いわゆる富裕層に位置する子息子女が多く在籍している名門私立中学校。
資産家たちの莫大な出資によって成り立つその学園には、屋内でありながら四季を問わず春の陽気を再現したカフェテラスが存在する。
暖かな陽射しが降り注ぎ、心地よい風が吹き抜ける。草木の青々しい香りが漂い、どこからともなく鳥のさえずりまでもが聞こえてくる。
その空間だけを切り取れば、とても屋内とは思えない様相だ。
そんなカフェテラス内で、ひと際目を引く二人が昼食を楽しんでいた。
一人は艶のある長く黒い髪をひとつに纏めた美少女──
もう一人は白絹を思わせる髪を肩口まで流し、中世的な容姿を持つ金目の美少年──
サビひとつない純白の椅子とテーブルに着いてゆったりと昼食を楽しむ二人の姿は、まるで一枚の高級な絵画のような神聖さと近寄りがたさを纏っていた。
そんな二人を遠巻きに眺める他の生徒たちは、皆一様に恍惚とした表情を浮かべていた。
「はぁ……言葉様……今日もなんとお美しい……」
「八百万様と一緒におられる時は、一段と雰囲気が和らぐ気がしますわね」
「ええ……八百万様をいたく信頼なされていますもの……」
「まるで物語のような、理想的な幼馴染の関係ですわ……」
「今日はカフェテラスに来て正解でしたね……」
「これがあと少しで見納めかと思うと……ウッ、耐えられない……!」
「確かお二人は共に雄英を受けられるとか……しかも、八百万様の方は既に推薦入学が決まっているそうですよ」
「なッ!? まさか言葉様に推薦のお話が来なかったという噂は本当だったのですか……!?」
「言葉様ほどのお方でも推薦を受けられないとは……恐るべし雄英……!」
そんな、声を潜めながらも二人についての話題で盛り上がる周囲を気にも留めず、二人の間には酷く穏やかな空気が流れていた。
霊が見惚れるほど美しい所作で弁当箱の中から卵焼きを1つ摘まみ、ゆっくりと口の中へと運ぶ。一度、二度とじっくり味わうように咀嚼し、その度にその金色の瞳を少しずつ細めていった。
砂糖の甘味、出汁の香り、火入れの具合、それらをひとつひとつ確かめるように味わう。
そして瞼を閉じて静かに嚥下する。そのまましばらく味の余韻に浸ってから、ゆっくりと小さく息をついた。
「……美味い」
「ふふっ、霊さんは本当に御父上のだし巻き卵がお好きですね」
「ん……特に、今日のは一段と美味い」
そう言って、霊は弁当箱からもう1つの卵焼きを箸で摘まみ、八百万の方へ手を添えながら差し出した。
「百も食べて」
「あら、よろしいんですの?」
コクリと頷く霊を見た八百万は、「では、頂きますわ」と一言言って、横髪を手で抑えながら僅かに身を乗り出した。そして霊の差し出した卵焼きをぱくっと口の中に含むと同時に、遠巻きに見ていた生徒は一斉に自身の口に手を当て崩れ落ちた。二人の空間を邪魔しまいと必死に叫び声を抑えた結果である。
霊は食が関わると途端に距離感が近くなる。
美味しいものは人と共有したいという想いから、霊は昔からよく自分の食事を親しい人に分けることが多かった。つまり、幼馴染として長い時間を過ごしてきた二人にとっては、もはや特段恥ずかしくもない“いつものこと”であったのだ。
「どう?」
「とても美味しいですわ。ただ……わたくしは霊さんのように普段との違いまでは……」
「美味しかったなら、それでいい」
少し申し訳なさそうにする八百万に霊は一度頷いて返し、再度弁当箱に箸を伸ばした。そして今度は筑前煮を少し摘まんでまたゆっくりと味わっていく。その表情に然程変化は見られないが、どこか嬉しそうな柔らかい雰囲気を纏っていた。
「ふふっ、本当に霊さんは美味しそうに食事をしますわね」
「……そう?」
「ええ。見ていてこちらまで嬉しくなります」
霊が自分の頬に手をやって表情を確認するのを、八百万は微笑ましそうに眺めていた。
霊は自分が感情を表に出すのが苦手だと自覚している。しかし、両親と幼馴染である八百万には何故か感情を読み取られることが多いため、その度に本人は不思議がっていた。
「変わってないけど……」
「確かに、表情はそこまで変わっていませんけど、なんとなくでわかりますわ」
実際、霊は感情を表に出すのは苦手だが、決して感情が乏しいわけではない。人並に喜んだり、悲しんだりはするが、表情に出ないだけで纏う雰囲気は僅かに変化している。家族や幼馴染のように長い時間を共に過ごせば、その些細な変化を読み取れるようになるのだ。
「そこまでお気になさらずとも、わたくしが辛うじて読み取れる程度の変化ですわ」
「……なら、いっか」
霊はそう言って、改めて弁当箱に意識を向けた。
霊にとって八百万や両親に感情がバレることは、もはや“そういうもの”として、理解はできないが納得はしていた。指摘される度に表情を確かめているが、毎度自分ではその変化を読み取れないため半ば諦めているのだ。
何事もなかったかのように食事に舌鼓を打つ霊を微笑ましそうに眺めていた八百万は、「あっ」と何かを思い出したかのように声を漏らした。
「霊さん、話は変わるのですが、今日はどちらにいたしましょうか? 我が家であれば予め連絡を取っておきたいのですが」
霊と八百万は今年受験を控える受験生でもある。そのため、二人は放課後にお互いの家で受験勉強をすることが日課になっていた。霊の一般受験の日まで残り数週間を切っており、既に推薦での入学が決定している八百万も特に断る理由もないのでその日課を続けていた。
「ん、今日はうち。父さんが連れて来いって」
「まあ! よろしいんですの!?」
霊の言葉に八百万はその黒色の瞳をキラキラと輝かせた。
霊の実家は老舗の料亭を経営している。予約は常に2年先まで埋まっているという超人気店で、そこの総料理長を務める霊の父は世界的にも名の知れた凄腕の料理人である。
そんな、近年では人間国宝とまで称される霊の父は、息子と仲良くしてくれている八百万に度々その自慢の料理の腕を振るっていた。資産家たちがどれだけ金を積んでも食べることが難しい料理が食べられることに、八百万は目を輝かせたのだ。
ちなみに、霊が今食べている弁当も父の特製である。
「早速、家に連絡してきますわ」
そう言ってスマホを持って席を立つ八百万を、霊は一度頷いてから静かに見送った。
父の料理を楽しみにしてくれている八百万の様子に、霊は嬉しくなって自然と口角を上げた。滅多に見ることのできない霊の微笑みに、遠巻きに眺めていた生徒たちは皆一様に顔を真っ赤に染めピシリと固まるのだった。
◆◇◆◇◆
世界の総人口の約8割が何らかの特異体質──『個性』を持つ超人社会となった現在、混乱渦巻く世の中で、かつて誰もが憧れたひとつの職業が脚光を浴びていた。
その職業の名は──『ヒーロー』。
超常に伴い爆発的に上昇した犯罪件数。勇気ある人々がコミックスさながらにヒーロー活動を始め、世論に押される形で公的職務に定められた。
そんなヒーローを育成するために建てられた学校の1つ──『国立雄英高等学校』。
数多くの有名ヒーローを輩出してきた実績から、近年では入学倍率が300倍を超える超名門校である。
そんな雄英高校は今、数週間後まで迫った一般入試に向けての準備が進められていた。
今年度の一年生担当の教師である相澤消太もまた、日中デスクに向かってパソコンを操作していた。そんな彼の後ろから勢いよく肩を組む長い金髪を逆立たせ、ファンキーな格好をした教師がひとり。
「Hey、イレイザー! そろそろ飯行こうぜ!」
「……耳元で叫ぶな、マイク」
「そいつぁ、Sorry!」
なおも大声を上げる男に、相澤──ヒーロー名『イレイザー・ヘッド』が鋭い視線を向ける。それを意にも介さず「早く行こうぜ」と笑う雄英高校の英語教師──ヒーロー名『プレゼント・マイク』に相澤は一度大きなため息を吐いた。
学生時代から親交のある彼に何を言っても無駄だと理解していたため、相澤は渋々といった感じで席を立った。
二人は職員室を出て巨大な廊下を進む。現在は春休みのため、いつもは騒がしい校内も二人の足音が響く程度には静まり返っていた。
「今年もどんなやつらが入学してくるのか楽しみだな!」
「興味ない。どんなやつが入学して来ようと、俺のすることは変わらん」
「今年こそは除籍ゼロを祈ってるぜ!」
「見込み無しと判断すれば、誰であろうと除籍処分にする。見込みが無いやつに夢を追わせ続けるほど、ヒーローは甘い世界じゃないからな」
「Foo! そんなんだから生徒に怖がられるんだぜ、イレイザー! ほら、笑顔笑顔!」
「うざい……」
二人はそんな会話を繰り広げながら校内の食堂に到着すると、クックヒーロー『ランチラッシュ』から食事を受け取り、適当な席に座って食べ始めた。
そして、プレゼント・マイク──山田ひざしは対面に座る相澤に「そういえば、」と話題を振った。
「選抜会議の時、お前が一般受験を勧めたやつがいたろ」
「……
「そう、そいつだ! 正直、俺はまだそいつが推薦でも良かったんじゃ?って思う時があるんだよ」
そう言って頭を悩ませる山田を見て、相澤はその時の記憶を呼び起こした。
遡ること数カ月前──。
その日は雄英高校のとある一室で、教職を担当するヒーローたちが集まって推薦候補者の選抜会議を行っていた。
「さて、では次の子について話し合うのさ!」
白いネズミの姿をした校長──
「
根津校長の言葉に皆が手元の資料の個性と書かれた項目に目をやった。
個性:『言霊』
生物・無機物を問わず、言葉によって対象の状態を強制する個性。
また、無機物を舐めることでその構造を解析し、同一構造の物質へ再構成する能力を有する。
発動には対象および変化後の状態を明確にイメージする必要がある。なお、個性の過度な使用は喉への負担が確認されている。
「たしかに、強い個性だ……」
「私の『眠り香』と違って無機物にも効果があるってことは、相手に“聞かせる”必要はないってことなのかしら?」
「恐ラク、ソウダロウナ……考エラレルトスレバ、声ノ“振動”ニヨッテ影響ヲ与エテイル、ト言ッタトコロカ」
「つまりなんだァ!? こいつは声が届く範囲全てが射程ってことかァ!? めちゃくちゃ強ぇじゃねぇか!」
「アクマデ推測ダガナ」
霊の個性の強さや活用方法について議論が本格的に白熱し始める前に、根津校長が声を上げた。
「うんうん、議論するのはいいことだけど、これはあくまで推薦候補者を絞るための会議なのさ」
そして根津校長は隣に座るやせ細って眼下が窪んだ金髪の男性の方へと問いかけた。
「オールマイト、NO.1ヒーローの君から見て、彼の個性はどう映るかな?」
その言葉を受けてヒーロー名『オールマイト』──
「そうですね……パニックに陥った市民の避難誘導、人質を取ったヴィランの即時制圧、組織的なヴィラン犯罪の強制鎮圧……考えられるだけでも、彼の個性の有用性は計り知れません。ヒーローとして、これほど幅広い状況へ対応できる個性はそう多くないでしょう」
No.1ヒーローとして活躍するオールマイトの膨大な経験からくる評価に、全員が納得の反応を見せる。この場にいる全員が少なからず現場を知るヒーローであるが故の反応だった。
「貴重な意見をありがとう、オールマイト。さて、彼の推薦について、他に意見のある者はいるかな?」
「校長、よろしいでしょうか」
根津校長が皆を見渡すと、イレイザー・ヘッド──相澤消太が静かに手を上げていた。指名を受けた相澤はその場で立ち上がり、口を開いた。
「言葉 霊の推薦……俺は、一般入試で見極めるべきだと思います」
相澤の言葉を聞いた一同は何も言わず、ただ黙って彼の話に耳を傾けた。理由もなしにそんなことを言う人間は、今この場に一人もいなかったからだ。
相澤は霊の資料に目を通しながら言葉を続けた。
「彼の個性『言霊』は確かに強力です。ただ、発動の度に喉へ負担を蓄積させる。個性に喉を回復する能力が備わってない以上、長期戦での個性の使用には不安が残る」
相澤自身も目を媒体とする個性を持ち、プロヒーローとして活躍している。発動器官への負担が蓄積する個性のデメリットは誰よりも理解していた。
「強力なだけの個性なら、他にもたくさん候補はいる……一般入試で、総合的に見極めるべきだと思います。以上です」
そう言って相澤は席に着いた。
その場にいる全員が納得するように何度も静かに頷いた。
その後、満場一致で言葉 霊は一般入試で適性を見極めることに決定した。
そして時は現在に戻る──。
「何度も言ってるだろ。個性自体は強力だが、推薦入試で見るのは個性の習熟度や応用だけだ。それじゃあ足りなすぎる」
「たしかにそうだけどよ……もしあんな強個性が試験に落ちたらって考えると、どうにもな」
「……Plus Ultra、最初の良い受難ってやつだ。乗り越えられないようなら、それまでだっただけの話だ」
相澤の言葉を聞いて山田はポカンと固まった。
そしてしばらくして、興奮したような声を上げる。
「Yeah! そのフレーズ超クールだぜ、イレイザー! 俺も使っていいか!?」
「…………好きにしろ」
「サンキュー!!」
そう言って相澤は食べ終わった食器を持って、ひとりで職員室へ戻るのだった。
【雄英の推薦制度】
資産家や有権者、プロヒーロー、その他関係者からの推薦だけだと条件が厳しすぎると思ったので、今作ではちょっと独自設定。
(1)各自治体が管理している個性届を公安が調査
(2)有用性の高い個性を持つ生徒を選出
(3)素行や成績、生活態度などの追加の身辺調査
(4)雄英側の推薦選抜会議で候補者を十数人程度にまで絞る
(5)中学校へ打診
(6)中学教師から本人へ推薦に対する意思を確認
(7)承諾した生徒を推薦入試へ
夜嵐や骨抜などが推薦を受けられた理由付け。
霊が(4)の推薦選抜会議まで進んだのは、オールマイトが述べた通り、『様々な場面に対応できる万能型の個性』を持つことから、公安によって推薦候補として選出されたためです。
なお、霊の両親は知名度や影響力こそあるものの、ヒーロー事業に関する有権者ではありません。そのため、両親から雄英への推薦を行うことはできませんでした。