薄暗い空の下。
崩れた高架と錆びついた線路がどこまでも続いていた。
ホロウ独特の静寂の中を、レイと猫又、そしてイアスが進んでいく。
その時。
通信機からリンの声が聞こえた。
「もしもし、お兄ちゃん、猫又、レイちゃん。聞こえる?」
「おお!」
猫又が耳をぴくりと動かす。
「すごいぞ!」
「直接ホロウの中と通信できるプロキシなんて初めてだ!」
「どうりでニコが、新エリー都最強のプロキシって言うわけだ!」
リンは少し照れくさそうに笑う。
「悪い気はしないけど。」
「今は列車を止める計画に集中しよう。」
「動く前に、まずは要点をおさらいしてみて。」
猫又は胸を張った。
「大丈夫!」
「ちゃんと頭に入ってる!」
「目標は、爆薬を積んだヴィジョンの無人列車!」
「自動運転だから、線路を切り替えればトンネルへ誘導できる!」
レイも静かに続ける。
「そして列車がトンネルに入り、減速を始めたら。」
「猫又さんが、その隙にボンプを列車の上へ投げる。」
「私は、その道中の敵を排除します。」
通信の向こうでアキラが頷いた。
「そこからは僕の出番だ。」
リンも続ける。
「うん。」
「お兄ちゃんは列車のメンテナンスハッチから侵入して運転室へ向かって。」
「私とFairyがナビゲートするから、かっこいいところ見せてね。」
少し間を置いて、リンの声色が真剣になる。
「残念だけど、デッドエンドブッチャーの位置はまだ分からない。」
「三人とも、本当に気を付けて。」
「りょーかい!」
猫又が元気よく返事をする。
レイも静かに頷いた。
「任務、了解。」
「それじゃ。」
「行動開始。」
「グッドラック!」
通信が切れた。
◇
しばらく進むと。
巨大な地下鉄車両が線路を塞ぐように横倒しになっていた。
車体は大きくひしゃげ、不自然な角度で突き刺さっている。
猫又が首を傾げた。
「ん?」
「この電車……。」
「プロキシ、道を間違えたんじゃない?」
リンがすぐ答える。
「ううん。」
「進路は間違ってない。」
「見たところ、この車両は外部から強い力で投げ飛ばされたみたい。」
「たぶんエーテリアスの仕業だね。」
「うにゃ……。」
猫又は少し身震いした。
「なんて馬鹿力なんだ……。」
リンが続ける。
「目的地は車両の向こう側。」
「何とか越えられそう?」
猫又は車体を見上げる。
「あたしだけなら登れるけど……。」
「イアスも一緒となると難しいぞ。」
レイは静かに言った。
「私が飛んで運びましょうか。」
猫又は驚いて振り向く。
「え?」
「あんた飛べるのか?」
レイは自分の翼へ視線を向ける。
「……たぶん。」
「やったことはありませんけど。」
「何となく、できる気がします。」
その時だった。
「あ、あの……。」
か細い少女の声が聞こえた。
猫又が飛び上がる。
「んにゃっ!?」
「今、誰か喋った!?」
「まさか……電車が!?」
「しかも可愛い女の子の声だったぞ!」
「ええっ?」
再び声が返る。
猫又は車体へ近付き、真面目な顔で話しかける。
「電車さん!」
「あたしたち急いでるんだ!」
「ちょっとだけでいいから、どいてくれない?」
通信越しのアキラまで便乗する。
「お願いだ、電車さん。」
リンが思わず苦笑した。
「もう、お兄ちゃんまで。」
「向こうの女の子が怖がるでしょ。」
レイも少し考え込んでから、小さく頭を下げた。
「えっと……。」
「お願いします、電車さん。」
「レイちゃんまで……。」
リンは思わず額へ手を当てた。
すると。
「あの……。」
「皆様はホロウ調査協会の調査員様ですか?」
アキラが優しく問い返す。
「何か困っているのかな?」
猫又は首を横に振った。
「待って。」
「あたしたちが誰か聞く前に、まずは電車さんが名乗るのが業界のルールだぞ。」
「えっ!?」
「そ、そうなんですか?」
「すみません……。」
少し慌てた様子で少女が名乗る。
「私はカリン。」
「家事代行会社の従業員です。」
「星座は双子座。」
「血液型はRh-。」
「好きなことはお掃除で、市民ナンバーは――」
「いやいや!」
猫又が慌てて止めた。
「そこまで細かく紹介しなくていいぞ!」
「それで、どうしてこんな場所に?」
「危険なエーテリアスを避けていたら……。」
「同行していた皆さんとはぐれてしまって……。」
「私はキャロットのデータを持っていなくて……。」
「どうか私も連れて行っていただけませんか?」
レイは静かに呟いた。
「ホロウで道に迷った一般人……。」
猫又も腕を組む。
「家事代行の人がホロウなんて珍しいぞ。」
リンが冷静に言う。
「助けたいけど。」
「まず向こうへ行けない。」
「迂回したら作戦に間に合わなくなる。」
その時だった。
「あ、あの!」
カリンが声を上げる。
「もし私がお二人をこちら側へお招きできれば……。」
「そのまま連れて行っていただけますか?」
「にゃ?」
「そんな方法あるの?」
「少々お待ちください!」
「すぐ終わりますので!」
しばらくして。
ギィィィィィン――
金属を削る不気味な音が響き始めた。
猫又は車体へ耳を近付ける。
「下から来るのか?」
次の瞬間。
レイの瞳が大きく見開かれた。
「――危ない!」
とっさに猫又の腕を引く。
直後。
ガガガッ!!
丸鋸の刃が車体を突き破り、猫又の顔すれすれを通過した。
「いやあぁぁっ!!」
猫又が悲鳴を上げる。
通信の向こうでリンも声を張る。
「大丈夫!?」
やがて。
車体の下から一人の少女が姿を現した。
巨大な丸鋸を抱えたメイド服姿の少女。
「んしょ……。」
「うん、破れてない……。」
そして顔を上げる。
「あっ!」
「お待たせいたしました!」
「初めまして、調査員様!」
「カリン、ただ今電車をくぐり抜けて参りました!」
彼女はイアスを見て目を丸くする。
「えっ?」
「先ほどお話していたのは……ボンプ様だったのですか?」
「あわわ!」
「申し訳ありません!」
アキラは通信越しに苦笑した。
「ボンプってことでいいよ。」
「でも君も、普通の家事代行には見えないけどね。」
カリンは慌てて説明する。
「弊社はホロウ関連のお仕事も行っておりますので……。」
「そうだ!」
「皆様は先をお急ぎなんですよね?」
「きっと道中、お役に立ちます!」
「どうか私もご一緒させてください!」
猫又は通信へ問いかける。
「どうする?」
「この子が道を開けてくれたし。」
アキラが頷く。
「僕は問題ないと思う。」
リンも続ける。
「私も賛成。」
「でも、お互い知られたくないこともあるだろうから、その辺は気を付けてね。」
レイも静かに頷いた。
「私も、お二人の意見に賛成です。」
猫又は笑顔になる。
「カリンちゃん!」
「あたしたちについて来てもいいぞ!」
「その代わり、余計なおしゃべりはナシ!」
「それでいい?」
「は、はい!」
カリンは深く頭を下げた。
「よし!」
「それじゃ、先を急ぐぞ!」
三人が先へ進もうとした、その時だった。
ホロウ特有の不快な振動が空間を震わせる。
足元の瓦礫がわずかに揺れた。
レイが足を止める。
「……来ます。」
その声と同時に。
崩れた車両の影から、複数のエーテリアスが姿を現した。
異形の身体。
歪んだ外殻。
低い唸り声が地下空間に響く。
猫又はすぐに腰を落とし、戦闘態勢へ入った。
「囲まれてるな。」
猫又はちらりとカリンを見る。
「カリンちゃん。」
「戦闘のほうもヨロシク!」
「……。」
「カリンちゃん?」
「は、はい!」
カリンは慌てて武器を握り直す。
「やります……!」
その瞬間。
エーテリアスが一斉に襲い掛かった。
最初に動いたのはレイだった。
翼部に装着された機械が展開する。
複数のロックが解除され、二つの大型ライフルが姿を現した。
ライフル。
レイは両手でそれを構える。
狙い。
距離。
敵の動き。
全てが自然と理解できる。
なぜ扱えるのか。
なぜ、この武器の使い方を知っているのか。
レイ自身にも分からない。
けれど。
今は考える必要はなかった。
引き金を引く。
ドォン!!
黄色い光線が暗闇を切り裂く。
放たれたビームは一直線にエーテリアスへ向かい、その外殻を貫いた。
衝撃で敵の身体が吹き飛ぶ。
「すごいな……。」
猫又が感心したように呟く。
しかし、その瞬間。
別のエーテリアスがレイの死角へ回り込む。
「後ろ!」
猫又の姿が消えた。
次の瞬間。
敵の懐へ入り込む。
振り下ろされた腕を紙一重で避け、そのまま死角へ回る。
一撃。
二撃。
鋭い攻撃が敵の弱点を正確に捉える。
エーテリアスがよろめいた。
猫又は軽く距離を取る。
「動きが分かれば、怖くないぞ。」
まるで獲物を弄ぶ猫のような動きだった。
その時。
別のエーテリアスが猫又へ向かって腕を振り下ろす。
「危ない!」
カリンが飛び込んだ。
小柄な身体からは想像できない力で、猫又の身体を押し飛ばす。
直後。
巨大な腕が地面を叩きつけた。
轟音。
瓦礫が舞う。
猫又は驚いた表情を浮かべる。
「……。」
「カリンちゃん。」
「力、すごいな。」
カリンは慌てて首を振る。
「そ、そんな……。」
「私には、これくらいしか……。」
しかし。
その言葉とは裏腹に。
彼女は震える手で武器を構え直した。
エーテリアスが迫る。
カリンの手元にある長柄の武器。
その先端の刃が回転を始める。
ギィィィィン……。
「こ、怖いです……。」
「でも……。」
「ここで逃げたら、皆さんに迷惑をかけてしまいます!」
一歩踏み込む。
そして。
「えいっ!」
振り下ろす。
ギャリィィィン!!
高速回転する刃がエーテリアスの外殻を削る。
火花が散る。
硬い外殻が徐々に砕けていく。
最後の一押し。
カリンの一撃で、エーテリアスはその場に崩れ落ちた。
猫又が目を丸くする。
「……。」
「それ、かなりすごい武器だな。」
カリンは申し訳なさそうに俯く。
「す、すみません……。」
「変なものを持っていて……。」
猫又は笑った。
「褒めてるんだぞ。」
「頼りになるってことだ。」
その言葉に、カリンは少しだけ顔を上げた。
しかし。
まだ終わっていなかった。
レイの視線が奥へ向く。
「……まだいます。」
瓦礫の奥。
最後に残ったエーテリアスが姿を現す。
レイはライフルを下ろした。
翼部装置が再び展開する。
収納されていた別の武装が現れる。
ビームサーベル。
緑色の光刃が伸びる。
敵が突進する。
レイは動かない。
直前で一歩踏み込む。
すれ違いざま。
一閃。
光の刃が敵を切り裂く。
エーテリアスの動きが止まる。
そして。
ゆっくりと崩れ落ちた。
「……。」
静寂。
しかし。
猫又の耳が動いた。
「……にゃ?」
レイも同時に顔を上げる。
「来ます。」
次の瞬間。
崩れた瓦礫の奥から。
巨大な影が現れた。
それが姿を現した瞬間。
周囲の空気が変わった。
二本の太い腕。
異様なまでに巨大な拳。
ゴリラのような巨体を持つエーテリアス。
ファールバウティ。
その存在感だけで、先ほどまでのエーテリアスとは明らかに違うことが分かった。
猫又が低く呟く。
「……こいつ。」
カリンは思わず息を呑む。
「お、大きい……。」
レイは静かに相手を観察する。
体格。
筋肉量。
腕部の発達。
そして――。
「攻撃範囲が広い。」
その直後。
ファールバウティが咆哮した。
地面が震える。
次の瞬間。
巨大な拳が振り上げられた。
「来る!」
レイが叫ぶ。
ドゴォォォン!!
拳が地面へ叩きつけられる。
衝撃波が周囲へ広がった。
猫又はすぐに横へ跳ぶ。
「危ない危ない!」
「一発でも当たったら洒落にならないぞ!」
地面には大きな亀裂。
その威力は、ただの攻撃ではなかった。
ファールバウティが再び腕を振り上げる。
レイは翼部装置を展開。
ライフルを両手に構える。
「……。」
照準。
発射。
ズドン!!
黄色いビームが一直線に放たれる。
ファールバウティの胸部へ直撃。
しかし。
「……。」
わずかに身体が揺れただけだった。
外殻の一部が削れた程度。
「硬い……。」
レイが小さく呟く。
ファールバウティは怒りの咆哮を上げる。
そして。
巨大な拳を連続で振り下ろした。
ドゴォン!
ドゴォン!
ドゴォン!
一撃ごとに地面が砕ける。
猫又は攻撃の隙間を縫うように回避する。
「力は凄い。」
「でも……。」
猫又の目が細くなる。
「動きは単純だぞ。」
次の瞬間。
猫又の姿が消えた。
ファールバウティの足元へ滑り込む。
攻撃。
離脱。
また攻撃。
巨大な身体を持つ相手ほど、懐に入られると対応が遅れる。
猫又は一瞬の隙を見逃さない。
「こっちだぞ!」
ファールバウティが猫又へ向けて拳を振るう。
しかし。
猫又は紙一重で避ける。
拳が空を切る。
その瞬間。
「今です!」
カリンが叫んだ。
彼女は長柄の武器を握り締める。
怖い。
足が震える。
それでも。
「皆様を守らないと……!」
一歩踏み込む。
ギィィィィン!!
刃が高速回転する。
カリンはファールバウティの腕へ向けて武器を振り抜いた。
ガガガガガッ!!
激しい火花。
巨大な腕の外殻が削れていく。
「……!」
ファールバウティの動きが一瞬止まる。
猫又が笑う。
「やるじゃないか、カリンちゃん!」
「その隙、もらったぞ!」
猫又が跳ぶ。
敵の背後へ回り込む。
鋭い攻撃を叩き込む。
しかし。
ファールバウティは強引に身体を回転させた。
巨大な腕が薙ぎ払われる。
「危ない!」
レイが叫ぶ。
猫又はすぐに後退する。
だが。
ファールバウティは止まらない。
怒りに任せた連続攻撃。
拳。
拳。
拳。
周囲の瓦礫が吹き飛ぶ。
カリンは思わず後ずさる。
「こ、怖いです……。」
それでも。
彼女は武器を離さなかった。
「でも……。」
「ここで諦めたら……。」
「皆さんが危険です!」
レイはその姿を見ていた。
そして理解する。
この敵を倒すには。
普通の攻撃では足りない。
レイは再び両手に武器を持つ。
ライフル。
その瞬間。
胸の奥に知らないはずの感覚が蘇る。
――接続。
――出力集中。
――高威力射撃。
「……。」
なぜ分かるのか。
なぜ、この操作を知っているのか。
分からない。
でも。
身体は迷わなかった。
翼部装置が展開する。
左右のライフルが浮かび上がる。
機械音。
ロック解除。
そして。
二つの武器が並列に接続される。
黄色い光が集まり始める。
空間が震える。
猫又が目を見開いた。
「……なんだそれ。」
「今までとは、比べものにならないぞ。」
カリンも息を呑む。
「す、すごい……。」
ファールバウティがこちらへ向かってくる。
巨大な拳。
真正面から迫る。
レイは動かない。
照準を合わせる。
「これで終わらせます。」
ファールバウティが拳を振り下ろす。
その瞬間。
レイは引き金を引いた。
ドォォォォン!!
巨大な黄色い閃光。
それは暗闇のホロウを一瞬昼間のように照らした。
放たれた高出力ビームは、ファールバウティの巨体を真正面から貫く。
巨大な身体が停止する。
拳が地面へ届く前に。
動きが止まる。
そして。
ゆっくりと。
ファールバウティの身体が崩れていく。
エーテリアス特有の光の粒子となり、消滅していった。
静寂。
残ったのは、焼け焦げた地面だけだった。
猫又はしばらく言葉を失う。
「……。」
「一撃。」
「本当に一撃で倒したぞ。」
カリンも目を丸くする。
「す、すごいです……。」
レイは何も答えず、接続されたライフルを見る。
そして。
静かに翼部装置へ戻した。
「……。」
「急ぎましょう。」
その声には、わずかな戸惑いが混じっていた。
自分でも理解できない力。
けれど。
今は立ち止まる時間はない。
戦闘描写を含めて書いたらめっちゃ長くなっちゃった。