眩しい光が、少女の瞳を照らした。
長い暗闇。
崩壊した街。
そして、ホロウ。
そこでは常に死の気配が漂っていた。
しかし。
今、少女の目の前に広がっている景色は違った。
高くそびえる建物。
行き交う人々。
色鮮やかな看板。
機械の駆動音。
車が行き交う音。
誰かの笑い声。
すべてが動いている。
すべてが、生きている。
「……。」
少女――レイは静かに街を見上げた。
これが。
新エリー都。
夢の中で見た崩壊した世界とは違う。
まだ人がいる。
まだ、この世界は生きている。
そんなことを、ぼんやりと思った。
「どう?」
隣から声がかかる。
ニコだった。
「初めて見る新エリー都の感想は?」
レイは少し考えた。
「……人が多い。」
「あははっ、まあそうなるわよね。」
ニコは肩をすくめる。
「ホロウの中と比べたら、こっちは天国みたいなものよ。」
その横で、ビリーが大きく伸びをした。
「いやぁ~! やっぱり外の空気は最高だぜぇ!」
「ホロウの中じゃ、いつスクラップになるか分かったもんじゃない!」
「あなたの場合、ホロウじゃなくても壊れそう。」
アンビーが淡々と返す。
「えぇっ!? アンビー、それ結構ひどくない!?」
三人はいつものように軽口を交わしていた。
レイは静かにその様子を眺める。
少し前まで命を懸けて戦っていたというのに。
もう笑っている。
その空気が、不思議だった。
「さて。」
ニコが手を叩く。
「レイ。」
名前を呼ばれ、レイは顔を向ける。
「あなたについて聞きたいことが山ほどあるんだけど……その前に。」
ニコはアンビーとビリーへ視線を向けた。
二人も小さく頷く。
「私たち三人で少しだけ話をさせて。」
レイは黙って考え、
静かに頷いた。
「……分かった。」
「ありがとう。」
ニコは少しだけ柔らかく笑う。
「すぐ戻るから、その辺で待ってて。」
三人は近くの路地へ歩いていった。
◇
レイは一人になった。
街を歩く人々を眺める。
誰もが当たり前のように笑い、
話し、
生活している。
その光景は、どこか眩しかった。
しかし。
時間が経つにつれ、
胸の奥に小さな疑問が浮かぶ。
何を話しているのだろう。
自分のことだろうか。
気にならないと言えば嘘になる。
「……。」
気付けば。
レイの足は路地へ向かっていた。
音を立てないように。
気配を消すように。
ただ、知りたかった。
◇
路地裏。
ニコが腕を組んでいた。
「で、どう思う?」
「記憶喪失という話は本当。」
アンビーが淡々と答える。
「少なくとも演技には見えなかった。」
「でも普通じゃないよ。」
ビリーも続ける。
「あの戦い方。初めて武器を握った人には見えなかった。」
ニコは小さく息を吐く。
「……そうよね。」
イアスが静かに口を開く。
「それで、例の子は?」
レイの目が大きく開く。
(……しゃべった。)
言葉を話した。
それがあまりにも衝撃で、
思わず一歩後ろへ下がる。
その足が。
ゴミ箱にぶつかった。
ガタンッ!
静かな路地に大きな音が響く。
全員の視線が一斉に向く。
「……。」
沈黙。
「……見つけた。」
アンビーがぽつりと言う。
レイは物陰からゆっくり姿を現した。
「……ごめん。」
ビリーが苦笑する。
「まあ、気になっちゃうよね。」
ニコは額に手を当て、大きくため息をついた。
「はぁ……。」
「隠し事って、長続きしないものね。」
レイはイアスを見つめる。
「……しゃべった。」
ニコは苦笑しながら肩をすくめる。
「この子はちょっと特別なのよね。」
「まあ、そういうことなの。」
イアスの口から、先ほどとは違う落ち着いた少女の声が返ってくる。
レイは瞬きを繰り返す。
「……また、しゃべった。」
ニコは真剣な表情へ戻る。
「レイ。」
「あなたには話しておいた方がいいことがある。」
「ここじゃ落ち着いて話せない。」
「だから、ある人たちのところへ行きましょう。」
「私たちがいつも世話になってる場所。」
レイは静かに頷いた。
「……分かった。」
◇
四人と一体は歩き始める。
目的地は。
新エリー都、ヤヌス区。
六分街。
賑やかな商店街を抜けた先。
どこか懐かしい雰囲気の漂う一角に、
一軒の小さな店が建っていた。
店先には映画のポスター。
入口には営業中の札。
看板には英字で店名が書かれている。
**Random Play**
一見すれば、ごく普通のレンタルビデオ店。
レイは静かに店を見上げる。
何も知らないまま。
その扉の前へ、一歩足を踏み出した。
◇
# 第六話 ――Random Play――
カラン。
小さなベルの音が店内に響いた。
木製の扉がゆっくりと開く。
レイは店内を見渡した。
壁一面に並ぶ無数のビデオ。
色鮮やかな映画のポスター。
木の香りが残る棚。
ホロウの荒廃した景色とは正反対の、どこか落ち着いた空間だった。
「ついたわよー」
ニコが店の奥へ向かって声を張る。
「おかえり。」
穏やかな声とともに、一人の青年が奥から姿を現した。
黒髪の青年。
優しげな笑みを浮かべたその人物は、邪兎屋の三人を見て安心したように微笑む。
「みんな無事でよかった。」
その後ろから元気な声が飛んできた。
「おかえりー!」
勢いよく現れた少女は、ニコたちを見回したあと、レイの姿を見つけて目を丸くする。
「その子が?」
「ホロウで会った子よ。」
ニコが答える。
少女はレイの前まで歩いてくると、にっと笑った。
「初めまして!」
「わたしはリン。」
「こっちは兄のアキラ。」
アキラは軽く会釈した。
「初めまして。」
「とりあえず、中へどうぞ。」
レイは静かに頷き、店の中へ足を踏み入れた。
◇
店の奥へ移動すると、全員がソファへ腰を下ろした。
その時だった。
「ンナンナ。」
イアスがリンのもとへ駆け寄る。
「お疲れ、イアス。」
リンは慣れた手つきで抱き上げ、その頭を優しく撫でた。
レイはその様子をじっと見つめる。
リンはその視線に気付くと、小さく笑った。
「あ、そうだ。」
「まだちゃんと自己紹介してなかったね。」
「ホロウでイアスを通して話してたの、わたし。」
レイは少し目を見開く。
「……あなたが。」
「うん。」
「イアスと感覚同期して、ホロウではこの子を通してみんなを案内してたんだ。」
アキラが穏やかに続ける。
「俺たちはプロキシ。」
「ホロウでエージェントたちを目的地まで導く仕事をしている。」
リンが笑って言葉を引き継ぐ。
「その時の名前が――パエトーン。」
「……パエトーン。」
レイは小さくその名を繰り返した。
ニコが腕を組みながら笑う。
「この兄妹、本当にすごいのよ。」
「新エリー都じゃ、知らないホロウレイダーはいないくらいの伝説のプロキシ。」
ビリーも大きく頷く。
「そうそう!」
「パエトーンがいなかったら、俺たち何回ホロウで迷ってたか分かんないよ!」
「ビリーは方向音痴。」
アンビーが淡々と言う。
「否定できない……。」
ビリーが肩を落とし、店内に小さな笑いが広がった。
レイは静かにその光景を見つめていた。
◇
笑いが落ち着くと、アキラが改めてレイへ向き直る。
「それじゃあ、今度は君のことを聞かせてもらえるかな。」
レイは静かに頷く。
「……私は。」
「記憶がない。」
「名前以外。」
「何も思い出せない。」
「家族も。」
「どこから来たのかも。」
「どうしてホロウにいたのかも。」
店内に静かな空気が流れる。
リンも笑顔を消し、真剣な表情になった。
「そうだったんだ……。」
ニコも小さく息を吐く。
「やっぱり、本当に記憶喪失だったのね。」
アキラは少し考え込んだあと、穏やかに尋ねた。
「これから、どうするつもり?」
レイは答えられなかった。
行く場所。
帰る場所。
思い浮かばない。
「……分からない。」
短い返事だけが店内に響く。
◇
アキラとリンは顔を見合わせた。
言葉はなくても、お互いの考えは伝わっていた。
やがてアキラが口を開く。
「それなら。」
「ここで働いてみない?」
レイは顔を上げる。
「……ここで?」
アキラは優しく微笑む。
「住む場所がないなら、この店を使ってくれて構わない。」
「店番を手伝ってもらえたら、こっちも助かる。」
「もちろん、無理にとは言わない。」
「記憶が戻るまででもいい。」
「君が安心して過ごせる場所になればと思う。」
リンも笑顔で頷く。
「大歓迎!」
「最近忙しかったし、人手も欲しかったんだ!」
「それに、せっかく会えたんだもん。」
「一人で困ってるなんてもったいない!」
レイは二人を見つめる。
出会ったばかりの自分に。
どうしてここまで優しくしてくれるのか。
理由は分からない。
それでも。
胸の奥が少しだけ温かくなった。
「……いいの?」
「もちろん。」
アキラは迷いなく答えた。
リンも笑顔で言う。
「今日からレイもRandom Playの仲間!」
ニコは満足そうに笑う。
「これで安心ね。」
ビリーも笑顔を向けた。
「よろしくね、レイ!」
アンビーも静かに頷く。
「歓迎する。」
レイは少し俯き、
小さく口を開いた。
「……ありがとう。」
その一言は。
今までで一番、感情のこもった言葉だった。
◇
夜。
営業を終えたRandom Playは静かな空気に包まれていた。
リンが毛布を抱えてやって来る。
「今日はソファで我慢してね。」
「部屋のことは、明日みんなで考えよう。」
レイは静かに頷く。
「……うん。」
毛布を受け取り、ソファへ横になる。
天井を見上げる。
目を覚ました時。
自分には何もなかった。
名前しかなかった。
けれど今は違う。
話しかけてくれる人がいる。
笑い合える人がいる。
帰ることのできる場所がある。
レイはゆっくりと目を閉じた。
「……おやすみ。」
小さな呟きは静かな店内へ溶けていく。
今日まで、自分には帰る場所がなかった。
けれど今は違う。
六分街の夜は静かに更けていく。
Random Playで迎える最初の夜が、こうして始まった。
一応普段イアスと感覚同期しているのはアキラですが今回はたまたまリンが感覚同期していたという想定です。次回から一気に第一章まで飛びます。早くツインバスターライフル撃たせたいぜ。