第ニ十話 ――白翼と依頼――
昼下がり。
用事を終えたアキラとレイは、六分街へ戻ってきていた。
『Random Play』
扉を開ける。
カラン、とベルが鳴る。
「ただいま。」
「……戻りました。」
カウンターの奥からリンが顔を上げた。
「お兄ちゃん、レイちゃん、おかえり!」
「それと、お疲れ様!」
笑顔で二人を迎える。
そして、何かを思い出したように手を叩いた。
「あ、そうだ。」
「今、空いてる?」
「お兄ちゃんにちょっと用があるの。」
「レイちゃんも一緒でいいよ。」
アキラは頷く。
「分かった。」
レイも静かに返事をする。
「……分かりました。」
「とりあえずバックヤードで話そ。」
◇
三人はバックヤードへ移動した。
リンはテーブルの上へ一冊の帳簿と数枚の資料を並べる。
「来た来た、お兄ちゃん。レイちゃん。」
「実は今日、話したいことが二つあって。」
アキラは資料を見る。
「そんなに大事な話?」
「うん。」
リンは真面目な表情で頷いた。
「まずは一つ目。」
「うちの今月の収支だけど……」
その一言で。
なぜかアキラの肩が跳ねた。
「ち、違うんだ、リン!」
「確かにゲームにお金を注ぎ込んだけど、あれは……」
リンは首を傾げる。
「ゲームって?」
「何のこと?」
「こっちは真面目な話をしてるんだから、まずは聞いてよ。」
「…………」
アキラは静かに口を閉じた。
レイはアキラを見る。
「ゲームというものはよく分かりませんけど。」
「お金を注ぎ込んだのですね。」
じーっ。
少しだけ冷たい視線。
アキラは思わず目を逸らした。
「……後で説明する。」
リンは苦笑しながら話を戻す。
「じゃあ続けるね。」
「ビデオ屋の経営だけど、特に変わったことはないかな。」
「今月の収入も、普段とほぼ同じ。」
「問題は……」
一枚の資料をめくる。
「私たちのプロキシ事業。」
「インターノットで作った新しいアカウントだけど、やっぱりレベルが低すぎてさ。」
「受けられる依頼が少ないんだよね。」
「今月の収入は、前の三分の一もないの。」
その時だった。
モニターが光る。
Fairyの声が部屋へ響く。
「補足。」
「現時点で受けられる依頼の中から、私が最も収益性の高い案件を選出したことで、貴方様の収入を32.21%向上させることに成功しています。」
「その収入金額は、インターノット既存ユーザーの47%を上回るものです。」
リンは即座に言い返した。
「調子に乗らないで、Fairy。」
「今からあんたの話をするんだから。」
そして。
一枚の請求書をアキラへ突き付ける。
「聞いてよ、お兄ちゃん。」
「Fairyのせいで。」
「今月の電気代が前の6倍になったの!」
「6倍!?」
アキラは思わず立ち上がる。
「Fairy!」
「どういうことか、ちゃんと説明してくれ!」
Fairyは淡々と答えた。
「すみません。」
「よく分かりませんでした。」
「またその返し!」
リンは頭を抱える。
「あー! こういう時だけ『人工無能』のフリをするー!」
「あんたがH.D.D.を制御できるのをいいことに、ほぼ二十四時間フル稼働させたからこうなったんでしょ!」
アキラは請求書を見つめたまま呟く。
「……今月のローン払えるかな。」
「だよね……。」
リンも肩を落とした。
「でも、こういう時ほどお金に目が眩まないように気を付けないと。」
レイは二人を見比べる。
「……大変ですね。」
その一言に。
兄妹は同時に苦笑した。
リンは表情を引き締める。
「実はね。」
「これが二つ目の話。」
一通のメッセージ画面を表示する。
「さっき。」
「インターノットを介して、高額の指名依頼が来たの。」
「でも詳細はDMで送る、としか書いてなくて。」
「何をしてほしいのかは全然分からない。」
アキラも画面を覗き込む。
リンは腕を組んだ。
「私たちのアカウントは、まだレベルも低いし。」
「これといった実績もない。」
「それなのに、わざわざ指名依頼なんて。」
「……なんか怪しくない?」
「依頼人は何か企んでるのかも。」
「最近はインターノットを使った詐欺も多いし。」
アキラは頷く。
「いっそ誰なのか分かればいいけど。」
「無理だろうな。」
「インターノットは匿名フォーラムだ。」
「ユーザー情報はトップシークレットだから。」
すると。
Fairyが静かに割り込んだ。
「異議あり。」
「この指名依頼には、依頼人の身分に関する隠された情報が存在する可能性があります。」
リンは目を瞬かせる。
「身分に関する……隠された情報?」
「つまり、どういうこと?」
Fairyは説明を続ける。
「依頼元アカウントは、投稿前日に新規作成されています。」
「アイコンには明確な被写体の存在しない低解像度画像が使用されています。」
「ネット上に同一画像は存在しません。」
「ユーザー本人が撮影した可能性が高いと推測します。」
「全都市ストリートビューおよび地面の原材料データと照合した結果。」
「この画像の撮影地点は、ヤヌス区境界付近。」
「『旧都地下鉄改修プロジェクト』工事現場と一致しました。」
リンが目を見開く。
「ほんと!?」
「確か……。」
「ヴィジョン事件のあと、地下鉄改修プロジェクトの入札がやり直されたんだよね。」
「今回の請負を勝ち取ったのは……。」
「白祇重工。」
アキラも頷く。
「一般人が工事現場へ行くことはまずない。」
「依頼人は……白祇重工の関係者かもしれない。」
その時。
Fairyが再び告げる。
「マスター。」
「現在、とあるテレビ番組に白祇重工関係者がゲスト出演しています。」
リンはアキラを見る。
「そういうことなら。」
「お兄ちゃん。」
「その番組、見てみようよ。」
レイも静かにテレビへ視線を向けた。
「……白祇重工。」
「どのような人たちなのでしょう。」
リンはリモコンを手に取る。
そして。
テレビの電源を入れた。
◇
陽気な音楽とともに、子ども向け番組が始まった。
『ボンプは知っている』
司会ボンプが元気いっぱいに番組を進行し、ゲストとして白祇重工の社員・アンドーを紹介する。
しかし、今日のテーマは子ども向けとは思えないものだった。
『白祇重工 VS ヴィジョン 地下鉄改修プラン比べ』
アンドーは「こんな難しい話、子どもに分かるわけがない」と呆れる。
ところが。
番組に出演していた一人の子どもが、地下鉄改修計画について専門家のような説明を始めた。
白祇重工が独自開発したホロウ用重機はエーテル侵蝕に耐える性能を持ち、ホロウ内部でも安全に工事を続けられる。
そのため、古い地下鉄施設を再利用でき、爆破解体を行わずに済む。
工事費を抑えられるだけでなく、環境への負荷も軽減できるという内容だった。
レイが感心したように呟く。
「ちゃんと考えられた工事なんですね。」
アキラも腕を組む。
「ヴィジョンの計画より、安全性とコストを重視した案ってことか。」
だが。
番組の流れはそこで変わる。
ライオンの着ぐるみ姿の『レオンくん』が、白祇重工の案へ疑問を投げかけた。
古い地下鉄を利用する以上、工事期間は長くなる。
ホロウの環境変化に、本当に最後まで対応できる保証はあるのか。
それならば、ヴィジョンが提案していた爆破解体による全面建て替えの方が、安全で合理的ではないか。
レオンくんの主張を聞いた子どもたちは、今度は一斉にヴィジョンを褒め始める。
アンドーは呆れたように頭をかいた。
しかし。
レオンくんは追及を止めなかった。
「白祇重工だって、数年前に不祥事を起こしている。」
突然飛び出した話題に、アンドーの表情が険しくなる。
「おい、どういう魂胆で言ってやがる!」
レオンくんは肩をすくめるような仕草を見せる。
「どーどー、アンドー君。子供たちが怖がっちゃうガオよ~」
アンドーは眉をひそめた。
「いちいち喋り方が胡散臭えんだよ……。」
そして勢いよくレオンくんを指差す。
「着ぐるみなんぞに隠れてねえで、裏の顔を見せやがれ――!」
次の瞬間。
着ぐるみの頭が外れる。
「!」
アンドーは目を見開いた。
「中身もライオンだと!?」
レオンくんは不敵に笑う。
「くっくっく、いやだなあアンドー君……僕に裏の顔なんてないよ。」
番組を見ていた子どもも驚きを隠せない。
「そ、そんな……?」
レオンくんはなおも笑みを崩さない。
「裏の顔があるのはさあ――」
「建設会社の経営を隠れ蓑にして……」
「大金を持ち逃げした、どっかの社長の方じゃないかい?」
◇
テレビ画面の中では、まだ騒ぎが続いていた。
「……あっちゃあ~。」
「スタジオ、大荒れだね。」
「こんな番組、放送しちゃっていいのかな。」
アキラも黙って画面を見つめていた。
子供向け番組とは思えないほど、企業同士の問題が浮き彫りになっている。
「でも意外。」
リンが腕を組む。
「白祇重工にも黒歴史なんてあるんだね。」
「今まで結構、好感度高めなイメージだったのに……。」
レイは首を傾げる。
「企業にも……過去があるんですね。」
「人と同じです。」
リンが少し驚いたようにレイを見る。
「……そうだね。」
「会社だって、作ってるのは人だからね。」
再びテレビへ視線を戻す。
「この地下鉄改修プロジェクト。」
「まだまだ波乱がいっぱいありそう。」
その時だった。
部屋に電子音が響く。
『ピコン』
Fairyの声が響いた。
『マスター。』
『指名のあった依頼人からDMが届きました。』
アキラが振り向く。
「向こうから連絡が来たのか?」
『肯定。』
『DMの一部に、“生きるか死ぬか”を迫られる内容を検出しました。』
リンの表情が変わる。
「え?」
その言葉に。
レイとリンの動きが止まる。
リンが慌てる。
「い、『生きるか死ぬか』!?」
「!!!」
レイも心配そうにする。
そしてFairyが読み上げる。
『ただ今、読み上げます。』
『「パエトーン」。』
『「オレらに力を貸してくれ!」』
『「恥を忍んで言うが……オレらは今、生きるか死ぬかの瀬戸際だ。」』
『「力を貸してくれ――頼れる相手は、お前しかいねえんだ!」』
Fairyは続ける。
『「事情が事情なんでな。」』
『「依頼内容をここに書けば、一発でこっちの正体がバレちまう。」』
『「つうことで、ここはひとつサシで会おうや。」』
『「明日の朝5時に、六分街の交差点に来てくれ。」』
『「頼む!」』
静寂。
しばらく誰も話さなかった。
やがて。
レイが小さく手を挙げる。
「……Fairyさん。」
『はい。』
「次からは。」
「誰が『生きるか死ぬか』なのか。」
「ちゃんと言ってください。」
「重要な情報だと思います。」
リンは少し考える。
「でも。」
「DMを見る限り、依頼人は本当に困ってるみたいだね。」
「それに……。」
「嘘をついてるというより、正直に助けを求めてる感じもする。」
しかし。
リンの表情はすぐに曇った。
「でも。」
「サシで会おうってところで、急に怪しくなったよね……。」
「依頼内容も教えてないのに。」
「直接プロキシに会いたいなんて非常識じゃない?」
「しかも朝5時だよ?」
レイは静かにDMを見る。
そして。
ある一文で視線を止めた。
「……。」
「ん?」
「待ってください。」
二人が振り向く。
「アキラさん。」
「リンさん。」
レイは画面を指差した。
「DMの一行目です。」
「『パエトーン。オレらに力を貸してくれ』。」
「……。」
「アキラさんもリンさんも。」
「このアカウントでは一度も『パエトーン』と名乗っていませんよね?」
アキラの表情が変わる。
リンも息を呑む。
「……。」
「なんでこの人は。」
「私たちの正体を知っているんでしょうか。」
その瞬間。
Fairyの声が響く。
『マスター。』
『依頼人から、もう一通DMが届きました。』
全員が画面を見る。
『「報酬の20%を前金として振り込んだ。」』
『「こいつは心ばかりの誠意ってやつだ。」』
『「マジに頼んだからな!」』
『インターノットアカウントへの振り込みを確認。』
リンが固まる。
「……。」
「お兄ちゃん。」
「やっぱり。」
「これ、罠かもしれないよ。」
「会いたいっていうのは、私たちをおびき寄せるためかも。」
「前金を払ってくれたとしても。」
「この依頼は受けちゃダメだよ。」
「ね?」
「Fairyに遠回しに断ってもらお。」
『承知しました。』
『……ですが。』
『振り込まれた金額は、先月のインターノットにおける総収入の1.1倍に相当します。』
『本当に返金しますか?』
「……。」
リンの動きが止まる。
「い。」
「いくら……?」
『先月のインターノットにおける総収入の1.1倍です。』
「…………。」
アキラが苦笑する。
「Fairy。」
「その言い方はずるいだろ……。」
レイは少し考える。
「お金で判断するのは危険です。」
「ですが。」
「本当に困っている可能性もあります。」
アキラは頷いた。
「そうだな。」
「本当に助けが必要なのかもしれない。」
「……困ってる人を放ってはおけない、だろ?」
リンは少し悩む。
「うん……。」
「……。」
「あ、えっと。」
「意外と安全だったりして、とか?」
苦笑い。
「そうだ!」
「お兄ちゃん。」
「ランニングするフリでもしてさ。」
「明日の朝、こっそり様子を見てきたら?」
レイは不安そうに呟く。
「本当に大丈夫なんでしょうか……。」
◇
翌日。
早朝。
六分街。
約束の時間が近づいていた。
リンは準備をするアキラへ声をかける。
「そろそろ約束の時間だね。」
「お兄ちゃん、準備はいい?」
アキラは頷く。
「少し緊張するけど。」
「臨機応変に対応してみるよ。」
リンは笑顔を向ける。
「お兄ちゃん、頑張ってね!」
「ホロウでイアスを操ってる時の勢いでいけば、きっと大丈夫!」
そして。
少し心配そうに。
「いってらっしゃい、お兄ちゃん。」
「何かあったら。」
「私とFairyがいつでもサポートしてあげるからね。」
その横で。
レイも静かにアキラを見る。
「……気を付けてください。」
「危険を感じたら。」
「無理はしないでください。」
アキラは微笑む。
「ありがとう、レイ。」
そして。
早朝の六分街へ向かっていった。
感想が、欲しい{欲張りですまない}