第五話 ――白翼と招かれざる客――
薄暗い部屋。
無数のモニターが静かな光を放っている。
電子音だけが、規則正しく響いていた。
『対象――レイ。再分析を開始します。』
機械的な声が部屋に響く。
Fairy。
H.D.Dシステムに接続された高性能AIは、この数日間、何度もレイの解析を試みていた。
瞳。
身体構造。
戦闘データ。
ホロウ内での行動記録。
あらゆる情報を照合する。
しかし――。
『該当データなし。』
『既存データベースとの一致率、〇・〇二%。』
『翼部構造……解析不能。』
『エネルギー反応……測定不能。』
『警告。』
『対象の能力は、現在のデータでは完全な解析が不可能です。』
短い沈黙。
そしてFairyは静かに結論を出した。
『対象レイ。』
『継続観測を推奨します。』
◇
ホロウで出会ってから、およそ三日。
レイは少しずつ六分街での生活に慣れ始めていた。
Random Playの店番を手伝い。
商品の整理を覚え。
近所の人々とも少しずつ顔見知りになっていく。
最初こそ不思議そうな目を向けられていたものの、物静かで真面目な性格もあり、今では六分街の住民たちにも自然と受け入れられつつあった。
そして今日も営業の合間。
レイはバックヤードで休憩を取っていた。
ソファにはアキラ。
その隣にはリン。
テーブルには飲みかけのコーヒーとジュース。
テレビでは昼のニュースが流れている。
『続いてのニュースです。』
『旧都地下鉄改修計画について、工事を請け負うヴィジョンコーポレーション代表、パールマン氏へのインタビューです。』
画面が切り替わる。
スーツ姿の中年男性が、自信満々の笑みを浮かべていた。
『新エリー都と爆破エリアを結ぶ地下鉄は、共生ホロウ「デッドエンドホロウ」によって長年使用不能となっていた。』
『しかし我々ヴィジョンコーポレーションは、その困難を乗り越えたのだ。』
映像には巨大な列車。
貨車には大量の爆薬が積み込まれている。
『ホロウ内部に残る使用可能な路線を利用し、特殊車両によって爆薬を輸送。』
『エーテリアスを回避するため、徹底した安全対策を施した結果、爆薬の大部分を爆破エリアまで運ぶことに成功したのだ』
『地下鉄復旧計画は順調に進んでいる』
アキラが感心したように頷く。
「工事が行われる場所はホロウの近くで、しかも大勢の人員を移動させる必要がある」
リンも腕を組む。
「やっぱり、TOPS財政ユニオン入りを目指す企業はやることが違うね。」
レイは黙って画面を見つめていた。
映像の中を走る列車。
ホロウ。
そして、笑顔で話すパールマン。
「……。」
胸の奥に、小さな違和感が生まれる。
理由は分からない。
ただ。
何かがおかしい。
そんな感覚だけが残った。
その時だった。
突然、バックヤードにFairyの声が響く。
アキラが顔を上げる。
『警報。街道カメラにて、何者かが本店へ急速に接近しているのを確認。』
『推測――トイレを借りたい・レンタルしたビデオの期限が迫っている・
本店に対し悪さを企んでいる。』
リンが言う。
「なによ、変な言い方しちゃって。」
アキラも立ち上がる。
「お客さんが来ただけだろ、僕が出よう。」
そう言ってバックヤードの扉へ向かう。
ガチャリ。
扉を開けた、その瞬間――。
「ふみゃー!」
ドンッ!!
勢いよく何かが店内へ倒れ込んできた。
その何かは床へ転ぶ。
レイも立ち上がる。
床に倒れていたのは、一人の少女だった。
猫耳。
長い2つの尻尾。
猫のシリオン。
少女は鼻を押さえながらゆっくり起き上がる。
「いたたた……。」
「は、鼻が…。」
しばらく涙目で鼻をさすっていたが、不意にハッと顔を上げた。
勢いよく店内のテレビを指差す。
画面には、今も笑顔でインタビューを受けるパールマンの姿が映っている。
少女は大声で叫んだ。
「はっ!」
「あのダルマみたいなオッサンを信じちゃダメだ!」
店内が、一瞬で静まり返った。
◇
「えっと……ニャー?」
すぐに笑顔へ切り替える。
「いらっしゃいませ! ここは六分街で一番のビデオ屋だよ!」
アキラも営業スマイルを浮かべる。
「ご来店ありがとうございます。」
「お客様、どんなビデオをお探しですか?」
「ちょうど『7710と彼の猫』が入荷したところですよ。」
少女は一瞬だけ興味を示した。
「それってどんな映画? 面白いの?」
しかし、すぐにはっとする。
「……って、違う!」
「そんなことしてる場合じゃないぞ!」
店内の空気が少し引き締まる。
少女はアキラとリンを真っ直ぐ見つめた。
「分かってる!」
「あんたたち、『パエトーン』なんだろ!」
「プロキシのあんたたちに依頼がある!」
リンはきょとんとした表情を浮かべる。
「ぷろきし?」
「プロ仕様のきしめん?」
「食べ物なら雑貨店『141』がおすすめだよ!」
隣で聞いていたレイが静かに首を傾げた。
「……プロ仕様のきしめん?」
「きしめんって何ですか?」
リンは思わず苦笑する。
「えっと、レイちゃん。」
「それはまたあとで教えるね。」
リンは頭を抱えた。
「もう!」
「警戒しなくていい!」
「あたしは猫又!」
「ニコに言われて、あんたたちを探しに来たんだ!」
「悪いやつじゃないぞ!」
そう言って腰に付けたボンプを指差す。
「ほら!」
「ニコが使ってるボンプ!」
「これで信じてくれたか?」
リンは少し真面目な表情になる。
「うーん……。」
「偽物ってわけじゃなさそうだね。」
「確かにニコが使ってるボンプだ。」
レイも静かに猫又を見つめる。
「……嘘はついていないみたいです。」
リンは猫又へ問いかける。
「本当にニコのお友達?」
「ニコたちは今どこにいるの?」
猫又は勢いよく答えた。
「さっきニュースでやってた場所!」
「ヴィジョンの爆破エリア!」
「テレビに出てたあのダルマみたいなオッサン!」
「あいつは全員避難したって言ってたけど、本当は違う!」
アキラは額へ手を当て、小さくため息をついた。
「言ったそばから面倒事に巻き込まれたね……。」
リンも腕を組む。
「よりにもよってこんな時に。」
「ヴィジョンの工事現場でいったい何をしてたの?」
猫又は慌てて説明を始める。
「探しものだ!」
「……えっと、依頼したのはあたし!」
「それに赤牙組がケチをつけてきて、もみくちゃになって……。」
「とにかく人がぎゅうぎゅうで!」
「魚の缶詰みたいだった!」
リンは苦笑する。
「待って、ゆっくり話してよ。」
「ニコたちと魚の缶詰に……何か関係があるの?」
猫又は頭を抱えた。
「うぅ……。」
「説明がうまくできないぞ!」
「……そうだ!」
猫又はニコのボンプを持ち上げた。
「この中!」
「ここ数日の視覚データが保存されてるはずだ!」
「それを見ればきっと分かる!」
リンは少し困ったように笑う。
「それは難しいと思うな。」
「視覚データは所有者のニコにしか取り出せないから。」
「どうしてもなら、マルセルグループに問い合わせないといけないしね。」
その時。
「ピー。」
小さな電子音が響いた。
レイが首を傾げる。
「……なんの音ですか?」
アキラは少し考え込む。
「Fairyなら……何か方法を知っているのかもしれない。」
猫又が周囲を見回す。
「何か言ったか?」
「ファーリー……?」
リンは慌てて笑顔を作る。
「いやいや!」
「何のことかなあ!」
そして小声で呼びかけた。
「Fairy。」
「ちょっと手伝って。」
「ボンプの中のデータって取り出せる?」
すぐに機械音声が返ってくる。
『確認。』
『ボンプ内部の視覚記録を出力することで間違いありませんか?』
猫又が耳をぴくりと動かした。
「にゃ?」
「今、誰かしゃべったような……。」
「他にも誰かいるの?」
リンは乾いた笑いを浮かべる。
「あっはは。」
「新しくインストールしたPCアシスタントの声かな。」
「どう、Fairy?」
「データは取り出せそう?」
『可能です。』
『ボンプ内部の視覚記録を検索しています。』
『なお、「もっと早くFairyを頼るべきだった」と発言することを推奨します。』
「私がバカだった……って、ちょっと!」
「調子に乗らない!」
リンが即座にツッコミを入れた。
◇
数分後。
視覚データの解析が終わる。
猫又は自分の映像を見ながら顔を真っ赤にしていた。
「うぅ……。」
「猫をかぶってる自分を見るの、こんなに恥ずかしいなんて……!」
レイは純粋な表情で尋ねる。
「……あの『にゃ』って、わざとだったのですか?」
「えっ!?」
「い、いやいや!」
「ネコのシリオンはみんなこんな感じだ……にゃあ!」
リンは映像を止める。
「うん……。」
「状況は大体分かったよ。」
「あんたは今日、ニコたちと赤牙組の拠点を探しにデッドエンドホロウへ向かった。」
「そして今、ニコたちは爆破エリアにいる。」
猫又は力強く頷く。
「そう!」
「それからも色々あって……。」
「とにかくニコたちは今、爆破エリアにいる!」
その瞬間、Fairyが新たな情報を告げた。
『マスター。』
『ニュースチャンネルにて、今回の依頼に関連しているとみられる情報が放送されています。』
テレビの音量が上がる。
『速報です。』
『まもなくヴィジョン最後の輸送列車が、デッドエンドホロウへ向け出発します。』
『列車には爆破解体用の最後の爆薬が積載されています。』
『到着後、パールマン氏の指示で爆破解体が開始される予定です。』
猫又の顔色が変わる。
「まずい!」
「最後の列車がもう発車しちゃう!」
「視覚記録の続きを見てる時間はないぞ!」
「何とか爆発を止めないと!」
「ニコが灰になっちゃう!」
リンは真剣な表情になる。
「でも、どうやって?」
「みんなの前で列車を止めたら、その場で治安局に捕まっちゃう。」
アキラも腕を組む。
「通報するのが一番だけど……。」
「それじゃニコたちがホロウレイダーだと知られてしまう。」
少しの沈黙。
するとFairyが静かに提案した。
『提案。』
『ホロウ内部で列車を停止させることを推奨します。』
猫又は目を輝かせる。
「そっか!」
「ホロウの中なら外から直接見られない!」
アキラも頷いた。
「列車が必ず通る道を阻むことができれば。」
「理論上は可能だ。」
リンはすぐにFairyへ問いかける。
「Fairy。」
「列車の現在位置は?」
『追跡可能。』
『目標車両までの安全ルートを計算しています。』
アキラは決意したように頷く。
「よし。」
「今回は緊急事態だ。」
「デッドエンドホロウの中で列車を止める方法を探そう。」
その時。
静かに聞いていたレイが一歩前へ出た。
「……私も行きます。」
全員の視線が集まる。
アキラが穏やかに尋ねる。
「レイ。」
「危険な任務になる。」
「それでも行くの?」
レイは迷わなかった。
「ニコたちは。」
「私を助けてくれました。」
「今度は、私が助けます。」
短い言葉だった。
しかし、その瞳には確かな意思が宿っていた。
アキラは小さく微笑む。
「分かった。」
「君の実力は、あの時に見ている。」
「でも、無理だけはしないで。」
リンも笑顔で頷く。
「レイちゃんも一緒なら心強いね!」
「みんなでニコたちを迎えに行こう!」
猫又も大きく頷く。
「んにゃ!」
「急ぐぞ!」
こうしてレイ、アキラ、そして猫又は、新たなホロウ――デッドエンドホロウへ向かうことになった。
無口とは言え今回レイ喋らなすぎでは、次回戦闘たぶんします。