マスコミ侵入騒動から数日後、午後の授業──。
「今日のヒーロー基礎学だが俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」
教壇に立つ相澤の「なった」という言い回しに、A組の生徒が不思議そうな表情を浮かべた。
「はーい! 何するんですか?」
「災害、水難、何でもござれ……レスキュー訓練だ」
相澤が瀬呂の質問に答えると、クラスの至る所から感嘆にも似た声が上がった。
「レスキュー……今回も大変そうだな」
「ねー!」
「バカオメェ、これこそヒーローの本分だぜ! 鳴るぜ、腕が!」
「水難なら私の独壇場、ケロケロ」
「──おい、まだ途中」
騒がしくなる教室内に苛立ちを含んだ相澤の低い声が響いた。
「今回コスチュームの着用は各自の判断で構わない。中には活動を限定するコスチュームもあるだろうからな……訓練場は少し離れた場所にあるからバスに乗って行く──以上。準備開始」
相澤の号令を合図に、A組の生徒たちは一斉に準備に取り掛かるのだった。
◆◇◆◇◆
準備を終えた霊が校舎近くの広場に出ると、既に他のA組の生徒たちが集まっていた。
「あっ、霊さん。少し遅かったですわね、何かありましたか?」
「ん……マスクの点検してた」
霊が自身の装備した機械マスクを指差しながら答えると、八百万は納得の声を漏らした。
霊のサポートアイテムである機械マスクは、霊の個性の効果を増幅させる特殊な機構が組み込まれている。極めて複雑で精巧な構造になっているため、霊は装備前の点検を怠らないようにしていたのだ。
──ピィィィィィィィッ!!
「1-A集合ーッ!! バスの席順でスムーズにいくよう番号順で二列に並ぼう!!」
笛の音と共に上がった飯田の呼び掛けに、全員の視線が集まった。
先日のマスコミ侵入騒動後の午後の授業で、緑谷が飯田を学級委員長に推薦した。賛同した上鳴と切島を入れて三人分の票を獲得した飯田は、二票の八百万を差し置いて、見事学級委員長へと就任したのだった。
ちなみに、八百万は飯田のことを少なからず評価していたが、それはそれとして内心悔しがっていたことは秘密である(霊は普通に気付いていた)。
霊たちA組の生徒たちは飯田の誘導に従い、スムーズにバスへ乗り込んでいった。
「くそぅ……こういうタイプだったか……ッ!!」
乗り込んだバスのシートが路線バスのような三方シートだったため、飯田がガックリと大きく肩を落とした。空回り気味な委員長の様子に、皆が苦笑いを浮かべるのだった。
バスが目的地へ向かって動き出し、各々が自分の過ごし方で暇を潰す。そんな中、バス前方の向かい合ったベンチ席に座る蛙水が口を開いた。
「私、思ったことを何でも言っちゃうの。緑谷ちゃん」
「ああっ、ハイ!? 蛙水さん!!」
「梅雨ちゃんと呼んで」
「──あなたの個性、オールマイトに似てる」
「えッ!!? そ、そそそそうかな!? いやでも、僕は、そのー、えー……!」
「待てよ、梅雨ちゃん。オールマイトは怪我しねぇぞ? 似て非なるアレだぜ」
蛙水の何気ない発言に激しく動揺する緑谷だったが、切島からの助け船(?)にほっと胸を撫で下ろした。
その様子を、霊は後ろの二人掛けの席から静かに眺めていた。
「(緑谷の個性……そういえば、詳細聞いてなかった……今度聞いてみよう)」
緑谷の個性については八百万と意見交換はしたものの、まだ推測の域を出ていなかった。問題の答え合わせをするようなワクワク感を抱きながら、霊は改めて緑谷の個性についての情報を頭の中で整理し始めるのだった。
その間、前方の席ではプロヒーローになった時の人気についての話で盛り上がっていた。
「派手で強ぇっつったら、やっぱ轟と爆豪だな!」
「……ケッ」
後方の席──轟と霊が座るひとつ前の席に座る爆豪が、前方席から注がれる視線に気付いて不機嫌そうに窓の外へ視線を戻した。ちなみに轟はいつの間にか眠っており、その隣の霊は未だ思考の海から戻ってきていなかった。
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気出なさそ」
「んだとコラ、出すわ!!」
「ホラ」
蛙水の発言に身を乗り出す勢いで声を上げる爆豪。その隣でスマホを弄っていた耳郎が心底迷惑そうに彼を見つめた。
「この付き合いの浅さで既にクソを下水で煮込んだような性格と認識されてるってスゲェよ」
「テメェのボキャブラリーは何だコラ殺すぞ!!」
爆豪の声によって現実に引き戻された霊は、前の席で立つ爆豪に物珍しそうな視線を向けた。
「(これが弄られキャラ……初めて見た)」
「んでテメェはさっきから気色悪ぃ視線向けとんじゃ殺すぞ無口野郎!!」
その視線にいち早く気付いた爆豪に怒鳴られる霊だったが、本人からすればそれは初めて面と向かって言われた罵倒の言葉。その遠慮のない距離感に、霊は少しだけ嬉しくなるのだった。
◆◇◆◇◆
「皆さん、待ってましたよ」
バスを降りたA組の生徒たちを出迎えたのは、宇宙服のようなコスチュームに身を包んだ一人のヒーローだった。
「スペースヒーロー『13号』だ! 災害救助で目覚ましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」
「わぁー! 私好きなの13号!」
緑谷と麗日が興奮を抑えられないといった様子で声を上げる。
それから13号の案内のもと、A組の生徒たちは巨大なドーム状の建物へと案内され、皆一様に感嘆の声を漏らした。
「スッゲェー!! USJかよ!?」
「水難事故、土砂災害、火災、暴風、etc.……あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も……」
「──
「「「(本当にUSJだった!)」」」
その後、相澤と13号が何かを小声で話し合った後、授業のオリエンテーションが始まった。
「えー、始める前にお小言を1つ、2つ……3つ、4つ、5つ──」
「「「(増える……)」」」
指折り数えていく13号に、A組の生徒たちからの無言のツッコミが入った。
「皆さんご存じとは思いますが、僕の個性は『ブラックホール』。どんなものでも吸い込んでチリにしてしまいます」
「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね!」
「ええ……しかし、簡単に人を殺せる力です」
続いて13号から紡がれた言葉に、A組の生徒たちは僅かに表情を引き締めた。
「みんなの中にも、そういう個性がいるでしょう。超人社会は個性の使用を資格制にし厳しく規制することで一見成り立っているようには見えます。しかし、一歩間違えれば容易に人を殺せる『いきすぎた個性』を個々が持っていることを忘れないでください」
霊は13号の話を聞きながら静かに考える。
『言霊』は理論上、できないことの方が少ない強力な個性だ。知識や経験によって形成されるイメージの力さえあれば、言葉一つで相手の命にまでも手が届いてしまう……“できる”と、確信できてしまっていた。
13号が言葉を続ける。
「相澤さんの体力テストで、自身の力が秘めている可能性を知り……オールマイトの対人戦闘で、それを人に向ける危うさを体験したかと思います。この授業では心機一転、人命の為に個性をどう活用するかを学んでいきましょう。君たちの力は人を傷つける為にあるのではない……助ける為にあるのだと、心得て帰ってくださいな」
「──以上! ご清聴ありがとうございました」
ペコリと頭を下げる13号に、A組の生徒たちは歓声を上げた。霊も拍手をしながら13号の言葉をしっかりと胸の奥に刻むのだった。
「よし。それじゃあまずは……」
次の指示を出そうとした相澤だったが、何かの違和感を感じ取り、施設中央の噴水広場の方へ視線を向けた。
そして、黒い靄のようなものから人影が現れるのを視認した。
「──っ、ひと塊になって動くな!! 13号! 生徒を守れ!」
「? 何だありゃ? また入試ん時みたいな、もう始まってんぞパターン?」
「──動くなッ!!」
広場に広がった黒い靄から続々と人が出て来ているのに気付いた切島が声を漏らすと、相澤が首に掛かったゴーグルを装備しながら声を上げた。
「あれは……ヴィランだ!」
続けられた相澤の言葉に、A組の生徒たちが驚愕の声を漏らした。
「はあ!? ヴィラン!? バカだろ……ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!?」
「先生! 侵入者用センサーは!?」
「もちろんありますが……!」
「現れたのはここだけか、学校全体か……何にせよセンサーが反応しねぇなら、向こうにそういうことできる奴がいるってことだな」
八百万の質問に答える13号の言葉に、轟が冷静なまま続けた。
「校舎と離れた隔離空間……そこでクラスが入る時間割……バカだがアホじゃねぇ……これは何らかの目的があって、用意周到に画策された奇襲だ」
現状をひとつひとつ分析した轟の言葉に、生徒たちの間に緊張が走った。
「13号、避難開始! 学校に電話試せ! センサーの対策も頭にあるヴィランだ、電波系の奴が妨害している可能性もある。上鳴、お前も個性で連絡試せ」
「っス!」
相澤の指示の下、上鳴が耳元のデバイスに手を当てて連絡を試し始めた。
「先生は!? 独りで戦うんですか!? あの数じゃいくら個性を消すって言っても……イレイザー・ヘッドの戦闘スタイルは敵の個性を消してからの捕縛だ。正面戦闘は……」
「一芸だけじゃヒーローは務まらん」
相澤は声を上げる緑谷にそう言い残すと、13号に生徒たちのことを頼んで単身飛び出して行った。
「上鳴くん、連絡は……!?」
「無理っス! ジャミングがヤバくてまともに使えないっス!」
「わかりました。皆さん、とりあえず外に避難を! 付いて来てください!」
13号の指示のもと、入口の方へと駆け出すA組生徒たちだったが、緑谷だけがその場に留まっていた。
「すごい……! 多対一こそ先生の得意分野だったんだ……!」
「分析している場合じゃない! 早く避難を!!」
「──させませんよ」
「「「ッッ!?」」」
飯田に声を掛けられた緑谷が一歩目を踏み出すのとほぼ同時に、13号と生徒たちの前に黒い靄のようなヴィランが立ち塞がった。
「はじめまして、我々は
ヴィランのその言葉に、実に半数以上の生徒たちが驚愕に目を見開いた。
霊は機械マスクの側面に手を当てると、いつでも個性を使えるようにヴィランへ意識を集中させた。その隣では八百万も同様にいつでも個性を使えるよう臨戦態勢を取った。
「本来ならば、ここにオールマイトがいらっしゃるはず……ですが、何か変更があったのでしょうか? まあ、それとは関係なく、私の役目はこれ……」
ヴィランが腕を広げるように黒い靄を展開しようとした──瞬間、個性を発動しようとする13号の前に切島と爆豪が躍り出た。そして、二人は個性を使って黒い靄のようなヴィランに襲い掛かった。
切島の硬化した腕が、爆豪の掌から放たれる爆破が、黒い靄のようなヴィランを捉えた。
「その前に俺たちにやられることは考えてなかったか!?」
「……危ない、危ない……」
「「っっ!?」」
周囲を包む黒煙の中からヴィランのゆったりとした声が響き、切島と爆豪は驚愕に目を見開いた。ヴィランは不定形の身体を揺らめかせながら元の形へとゆっくり戻っていく。
「そう……生徒といえど、優秀な金の卵……」
「──ダメだ! 退きなさい、二人とも!!」
「私の役目は、あなたたちを散らして、嬲り殺す……!」
黒い靄が急速に広がり、生徒たちを包み込んでいく。
「っ百!」
「後ろに!」
「──うえっ!?」
「──ちょっ!?」
短いやり取りの後、霊は即座に近くにいた上鳴と耳郎の腕を取り引き寄せ、八百万の背後に回り、彼女の腰に腕を回した。
そして、八百万は腕を前に構え、個性を発動させた。
《
瞬間、八百万の腕から彼女の全身がすっぽり収まるほどの巨大な盾が出現した。
八百万の『創造』の個性は万能に近い強個性である。しかし、大きなモノを創るにはそれなりの創造時間が必要であり、その間に他の創造が行えないというデメリットが存在した。
一分一秒を争う実践において、その時間が何よりも大きな隙となる……八百万は霊の『使い慣れたものほど速く作れて喉の負担も少ない』という個性の性質を、自身の個性に応用できないかと考えた。
そうして生まれたのが《
八百万は腕と繋がっているその大盾を構えたまま、腰を落として暴風のような黒い靄を必死に耐える。霊も腰に回した手とは逆の手を盾に伸ばし支え、状況を理解した上鳴と耳郎も二人の後ろから彼らの身体を支えた。
障子が触手腕を広げ芦戸と瀬呂に覆いかぶさり、飯田が近くにいた麗日と砂藤を両脇に抱えて黒い靄の中から飛び出す。そして半ば倒れ込むように着地した後、背後を振り返って驚愕に目を見開いた。
「みんなぁぁぁああ!!!」
黒い靄は巨大なドーム状となって皆を呑み込んでいた。