゃなく、戦うために使えるようになったな」

 

胸の奥が熱くなる。

 

初めて。

 

兄さんから勝ちを認められた。

 

「ありがとうございました!」

 

俺は深く頭を下げる。

 

兄さんは俺の頭を軽く撫でた。

 

「まだまだ強くなるぞ」

 

「うん!」

 

◇◇◇

 

家へ戻る。

 

夕食を終え、自室で今日の組手を思い返していると、兄さんが部屋へ入ってきた。

 

「天理」

 

兄さんは小さなアクションカメラを机に置く。

 

「今日飛んでる時の景色、綺麗だったか?」

 

「うん。絶景だったよ!」

 

「その景色さ、誰かに見せたいと思わないか?」

 

その言葉に昼間見た夕焼けを思い出す。

 

山々。

 

雲。

 

空。

 

飛べる俺だから見られる景色。

 

「……見せたい」

 

自然と口から出ていた。

 

兄さんは笑う。

 

「じゃあやってみろ」

 

「動画でも配信でもいい」

 

「趣味として楽しめばいい」

 

俺は頷いた。

 

「やってみる」

 

◇◇◇

 

その夜。

 

スマホで新しいアカウントを作る。

 

活動名。

 

少しだけ考える。

 

黒い翼。

 

空を飛ぶ自分。

 

「……烏」

 

入力する。

 

『烏』

 

これが俺の活動名になった。

 

◇◇◇

 

翌日。

 

学校が終わると、小型カメラを持って裏山へ向かう。

 

翼を広げる。

 

空へ飛び立つ。

 

夕焼けの空。

 

流れる雲。

 

山々を見下ろす景色。

 

神社や家が映らないよう気を付けながら撮影を続ける。

 

家へ戻ると兄さんに編集を教わった。

 

動画を書き出し、タイトルを付ける。

 

『夕焼けの空の中』

 

投稿ボタンを押す。

 

数分後。

 

通知が鳴った。

 

『チャンネル登録者が増えました』

 

登録者数。

 

1人。

 

「早い……」

 

さらに。

 

2人。

 

3人。

 

コメント欄を開く。

 

「景色めっちゃ綺麗!」

 

「また見たい!」

 

「すっごく綺麗!!✨」

 

思わず笑みがこぼれる。

 

「ありがとう」

 

画面に向かって小さく呟く。

 

こうして。

 

空が好きな一人の少年と。

 

配信者『烏』の物語が、静かに始まった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。