数分後。
ヴィジョンの爆破エリア監視拠点。
列車の前――。
戦闘の痕跡が残る場所で、パールマンは地面に押さえつけられていた。
「グハァ……!」
猫又は彼の背中を押さえながら、鋭い目を向ける。
「だるまのオッサン!」
「命を何とも思わない大悪党め!」
「大人しく降参しろ!」
その横で、ニコが周囲を確認する。
「猫又、このオッサンも連れてきて!」
「アンビーとビリーは運転室へ向かってるわ。」
「プロキシは、ホームで乗車を待つように住民たちへ知らせて!」
パールマンは顔を歪める。
「お、お前たち……!」
「あのスラムの連中を列車で連れ出すつもりか……?」
「させん……!」
「絶対にさせんぞ!」
「連中が外へ出て、何か言おうものなら……!」
「私とヴィジョンは終わりだ!」
パールマンは必死に叫ぶ。
「誰でも構わん!」
「どんな手を使ってでも、こいつらを阻止しろ――!」
その瞬間。
Fairyの声が響いた。
「警告。」
「予定ルート上における路線の予期せぬ破断を確認。」
「小規模爆発による線路損壊を検出。」
「計画は失敗です。」
アキラが息を呑む。
「何だって……!?」
「ニコ、大変だ!」
「線路が壊された!」
「何ですって!?」
ニコの表情が変わる。
その直後。
隣から別の声が聞こえた。
「パ、パールマン長官!」
「ご安心ください!」
「新エリー都へ続く唯一の線路を爆破しました!」
「これで奴らはもう出られません!」
猫又の耳が跳ねる。
「なんだって!?」
パールマンは顔を真っ赤にした。
「お、お前……!」
「このバカタレがぁ!」
「線路を爆破するのは、我々が撤退した後だ!!」
「スラムの連中だけではない!」
「我々まで閉じ込められてしまったではないか!!」
静寂。
そして。
レイが周囲を見る。
「……ニコさん。」
「四方から敵の増援が接近しています。」
「どうしますか?」
ニコは頭を抱える。
「ああもう……!」
「こうなったら仕方ない!」
「だるまのオッサンを連れて、列車の中に隠れるわよ!」
◇
「パールマン長官。」
「列車付近で身元不明の侵入者による襲撃を受けました。」
「負傷者も出ていますが、人数と物資はこちらが優勢です。」
「侵入者は現在、運転室に立てこもっています。」
「火力を集中して突入しますか?」
「ご指示願います。」
パールマンは震えながら答えた。
「……。」
「と、突入するな!」
「私は今、その運転室だ!」
「邪兎屋の侵入者どもに……!」
「くっ……!」
「紳士淑女に捕まっている!」
「いいか!」
「絶対に動くな!」
「この私が少しでも怪我を負ったら……!」
「会社はお前たちの責任を問うぞ!」
通信が切れる。
ビリーが呟いた。
「あのオッサン……。」
「意外と役に立つな~。」
アンビーも頷く。
「しばらくは攻撃してこないはず。」
「でも……。」
「私たちの計画も失敗に終わった。」
ビリーは外を見る。
「そうだよな……。」
「線路が無くなっちまった。」
「列車があったところで、住民たちを運び出すことはできねぇ。」
「これが……。」
「絶体絶命のピンチってやつか!?」
その時。
「……へへっ。」
猫又が小さく笑った。
レイが首を傾げる。
「どうかしましたか?」
ビリーも驚く。
「おいおい。」
「こんな時によく笑ってられるな。」
猫又は首を振った。
「違う違う。」
「あんたを笑ったんじゃなくて……。」
「これ。」
猫又は手の中にあるものを見せた。
「さっきの戦闘で、たまたま見つけたんだ。」
「――あたしの家族の形見。」
ニコが目を細める。
「これって……写真?」
そこに写っていたのは。
幼い猫又。
そして。
赤牙組の元リーダー。
「シルバーヘッド」。
猫又は静かに口を開いた。
「実は……。」
「あたし、あんたたちを騙してた。」
「赤牙組に形見を奪われたっていうのも……嘘。」
「私は昔、カンバス通りの近くに住んでた。」
「そして……赤牙組に引き取られた孤児のひとりだったの。」
猫又は写真を見る。
「昔の赤牙組には、ちゃんと理想があった。」
「みんなで故郷を守ろうって。」
「お互いに誓い合ってた。」
「でも……。」
「時が経つにつれて、組は変わっていった。」
「守るはずだった人たちを見下して。」
「傷つける側になっていった。」
「だから、あたしは組を抜けた。」
「もう二度と、ここには戻らないつもりだった。」
猫又は拳を握る。
「でも……。」
「どれだけ失望しても。」
「シルバーヘッドがあたしを拾ってくれたことは事実。」
「あそこは……。」
「あたしにとって、一番『家』に近い場所だった。」
レイが小さく呟く。
「……家。」
猫又は頷く。
「シルバーヘッドがホロウにおびき寄せられて死んだって聞いた時。」
「あたしは復讐するつもりだった。」
「あんたたちを同じデッドエンドホロウに連れて行って。」
「全部奪うつもりだった。」
「でも……。」
猫又は三人を見る。
「あんたたちは、あたしが思ってたのと全然違った。」
「子供を助けるために命懸けで走って。」
「ヴィジョンのことを知っても、住民を助けるために残ってくれた。」
「それに……。」
「シルバーヘッドが死んだのは、あんたたちのせいじゃなかった。」
猫又はゆっくり立ち上がる。
「赤牙組は誓いを破った。」
「守るべき人たちを見捨てた。」
「だったら……。」
「あたしは元一員として、同じ過ちを繰り返させるわけにはいかない。」
猫又は決意した表情を浮かべた。
「あたしがヴィジョンと交渉してくる。」
「覚悟はできてる。」
そう言うと。
猫又はパールマンを引きずり、列車の扉へ向かった。
「安心して。」
「パールマンっていう切り札もある。」
「あたしの出身が赤牙組だって知ったら……。」
「きっと交渉に応じる。」
扉が閉まる。
「猫又!」
「依頼人さん!」
「戻って来い!!」
ビリーの叫びが響く。
しかし。
返事はなかった。
「……。」
「アンビー。」
「ドアを開けて。」
ニコの声が震える。
アンビーが確認する。
「無理。」
「この車両、窓もドアも異常に頑丈。」
「パールマンが補強させた可能性が高い。」
「くっ……!」
ニコが拳を握る。
その時。
アンビーが顔を上げた。
「静かに。」
「外から声がする。」
◇
列車の外。
猫又は武装部隊へ向かって叫んでいた。
「はっきり言ったでしょ?」
「あたしは今から、あんたたちのボスを連れて歩いてホロウを抜ける。」
「目的は、新エリー都の爆破解体本部での交渉。」
「武装部隊は封鎖を解除して。」
「住民たちを解放して。」
「それが終わったら、一緒にここから立ち去る。」
猫又はパールマンを引き寄せる。
「あんたたちのボスは、あたしが預かってる。」
「彼に無事でいてほしいなら……。」
「耐侵蝕装備と、ホロウを抜ける最短ルートを用意して。」
猫又は小さく呟く。
「……ニコ。」
「みんなのことは頼んだ。」
◇
数分後。
「埒が明きません。」
レイが立ち上がる。
「私が破壊します。」
ビームサーベルが展開される。
扉へ振り下ろす。
一閃。
頑丈な扉が切断された。
「やった!」
ビリーが叫ぶ。
「ようやく出られたぞ!」
ニコは外を見る。
「もう……。」
「猫又とパールマンは、ホロウに入ったはず。」
アキラが言う。
「Fairy。」
「猫又の位置を確認してくれ。」
「了解。」
Fairyが答える。
「依頼人の現在地を特定。」
「現在の進路から推測。」
「約30分後、ホロウ出口へ到達します。」
ビリーが呟く。
「ってことは……。」
「もう猫又を止める方法はないのか?」
ニコは拳を握る。
「そうだとしても……。」
「住民救出なんて大仕事を、猫又ひとりに背負わせるわけにはいかない。」
「でも……。」
「列車作戦が失敗した今。」
「どうやって住民を脱出させるの……?」
「エーテル適性がない住民を……。」
「一瞬で適応体質にできれば……。」
レイが答える。
「ニコさん。」
「素晴らしい案ですが、それは不可能です。」
しかし。
リンの声が通信から響いた。
「でもレイちゃん。」
「見方を変えれば……。」
「方法はあるかもしれない。」
アキラが気付く。
「……なるほど。」
「さすがだよ、リン。」
ニコが振り返る。
「どういうこと?」
リンは説明する。
「カンバス通りと新エリー都。」
「直線距離なら、そこまで遠くない。」
「ただ、デッドエンドホロウが広がっているせいで、安全な道がないだけ。」
「つまり……。」
「ホロウ自体を縮小できれば。」
「住民は安全な道を通って脱出できる。」
ビリーが目を輝かせる。
「なるほど!」
「エーテリアスを倒せばいいってことか!」
アンビーが冷静に続ける。
「でも効率的に縮小するには。」
「数千体規模の撃破が必要。」
ビリーの顔が固まる。
「ブッ……。」
リンは続けた。
「ただし。」
「特定の巨大個体は、標準的なエーテリアス数千体分以上のエーテル活性を持つ。」
「そう。」
「デッドエンドブッチャー。」
ビリーが青ざめる。
「あのデカブツか……。」
「俺、明日の夜モニカ様に会う予定なんだけどな……。」
リンは頷く。
「私たちだけじゃ勝てない。」
「でも……。」
「ここにはヴィジョンが用意したものがある。」
レイが気付く。
「エーテル爆薬……。」
アキラも頷く。
「そう。」
「何トンもの爆薬が使える。」
ニコは笑う。
「なるほど。」
「爆薬でデッドエンドブッチャーを倒すってわけね。」
「ふふん。」
「危険だけど……。」
「迷ってる時間はない!」
「作戦開始よ!」
リンが言う。
「ここからは二手に分かれよう。」
「お兄ちゃんはここに残って、イアスをお願い。」
「積めるだけ爆薬を列車に積んで。」
ニコが頷く。
「あたしたちはデッドエンドブッチャーのところへ行く。」
「爆薬が届くまで……。」
「時間を稼ぐ!」
決戦の準備が始まった。