数分後――。
デッドエンドホロウの外。
ヴィジョン爆破解体本部。
猫又は地面へ倒れ込みながら、サラを睨み付けていた。
「……そうか。」
「パールマンは、ただの操り人形。」
「陰で糸を引いて爆破解体を企てたのは……あんただったんだ!」
サラは表情一つ変えない。
「どうして……。」
「ヴィジョンにとって、このプロジェクトは人の命より大事だったの?」
サラは鼻で笑う。
「大事かどうか?」
「あなたみたいな小物に尋ねる資格はないわ。」
そして、小さく肩をすくめる。
「無駄話をしすぎたわね。」
「そろそろ本題に入りましょう。」
サラは胸元から、小さな装置を取り出した。
猫又の表情が変わる。
「……それは!」
サラは微笑む。
「この小さなおもちゃ?」
「もちろん。」
「爆薬の起爆スイッチに決まってるじゃない。」
猫又は叫ぶ。
「待っ――!」
「だめだ!!」
サラは迷いなくスイッチを押した。
「私からも。」
「"存在しない住民"たちへ、お悔やみを申し上げるわ。」
「さようなら。」
「すべては――私たちヴィジョンのため。」
カチッ。
サラは静かに振り返る。
「爆破完了です。」
傭兵が敬礼する。
「サラ長官、爆破の完了を確認しました。」
「ええ、ご苦労さま。」
しかし。
次の瞬間だった。
「ま、待て!」
傭兵がホロウ側を指差す。
「トンネルから……誰か出てきたぞ!」
土煙の向こう。
最初に姿を現したのは、避難していた住民たちだった。
次々と人々が出口から現れる。
そして、その後ろには――。
アンビー。
ビリー。
ニコ。
さらに、ニコへ肩を借りながら歩くレイの姿もあった。
猫又は目を見開く。
「……ニコ!」
「レイ!」
「みんな!」
住民たちの怒号が響く。
「ヴィジョンは命を軽んじた!」
「ヴィジョンを倒せ!」
「その手は血まみれだ!」
「いつまでも俺たちの口を封じられると思うな!」
サラの笑みが消える。
「……。」
「なるほど。」
「爆破エリアから抜け出してくるなんて、中々やるじゃない。」
しかし、すぐに冷静さを取り戻す。
「でも。」
「これで全てが公になるなんて思ってないわよね?」
「忘れないで。」
「ここには、うちの人間しかいない。」
サラが静かに右手を上げる。
「命令よ。」
「撃ちなさい。」
その瞬間。
レイの瞳が鋭く細まる。
「――!」
住民たちの悲鳴が上がる。
「本気だ!」
「撃たれる!」
だが――。
その時。
遠くからサイレンが鳴り響いた。
ウゥゥゥゥゥ――。
パトカー。
さらに報道ヘリ。
テレビ中継車。
レポーターの声が拡声器から響く。
「速報です!」
「あのヴィジョンに重大な人命軽視が発覚しました!」
「情報提供を受けた本局取材班は、治安局部隊と共にデッドエンドホロウ入口へ到着!」
「現在、現場は治安局によって封鎖!」
「治安官を装っていた不審者を多数拘束したとのことです!」
傭兵たちは完全に動揺した。
「サラ長官!」
「治安局に囲まれました!」
サラは無言。
さらに別の傭兵が叫ぶ。
「白祇重工も来ています!」
「メディアまで連れて来ています!」
「もう制御できません!」
ニコが得意げに笑った。
「ふふん。」
「ヴィジョンが素直に交渉するわけないと思ってね。」
「ホロウを出てすぐ、白祇重工へ連絡したのよ。」
「さすが競合他社。」
「動きが早いわね。」
傭兵たちは完全に戦意を失う。
「サラ長官……。」
「どうしましょう……?」
返事はない。
「サラ長官?」
「……いない!」
その瞬間。
レイが前へ出た。
「逃がしません。」
ニコが肩を掴む。
「ちょっ――!」
しかしレイは静かにその手を外した。
「サラは危険です。」
「ここで逃がすわけにはいきません。」
四枚の純白の翼が大きく広がる。
次の瞬間。
レイは一直線に空へ舞い上がった。
「レイ!」
ニコは思わずため息をつく。
「まったくもう……。」
◇
その頃。
治安局は現場を完全に制圧していた。
「報告!」
「現場の容疑者は全面降伏!」
「住民全員の無事を確認しました!」
歓声が上がる。
「助かった!」
「俺たちは助かったんだ!」
「あとで治安局で事情聴取を受けるらしいぞ!」
猫又は静かにその場を離れようとする。
「……。」
だが。
「うわぁっ!」
誰かと正面からぶつかった。
「いたた……。」
見上げると、そこにはアンビーが立っていた。
「何してるの?」
「一人でこそこそしてたから。」
「治安局が事情聴取をするって、さっき放送してたでしょう。」
猫又は目を逸らす。
「でも……。」
「解決したのはあんたたちだし。」
「あたしなんか、いなくても……。」
アンビーは首を振る。
「違う。」
「あなたはヴィジョンを裁くための重要な証人。」
「それに――。」
「邪兎屋にとっても。」
猫又は苦笑した。
「罠にかけようとした犯人、でしょ……。」
アンビーは淡々と言う。
「あなたはまだ、自分の分を払ってない。」
「……え?」
「食事代。」
「依頼が終わったら、みんなでご飯に行くって言ったでしょう。」
「今回は割り勘。」
「待って!」
「なんであたしまで払うの!?」
そこへビリーが割って入る。
「店長たちもプロキシ兄妹も来るぜ!」
「しかも食べ放題だ!」
アンビーは猫又へ手を差し伸べる。
「正式に聞く。」
「猫又。」
「私たちと、ご飯に行く?」
ニコも笑う。
「サバなら好きなだけ食べられるわよ。」
猫又は照れ臭そうに頬を掻く。
「……。」
「ほんとに。」
「好きなだけ食べていいなら……。」
「考えてやっても……いいぞ。」
その言葉に、その場は笑いに包まれた。
ビリーがふと思い出す。
「そういえば親分。」
「レイちゃんは?」
ニコはスマートフォンを見ながら肩をすくめた。
「メールは送ってあるわ。」
「たぶん、そのうち来るでしょ。」
◇
その頃――。
人気のない裏路地。
崩れた建物の影へ、一人の女性が静かに身を潜めていた。
「……。」
足音が近付く。
次の瞬間。
四枚の純白の翼を広げた少女が、音もなく路地へ降り立った。
翼がゆっくりと閉じる。
翼の付け根へ取り付けられた機構から、小さな駆動音が響いた。
レイは静かに告げる。
「見つけました。」
「これ以上の逃走は無意味です。」
「大人しくしてください。」
サラは振り返る。
その口元には、恐怖ではなく興味深そうな笑みが浮かんでいた。
「……へぇ。」
レイは一歩前へ出る。
「治安局へ引き渡します。」
「抵抗はやめてください。」
サラは首を傾げる。
「あなた。」
「本当に不思議な存在ね。」
「……?」
レイは僅かに眉をひそめた。
サラはまるで研究者が実験結果を眺めるような視線で、レイの全身を見渡す。
「ホロウ内部に長時間滞在しても、エーテル侵蝕は一切確認されない。」
「翼に取り付けられた未知の機構。」
「そこから展開される武装。」
「そして――」
サラは微笑む。
「あなたの体内で循環している、未知のエネルギー。」
「それを統括しているシステム。」
その言葉に。
レイの瞳が大きく揺れた。
「……!」
どうして。
この女性が。
そこまで知っている。
レイの表情を見て、サラは満足そうに笑う。
「やっぱり。」
「図星だったのね。」
レイは無意識に一歩下がる。
胸の奥がざわつく。
今まで感じたことのない寒気。
目の前の女は、自分という存在を丸裸にしようとしている。
そんな感覚だった。
サラは静かに続ける。
「あなた。」
「欲しいわ。」
「……。」
「その体も。」
「その翼も。」
「その武器も。」
「そのシステムも。」
「全部。」
レイは無言のまま警戒を強める。
サラは小さく肩をすくめた。
「でも。」
「今日は分が悪いわね。」
「治安局も来ているし。」
「あなたとも、まだ十分に遊べていない。」
サラは意味深に微笑む。
「また会いましょう。」
「レイちゃん。」
その瞬間。
足元へ小さな筒が落ちた。
シュウゥゥ――。
白煙が一気に路地を埋め尽くす。
「!」
レイは翼を大きく羽ばたかせる。
突風が煙を吹き飛ばす。
しかし。
煙の向こうには、もう誰の姿もなかった。
「……逃げられました。」
静まり返った路地。
レイは煙が消えた先を見つめながら、小さく拳を握る。
胸の奥が、ざわつく。
今まで感じたことのない感覚。
サラという女性は、自分の知らない何かを知っていた。
まるで、自分という存在そのものを見透かされたような感覚。
「……これは。」
レイは胸へそっと手を当てる。
鼓動が、少しだけ速い。
『君は感情のままに生きればいい。』
あの声が脳裏によみがえった。
「……これも、感情なのでしょうか。」
答えはない。
路地を吹き抜ける風だけが、白い羽根を静かに揺らしていた。
次回一章はラストです。その次は間を挟んで二章に入ろうかなと思っています。