ファールバウティが消滅すると、ホロウは再び静寂に包まれた。
レイたちは周囲を警戒しながら歩みを進める。
道中で路線を変更したりしながら進んでいると、前方の空間がゆらりと揺らいでいた。
ホロウ特有の裂け目。
通信機からFairyの声が響く。
「この空間の裂け目はホロウの外へと通じています。」
「旅のお供、家事代行会社の従業員・カリンの依頼を達成可能です。」
猫又は首を傾げた。
「ん?」
「『パエトーン』、何か言ったか?」
アキラが通信越しに答える。
「カリン。」
「前方に出口がある。そこから出れば大丈夫だ。」
カリンは目を潤ませた。
「ほ、本当ですか?」
「出口が見つかったんですね……。」
「よ、よかった……!」
安心したように胸へ手を当てると、深々と頭を下げる。
「あの……。」
「本当に、ありがとうございました!」
「調査員様方のお力がなければ、カリンはきっと、このホロウを永遠に彷徨っていました……!」
猫又は照れ隠しのように笑う。
「それはお互い様だぞ。」
「カリンちゃんのおかげで、ずいぶん時間を短縮できたんだから!」
カリンはイアスを見つめる。
「その……。」
「ボ、ボンプのホロウ調査員様には初めてお会いしました。」
「よろしければ、お三人のお名前を教えていただけませんか?」
「今度、従業員一同でお礼に伺いたいんです。」
アキラは少しだけ笑った。
「それは……やめておいたほうがいいかも。」
「この業界では、あまり深入りしないほうがお互いのためだから。」
「縁があれば、また会おう。」
「カリン。」
カリンは少し寂しそうに微笑んだ。
「……はい。」
猫又は大きく手を振る。
「バイバイ、カリンちゃん!」
レイも小さく手を振った。
「バイバイ。」
カリンは二人の背中へ向かって、もう一度深々と頭を下げる。
そして静かに裂け目の中へと姿を消した。
◇
「あとは列車の到着を待つだけですね。」
「まだ猶予はあります。」
「おそらく間に合うでしょう。」
アキラの声が届く。
「ついて来てくれ。」
◇
Fairyが淡々と告げた。
「数分後列車が前方のエリアを通過します。」
猫又は笑みを浮かべる。
「オッケー!」
◇
数分後。
計画が実行される予定のトンネル内。
暗い線路の向こうから、爆薬を積んだヴィジョンの列車が轟音を響かせながら接近してくる。
Fairyが告げる。
「マスター。」
「間もなく列車が予定地点を通過します。」
「依頼人共々、行動できるよう準備してください。」
猫又がタイミングを見計らう。
「プロキシ!」
「今だ!」
イアスの身体へ同期したアキラが、大きく放り投げられる。
小さな身体は宙を舞い、列車の屋根へ落下した。
ドンッ!
Fairyが即座に分析する。
「気を付けてください、マスター。」
「お尻を列車のルーフへ強打しました。」
アキラは身体を起こしながら苦笑する。
「この身体、思ったより不便だな……。」
「手が短い。」
Fairyは真面目な口調で答えた。
「落ち込まないでください。」
「マスターの血縁者は、この姿を『小さくてとても可愛い』と高く評価していました。」
アキラはため息をつく。
「普段は可愛くなくて悪かったね。」
Fairyは続ける。
「この列車のメンテナンスハッチは、液体のような猫又でも通れないほど狭小です。」
「しかし現在のマスターであれば、熟練の忍者がスイカを割る程度に容易でしょう。」
「貴方様は世界の王ですから。」
アキラは苦笑しながらハッチへ向かう。
「はいはい。」
「緊急停止ボタンを押せば任務完了だ。」
その時だった。
車内から男たちの声が聞こえてくる。
「ちっ。」
「任務とはいえ、こんな格好しなきゃならねぇとは。」
「少しは我慢しろ。」
「俺だって靴が合わなくて辛いんだ。」
「おい!」
「列車がルートを外れてると隊長が言ってるぞ!」
「どういうことだ?」
ハッチから落ちてきてたイアスへ、一斉に銃口が向けられた。
アキラは息を呑む。
「この列車に積まれているのは爆薬だけじゃない……!」
「ニュースではそんなこと言ってなかったのに!」
「隊長。」
「上から喋るボンプが落ちてきました。」
「パールマン長官へ引き渡しますか?」
「……了解。」
「今すぐ処理します。」
男が引き金へ指を掛けた。
その瞬間だった。
ガシャァァン!!
列車の窓ガラスが砕け散る。
「せやっ!」
猫又が勢いよく飛び込み、そのまま男を蹴り飛ばした。
「ぐわぁっ!」
続いてレイも車内へ飛び込む。
「はあっ!」
蹴りで別の男の体勢を崩し、そのまま通路を切り開く。
「な、何事だ!」
「何っ!?」
混乱する男たちの間を、猫又が素早く駆け抜ける。
イアスを抱え上げると、そのまま走り出した。
「こっちだ!」
レイもすぐ後を追う。
猫又は勢いよくイアスを抱え直した。
「ここはあたしに任せて!」
「先に戻って!」
「キャロットがあるから大丈夫!」
「後でお店に行く!」
「うわぁーー!」
猫又が自分たちが割った窓からイアスを列車の外へ放り投げる。
宙を舞うイアス。
レイは迷わず線路へ飛び降り、その身体を受け止めた。
「大丈夫です。」
通信が繋がる。
「お兄ちゃん!」
「聞こえる?」
リンの焦った声だった。
「何かがおかしい。」
「今から店へ戻る。」
「それまで待っていてくれ。」
◇
夕方。
ビデオ屋「Random Play」。
扉が開き、イアスとレイが店内へ戻る。
リンがすぐに駆け寄った。
「お兄ちゃん、レイちゃん。」
「おかえりなさい。」
イアスを受け取ると、優しく抱き上げる。
「お兄ちゃんは休んでて。」
「あとで私がイアスの状態をチェックしておくから。」
レイは静かに尋ねる。
「猫又さんから連絡は?」
リンは首を横へ振った。
「ううん。」
「たぶんまだホロウの中。」
「『キャロット』があるって言ってたけど、出口からは結構離れてたし。」
そして表情を少し明るくする。
「でも、悪い知らせばかりじゃないよ。」
「さっきニュースで言ってたの。」
「ヴィジョンは『技術的な要因』で、爆破解体を明日の夜まで延期するって。」
アキラは静かに考え込む。
「『技術的な要因』……か。」
「やっぱりヴィジョンには裏があった。」
リンも頷く。
「列車がルートを外れたことに気付いてたのに、公表しなかった。」
「それに一番おかしいのは、『無人列車』って言ってたのに、中は武装した兵士だらけだったこと。」
「あれ、治安局っぽかったけど……。」
「『任務でこんな格好を』とか、『靴が合わない』とか言ってたし。」
「どう考えても偽物だよ。」
少し間を置いて続ける。
「それに猫又。」
「まだ何か隠してる。」
「戻ってきたら徹底的に問い詰めなきゃ。」
そう言った後、ふっと笑った。
「でも。」
「今くらいは考えなくてもいいよね。」
「猫又が戻ってくるまで、二人とも少し休みなよ。」
「ボンプと接続して疲れたでしょ。」
「レイちゃんも、結構戦ってたみたいだし。」
レイは静かに頷いた。
「……はい。」
アキラも立ち上がる。
「そうするよ。」
二人は自室へ向かう。
静かな夜が、少しずつ更けていった。
この世界線の店は部屋が三つあります。