静かなビデオ屋。
アキラがカウンターで作業をしていると、端末に通知音が鳴った。
「……ノックノック?」
画面を見る。
そこには猫又からのメッセージが届いていた。
《今から戻る!》
それから、ほんの数分後。
――ガチャッ!
勢いよく店の扉が開く。
「ただいま!」
「はぁ……はぁ……。」
猫又が息を切らしながら店内へ駆け込んできた。
「ごめん!」
「予想以上に時間が掛かっちゃった……!」
「持ってたキャロットだと、遠い方の出口しか分からなくて……。」
猫又は息を整えながら続ける。
「あ、そうだ!」
「爆破が遅れるってニュース、スマホで見たぞ!」
「でも……。」
表情が曇る。
「結局、いずれ列車が発車することには変わりない。」
「ニコたちはまだ安全ってわけじゃない……。」
「これからどうする?」
「すぐに他の方法を探さなきゃ――」
そこで猫又は気付いた。
店内の空気が重い。
「……って。」
「え?」
リンが静かに立っていた。
「猫又。」
「気持ちは分かるけど。」
「その前に、話すことがあるよね。」
猫又の耳がぴくりと動く。
「わあ……。」
「どうしたの?」
「なんか空気が怖いぞ……?」
「耳の毛が逆立っちゃった……。」
リンは表情を変えない。
「猫又。」
「これは大事な話なの。」
「茶化さないで。」
「全部話して。」
猫又の顔から笑みが消える。
「あんたと邪兎屋は……。」
「一体どんな面倒事に巻き込まれてるの?」
リンは続ける。
「あの列車。」
「爆薬を積んだ輸送列車だって報道されていたよね?」
「なのに、どうして治安局に偽装した人たちが乗っていたの?」
「それに……。」
「猫又。」
「あんたは、あの人たちを見ても驚かなかった。」
「それどころか、すぐに対応していた。」
レイも静かに口を開く。
「猫又さん。」
「正直に言ってください。」
「私たちを……嵌めようとしていたわけではありませんよね?」
猫又の表情が揺れる。
「あたし……。」
「そ、その……。」
リンは続ける。
「『パエトーン』のサポートがまだ必要なら。」
「お兄ちゃんの質問に答えて。」
「隠していることを全部教えて。」
猫又は強く首を振った。
「違う!」
「隠すつもりなんてなかった!」
「あたしは……。」
「列車の中に人がいるなんて知らなかった!」
「ただ……。」
「他の場所で、同じ格好をした奴らを見たことがあっただけなんだ!」
猫又は拳を握る。
「あんたたちの言った通りだ。」
「あたしと邪兎屋は、とんでもない面倒事に巻き込まれた。」
「でも……。」
「それは人助けのためなんだ!」
レイが呟く。
「人助け……。」
アキラも問い返す。
「つまり。」
「君はニコたちと一緒に、人を助けようとしていたのか?」
猫又は俯いた。
「だって……。」
「信じられないことが続きすぎて……。」
「ちゃんと説明できる自信がなかったんだ。」
「それに列車を止めなきゃって必死で……。」
「ボンプの視覚記録も最後まで確認できなかった。」
そこで猫又が顔を上げる。
「……そうだ!」
「ニコのボンプ!」
「あれが全部記録してる!」
「あの映像を見れば……。」
「あんたたちも絶対分かってくれる!」
猫又はイアスを見る。
「今朝の録画データ。」
「その『ファーリー』っていうPCアシスタントに取り出してもらえる?」
「でも……。」
「説明はしない。」
「真相についても。」
「あたしを信じるかどうかも。」
「全部これを見て判断して。」
リンはアキラを見る。
「お兄ちゃん。」
「Fairyに残りの映像を再生させて。」
「猫又の話が本当か嘘か。」
「録画を見れば分かる。」
「この子と邪兎屋が……。」
「デッドエンドホロウで何に遭遇したのか。」
「はっきりさせなきゃ。」
猫又は静かに言う。
「『パエトーン』……。」
「映像を最後まで見てから。」
「もう一度、あたしの話を判断して。」
レイも頷く。
「時間があるうちに。」
「状況を確認しましょう。」
こうして四人は、ボンプに残された視覚記録を見ることになった。
◇
映像の中。
デッドエンドホロウ。
猫又と邪兎屋のメンバーは、少女と遭遇していた。
怯えた少女。
迫るエーテリアス。
そして――。
間一髪。
猫又たちは少女を助け出す。
しかし。
後に判明する。
その少女は偶然そこにいたわけではなかった。
彼女は猫又たちをデッドエンドブッチャーの縄張りから遠ざけていた。
彼らが遭遇することを防ぐために。
だが。
デッドエンドブッチャーは追ってきた。
巨大な影。
逃げ場のない状況。
もう終わりだと思われた。
その瞬間。
背後にホロウの出口が現れる。
空間が歪む。
猫又。
邪兎屋。
少女。
全員がその裂け目へ吸い込まれていく。
◇
辿り着いた先。
そこは荒廃したカンバス通り。
しかし。
そこには人がいた。
何人も。
避難が終わったはずの場所に。
住民たちが取り残されていた。
ニコたちは困惑する。
「……どういうこと?」
「ここ、爆破エリアじゃないの?」
「避難は終わったって話だったよね?」
そこで住民たちから話を聞く。
そしてとある結論にたどり着く。
ヴィジョンが進める地下鉄改修計画。
それは新エリー都でも最大級のプロジェクトだった。
技術。
人材。
資金。
そして住民の移転問題。
本来なら、いくつもの困難を解決しなければならない。
だが。
ヴィジョンが選んだ方法は違った。
住民ごと爆破する。
それが彼らの言う――。
「低コスト」だった。
ニコの表情が険しくなる。
そして決意する。
ニコ「ビリー、アンビー、早く金の卵…えっと、つまり住民たちに伝えるのよ邪兎屋が訴訟代理人になってあげるって!!」
住民たちを救うために。
その時。
ニコは猫又を見る。
「猫又――。」
「依頼人だけど。」
「任務を与えるわ。」
猫又は驚く。
「……え?」
「あたしに?」
ニコは頷く。
「ここに閉じ込められた人たちを助けたいんでしょ?」
「あんたは、この中で一番足が速い。」
「それに……。」
「道を知ってる。」
ニコは自分のボンプを差し出す。
「これを持って行って。」
「ある場所へ向かって。」
「そして――。」
「援軍を連れてきて欲しいの。」
そこで映像は途切れた。
◇
静かなビデオ屋。
再生を終えた画面には、最後の映像が映ったまま停止していた。
ニコが猫又へ託した言葉。
『援軍を連れてきて欲しい』
その意味を、四人は理解していた。
しばらく誰も口を開かなかった。
最初に沈黙を破ったのは猫又だった。
「……これが真相。」
猫又は俯いたまま呟く。
「ニコたちは、ひとまず工事エリアで委任状を集めて、ヴィジョンの動向を探るって言ってた。」
「そして……。」
「あたしの任務は、『パエトーン』に助けを求めることだった。」
猫又は拳を握る。
「ニコたちと別れた後。」
「あたしは一人でデッドエンドホロウを抜けて……。」
「あんたたちの店に来たんだ。」
顔を上げる。
「嘘はついてない!」
「ニコも。」
「爆破エリアの住民たちも。」
「今、絶体絶命の状況に置かれてるんだ!」
猫又は深く頭を下げる。
「お願い……。」
「『パエトーン』。」
「あたしと一緒に、みんなを助けに行って!」
店内に静寂が落ちる。
リンはしばらく猫又を見つめた。
そして。
「猫又。」
「……あんたの言うことは信じるよ。」
猫又が顔を上げる。
「でも。」
リンは真剣な表情を崩さない。
「プロキシのエキスパートとして。」
「私たちは、その件に首を突っ込むリスクを警告する義務があるの。」
アキラも頷く。
「ああ。」
「住民たちを全員救い出すとなれば……。」
「ヴィジョンとの正面衝突は避けられない。」
猫又は静かに聞いていた。
そして。
「……。」
「今さら、あたしを試さなくてもいい。」
「出発した時。」
「あたしはもう決めたんだ。」
猫又の目に迷いはなかった。
「何としてでも。」
「みんなを爆破エリアから救い出す。」
「今のあたしには……。」
「それしか考えられない。」
リンは小さく息を吐いた。
「……ふう。」
そして微笑む。
「分かった。」
「依頼人がそこまで決心したなら。」
「私たちも、これ以上は言わない。」
アキラはすぐに端末を取り出す。
「それなら。」
「救助計画を考えよう。」
◇
アキラが画面を展開する。
ホロウ内の地図。
そして、ヴィジョンの監視拠点。
「このマップを見てくれ。」
「邪兎屋と住民たちは現在、カンバス通り駅に閉じ込められている。」
「ここからパールマンのいる監視拠点までは、数キロ離れている。」
猫又が地図を見る。
「でも……。」
「パールマンは住民を閉じ込めるために、治安局の武装部隊に偽装した連中を列車で送り込んだ。」
アキラは続ける。
「つまり。」
「今、監視拠点には大量の人員が集まっている。」
リンが気付く。
「そういえば。」
「私たちが遅らせた列車。」
「そろそろ目的地に着く頃だよね?」
「ってことは……。」
「住民たちを見張る人が増える。」
アキラは頷いた。
「ああ。」
「正面突破は不可能だ。」
「でも。」
「防御の穴を突くことはできる。」
猫又が首を傾げる。
「穴?」
アキラはモニターに映された地図を指す。
「閉じ込められた住民たちは、エーテル適応体質じゃない。」
「だから武装部隊は、正面側を重点的に警戒しているはずだ。」
「監視拠点の兵士も無限じゃない。」
「大勢を正面警備へ回しているなら……。」
リンが目を輝かせる。
「そっか!」
「ホロウを通って背後へ回れば、不意を突ける!」
猫又の耳が跳ねる。
「にゃイスアイデア!」
「それで!?」
アキラは続ける。
「監視拠点の列車を奪う。」
「そしてホロウ内の線路を使って、カンバス通り駅へ向かう。」
「住民たちには、あらかじめ駅のホームで待機してもらう。」
「そうすれば。」
「数分で全員を爆破エリアから運び出せる。」
猫又は拳を握る。
「あったまいい!」
「列車なら、きっとホロウへの侵蝕耐性もあるはず!」
「なるべく早く外へ出られれば、住民たちも危険な状態にならないぞ!」
リンはFairyへ向く。
「Fairy。」
「列車をホロウから新エリー都まで最短で運転できる?」
Fairyの機械音声が響く。
「可能。」
「既に最短ルートの計算は完了しています。」
アキラは頷いた。
「よし。」
「準備が整い次第、行動開始だ。」
リンは猫又へボンプを渡す。
「猫又。」
「これを連れて行って。」
「まずはニコたちと合流して、計画を説明して。」
猫又は受け取る。
「……うん。」
リンを見る。
アキラを見る。
そしてレイを見る。
レイは静かに頷いた。
「行きましょう。」
「まだ助けを待っている人がいます。」
猫又は少し笑う。
「……ありがとう。」
そして。
「後は……。」
「決着をつけるだけだ。」
◇
再び。
デッドエンドホロウ。
暗い空間。
準備をする猫又とレイ。
誰かを救うために戻る。
猫又は拳を握る。
「待ってろよ、ニコ。」
「みんな。」
「あたしが必ず助けに行く。」
二人はホロウの奥へ進んでいった。