雄英高校の数ある体育館の内の一つで入学式が執り行われている一方、1年A組の生徒たちはグラウンドで個性把握テストを行っていた。
第1種目:50m走。
「次、
担任である相澤に呼ばれて、霊と砂藤が前に出る。
「っしゃ、負けねぇぜ?」
「ん……俺も」
コースに向かいながら胸の前で拳を突き合わせて言う砂藤に、霊は静かに返す。これまでの学校生活で八百万以外と張り合う機会がなかった霊は、少しだけ嬉しくなった。
砂藤はポケットから個包装された角砂糖を取り出して口の中に放り、スタート位置についた。
それを見送った霊は地面へ右手を伸ばし、小さく息を吸った。
「『
直後、霊の足元の地面が不自然に盛り上がる。そしてまるで内側から押し出されるようにして形が変化し、瞬く間に一本の槍へと姿を変えた。
「なんじゃ、ありゃあ!?」
「武器を作る個性、とかか……?」
驚きの声を上げるクラスメイトを横目に、霊は土で出来た槍を引き抜き、砂藤の隣のスタートラインに立った。そしてそのまま槍を投擲するような構えを取る。
「位置ニツイテ、ヨーイ……」
──パンっ。
合図と共に槍を投擲するような動作をする──と同時に、個性を使う。
「──『
霊は土槍を手放さなかったが、土槍はそんなことお構いなしに前方へと伸び、霊の身体ごと空を翔けた。
そして、土の槍は50mを少し超えた辺りの地面に、斜めに突き刺さって止まった。
「ピッ……2秒06」
ゴール地点の測定用ロボから機械音声が上がった。
「(やっぱ、土だと脆いな……)」
霊が少しヒビの入った土槍を引き抜くと、少し遅れてゴールした砂藤が駆け寄ってきた。
「スゲェな、言葉。俺、結構自信あったのに負けちまったぜ」
「……短距離なら負けない」
「クゥ~! もっと鍛えて次は負けねぇ!」
「……ん……次も勝つ」
霊は友達との会話を楽しみながら元の位置へと戻った。
「霊さん、なんだか嬉しそうですわね」
「……そう?」
「ええ。何かありましたか?」
八百万の問いかけに、霊は一度手に持った土槍に視線を向け、薄く笑みを浮かべた。
「……初めて、百以外に『次は負けない』って言われた」
霊は自分から積極的に話し掛けに行くタイプではない。加えて、その美しい容姿も相まって、他人に近寄りがたい印象を与えることが多い。そのため、霊には対等と言える友人は八百万以外にいなかった。
そのことを少し気に掛けていた八百万は、今の嬉しさを噛み締めている霊の様子に笑みを浮かべた。
「ふふっ、よろしければ近いうちに、霊さんのご友人を紹介していただけませんか? わたくしも紹介したい友人ができましたので」
「ん……これ終わったら」
八百万と霊は、それぞれ新しくできた友人たちの顔を思い浮かべながら、小さく笑い合った。
◆◇◆◇◆
第2種目:握力。
握力計を手に取ろうとした霊だったが、視界の端に八百万の姿を捉えて目を見開いた。
「……百」
「あ、霊さん。何かありましたか?」
「……それ、いいの?」
霊は八百万に近寄り、彼女の持つ万力を指差して言った。
「個性で生み出した物ですので問題ありませんわ。現に、相澤先生は何も仰ってきませんし」
「……なるほど」
霊は少し離れた所にいる担任へ目を向けるが、確かに何かアクションを起こすわけでもなく静かに生徒たちを監視していた。
初めに言った「何やってもいい」というのは、言葉通りの意味だったのだと霊は納得した。ただ、それはそれとして……。
「……ズルい」
「あら、ふふっ。わたくしは自分にできる最善を尽くしているだけですわ。それに、このテストはわたくしの個性と相性が良すぎますので」
「……それはわかってるけど……」
事前準備が可能で且つ、制限時間が存在しないこの『個性把握テスト』において、八百万は無類の強さを発揮する。
無表情のまま、ほんの少しだけ拗ねたような空気を纏う霊を見て、八百万は笑みを深めた。
霊が八百万と別れて元の場所に戻ると、そこでは切島と砂藤がちょうど測定を行っているところだった。
「ふんぬぅッ!!!」
「ゥラア”ッ!!!」
砂藤が『シュガードープ』で強化した腕で、切島が腕と顔半分を『硬化』で硬めて歯を剥き出しにしながら全力で握力計を握っていた。
しばらく力んでいた二人だったが、ほぼ同時に力を抜いてお互いの数値を見せ合った。
「っしゃあッ!!」
「ッダァァ、負けたァ!!」
砂藤が拳を振り上げ、切島が頭を抱える。自分たちの学校では決して見ることのできなかったノリに、霊は多少の新鮮さを覚えた。
「お、言葉! オメェ、測定終わったか!?」
「……今から」
「じゃあ、言葉も勝負しようぜ。50メートル走のリベンジだ」
「ん……受けて立つ」
切島と砂藤に誘われる形で、霊も彼らの輪に加わる。こんな何気ないやり取りだけで、霊は少しだけ嬉しくなった。
「ちなみに俺ぁ、102キロ!」
「俺は366キロだな」
「……砂藤は増強型?」
「ああ、俺の個性は『シュガードープ』。食べた糖分を力に変える個性だ」
「あっ、だから測定前に角砂糖食ってたのか!」
「なるほど……切島は?」
「俺の個性は『硬化』。見ての通り固くなるだけだから、純粋な増強型にゃあ敵わなかったな」
切島はその個性で指の肉の弾力をなくし、自身をプレス機に見立てて記録を伸ばしたと言う。それを聞いた霊と砂藤は、切島の発想力に感嘆の声を漏らした。
そして話題は霊の個性に移る。
「それで、言葉の個性って結局何なんだ? 槍作ったり飛ばしたりしてたけど」
「ああ、それ、正直俺も気になってるわ。 増強型って感じはしねぇし、物を操作する『念動力』とか?」
「……見てて」
霊はそう言うと、握力計を二人の目線の高さまで上げて見せた。
注意深くそれを見つめる二人を確認すると、霊は小さく息を吸った。
「『
直後、握力計のグリップ部分がひとりでに動き出した。
「うおっ!」
「なんだ!?」
二人が驚愕の声を上げる間も、ギリギリと握力計が音を立てながら、その数値をぐんぐんと上げていく。
「……『
霊の呟きを合図に音が止み、握力計がピピッという機械音を上げた。
「……わかった?」
「モノに命令する個性、とか?」
「でも、それだと50メートル走で見せた槍を作る説明できなくねぇか?」
「ん~……槍を作るよう土に命令してる、とか?」
首を傾げる霊に、二人は頭を捻って考察をしていく。
ヒーローはヴィランの個性をいち早く見破るスキルも重要になってくる。これはそのための練習だとして、二人は真剣に思考を巡らせていた。
「んん~……わからん!」
「俺もだ」
二人がギブアップを表明すると、霊は自身の個性について説明を始めた。
「正解は『言霊』。言葉で対象の状態を強制する個性」
「ってことは、さっきは『縮め』で握力計が握り込まれた状態を強制したってことか……」
「でもよぉ、そしたらあの槍はどうやったんだ?」
「……土を槍の形に強制した。……詳しくはちょっと違うけど」
「スゲェな、じゃあ何でも作れるのか?」
「無理。色々制約がある」
「そりゃそうだ。そんな都合よくはいかねぇよな」
霊の説明で疑問が晴れた二人はスッキリとした表情を浮かべた。
「あ、そういや記録は!? 結構強かったけど、どうなった!?」
「うおぉ、増強型個性として負けられない……! 頼む、勝っててくれ……!」
ハッとして尋ねる切島と、得意分野である力では負けたくない砂藤。霊もしっかりとした機器で個性の威力を測定するのは初めてだったため、内心ちょっと気になっていた。
三人で握力計を覗き込むようにして見れば、そこには『224kg』と表示されていた。
「っしゃあッ!! 勝った!!」
「ッグアァァ! 負けたァ!!」
「…………」
両腕を上げて勝利を喜ぶ砂藤と、悔しそうに頭を抱える切島。そして、無表情のまま内心悔しがる霊。三者三様のリアクションを取る彼らを遠く離れた場所から眺めていた八百万は、微笑ましそうにクスっと笑みを浮かべた。
◆◇◆◇◆
第3種目:立ち幅跳び。
50m走の時と同様、土槍を投擲するような動作を取り、個性を使う。
「『
土槍は空を切り裂くようにして、霊の身体を前方へと運ぶ。高速で空を翔ける土槍にぶら下がる形で距離を伸ばした霊は、しばらくして『止め』と再び言霊を紡ぎ、地面に着地した。
「今のは槍を飛んでる状態に強制したってことか……なるほどな」
「言われてみれば原理は理解できるよな」
「なになに、何の話?」
「もしかして、言葉の個性についてか?」
霊の測定の様子を眺めていた切島と砂藤がうんうんと頷いていると、近くにいた上鳴と瀬呂が会話に混ざってきた。
切島と砂藤が二人に霊の個性について、実際に目にしたことを交えてながら説明すると、二人から納得と驚きの声が上がった。
「はえ~、なるほどな。モノに命令する個性か」
「それ、めっちゃ強くね!? 声の届く範囲のモノなら言葉一つで瞬時に操れるってことだろ?!」
「たしかに、無機物が対象ってことは聞かせる必要はないんだもんな……」
「さすがに何でもは無理なんじゃねぇか? ……そこんとこどうよ?」
丁度霊が帰って来たのを確認して、切島が問いを投げ掛けた。
「ん……何でもは無理」
「だとよ」
「いや、それでもさっきの槍めっちゃ速かったくね!? あれで不意打ちとかされたら避けらんねぇって!」
「……あれは例外。だから大丈夫」
「何もだいじょばねぇよ!?」
「何か条件でもあるのか!?」
「──次、瀬呂! 準備しろ」
「あ、やべ。あとで教えてくれよな! 絶対だぞ?!」
霊に詰め寄る上鳴と瀬呂だったが、瀬呂の順番が回ってきたため、その場は一旦お開きとなった。
「……俺にだけこっそり教えてくんね?」
「……内緒」
小さく耳打ちしてくる上鳴に、霊は人差し指を口の前に立てて言った。初めて出来た同性の友人との何気ないやり取りにテンションが上がっていた霊は、悪戯っぽい小さな笑みを浮かべていた。
「っ、クッ……! やっぱ顔いいな、コイツ……っ!」
「オメェは何に悔しがってんだ」
悔しそうに拳を握り締める上鳴に、切島の呆れたようなツッコミが入った。
◆◇◆◇◆
第4種目:反復横跳び。
霊は個性を使わず、素の身体能力のみで挑んだ。
「個性なしでも勝てねぇ……!」
「昔から得意」
「クゥッ……! 次は負けねぇ!!」
切島と霊が記録を比べていると、尻尾の生えた金髪の生徒が声を掛けてきた。
「ちょっといい? 俺、尾白。君に訊きたいことがあって……」
「ん……言葉 霊。なに?」
「さっきの動き……何か武術でも習ってた? いい動きだったから参考にできないかなって」
尾白の質問に、霊は頭を捻らせる。
「……槍を中心に武器術を色々と」
「なるほど、武器、か……それであの足運びに……」
尾白は顎に手をやって思考の海へと沈んでいく。彼は記憶を遡って霊の動きを今一度思い出していた。
「なぁ、武器術とさっきの言葉の動きって何か関係あったりするのか? あ、俺、切島! よろしく!」
「あ、うん、よろしく。関係あるかって言ったらあるかな」
切島の質問で現実に意識を戻した尾白が掻い摘んで説明していく。
「武器術って、武器ごとのリーチを活かすために間合い管理が最も重要な要素のひとつなんだ。槍なんかの長物は特にね」
「たしかに、一方的に当てられるならそっちの方がいいもんな」
「うん。そして武器によってリーチは変わるけど、足運びとかステップは結構似通ってる部分があるんだ。言葉くんはその技術を使って記録を伸ばしたんだと思うよ」
「はぇ~、そうなのか?」
「……たぶん?」
「き、気付いてなかったの?」
「ん、無意識」
霊の身体操作術は幼い頃からの積み重ねで、もはや日常レベルで身体に染み付いている。そのため、霊は特段意識することなく無意識で最適な動きを取っていたのだ。
「つっても、そんなんよくわかったな。俺なんてただ足取り軽いな~くらいにしか思わなかったのに」
「俺は個性を活かすために色んな武術をかじってたからね。なんとなく違和感みたいなのを感じたんだよ。……と言っても、言葉くんのは自然過ぎてわかりにくかったけど」
そう言って尾白は苦笑いを浮かべた。
「武術か……俺もその辺参考にできるのねぇか探してみっかな……」
「……切島は重心移動とか参考にできるかも……?」
「たしかに。空手とか拳法には体重を拳に乗せる技術とかあったりするから、打撃威力を上げるのにちょうどいいかも」
「体重を拳に……おし! やってみっか! ありがとな、二人とも!」
その後、三人は一緒に訓練をする約束を交わすのだった。
◆◇◆◇◆
第5種目:ボール投げ。
「次、言葉」
相澤に呼ばれ、霊が前に出る。ボールを受け取り、感触と重さを確かめるように二、三度放り上げながらサークルの中へ入った。
「……よし、始めろ」
手元の端末を操作した相澤の合図に、霊は静かに頷いた。
クラスメイトが注目する中、霊は大きく振りかぶってボールを投げる──瞬間、個性を使った。
「『ぶっ
──シュドォォォオオオオン!!!
投げたボールが突風を巻き起こしながら一瞬で遥か彼方へ消えていった。辺りに土煙が舞い、待機していた他のA組の生徒が目を細める。
そしてしばらくして、土煙がゆっくりと晴れてきた頃、相澤の手元の端末がピッと機械音を鳴らした。
相澤がその端末の液晶画面を皆の方へ向けると、そのほとんどが目を見開き、驚きの声を上げた。
「せ、1904メートル!!?」
「ほぼ2キロじゃん!!」
「スッゲェ! 実技一位相手にダブルスコア!!」
「……チッ!」
霊の『言霊』が無機物へ及ぼす強制力は、その対象の質量の大きさによって左右される。つまり、小さく軽い物体ほどより強い強制力が働くのだ。
その性質がこれ以上なく嚙み合った結果の、この大記録である。
未だ興奮冷めやらぬクラスメイトをしり目に、霊はポケットから個包装されたのど飴を取り出して口の中に放り込んだ。
「(……うまい)」
周囲の騒ぎなど一切気にせず、呑気にのど飴を堪能する霊。それは偏に、自身を見て騒ぎ立てる周囲の反応に慣れているからだった。霊は既に“そういうもの”として完全に受け入れていた。
「言葉、2投目はどうする?」
相澤の問いに、霊は胸の前でばってんを作り、首を横に振った。
それを確認した相澤は一度頷き、次の生徒の名前を呼んだ。
クラスメイトたちのもとへ戻ると、仲良くなった生徒たちにやいのやいの迎えられる。霊はそれに親指をグッと立てることで応じた。
それを見て、一番初めに気付いたのは切島だった。
「あ、そっか、喉か!」
切島の指摘に霊は無言で頷いて肯定する。
「個性を使い過ぎれば喉を痛めるのか……なるほどなぁ」
「じゃあ、切島みてぇな耐久寄りの個性だと相性悪い感じ?」
「それを武器術でカバーしてるんじゃないかな? 見たところ相当鍛えてるみたいだし」
「うへぇ~、しっかり考えられてんなぁ……」
砂藤、瀬呂、尾白、上鳴が口々に納得の声を上げていく。
しばらくその場で話していた(霊は聞いていた)6人だったが、またしても瀬呂の順番が回ってきたのを合図に、それぞれ元の位置へと戻っていった。
霊が八百万の隣に戻ると、彼女は笑顔で迎えた。
「お疲れ様です、霊さん。素晴らしい記録でしたね」
「……向き不向きの問題……俺の個性と相性が良すぎた」
「あら。ふふっ……先ほどの仕返しですか?」
そう言って、二人は目を合わせて小さく笑い合った。