視界が真っ暗闇に包まれた直後、突如開けた視界で一番最初に飛び込んできたのは迫りくる地面であった。
「うわあああ!!」
「ちょっ、なに!?」
「皆さん、着地を!」
霊のすぐそばから上鳴、耳郎、八百万の声が上がった。
霊と八百万は身体を空中で捻り、安定した着地を見せる。耳郎は何とか受け身を取ることに成功したが、上鳴は着地に失敗し「ぶべっ!」と潰されたカエルのような声を上げた。
「来やがった!」
「死ねぇ!!」
「女もいやがるじゃねぇか! ついてるぜ!」
「──『
着地を見計らったかのように襲い掛かって来た数名のヴィランに対し、霊は咄嗟に『言霊』をぶつけた──直後、突風が吹き荒れ周囲のヴィランを軽く吹き飛ばした。
「チッ、なんだ今の!」
「バカ野郎! むやみやたらに突っ込んでんじゃねぇ! 死柄木さんにも言われてるだろうが!」
「わーってるよ!!」
言い争うヴィランたちを視界に収めながら、霊は頭の中で状況を整理し始めていた。
霊たちを取り囲むようにして多数のヴィランが陣取り、背後には巨大な崖……自身の個性の詳細は知られておらず、パッと見た限りでは武術に精通した人間はいない。
霊は腰のポケットから短剣を2本取り出し、片方を百に渡してもう一本を顔の前に構えた。
「おい、どうするよコレ! めっちゃ囲まれてんじゃん!」
「ヤオモモ、言葉、どうする?」
「ひとつ、思いつきましたわ。霊さん、お二人に作戦を伝えますので、少しの間、敵の注意を引き付けてください」
「ん」
八百万の要求に霊は小さく頷くと、包囲を徐々に縮めていたヴィランの一人へ向かって突貫した。
「バカが! 独りで死にに来やがった!」
ヴィランが手に持った大剣を振り下ろすのと同時に、霊はヴィランたちの頭上へと跳び上がった。身体をゆっくりと前宙させ、最高到達点で真上(真下)を向いてヴィランたちを全員視界の中に収めた。
ヴィランたちの視線が空中の霊に集中する中、霊が機械マスクの側面へ手を当てると、カションッという鋭く小さな金属音が鳴った。
そして、
「『
吸った息の量とは比べ物にならないほど広く響いた『言霊』は、ヴィランたちの視界を例外なく暗闇へと落とした。
「っんだコレ!??」
「急に視界が……ッ!!」
「目が、開かねぇ……ッ!! ──ぶべらっ!!?」
目元を押さえて混乱するヴィランたちの中心に着地した霊は、手に持った長槍で一番近くにいたヴィランの顔面を大きく薙ぎ払った。そして流れるような動作で次々とヴィランたちを叩き飛ばしていく。
「うわぁ……えげつねぇ……」
「対人戦でアレやられたら、もうどうしようもなくない……?」
「お二人とも真剣にっ」
霊の戦いの様子を八百万の構える大盾の後ろから覗いていた上鳴と耳郎だったが、八百万が声を掛けたことでハッとして表情を引き締め、身を縮めて顔を寄せ合った。
「作戦をお伝えする前に、お二人は何か武器は扱えますか?」
「ごめん。うち、あんま自信ない」
「俺も!」
「では、耳郎さんには比較的取り回しやすいショートソードを……上鳴さんはこちらをお願いします」
八百万は太腿から生やした剣の柄を耳郎に向け、上鳴には掌から生やした棒のような物を差し出した。
「? 何コレ?」
「スタンステッキですわ。持ち手に電気を流していただければ、棒全体にも電気が流れる仕組みになっていますので、スタンガンよりはリーチも長く扱いやすいかと」
「おおぉ! SFゲーでよく見るやつ!」
上鳴は瞳をキラキラさせながら警棒のような大きさのステッキを見つめた。耳郎はその様子を眺めながら、八百万の個性の汎用性を改めて実感するのだった。
それから八百万は二人に作戦の詳細を伝えた。
「──と、以上です。何か質問はありますか?」
「その作戦、言葉には伝えなくて大丈夫なの?」
「確かに……でもよ、今から伝えてもヴィランに作戦バレておじゃんになるくね?」
耳郎の問いに、上鳴が大盾から顔を覗かせて霊の姿を捉えた。
一番最初の『言霊』の効果はとっくに切れているが、ヴィランたちは霊を『厄介な個性を持つガキ』と認識し、最優先で始末する方針へと切り替えていた。それは霊の思惑通りであり、敵の注意を引き付けてくれる彼がいたからこそ、バレることなく作戦内容を共有することができた。
霊に作戦を共有するためには、上鳴たち三人のうち最低でも誰か二人が霊と同じ働きをしなければならない。いくら武器があるからといっても、そこまでの自信はなかった。
そんな二人の不安を感じ取ってか、八百万は二人に優しくも頼もしい笑顔を向けた。
「大丈夫ですわ。霊さんですもの……わたくしが霊さんのことを信じているのと同じくらい、霊さんもわたくしのことを信じてくださっています……わたくしの指示に、間違いなく完璧以上に合わせてくださいますわ」
八百万の言葉に、二人はぽかんとした表情を浮かべた。
「それに、霊さんの咄嗟の状況判断能力と頭の回転の早さはわたくしでも敵いませんわ。それは直接戦ったお二人が一番理解しているかと……何も心配することはありませんわ」
最後にニコっと笑う八百万を見て、二人は一度ゆっくりと顔を見合わせた。
「なんか……凄いわ、もう……」
「これで付き合ってねぇってマジかよ……っ!」
「さあ、お二人とも、準備を。霊さんに加勢しますわよ」
呆れ半分、感心半分の声を漏らす耳郎と、何かを堪えるように拳を握る上鳴。八百万はそんな二人に声を掛けながら、霊から受け取った短剣の柄にあるスイッチを押した。
◆◇◆◇◆
霊、八百万、上鳴、耳郎が飛ばされた山岳ゾーンでは現在、敵味方入り乱れる戦闘が繰り広げられていた。
「死ねぇ!! ──がはっ!!?」
背後から襲い掛かって来たヴィランの顔面を、霊が背中越しに突き出した長槍の石突が捉える。それによってよろけた一瞬の隙を逃さず放たれた霊の回し蹴りがヴィランの側頭部を正確に捉えると、近くにいた者を巻き込んで盛大に吹き飛んだ。
「言葉! 退いて!」
更に背後から迫る攻撃に対処しようとした霊だったが、遠くから響いた耳郎の声に反応し、咄嗟にその場から跳び上がって離脱した。
『ッッ~~~!! ッッ~~~!! ッッ~~~!!』
「ぐあああっ!! 耳がぁぁあ!!」
「ああぁぁぁっ!!!」
「グゥッ……!!」
耳郎が自身のブーツ型のサポートアイテムに耳たぶの『イヤホンジャック』を挿すと、指向性を持った特大音量の心音が音波攻撃となってヴィランたちを襲った。
「(防御不可の特大音波攻撃……強い……)」
空中から耳を塞いでのたうち回るヴィランたちを眺めていた霊は心の中でそう呟いた。
その直後、指向性を持った音波攻撃を避けつつ横方向から耳郎へ襲い掛かろうとしたヴィランの攻撃を、八百万が手に持った大盾で器用に弾き返す。それから流れるような動作で反対の手に持っていた槍を突き出してヴィランを撃退した。
「(巧い……大盾でのパリィ、前より上達してる……)」
そして、霊が着地すると同時に背後から一人のヴィランが襲い掛かって来た。しかし……。
「ぐあああああっ!!!」
霊が迎撃するより前にヴィランの身体を眩いほどの光が包んだ。
「へへっ、油断大敵だぜ、言葉!」
倒れるヴィランの背後からステッキを肩に掛けた上鳴が姿を現した。今の彼は自信に満ち溢れており、その顔からは一番最初の恐怖に怯える姿は想像できなかった。
霊はただ何も言わず上鳴の方へ即座に槍を構えると、鋭い踏み込みと共に相手の顔面目掛けて思い切り突きを放った。
「ちょっ!!?」
「──ぐはっ!!」
突き出された槍の先端は上鳴の顔スレスレを通り抜け、その背後にいたヴィランの顔面を正確に捉えた。
冷や汗を垂らし驚愕に目を見開いて固まる上鳴に、霊は槍を突き出した態勢のまま顔を寄せた。
「油断大敵」
「は、はは…………っス……」
間近に迫った精巧な人形のように美しい霊の顔面と、先ほど味わった死の恐怖との落差に混乱しつつ、上鳴は頬をピクピクと引きつらせるのだった。
「今だ! かかれ!!」
「密着して槍を振るわせるな!!」
霊が槍を引き戻すより先に、一人のヴィランが霊の懐へと潜り込んだ。それを視界の端で捉えながらも霊は冷静に槍の柄のスイッチを押し、迫りくる敵の短剣を自分の武器で受け止めた。
「はあ!? 槍が──ぶへっ!!?」
驚愕に目を見開くヴィランを気にも留めず、霊は手に持った
霊の持つ対人用武器──正式名称<伸縮可変式槍剣>はボタン一つで柄の長さを変更し、槍と短剣の両方を瞬時に切り替えることのできる機械武器である。
霊の武器が長槍から短剣に変わったことを警戒して、ヴィランたちの足が止まる。その隙に、霊は上鳴と背中合わせになって迎撃態勢を整えた。
「何その武器! カッケェ! 俺も使ってみたい!」
「扱い難しい……から、また今度」
「っしゃ、約束だかんな?」
「ん」
リーチが極端に変わる霊の武器は、慣れていないと逆に距離感が掴めず扱い辛いというデメリットが存在する。これは様々な武器術を修め、咄嗟の判断力に優れている霊だからこそ使いこなせる武器であった。
「ここから生きて出られたら、教えてあげる」
「そういう怖いフラグ立てないのっ!」
「ん……ごめん」
「
「──霊さん! こちらに!」
背中越しに軽口を叩き合っていると、遠方から八百万の声が響いた。
霊がそちらへ視線を向けると、力強い八百万の黒色の瞳と目が合った。
たった一瞬目を合わせただけ──それだけあれば、二人の間に言葉は必要なかった。
霊が即座に駆け出し、八百万と自身の間に立ち塞がるヴィランへと迫った。
両手に刀を持つヴィランはこちらに向かって来る霊に対し、腕を交差させるように構えると、タイミングを見計らって思い切り刀を振り抜いた。
その高速の振り抜きを霊は冷静に跳び上がることで躱し、空中で最初と同じようにヴィランたちを視界に収めた。そして、カションッという鋭い金属音と共に小さく息を吸う。
「ッ、全員耳を塞げ!!」
「またアレがくるぞ!!」
聡いヴィランの何人かが声を上げると、残りのヴィランたちも慌てて耳を塞いだ。しかし……。
「『
紡がれた『言霊』を防ぐことは叶わない。
ヴィランたちは例外なく片膝を地面につき、彼へ傅いた。
「グッ、身体が……ッ!!」
「言葉じゃ、ねぇのかよ……ッ!!」
ヴィランたちが苦悶の表情を浮かべる中、霊が八百万と耳郎のすぐそばに着地すると、即座に八百万が背中から巨大な白い布を創造した。
宙に放たれるように創り出されたその布は、重力に従い三人の姿を隠すように覆い被さっていく。
上鳴はその光景を視界に収めながら、八百万の言葉を思い出していた。
──『わたくしの個性で絶縁体シートを創造しますわ。創るのにはそれなりの時間は掛かりますが、それさえ創ってしまえばあとは上鳴さんの個性で……』
シートが三人の身体を完全に覆い隠したのを確認し、上鳴は力強い笑みをこぼした。
「っし、こっからが俺の独壇場!」
──『──ヴィランを一網打尽にしてくださいませ』
「《無差別放電・130万
「「「ぐあああああああっ!!!」」」
上鳴の最大出力の放電を受けたヴィランたちは感電し、全員が戦闘不能に陥るのだった。まさに強個性の名に恥じない絶対的な力である。
「さて、他の方々が心配……合流を急ぎましょう」
絶縁体シートを持ち上げて外の様子を確認した八百万が二人に声を掛けた。
そして外の光が差し込んだことにより、先の創造でボロボロになった八百万のコスチュームも照らされて……霊は即座に着ていたコートで彼女の前面を隠した。
「あっ、ありがとうございます、霊さん」
「……ん」
気まずそうに視線を逸らす霊の頬は、僅かに赤く染まっていた。
「(発育の暴力……)」
耳郎は八百万の曝け出された胸に視線を釘付けにしながら、心の中で密かに戦慄するのだった。
それから霊たちがシートから出ると、倒れて痙攣しているヴィランの中に一人だけ歩き回っている人影を見つけた。
「あっ、上鳴」
「うぇ~い」
「ブフッ!」
耳郎の声に反応したのか、上鳴がアホ面のまま両手に握ったグッドサインを向けてきた。あまりの光景に不意を突かれたことで、耳郎は盛大に吹き出した。
「え、っと……これは一体……?」
「ふ、ふふっ……戦闘訓練の時、んんっ……キャパ超えるとアホになるって……ブフッ……」
「じ、耳郎さん……いくら何でも失礼では……?」
「だ、だって……ふふっ……」
「……うぇい」
「うぇ~~~い!」
「ブフッ!」
笑いを堪えながら説明する耳郎だったが、霊の小さな呟きに両手を大きく広げて反応した上鳴の姿を見て、再度盛大に吹き出すのだった。
「とりあえず、今のうちにヴィランたちの拘束を……」
──ボコッ……!
「「「ッ!!?」」」
八百万の言葉を遮るように、突如土くれの音が響いた。
霊が音のした背後を振り返った時には、既に地面から飛び出してきた新手のヴィランが霊の顔へ手を伸ばしていた。
間近に迫ったヴィランの手から逃れようと、霊は咄嗟に上体を後ろに逸らす。
知覚時間が引き延ばされた極限の集中状態の中、ヴィランの被ったマスクから覗く血走った目や青白く光る指先が見えた。そして、その指先が霊の顔に届く……。
「──『ぶっ
ギリギリの所で、霊は『言霊』をぶつけることに成功した。
──ドゴォォォォオオオオン!!!
寸前まで迫っていたヴィランの身体は弾かれるように吹き飛び、山岳ゾーンの崖に轟音を響かせながら激突した。
「霊さんッ!!」
「言葉!」
「うぇいっ!?」
地面に倒れ込んだ霊に三人は即座に駆け寄った。しかし、霊はただ体勢を崩しただけで大した怪我はなく、慌てている三人を落ち着かせるようにグッと親指を立てて見せた。
そして即座に立ち上がった霊を含む四人は、いつでも動けるよう警戒しながら土煙が上がる崖の方へと意識を向けた──が、土煙が晴れてヴィランが白目を剥いて気絶しているのを確認すると、ほんの少しだけ警戒を解いた。
「霊さん、本当にお怪我はありませんか?」
「ん、転んだだけ」
「まさか地面に隠れてるとは……ひと段落ついて油断しすぎた……」
「うぇい……」
上鳴の無差別放電でヴィランを倒し切ったと油断してしまったのが、先のヴィランに不意を突かれた要因である。それを気にしてか目に見えて落ち込む耳郎と上鳴であった。
「反省を反省のままで終わらせず、次に活かしましょう。耳郎さんは個性で周囲にまだヴィランが潜んでいないか確認をお願いします」
「うん、了解!」
しかし、今はまだヴィラン襲撃の真っ最中。いち早く最善手を導き出した八百万が、的確に指示を出していく。
「少なくとも、このエリアにはいない!」
「わかりました、そのまま警戒を続けてください。霊さんは今の内に喉の回復を」
八百万の指示を聞いて、霊が機械マスクの側面を指で操作し始めるとカションッ、カションッと変形を始め、霊の口元を外気に晒した。それから、霊は腰のベルトに取り付けられたポケットから個包装されたのど飴を取り出し、口の中へと放り入れた。
「上鳴さんは……まだしばらく掛かりそうですわね」
「うぇ~い」
それから四人は八百万の創ったワイヤーロープを使って、手分けして戦闘不能になったヴィランたちを拘束するのだった。