雄英高校校門前、早朝──。
「君! オールマイトの授業はどんな感じですか!?」
「平和の象徴が教壇に立っている様子を聞かせてくれる!?」
「教師オールマイトについてどう思ってます!?」
多数のマスコミが押し寄せ、登校中の雄英生徒に対し、手当たり次第に突撃取材を行っていた。
生徒たちは慣れないメディア対応に取り乱す者、真面目に答えようとする者、無視して校内へ入って行く者……と、それぞれ自分なりの対応を取っていた。
そんないつもより一段と騒がしい校門前に、一台の黒塗りの高級車が静かに停まった。
何事かと周囲の人々が注目する中、運転席から降りたSPのような黒服姿の男性が後部座席の扉を丁寧に開いた。
そして、車から降りてきた一人の少年に、皆一様に目を奪われた。
白絹のような滑らかで艶のある白髪、宝石のような鮮やかな色彩を放つ金色の瞳、何気ない動作ひとつひとつから漏れ出る確かな気品……その変化の乏しい表情も相まって、神秘的とも取れる近寄りがたさを纏っていた。
「いってらっしゃいませ、霊様」
「ん、いってきます」
軽く頭を下げた男性に、少年──霊はそう短く返して歩き出す。校門前で道を塞いでいたマスコミたちは霊の雰囲気に圧倒されたのか、モーセの海割りのようにただ何も言わず静かに道を開けた。
霊もごく自然に、作られた花道を突き進んで行く。中学の長期休暇前に、霊は学校の生徒たちから毎度このようにして送り出されていたので、特に気にするようなことはなかった。
霊を静かに見送った後、マスコミの一人がハッと意識を取り戻した。
「っ、い、今の! 今のちゃんと撮れてました!?」
「え……あっ、しまった! つい……!」
「ええっ!? 何してんですかぁ……!」
詰め寄られたカメラマンの言葉を聞き、リポーター風の女性が残念そうに声を上げる。それを見て、周囲のマスコミたちも気まずそうに互いに顔を見合わせた。
「いや、俺も悪かったけどよ……あの子に関しちゃ撮れてても流石に使えねぇって」
「ええ? どういうことっすか、それ?」
疑問に思ったリポーターが振り返ると、カメラマンの言葉を聞いていた他の記者たちの何人かが、訳知り顔でうんうんと頷いているのが見えた。
「あの子の撮影許可なんて、大したコネの無い俺たちには逆立ちしたって取れないってこと。まさか雄英に入ってるとは思わなかったけどな」
「えぇ……何すかそれ……? あの子そんなにボンボンなんすか……?」
「ただのボンボンだったらまだよかったんだけどなぁ……ま、今はそんなことより取材だ、取材。切り替えて次行くぞ」
そう言って無理やり話題を打ち切ったカメラマンに対し、最近この職に就いた女性リポーターは訝しげな視線を送った。
そして後日、彼の正体を聞かされた彼女は目玉が飛び出るほどの衝撃を受けるのだった。
◆◇◆◇◆
午前中、通常授業のHRの時間──。
教壇に立った相澤から昨日の戦闘訓練について爆豪と緑谷に軽いお小言があった後、彼は一度クラスメイトたちの顔をぐるっと見渡してから口を開いた。
「HRの本題だ。急で悪いが、今日は君らに……」
「「「(また臨時テスト……?!)」」」
合理的を地で行く担任の突飛な提案に、早くもトラウマとなりつつあるA組生徒たちは、緊張した面持ちで相澤の次の言葉を待った。そして……。
「──学級委員長を決めてもらう」
「「「(学校っぽいのキタぁ……)」」」
続いた言葉に、全員がほっと表情を緩めた。
直後、クラス中から次々と手と声が上がり始めた。
「委員長! やりたいです! ソレ俺!!」
「俺も!」
「うちもやりたいっス」
「僕の為にあるやつ──」
「委員長やるやるぅー!」
クラスメイトが思い思いに立候補していく中、霊は静かにその様子を眺めていた。
先日、八百万に頑張ると決意表明をした霊であったが、いきなり委員長をやれると思うほど思い上がってもいなかった。加えて、自分が委員長をやれば八百万の負担をこれまで以上に増やしてしまう予感しかなかったため、段階を踏んで少しずつ慣らしていこうと思ったのだ。
収拾がつかなくなりつつある教室内で、ひと際大きな声が霊の隣の席から上がった。
「静粛にしたまえ!!」
クラスメイトたちの視線が、その声の主──飯田へと一斉に集まった。
「多をけん引する責任重大な仕事だぞ……! やりたい者がやれるものではないだろう……っ! 周囲からの信頼あってこそ務まる聖務……! 民主主義に則り、真のリーダーをみんなで決めるというのなら、これは投票で決めるべき議案ッ!!」
「「「腕そびえ立ってるじゃねぇか!!」」」
右手を真っすぐ天に伸ばしたままもっともらしいことを言った飯田に、クラスメイトたちから真っ当なツッコミが入った。
「何故発案した?!」
「日も浅いのに信頼もクソもないわ、飯田ちゃん」
「そんなんみんな自分に入れらぁ」
「だからこそ、ここで複数票を取った者こそが、真に相応しい人間ということにならないか!?」
上鳴、蛙水、切島の発言に、飯田はめげることなく皆へ呼び掛けた。
それを聞いたクラスメイトたちも、半ば決まらないだろうと思いつつも、飯田の提案に一度乗ってみることにした。その条件下で、もし自分が……と思ってしまったというのも、一つの大きな理由でもあったが。
「──どうでしょうか、先生!!?」
「時間内に決めりゃ何でもいいよ」
寝袋に包まりつつある担任からの許可も得たことで、投票形式の委員長決めが執り行われることとなった。
ちなみに、霊は投票用紙に八百万の名前を書いて提出した。
そうして全員の投票が終わった後、集計して結果発表──。
票がなかった生徒を除いた投票結果が、黒板に一斉に表示された。
緑谷 出久 3票
八百万 百 2票
・
・
・
言葉 霊 1票
「僕、三票ぉぉぉ!!?」
「なんでデクに!? 誰がァ!!?」
「まあ、オメェに入れるよかわかるけどなぁ……」
「アアッ!!?」
驚愕に声を上げる緑谷。そしてガタッと音を立てて席を立つ爆豪に、瀬呂は苦笑いを浮かべながらツッコミを入れた。
爆豪が瀬呂にキレ散らかすのを横目に、霊が八百万の席へ視線を向けると、彼女はニコっと満面の笑みを返してきた。
それだけで霊は察した。彼女は自分ではなく、俺に入れたのだと。
八百万は人のために頑張ることのできる人間だが、その分、無理をしてしまう人間だということも、幼馴染である霊は理解していた。中学時代、そうやって独りで無理をしている場面を何度か見たことがあったのだ。
霊は固辞する意思を伝えるため、静かに首を横に振った。
それを受けた八百万は「そうですか……」としょぼくれたように少しだけ肩を落とした。
正面に向き直った霊は、隣の席でプルプルと震えている飯田に気が付いた。
「クッ……ゼロ票……わかってはいた……! 流石に聖職といったところか……ッ!!」
「飯田ちゃん、他に入れたのね……」
「お前もやりたがってたのに……何がしたいんだ、飯田……」
項垂れる飯田に、蛙水と砂藤の呆れたようなツッコミが入った。霊はそんな飯田の肩をポンポンと軽く叩いて声を掛けた。
「……飯田」
「っ、どうかしたか? 言葉くん」
ハッとして霊の方へ向き直った飯田に、霊は親指をグッと立てながら口を開いた。
「俺も他に入れた……から、一緒。大丈夫」
瞬間──ピシッと、飯田の眼鏡に亀裂が入った。
霊は同じく自分の名前を書かなかったことを打ち明けて、飯田に、自分に投票しなかったのは間違いではない、という意味の慰めの言葉を掛けたつもりであった。しかし、飯田は同じ条件下で票を貰っている霊とゼロ票の自分を比べてしまい、更なる追い打ちをかけられたのだった。
精神的ショックで全身を真っ白に染め、口から魂のようなものを出す飯田に、周りで先のやり取りを聞いていた生徒は憐れみの目を向けるのだった。
「? 飯田?」
唯一、小首を傾げる霊を除いて……。
霊のコミュニケーション能力の成長は、まだまだ始まったばかりである。
◆◇◆◇◆
昼休み、ランチ・ラッシュの食事処で上鳴、耳郎、霊、八百万の四人は昼食を共にしていた。
「「八百万、副委員長就任おめでとー(!)」」
「おめでとう」
「ありがとうございますわ、皆さん」
お祝いの言葉を口にする三人に、八百万は微笑みながら軽く頭を下げた。そして顔を上げると、すぐに悔しそうな表情を浮かべ、頬に手を添えた。
「ですが、まだまだですわ。票数で緑谷さんに負けてしまい、委員長にはなれませんでしたし……」
「……それは百が自分に入れないから」
「えっ、自分に入れなかったの?」
「ええ!? マジで!?」
霊の呆れたようなツッコミに、耳郎と上鳴がそれぞれ驚いたようなリアクションを取った。
「ええ。わたくしは霊さんに投票しましたわ」
「それで二票入ってるの、十分凄いけどね……じゃあ、
「ん」
コクリと頷いて肯定する霊に、八百万は困ったように口を開いた。
「昨日、霊さんが他人との意思疎通に力を入れると仰られていましたので、良いきっかけになれば、と……」
「いきなりすぎ……今はまだ無理」
「霊さんなら大丈夫ですわ。わたくしもできる限りのサポートはいたしますので」
「それがダメ……百、いつも無理する」
どちらもお互いを想い合った結果の行動であることは間違いない。応援したいから、心配だから、という理由で票を入れ合った二人の会話は、すぐ隣に座っていた上鳴と耳郎を何とも居心地の悪い気分にさせていく。
対面に座る二人は顔を寄せ合って、小声で話し合う。
「ねぇ……うちらこれ、何見せられてんの?」
「クゥッ……! こんな美人な幼馴染に、こんなにも想われてるとか……めちゃくちゃ羨ましいじゃねぇか……ッ! チキショウ……ッ!!」
拳を固く握り悔し涙を流す上鳴に、耳郎は冷ややかな視線を向けつつ、内心二人の関係性を少しだけ羨ましくも思っていた。
そして、耳郎はとうとう耐え切れなくなったのか、未だお互いに一歩も引く様子のない仲良し幼馴染に声を掛けた。
「あのさ、一つ聞いていい?」
「あ、はい、何でしょう?」
軽く手を上げる耳郎に、霊と八百万が一度会話を止め、視線を向けた。
「八百万が話してた昨日の話って、うちらと別れた後だよね? どんなこと話してたん?」
「ああ、それは……」
耳郎の質問に答えようとした八百万だったが、すぐにピタリと言葉を止めた。
八百万の脳内に、昨日の記憶がこれでもかと鮮明に蘇る。
霊との会話、スッと近寄った霊の顔、夕陽に煌めく霊の髪、宝石のように輝く霊の瞳、霊の──、霊の──、霊の……。
八百万はゆっくりと盗み見るように、対面に座る霊を見た。
心配そうにこちらを見て首を傾ける霊の姿は、昨日の──記憶の中の彼と、ピッタリ重なって見えた。
──『これからも、俺のそばにいて……?』
瞬間、八百万の顔がボッと真っ赤に染まり、彼女はそれを隠すように両手で顔を覆った。
「い、言えませんッ!!」
「え……マジで……?」
「お、おおおおオメェ、遂にか!? 遂にいったのか!? 遂にゴールしちまったのか!!?」
「上鳴、うるさい」
明らかに何か進展があった様子の八百万に、耳郎は驚愕し切った視線を霊に向け、上鳴は立ち上がって彼の肩を揺らしながら声を上げた。
霊はガクガクと揺らされながら上鳴に抗議の声を上げた──直後。
──ジリリリリリリリッ!!!
カフェスペース全体に警報のような音が響いた。
◆◇◆◇◆
校内への侵入者を報せる放送の後、カフェスペースに集っていた生徒たちは一斉に非常出口に続く廊下へと向かった。
──結果、まともに身動きが取れないほど廊下に人が密集した。
「押すなって!」
「ちょっと待って、倒れる!」
「いってぇ!!」
「ちょっ、危ねぇって!」
廊下の至る所から声が上がるが、生徒たちは我先にと非常口を目指す。三年生ですら経験したことのない事態に、生徒たちはパニックに陥っていた。
飯田は生徒たちの間をくぐり抜け、事態を把握するため廊下の窓際へと向かった。
「一体何が侵入したと言うんだ……ッ!?」
そして、窓から見える正門付近の光景に目を見開いた。
「っ! アレは……報道陣じゃないか!」
そこでは、「オールマイトを出せ!」と押し寄せるマスコミたちを
「何かと思えば、ただのマスコミか……皆さん! 落ち着い──あ痛ッ!!」
声を上げようとした飯田だったが、人の波に押されて勢いよく窓に押さえつけられてしまう。
「皆さんストップ! ゆっくり! ゆっくり!!」
「んだ、コレ……!」
飯田のいる場所から辛うじて見える位置に、切島と上鳴の姿もあった。切島が声を上げるが、生徒たちの耳には届いていない様子だった。
「飯田くーん! ──うわあっ!」
「麗日くん!!」
飯田が少し離れた位置に麗日の姿を視認し、窓に顔を半分擦り付けながら近づいて行く。
「(緑谷くんなら……兄なら……こういう時……ッ!)──っ!」
そこまで考えた所で、視界の端に霊と八百万の姿を捉えた。そして、飯田はある考えを思いついた。
「言葉くん! 八百万くん!」
「っ、飯田さん!」
霊に守られるように抱かれていた八百万が飯田に気付き、声を上げる。霊もそれに気付き、視線を飯田の方へ向けた。
「言葉くん! 君の個性で、みんなを落ち着かせることは可能かっ!?」
「っ、百」
「はいっ。飯田さん! 皆さんの意識に、ほんの一瞬の隙間を作ることは可能ですわ!」
霊は飯田の質問に込められた何らかの意図を察したのか、八百万に返事を任せ、自身は瞼を閉じて意識を集中し始めた。そうやって、イメージをより強固に練り上げていく。
「それだけでも十分だ! タイミングはこちらに合わせてくれ!」
飯田はそう言って、まだ少し距離がある麗日の方へ腕を目一杯伸ばした。
「麗日くんっ!! 俺を……浮かせろ! 麗日くん!」
「っ!」
麗日も何らかの意図に気付いたのか、人の波に流されそうになりながらも懸命に腕を伸ばす。
そして、数度の空振りを繰り返した後、麗日の肉球が、伸ばした飯田の指先を掠めた。
麗日の個性『
「(みんなの視線が集中する場所……!)」
「飯田さん!!」
飯田がぼやけた視界で『EXIT』と書かれた誘導灯を捉える──と同時に、八百万が何かを飯田へ投げ渡した。
それを咄嗟に掴み取り八百万の方へ視線を向けると、腕から小型のスタンドマイクを生やした八百万と、こちらにグッと親指を立てる霊の姿があった。
「(マイク……ということは、
そう思い至るや否や、飯田は改めて目標地点をキッと鋭く見据えると、制服のズボンの裾を上げ脹脛のマフラーを露出させた。
「エンジン! ブースト!! ──ぬおっ!?」
掛け声と共に脹脛のマフラーから圧縮・膨張された空気が勢いよく噴出される──と同時に、その爆発的な推進力に振り回されるように、飯田の身体は何度も空中を回転しながら誘導灯の方へと進んでいった。
そしてそれは、飯田の身体が誘導灯上の壁に勢いよく叩きつけられることで止まった──瞬間。
『──『
飯田の持つスピーカーから、大音量の『言霊』が響いた。
その瞬間、先ほどまで騒がしかった廊下が嘘のように、シン……っと静まり返った。その隙を、飯田は逃さない。
「──皆さん、大丈ー夫っ!!」
霊の『言霊』の効果はほんの一瞬に過ぎなかったが、既に生徒たちの意識は誘導灯の上に乗る飯田に釘付けになっていた。
「ただのマスコミです! 何もパニックになることはありません! 大丈ー夫!! ここは雄英! 最高峰の人間に相応しい行動を取りましょう!!」
飯田の言葉は、霊の空けた一瞬の意識の隙間に入り込み、生徒たちに安堵と落ち着きを与えた。
その後、雄英側の通報を受けた警察が駆け付けたことで、騒ぎは無事、収束を迎えるのだった。