ストック無くなってきました
放課後。
懇親会も終わり、校舎から生徒達が次々と出ていく。
春人も友人達に呼ばれてどこかへ行ってしまった。
俺はというと、特に用事も無いのでそのまま寮へ帰ることにした。
夕暮れが近い。
空は少しずつ赤みを増し、校舎の影が長く伸びている。
「課題やるか……」
誰に聞かせるでもなく呟く。
正直面倒だ。
授業中に与えられた時間にやり切れなかったのが原因ではあるが、時たま先日見た刀少女や夢のことが頭にちらつくせいでいつもより集中できないのだ。
だがやらない訳にもいかない。
そんなことを考えながら歩いていると、視界の端で何かが動いた。
「あ」
思わず足を止める。
植え込みの上、見慣れたモフモフがこちらを見ていた。
鍵泥棒。
俺を野宿へ追い込んだ張本人であるあの謎の生き物だった。
「またお前か」
モフモフは相変わらず気楽そうな顔をしている。
足元にすり寄って来ては撫でてというように見上げてくる。
どうやら反省という言葉を知らないらしい。
「お前ってやつは…」
思うがままに撫でまわす。
ふわっふわ、もっふもふ、羽毛のような柔らかさに手触りも良く、自然と時間を忘れて撫でてしまう。
しばらくすると手の中からするりと抜け出し少し歩いた先で振り向いてくる。
しばらく見つめ合う。
すると、モフモフはくるりと背を向けた。
数歩歩く。
立ち止まる。
こちらを見る。
また歩く。
止まる。
振り返る。
「……」
どう見ても付いて来いと言っている。
いや、言葉は喋っていない。
だがそうとしか思えない。
「いや俺帰るんだけど」
当然返事はない。
モフモフはさらに先へ進む。
また振り返る。
どう考えても俺を待っている。
どうしよう…凄く悩む
だが、何となく気になった。
そもそもこの生き物は普通じゃない。
見たこともないし、人間への警戒心も無い。
鍵だって器用に盗んだ。
「少しだけだからな」
誰への言い訳か分からないまま呟くと、意味を理解したのか、モフモフは満足そうに歩き出した。
気付けば校舎から随分離れていた。
舗装された通路は途中で途切れ、土の道になる。
「まだ行くのか…?」
先を行くモフモフはさっさと来いと言わんばかりに振り向いて見つめてくる。
「はいはいわかりましたよ」
諦めてさらに進む。
木々が増える。
人の姿も消える。
「こんな場所あったのか」
学園の敷地内とは思えなかった。
森だ。
普通に森である。
少し不安になる。
なんとなくついて来たけど…帰り道分かるよな?
そんなことを考えていると。
ぐんぐん進んでいたモフモフが突然立ち止まった。
こちらをちらりと見る。
そして、茂みの奥へ飛び込むように消えた。
「あ、おい」
慌てて追う。
だが完全に見失った。
「マジか……」
辺りを見回すがどこにもいない。
そこは不自然なほどに静かだった。
鳥の鳴き声も。
虫の音も。
風すら吹いていない。
世界から音だけが消えたような違和感。
その時だった。
ドォン!!
空気を震わせる轟音が響く。
思わず肩が跳ねる。
「っ!?」
反射的にしゃがみ込む。
工事?
いや違う。
もっと近い。
もっと重い。
嫌な予感がした。
慎重に音の方向へ近付く。
木々の隙間。
葉の向こう。
そこに見えた光景に息を呑んだ。
巨大な獣
三メートル。
いや、それ以上かもしれない。
黒い体毛。
異様に発達した筋肉。
鋭く大きな爪。
赤く光る目。
熊のようでいて、熊よりも恐ろしい圧。
その圧だけで本能が理解する。
危険だ。
あれは駄目なやつだ。
絶対に近付いてはいけない。
しかし、
その怪物へ立ち向かう人影が三つ。
全員知っていた。
一人は日向日和。
見間違えるはずがない。
同じクラスの少女。
やはりあの日見たのは彼女だった。
もう一人は宵宮星里。
いつも中庭で寝ている先輩。
小柄な体躯には似合わぬ槍を構えていた。
そしてもう一人、水瀬澪。
保健室前で怪我人を助けていた少女。
鉾鈴のようなものを構えている。
「嘘だろ……」
思わず漏れる。
幸いにもその声は誰にも聞こえてはいなかった。
最初に動いたのは獣だった。
グルァァァ!!
咆哮。
空気が震える。
そのまま地面を蹴る。
巨体とは思えない速度。
一直線に宵宮へ飛び掛かった。
しかし
宵宮は動じなかった。
眠そうな目。
気の抜けた表情。
そのまま一歩前へ出た。
勢いのまま爪が振るわれる。
太い木など簡単に切断しそうな一撃。
それを前にして星里は引く素振りを見せない。
半歩だけ身体をずらす。
紙一重。
僅か、獣の爪が髪を掠める。
腰を落として槍を引く。
溜め。
次の瞬間
宵宮の持つ長槍が閃いた。
轟ッ!!
凄まじい音。
槍の突きが獣の胴へ叩き込まれる。
巨体が吹き飛んだ。
地面を削りながら数メートル転がる。
「は……?」
意味が分からない。
あの小柄な身体のどこにそんな力があるのか。
しかし戦いは終わっていなかった。
獣はすぐに立ち上がる。
むしろ怒りを増したようだった。
低く唸りながら地面を蹴る。
今度は日向へ向かった。
日向は刀を構える。
迷い無く、鋭い眼差し。
昼間の明るい笑顔はそこには無かった。
真っ直ぐ獣を見据えている。
獣が飛んだ。
それに合わせて日向も動く。
獣の攻撃をいなしつつ
すれ違いざまに刀が閃く。
白銀の軌跡が獣の肩口を浅く切り裂いた。
黒い霧のようなものが噴き出した。
血ではない。
けれど、傷は負っているようだった。
怒髪天、獣が唸る。
爪を振るう。
怒りそのままに連撃。
速い。
遠巻きに見ている自分ですら、目で追うのがやっとだった。
それでも日向は刀でいなす。
右。
左。
後ろ。
体勢を逸らす。
攻撃を殺す。
しかし完全には防ぎ切れない。
肩を掠める
制服が裂ける
腕に傷
しかし致命傷にはなりえない。
「くっ」
その直後
「日和!」
水瀬の声。
同時に鈴の音が鳴る。
シャン
美しく澄んだ音が響く。
その瞬間。
日向の身体が淡く光に包まれた。
傷口が塞がっていく。
それだけじゃない、動きも先ほどより良くなっていた。
「ありがとう!」
日向が叫ぶ。
そして獣の懐へと踏み込む。
先ほどより鋭く刀が閃く。
二撃。
三撃。
正確な斬撃が次々と刻まれていく。
獣がわずかに後退する。
しかし終わらない。
その背後。
いつの間にか回り込んでいた宵宮が長槍を構えていた。
「終わり」
ぽつり。
変わらぬ表情と小さな声と共に。
それに似合わぬ疾さで槍が突き出される。
凄まじい速度だった。
視認すら難しい。
気付いた時には槍が獣を貫いていた。
獣が呻き声を上げる。
身体が揺れる。
槍によって出来た穴からは絶えず黒い霧が噴き出している。
しかしまだ倒れない。
「硬いね」
日向が少し驚いた様子で呟く。
「うん」
星里が頷く。
「思ったより頑丈」
余裕すら感じさせる会話。
相手は怪物だぞ。
その時だった。
獣の身体が膨張する。
黒い煙。
先ほどの霧とは違う、闇のような何かが溢れ出す。
空気が震えた。
先ほどの威圧感とは違う、嫌な圧迫感。
息苦しい。
離れた場所にいる俺ですらそう感じるほどだった。
「来るよ!」
水瀬が叫ぶ。
獣の咆哮
黒い衝撃が周囲へ放たれる。
木々が震え、枝が折れる。
地面を揺らすほどの衝撃に、俺は思わず身を伏せた。
だが。
三人は怯まない。
シャン
鈴が鳴り、光が広がる。
薄っすらと結界のような膜が生まれる。
衝撃を受け流していた。
その隙、
日向が踏み込む。
それに合わせるように宵宮も動く。
二人が左右へ分かれた。
完全な挟撃。
獣がどちらを狙うか迷う。
その一瞬の隙。
「はぁっ!」
日向の刀が閃く。
遠くから見ていたから気づいた。
日向はあくまで陽動。
日向の作った時間で出来た、先ほどより長い溜め。
宵宮は引き絞った長槍を穿つ。
「ん」
気が付くと、長槍が獣を貫いていた。
ドシン…
獣が倒れこみ、身体が停止した。
静寂。
次の瞬間。
巨大な身体が崩れた。
黒い粒子となって。
風に溶けるように舞っていた。
ありえない光景に言葉を飲む。
そして、
弾けるように無数の光が現れる。
温かいく、優しい光。
まるで蛍の群れ。
その景色に見惚れる。
あまりにも幻想的で、
あまりにも現実離れした状況だが、
湊は不思議と心地良さを覚えた。
すると一筋、光の一部がこちらへ流れてきた。
「え?」
避ける間もない。
光が胸へ吸い込まれた。
暖かい。
春の日差しのような温もり。
不思議と怖くない。
懐かしさすら覚えるほどに。
ふと、戦闘を終えた宵宮がふと顔を上げた。
そして。
真っ直ぐこちらを見た。
「いる」
ぽつり。
その言葉に日向が振り返る。
「え?」
「誰か」
心臓が止まりそうになった。
息を殺して潜む。
動かない。
動けない。
「誰もいないと思いますけど」
水瀬が言う。
「いや、いる」
宵宮は譲らない。
まずい
見つかる
理由は分からない。
だが何故だろうか、今ここにいてはいけない気がした。
静かに後退する。
一歩。
また一歩。
三人はまだこちらへ来ていない。
今しかない
俺は身を翻し、その場から逃げ出した。
全力ではない。
音を立てないように。
とにかく離れる。
心臓がうるさい。
頭も混乱している。
怪物
刀
槍
鉾鈴
黒い霧
光
何一つ理解できない。
ただ一つだけ分かることがあった。
俺は、夢でもなんでもなく
とんでもないものを見てしまった。
一方
戦闘跡地。
日向達は宵宮が指差した木の方へ歩いていた。
「本当に?」
「うん」
「気のせいじゃなくて?」
「気配がした」
数秒後。
三人は木の裏へ辿り着く。
そこには誰もいなかった。
「ええと…誰も居ませんね」
「やっぱり気のせいじゃ」
「ん…あれ」
宵宮の視線の先
地面には何かが落ちていた。
月明かりが差し込む中。
日向はそれを拾い上げる。
そして。
ソレに書かれたものを見て、僅かに目を見開いた。
その夜。
布団へ入り瞼を閉じる。
しかし眠れない。
目を閉じるたびに蘇る。
あの戦い。
あの光景。
いくら考えても整理がつかない。
それと、俺に吸い込まれた光についても。
彼女たちに聞けば分かるだろうか
それでは逃げた意味がないだろうことは分かっている。
答えの無い思考に、やがて睡魔が勝る。
意識が沈む。
暖かな陽射し。
青く澄んだ空。
頬を撫でる風。
心地良い。
不思議と懐かしい。
前にも見た夢の世界だ。
柔らかな風が吹いている。
草木が揺れ、どこか懐かしい香りが鼻をくすぐった。
暖かくて心地良い
目を開く前からそう感じていた。
ゆっくりと瞼を持ち上げる。
見慣れた天井ではなかった。
木組みの天井。
障子から差し込む陽射し。
聞こえてくる人の声。
穏やかな日常の音。
でも不思議と違和感はない。
むしろ、この場所にいることが当たり前であるような感覚だった。
「まだ寝てるの?」
近くで声がした。
振り返ると少女がいた。
前にも見た顔だった。
夢の中で何度か会ったことがある。
名前は分からない。
けれど親しい相手なのだと自然に理解できた。
「起きてるよ」
自然と口が動く。
自分で喋っているのに、自分の意思ではない。
夢の中の誰かの言葉。
それを自分が後ろから眺めているような感覚だった。
「絶対寝てたよね?」
「起きてたよ」
「嘘」
少女がジト目を向けてくる。
その様子がおかしくて、思わず笑ってしまう。
すると障子が開き、また別の少女達が入ってきた。
「準備出来ましたよ」
「今日は遅れないでくださいね」
「昨日も待たされたからねー」
賑やかな声。
思わず苦笑する。
どうやら今日は何か予定があるらしい。
しかしその予定が何なのか思い出せない。
「今日は何だっけ」
その言葉に少女達が揃って固まった。
数秒。
静寂。
そして。
「忘れてる!」
「嘘でしょ!?」
「またですか!?」
一斉に非難の声が飛んでくる。
慌てて両手を上げた。
「思い出した!」
「絶対嘘ですよね」
「いや嘘じゃないよ」
「何の予定でした?」
「それはほら…アレだよ」
「川ですよ」
「そうそう川だったの、今言おうとしたとこ」
本当に今思い出した。
少女達は呆れた顔をしている。
その反応すらどこか楽しかった。
こんなやり取りを何度も繰り返してきたのだろう。
そんな気がした。
支度を終え、皆で村を歩く。
空は青い。
子供達が走り回る。
畑では農作業をする人々の姿が見える。
平和だった。
当たり前のように続く穏やかな日々。
それがとても愛おしく感じられた。
「姫様!」
突然声が聞こえた。
前方から老人が駆け寄ってくる。
汗を流しながら、困ったような顔をしていた。
「どうしたんだい?」
問いかける。
すると老人は頭を下げた。
「どうか畑を見ていただけませんか」
案内された場所には大きな畑があった。
しかし作物の様子がおかしい。
葉が萎れ、色も悪い。
元気がない。
老人は申し訳なさそうに俯いた。
「昨日までは元気だったんですが……」
不安。
困惑。
焦燥。
そんな感情が表情から伝わってくる。
そんな顔をしないでおくれ
「大丈夫だよ」
そう言って畑へ近付く。
しゃがみ込み、土へ手を触れた。
優しい光が広がる。
どこかで見たような、暖かな光。
春の陽射しのような穏やかな光が畑を包み込んだ。
少しずつ。
本当に少しずつ。
萎れていた葉へ色が戻っていく。
元気を失っていた作物が再び立ち上がる。
老人の顔が明るくなった。
「ああ……!」
声が震えている。
「ありがとうございます」
深々と頭を下げられる。
思わず苦笑した。
「そんなことよりほら、笑顔を見せておくれよ」
笑顔が好きだ。
みんなが幸せそうに笑っているのが好きだ。
その為に困っている人を助ける。
それだけのことだった。
少女達の元へ戻る。
すると案の定というべきか、皆が同じ顔をしていた。
「まただ」
「またですね」
「やっぱりかー」
口々に言われる。
「何が?」
「人助けですよ」
その言葉に少しだけ肩を竦める。
「困ってたんだから仕方ないよ」
「そう言うと思いました」
呆れた声。
けれど怒ってはいない。
むしろ心配しているようだった。
再び歩き出す。
すると今度は村の反対側から声が聞こえた。
若い女性だった。
腕に小さな子供を抱いている。
その子の顔色は悪く、荒い呼吸。
熱があるのだろう。
女性は今にも泣き出しそうだった。
「お願いします」
深く頭を下げる。
誰かが助けを求めている。
誰かが苦悶に顔を歪めている。
その事実だけで足が止まった。
「見せて」
子供を抱き上げる。
熱い。
小さな身体が辛そうに震えている。
可哀想だった。
胸が締め付けられる。
両手で包み込むように抱く。
淡い光が生まれる。
優しく。
壊れないように。
穏やかに。
光は子供を包み込んだ。
少しずつ呼吸が落ち着く。
強張っていた表情も和らいでいく。
やがて小さな手が動いた。
瞼が開く。
「あ……」
女性の目から涙が零れた。
何度も礼を言われる。
感謝される。
それが少しだけ恥ずかしかった。
「元気になって良かった」
そう答えると、隣から溜息が聞こえた。
少女達だった。
「無理してるでしょ」
「してないよ」
「してました」
即答だった。
思わず笑ってしまう。
「大丈夫だよ、なんせ私は—だからね」
一部分だけ、靄がかかったようにうまく聞き取れなかった。
少しくらい力を使っただけだよ。
それで誰かが笑顔になれるなら安いものだ。
その時だった。
ふらり、と視界が揺れた。
一歩足がもつれる。
一瞬だけ身体が重くなる。
ほんの僅か。
気のせいと言えば気のせい程度。
しかし少女達は見逃さなかった。
「あ」
「今ふらつきましたよね」
「ふらついてたー」
一斉に責められる。
「違う違う」
慌てて手を振る。
「少し足がもつれただけだって」
「嘘ですね」
「絶対違う」
「今日はもう帰りましょう」
少女達が口々に言う。
本気で心配しているのだと分かった。
だから少しだけ申し訳なくなる。
それでも。
困っている人を見れば助けたい。
そう思ってしまう。
それが私の—だから。
夕陽が村を赤く染めていく。
皆の笑顔が見える。
穏やかな時間が流れている。
この景色がずっと続けばいいと。
今日も、
明日も、
私は願っている。
夢は静かに霞んでいった。
戦闘描写苦手です
後で修正するかもしれません
誤字脱字あれば報告お願いします
感想とかでもいいです