同時刻。
ホロウの外――。
爆破エリア周辺。
ヴィジョンの傭兵たちは、混乱した様子で通信を交わしていた。
「どういうことだ……。」
「小娘ごときにパールマン長官を攫われただと?」
別の傭兵が答える。
「詳しいことは分からん。」
「だが、パールマン長官が人質に取られた以上……爆破エリアの部隊も、あの娘の要求通り撤退するしかなかったらしい。」
「それに……。」
「小娘は、この場所の責任者を出せと言ったそうだ。」
「それに応じたサラ長官が、直接交渉に向かっている。」
◇
爆破エリア外。
猫又はパールマンを連れ、ヴィジョンの責任者――サラと向き合っていた。
「要求は簡単。」
猫又は真っ直ぐサラを見る。
「爆破を中止して。」
「閉じ込められた住民たちを救出するって約束してくれれば……。」
「こいつを返す。」
サラは冷たい視線を向けた。
「……簡単に言ってくれるわね。」
「あなたの要求通りにしたとして。」
「我々ヴィジョンは、この件をどう説明すればいいと思っているの?」
「それ以前に――。」
サラは猫又を観察する。
「あなたは誰?」
「一人で交渉の場へ来る度胸は認めるわ。」
「でも。」
「狩る側が、狩られる側になる可能性だってあるのよ?」
猫又は少し笑った。
「あ。」
「自己紹介を忘れてた。」
「あたしは猫宮又奈。」
「猫又って呼んでいいぞ。」
そして。
猫又は胸を張った。
「何を隠そう――。」
「あたし、赤牙組の元組員なんだ。」
その瞬間。
周囲の傭兵たちがざわめく。
「赤牙組……!」
猫又は続ける。
「そう。」
「こっちから持ちかけた取引だ。」
「それなりの切り札はある。」
猫又は目を細める。
「こんな筋書きはどう?」
「赤牙組の残党。」
「今は亡き『シルバーヘッド』ミゲルの爪。」
「旧都の住民を人質にして、工事を妨害した張本人――。」
「猫宮又奈を、ヴィジョンは捕えた。」
サラは小さく笑った。
「自分を犠牲にして幕を引くつもり?」
「なかなか殊勝なことをするのね。」
猫又は視線を落とす。
「殊勝……?」
「ははっ。」
「あたしは帰る場所を失くした、ただの野良猫だ。」
「どこにも属さないあたしには……。」
「これくらいがお似合いなんだ。」
猫又は拳を握る。
「だから。」
「この取引でどう?」
「今すぐメディアへ連絡して。」
「あたしが言った通りに――。」
「全部、公表すれば……。」
その時。
パンッ!
乾いた音が鳴った。
サラが静かに口を開いた。
「……?」
銃口はパールマンに向けられていた。
「安心して。」
「中身は実験中の麻酔薬よ。」
「死にはしないわ。」
「……な……。」
サラは淡々と告げる。
「親切で教えてあげる。」
「次に交渉するときは。」
「切り札の価値を、先に確認することね。」
「残念ながら――。」
「パールマンさんは、あなたが思っているほど役に立たないの。」
◇
同時刻。
デッドエンドホロウ内部。
ニコたちは、さらに奥へ進んでいた。
ビリーが周囲を警戒しながら呟く。
「デカブツのねぐらは、こっちだな。」
レイは地面を見る。
砕けたアスファルト。
巨大な爪痕。
壁面に残された、何かを叩き潰したような傷跡。
「間違いありません。」
「怪しい痕跡が、どんどん増えています。」
ニコはため息を吐く。
「はぁ……。」
「真正面からぶつかるなんて、本当は御免なんだけど。」
「こうなったら、やるしかないわね。」
その時。
通信が入った。
アキラだった。
「もしもし、ニコ。」
「聞こえるか?」
ニコが応答する。
「どうしたの?」
「猫又がホロウの外へ出た。」
「えぇっ!?」
ビリーが声を上げる。
「もう出ちまったのかよ!?」
ニコは拳を握る。
「待ってなさい、猫又……。」
「バカなことしたら、絶対許さないんだから。」
その時。
アンビーが前方を指差した。
「裂け目。」
ニコは目を細める。
「あいつは向こう側にいる……。」
「行くわよ。」
四人は裂け目へ飛び込んだ。
◇
辿り着いた先。
そこは、さらに深いホロウだった。
ビリーは周囲を見回す。
「……何もねぇな。」
「あのデカブツ、本当にここにいるのか?」
ニコも眉をひそめる。
「大きいのはいないわね。」
「チビばっか。」
周囲には、小型のエーテリアスが蠢いていた。
レイがライフルを構える。
「排除しますか?」
しかし。
ニコが手を上げる。
「……待って。」
エーテリアスたちが。
一斉に動きを止めた。
そして。
逃げ始めた。
「……。」
レイが呟く。
「逃げています。」
アンビーは静かに言った。
「来る。」
ニコが息を呑む。
「デカブツね?」
アンビーは真顔で答えた。
「BGM。」
「……え?」
「映画なら。」
「悪役には専用BGMが流れる。」
ビリーが笑う。
「フッフッフ!」
「安心しろ、アンビー!」
「俺はスターライトナイトに必勝法を教わった!」
「悪役相手にルールは無用!」
「開幕必殺キックだ!」
「十秒で倒せば、BGMが流れる暇なんてねぇ!」
ニコが叫ぶ。
「後ろ!!」
アンビー。
「ビリー!!」
その瞬間。
轟音。
大地が爆発した。
遠くにいたはずの巨体が、一瞬で距離を詰める。
ビリーが振り返る。
「な――。」
巨大な道路標識が振り下ろされる。
「危ない!」
レイが飛び出した。
純白の翼が大きく広がる。
ビリーごと包み込んだ瞬間。
ズガァァァン!!
凄まじい衝撃が響く。
地面が砕ける。
瓦礫が吹き飛ぶ。
翼の隙間からライフルを出し牽制射撃をする。
その射撃を怪物は避けるために後退する。
アンビーが駆け寄る。
「レイ。」
「大丈夫?」
レイは翼を閉じる。
「はい。」
「少し翼が汚れました。」
ビリーは呆然とする。
「た、助かったのか!?」
ニコは頭を抱えた。
「おバカ!!」
「エンドロールが流れるところだったじゃない!!」
「ありがとな、レイ……。」
「お礼は全部終わってからにしてください。」
そしてビリーは敵を睨む。
「さてはこいつ……。」
「スターライトナイトのファンだな!?」
その時。
目の前の怪物が、ゆっくり立ち上がった。
巨大な人型。
他のエーテリアスの三倍以上はあろうかという巨躯。
侵蝕によって変質した肉体。
太く膨れ上がった腕。
そして。
右手に握られた、道路標識と融合した巨大な斧。
その一歩で地面が沈む。
周囲のエーテリアスたちは、本能的な恐怖から逃げ去っていく。
同族ですら近付かない。
このホロウを支配する捕食者。
都市開発の最大の障害。
かつてホロウ調査協会の討伐隊を壊滅させた災厄。
治安局が立ち入りを厳重に制限する理由。
その名は――。
「デッドエンドブッチャー。」
怪物の視線が、四人へ向く。
次の瞬間。
道路標識アックスが唸りを上げた。
大振り。
単純な攻撃。
そう見えた。
しかし。
途中で一瞬、動きが止まる。
レイが気付く。
「……!」
「攻撃のタイミングをずらしています。」
振り下ろされた一撃が地面を抉る。
逃げ場を奪うように。
間髪入れず、二撃。
三撃。
巨大な斧が連続して襲い掛かる。
「単純な力押しではありません。」
レイが後退する。
「回避のタイミングそのものを狙っています。」
「戦う者の癖を利用して、狩っている……。」
デッドエンドブッチャーは、ゆっくりと斧を肩へ担いだ。
そして。
大きく息を吸う。
次の瞬間。
ホロウ全域を震わせる咆哮が響き渡った。
ビリーが息を呑む。
ニコは武器を握り直す。
「……。」
「これが……。」
「デッドエンドホロウの主。」
怪物との戦いが始まった。