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春風の香り。
まだ人気のない通学路を歩く。
受験以外では来たことがなかったこの地だが、何故だか少し懐かしさを感じた。
良く言えば暮らしやすい。
悪く言えばどこにでもあるような街並み。
そんな道を歩き、目的地へ向かう。
「お」
曲がり角に差し掛かったところで学園のグラウンドが見えた。
ボールなどを外へ出さないために高く張られたネット。その向こうには小さく校舎が見える。
「入り口は反対側か」
何故かスマホのナビは裏門の方へ案内してきたらしい。
目的地に到着しました、という無責任な声を最後に画面が消える。
少しだけ腹を立てながら外周を回った。
長い歴史を持つ学園らしく、その敷地はかなり広い。
桜並木の下をゆっくり歩く。
これは決して入寮手続きや荷物の搬入が面倒だからではない。
誰に対してでもない言い訳を呟きながら正門を目指した。
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「ふぅ……すごいな」
正門へ辿り着き、思わず足を止める。
校舎のさらに奥。
そこには一際目立つ大木があった。
学園のパンフレットにも載っていた大樹。
近くで見ると圧倒されるほど大きい。
自然と足が向く。
大木の傍まで行き、幹へ手を添えた。
その瞬間。
ピリッ
掌の奥を小さな電流が走った。
反射的に手を離す。
「静電気……?」
木って電気通したっけ。
そう思いながら見上げるが、変わった様子はない。
気のせいだろうか。
首を傾げながら腕時計を見る。
「ってそうだった」
入寮手続きがまだだった。
荷物も置いていない。
のんびりしている場合ではない。
歩き出そうとしたその時だった。
物陰から何かが飛び出してきた。
「何だこの生き物……?」
見たこともないモフモフ。
狐にも犬にも見える。
だがどちらでもない気がする。
そいつは警戒する様子もなく足元へ寄ってきた。
試しに撫でる。
「キュー」
気持ち良さそうな声。
「首輪無いってことは野良か?」
野良にしては毛並みが良すぎる。
思わず撫で続けたくなったが、何とか思い留まる。
先にやることを済ませなければならない。
「またな」
そう言って別れた。
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寮の事務室では温和そうなおばちゃんが迎えてくれた。
「一年生かい?」
「そうです」
「荷物少ないのねぇ」
「まあ色々ありまして」
「何かあったら言うんだよ?」
「分かりました」
鍵を受け取り部屋へ向かう。
荷物を広げ。
収納へしまい。
家具を組み立て。
気付けば夕方になっていた。
窓の外はオレンジ色に染まっている。
「しまった、買い物行ってないな」
学生寮とは言っても食事は出ない。
自炊か外食のどちらかだ。
「ちょっとくらい外食したっていいか」
初日だし。
そう自分へ言い訳をして外へ出た。
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食事を済ませる。
生活用品も買う。
帰る頃にはすっかり夜だった。
春とはいえ少し肌寒い。
シャツ一枚で出てきたことを後悔しながら歩いていると。
「キュ」
またあのモフモフが現れた。
「なんだお前」
手を伸ばした瞬間。
「キュッ!」
素早く躱される。
同時に。
寮の鍵を奪われた。
「ちょ、おまっ!」
慌てて追い掛ける。
鍵が無いと部屋へ入れない。
野宿は嫌だ。
受け取った初日に失くしましたも嫌だ。
必死の追跡が始まった。
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「はぁ……はぁ……やっと捕まえた……」
どうにか鍵を奪還した。
その直後。
ドン!
遠くで大きな音が響いた。
「なんだ?」
工事かと思った。
だがこんな時間に?
不思議に思い音の方へ向かう。
そして。
見てしまった。
巨大な獣。
ライオンほどの大きさ。
その前へ立つ少女。
異様な光景だった。
「なんかの撮影か……?」
そう思った。
そう思いたかった。
だが周囲にスタッフらしき人物は見当たらない。
その時。
獣が少女へ飛び掛かった。
「危ない!」
思わず叫ぶ。
だが。
少女は躱した。
そして。
刀が閃く。
次の瞬間、獣が真っ二つに裂けた。
「って刀!?」
理解が追い付かない。
さらに理解不能なことが起きる。
斬られた獣は血を流さず、灰のように崩れた。
無数の光を残し。
やがて消えた。
完全に。
跡形もなく。
異様な光景に息を呑む。
本能的に身を潜めた。
刀を持った相手の前に出る勇気など無い。
少女が何か呟く。
聞き取れない。
そのまま立ち去っていった。
残されたのは静寂だけ。
「一体なんだったんだ……」
嫌な汗が背中を伝う。
何も理解出来なかった。
はっと我に返る。
寒い。
それに。
「あ」
門限。
嫌な予感がする。
全力で寮へ向かった。
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結果。
締め出された。
「さ、さむい……」
仕方なく学園内の目立たないベンチへ座る。
春の夜は思ったより寒かった。
震えながら空を見上げる。
「散々だな……」
入寮初日。
鍵を盗まれ。
意味不明な現場を目撃し。
締め出された。
完璧だ。
何一つ上手くいっていない。
そうして俺は静かに眠りへ落ちていった。
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朝。
障子越しに光が差している。
外から誰かの声が聞こえた。
「――様」
呼ばれた気がした。
振り返る。
そこには少女がいた。
古めかしい和服を纏った少女。
どこか懐かしい雰囲気。
「珍しい。寝ぼけてる?」
どうやら俺は何かを忘れているらしい。
袖を引かれ歩き出す。
その先には別の少女達がいた。
「遅いですよ――様」
「どうやら忘れていた模様」
「そんな日もあるよね~」
「早速行きましょうか」
何の話か分からない。
だが何故か自然についていく。
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途中。
草むらの影に小さな獣を見つけた。
元気が無い。
迷子だろうか。
「少し待ってて
」
少女達へ声を掛け近付く。
「大丈夫」
警戒しない。
優しく頭を撫でる。
「もう大丈夫だよ」
しばらくすると元気を取り戻した。
「ほら、親の元へおかえり」
送り出す。
そして少女達の元へ戻った。
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「そういうとこが好きだよ」
温かな視線を向けられる。
照れ臭くなった。
「いいから早く行こう」
先へ進む。
だが途中で振り返る。
「で、どこ行くつもりだったの?」
「思い出してなかったんだ……」
「川に行こうって話だったじゃないですか」
「あー、そうだったね」
笑い声。
穏やかな時間。
四季が流れていく。
優しい日々。
いつまでも続きますように。
……って願うのは少し違うか。
なんて。
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……きみ。
誰かの声が聞こえた。
「君」
現実の声だった。
重い瞼を開く。
目の前に制服姿の少女が立っている。
長い黒髪。
整った顔立ち。
どこか近寄り難い雰囲気。
寝起きの頭で反射的に口が動いた。
「おはようございます」
「……朝の挨拶としては正しいな」
少女は少し困ったような表情をした。
「だが状況はあまり正しいとは言えない」
そこでようやく理解する。
学園のベンチ。
コンビニ袋。
ジャージ姿。
知らない美少女。
なるほど。
完全に不審者だ。
俺が。
冷や汗が流れる。
「いえ……その……」
言い訳が思い浮かばない。
門限に間に合わなくて野宿しました?
最悪だ。
少女はじっと見ている。
俺は考えた。
そして。
「ごめんなさいッ!」
謝った。
全力で。
そして逃げた。
「あ、おい!」
背後から声。
だが構わない。
走る。
走る。
ひたすら走る。
不思議だった。
ベンチで寝たはずなのに体が妙に軽い。
やけに足が動く。
危機的状況ゆえだろうか。
そんなことを考えながら全力で逃げた。
寮が見える。
安堵した。
人生で初めて寮を見て安心した。
「はぁ……はぁ……」
息を整える。
どうやら追われてはいないらしい。
助かった。
いや助かってない気もする。
「まさか見つかるとは……」
部屋へ戻る。
軽食を食べる。
風呂へ入る。
布団へ潜る。
「変な夢だったな」
夢の中の少女達。
暖かな空気。
穏やかな日々。
何か大事なことを考えていた気がする。
「……どんな夢だったっけ」
思い出せない。
まあいいか。
そう思った瞬間。
強い眠気が襲ってきた。
意識が沈む。
今度は夢を見ることもなく眠りに落ちた。
短い内容だったので1話としてまとめました。
一応5話くらいまでは下書きがあります。