「SMAAAAAASH!!!」
──シュゴオォォオオン!!
緑谷出久がボールを投げる動作で辺りに突風が吹き荒れる。土埃から目を守るようにして、A組生徒が顔を覆った。
「先生……! まだ……動けます……!」
「(コイツ……!)」
腫れ上がった人差し指で拳を握り、震える声で笑って見せる緑谷。それを見て相澤は口元に笑みを浮かべた。
「やっとヒーローらしい記録出たよー!」
「指が腫れ上がっているぞ。入試の件といい……おかしな個性だ……」
麗日が両手を上げて喜び、飯田が物珍しそうに言う。
「単純な増強型の個性、でしょうか……?」
「……発動型にも見える」
「ええ、たしかに。一種のブーストのようなものでしょうか。指一本分であの威力と考えると、凄まじいパワーですわね。デメリットは肉体の損傷、といった所でしょうか……」
「……調整できない個性……? 使いにくそう……」
「もしくは訓練不足の可能性もありますわね。個性を使う度に怪我をしていては、まともに訓練などできなかったでしょうから」
八百万と霊が緑谷の個性を考察していく。
テレビなどでヒーローやヴィランの戦いを見る度、二人はよくこうして相手の個性を考察し合っていた。能力や強み、そして弱点。ヴィランとの戦いで相手の個性をいち早く見抜くために始めた訓練だったが、今では二人にとって半ば癖のようなものになっていた。
「どういうことだ……!? 訳を言え……デク、テメェ!!」
「うわあああ!!」
「──うぐぇ!!」
緑谷に襲い掛かろうと駆け出した爆豪だったが、相澤の首に巻いていた捕縛布によって即座に拘束された。
「んだ、この布……ッ!? かてぇ……ッ!」
「炭素繊維に特殊合金の鋼線を編み込んだ捕縛武器だ。……ったく、何度も何度も個性使わせんなよ……」
「──俺はドライアイなんだ……!」
「「「(個性凄いのにもったいない!!)」」」
その場にいるA組生徒全員の心がひとつになった瞬間だった。
「時間がもったいない。次、準備しろ」
そう言って爆豪の拘束を解いた相澤はさっさとその場を後にした。
◇
その後も上体起こし、長座体前屈、持久走と順調に測定を終え、結果発表の時間となった。
「じゃあ、パパッと結果発表。トータルは単純に、各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なんで、一括開示する」
相澤が手元の端末を操作すると、その場にホログラムのようなものが浮かび、ランキングが表示されていた。
1位 八百万 百
2位 言葉 霊
3位 轟 焦凍
4位 爆豪勝己
5位 飯田天哉
・
・
・
「……負けた……」
「ふふっ、今回はわたくしの勝ちですわね」
悔しそうに拗ねる霊に、八百万は笑顔を向けて言った。
勝者が笑い、敗者が悔しがる。そこに嫌味は欠片も存在せず、ただ純粋に競争を楽しんでいた。幼い頃から苦楽を共にし、時に支え合い、時に競い合う……それが幼馴染であり、最大のライバルである二人の関係だった。
「……ちなみに除籍は嘘な」
端末を操作してホログラムを消しながらポロっとこぼした相澤の言葉に、A組の生徒たちがポカンとした表情を浮かべた。
「君らの個性を最大限引き出す合理的虚偽」
「「「はああああああ!!?」」」
いい笑顔を浮かべながら言う相澤に、飯田、麗日、緑谷が絶叫を上げる。
「あんなの嘘に決まってるじゃない。ちょっと考えればわかりますわ」
「ん……順位
「「「(気付かなかった……)」」」
八百万と霊の発言に、上鳴、耳郎、峰田が内心そうこぼす。
「ちょっとヒヤッとしたな」
「俺はいつでも受けて立つぜ……!」
瀬呂と切島が笑い合う。彼らも最初はビックリしたが、徐々に冷静になって気付いた口だった。
「これにて終わりだ。教室にカリキュラムなどの書類があるから、戻ったら目通しとけ」
それだけ言い残すと、相澤はさっさと校舎へと戻って行った。
◆◇◆◇◆
「……みんな、このあと暇?」
更衣室で制服に着替えて教室へ向かっている最中、霊がおもむろに口を開いた。
「おう! 俺ぁ特に用事とかねぇぜ!」
「俺も大丈夫だ」
「俺は夕方までならいける。入学祝いに親と飯食い行く約束してんだ」
「俺も夕方までなら大丈夫」
「俺はチョー暇! なになに、早速親睦会でもする感じ!?」
上から切島、砂藤、瀬呂、尾白、上鳴である。
皆の返事を聞くと、霊は一度頷いてから言葉を続けた。
「ん……百にみんなを紹介したいから、どうかなって」
「百ってぇと……八百万 百? 体力テスト一位の」
「あぁ~……持久走で原付乗ってた女子か」
「そういえば、幼馴染なんだっけ?」
「ん……常闇も誘いたかったけど、用事があるって……」
「これから毎日会えるんだし、そう落ち込むなよ」
そんな会話をしながら廊下を歩く霊たちだったが、ふと一人足りないことに気付いた。
全員で一度足を止めて後ろを振り返ると、上鳴が廊下の真ん中で立ち尽くしているのが見えた。
「おーい、上鳴ー! どうしたー、置いてくぞー?」
切島が声を掛けても反応はなく、上鳴は軽く俯いたまま動く気配がなかった。全員で何事かと首を傾げていると、ふと上鳴が口を開いた。
「……ことのは……」
「ん?」
「……お前……俺に、あの美人紹介してくれんのか……?」
「? 百が紹介してほしいって」
「っっ……!」
霊のその発言に、上鳴はビクンっと肩を震わせた。そしてゆっくりと顔を上げ天を仰ぎ、すぅっと静かに涙を流した。
「……俺……お前と友達になって……良かった……!」
「? ん、俺も」
「……アイツ、相当参ってねぇか?」
「ま、気持ちはわからないでもないけどな」
切島と瀬呂のツッコミが入る。
そして、空気を切り替えるように砂藤が先導して声を掛けた。
「早く行こうぜ、待たせてんだろ?」
「ん……たぶん、もう集まってる」
「集まってるって?」
「……百も紹介したい友達がいるって」
霊が尾白の質問に答えると、先ほどまで立ち尽くしていた上鳴が一瞬で追いつき、霊にしがみつくように、彼の腰に腕を回した。
「俺!! ほんっっっとに、お前と友達になって良かったぁー!!!」
「ん、早く行こ」
霊が冷静に返すと、上鳴が一瞬で立ち上がってみんなの先頭へと躍り出た。
「ほら、行こうぜ! 女子たちが俺たちを待ってる!」
「調子いいな……」
「あはは……」
一気にテンションの上がった上鳴を見て、砂藤が呆れたように言い、尾白が苦笑いを浮かべた。
「ま、俺たちもさっさと行こうぜ。上鳴じゃねぇけど、女子待たせ過ぎんのも悪ぃだろ」
「たしかにな。……めっちゃ不本意だけど」
瀬呂はやれやれと頭を振りながらも、切島の言葉に頷いた。
そして、ずんずんと前を進む上鳴に続き、霊たちも呆れ半分、苦笑い半分で歩き出した。
一方その頃──。
着替えを済ませた八百万、芦戸、蛙水、耳郎、葉隠の5人は、教室で霊たちを待ちながら他愛のない会話で時間を潰していた。ちなみに、麗日は用事のため不参加である。
「ねぇねぇ、八百万さん!」
「は、はい、どうされましたか?」
芦戸が机に身を乗り出し、八百万へぐっと顔を近づけた。いきなり目の前にきた芦戸の顔に、八百万は一瞬目を丸くした。
「八百万さんと言葉くんって幼馴染なんだよね!?」
「え、ええ。親同士の仲が良く、幼い頃からずっと一緒でしたわ」
その返答を聞いた芦戸はニヤリと笑みを浮かべた。
「それって~、もしかして二人は付き合ってたり~?」
「あっ! それ私も気になってた!」
葉隠が見えない右腕をビッと上に上げ、芦戸の質問に便乗した。
「たしかに、ただの幼馴染にしては距離が近かったような……」
「ケロ。そうね、恋人同士と言われても納得しちゃう距離感だったわ」
耳郎と蛙水までもが会話に加わり、その場の空気は一気に恋バナ一色に染まった。
「「ねぇねぇ、どうなの!?」」
「え、っと……」
芦戸と葉隠の勢いに押され、八百万は思わず言葉に詰まった。
霊より交友関係の広い八百万ではあったが、このように勢いよく詰められるのは初めての経験だった。戸惑いを見せる八百万だったが、すぐにいつもの調子を取り戻し口を開いた。
「……いいえ。わたくしは霊さんとお付き合いしておりませんわ」
「えぇ~、ほんとにぃ~!?」
「付き合いたいって思わない!?」
「そ、そう言われましても……」
なおも食い下がる芦戸と葉隠に、八百万は困ったように頬へ手を添えた。
「ほら、もうその辺にしときなって」
「そうよ、二人とも。あんまり詮索するものじゃないわ」
「えぇ~! だって~!」
「あの距離感でただの幼馴染はさすがに無理があるよ~!」
耳郎と蛙水が二人を窘める中、八百万が考え込むように視線を落とした。
「たしかに……ただの幼馴染では足りませんわね……」
「「「「えっ?」」」」
じゃれ合っていた四人が一斉に八百万へ視線を向けた。
四人が呆然と八百万を見つめる中、しばらく考え込んでいた八百万はやがて納得したかのように一度頷き、四人に向けてこれでもかと満面の笑みを浮かべた。
「わたくしと霊さんは、家族のように仲のいい幼馴染です!」
八百万は胸を張り、自信満々に力強く宣言した。
「うっ……ま、眩しい……!」
「なにそのピュアッピュアな笑顔……!」
「……うち、ちょっと自分が恥ずかしくなってきたかも……」
「ケロ……本当に純粋なのね……」
四人はそれぞれ違うダメージを負った。
そんな四人の様子を見て、八百万は不思議そうに小さく首を傾げるのだった。
「おっ待たせしましたーっ!!」
ちょうどその時、教室の扉がガララッと勢いよく開き、上鳴が元気よく腕を上げながら入室してきた。それに続いて他の男子も待たせたことに対する謝罪を口にしながらぞろぞろと入室してくる。
「……百、ごめん、待たせた」
「いいえ、お気になさらず。わたくしたちも楽しくお話ができましたので」
小さく謝罪の言葉を口にする霊を、八百万は温かく迎えた。
その後、お互いに自己紹介を済ませた段階で教室の一角から声が上がった。
「ちょっ、おいおいおい!! なんで女子と男子がもう交流会始めてんだよ!! オイラも混ぜろよォ!!」
霊たちが視線を向けた先には、身長が霊たちの半分ほどしかない頭にボールのようなものが付いた男子生徒──峰田 実がいた。彼は血気迫るような目をしながら、霊たちの方へずんずんと歩いてくる。
「お、峰田!」
「瀬呂ォ! 水クセェじゃねぇか! オイラも誘ってくれよ!!」
「いや、俺発端じゃねぇし……」
峰田に気付いた瀬呂が片腕を上げて挨拶をした。
「瀬呂くんの知り合い?」
「おう、体力テストん時にちょっとな」
葉隠の疑問に答えた瀬呂は、一度霊と八百万へ視線を向けた。
「ってなわけなんだけど、アイツ加わっても大丈夫そ?」
「ん、大丈夫」
「ええ。これから一緒に学んでいく仲間ですもの。断る理由はありませんわ」
この場は一応、霊と八百万がお互いの友達を紹介するためのものだ。そこへ二人と面識のない峰田を誘ってもいいものかと瀬呂が確認すると、当の二人は特に気にした様子もなく快く了承した。
「オイラ、峰田 実! よろしく!」
「「「よろしくー!!」」」
「よろしくお願いいたします」
「……よろしく」
親指を自身へグッと向けて自己紹介をする峰田を、全員が笑顔で迎え入れた。
「あっ、そうだ。そういうことならもう一人誘いたい奴が……」
瀬呂はそう言ってぐるっと教室内を見渡すと、ある一人の人物に視線を止めた。
「おーい、障子ー! お前も来いよー!」
瀬呂が声を掛けたのは、口元を布で隠した四本の触手腕を持つ男子生徒──障子目蔵だった。瀬呂に呼ばれた障子は一度帰り支度の手を止めると、ゆっくりと霊たちの方に歩いて来た。
「障子目蔵だ。よろしく」
触手腕の1つを口の形に変化させて自己紹介をする障子に、皆一様に目を見開いた。
「凄い! ナニソレ!?」
「それ個性!? どうなってるの!?」
真っ先に反応した芦戸と葉隠が障子の変化した触手腕にずいっと顔を寄せた。
「スッゲェ、一瞬で口になったぞ……!」
「アレ、握力測定の時には手になってたぞ。しかも500キロ超え」
「「マジか!?」」
「女子があんな近くに……ッ!!」
衝撃に言葉を漏らす切島に瀬呂が補足をすると、切島と砂藤が揃って驚きの声を上げた。その場の全員が障子に興味を示す中、峰田は唯一恨めしそうな視線を彼に向けていた。
「凄いな……身体部位の複製、とかかな……?」
「ああ、そうだ」
尾白が考察を口にすると、障子が触手腕に作った口で肯定した。
「俺の個性は『複製腕』。身体の部位を四本の触手腕に複製することができる」
触手腕に耳や目、掌などを複製させながら説明する障子に、全員が感嘆の声を漏らす。
「複製した部位に機能は備わっているのですか?」
「ああ。食事もできるし、見たり聞いたりなんかもできる」
「……複製腕そのものを複製することは?」
「可能だ。ただし、伸びればそれだけ時間は掛かるがな」
八百万と霊の質問に淡々と答えていく障子。基礎から応用まで様々なことが明らかになっていく障子の個性に、全員が「なるほど……」と何度も頷いていく。
そしてひと通りの質問を済ませると、霊は考え込むようにして口を開いた。
「……ヒーロー向きの、いい個性」
「ええ。救助者の声を聞きつけ、遠く離れた場所でも手が届く──ヒーローにとって必要なことが備わっている、とても素晴らしい個性ですわ」
「…………ああ……ありがとう」
霊と八百万の言葉を噛み締めるように、障子は小さくお礼を言った。
その後はみんなが思い思いに語らい、それぞれの時間を楽しんだ。
上鳴と耳郎が好きな音楽について語り合ったり、切島と砂藤が障子に力勝負を挑んだり、瀬呂、尾白、峰田、葉隠、芦戸、蛙水が入試の実技試験で同じ会場だった話に花を咲かせたり……。
その光景を、霊と八百万は少し離れた場所から並んで静かに眺めていた。
「……百」
「はい、どうされましたか?」
八百万が霊に視線を向けると、霊もゆっくりと彼女を見つめ返した。そして霊は今日一番の優しい笑みを浮かべると、ゆっくりと口を開いた。
「……俺、雄英にきてよかった」
「ふふっ、ええ。わたくしも同じ気持ちですわ」
霊の言葉に、八百万は心の底から嬉しそうに笑った。
「……ねぇ、あれで付き合ってないって嘘じゃない!?」
「だよね、だよね! もう理想のカップルって感じだよね!?」
「俺は俄然、お互いに気付いてないって説を推すね!」
「まあ、たしかに……長く一緒にいると気付きにくいって言うよね」
「ケロ。ドラマとかでよくあるやつね。私たちは静かに見守っておきましょ」
「イケメンだけに飽き足らず、美人な幼馴染付きとか……前世でどんだけ徳積んだんだよ……ッ!!」
霊と八百万の様子を盗み見ていた芦戸と葉隠が小声で騒ぎ立てる。その横では、瀬呂の発言に尾白と蛙水が納得したように頷き、峰田は血涙を流しながら拳を握り締めていた。
「おーい、言葉ー! オメェもこっち来いよー! 個性なしの腕相撲勝負しようぜー!」
「ん……行ってくる」
「ふふっ、ええ。楽しんできてください」
切島に呼ばれて向かって行く霊の背中を、八百万は笑顔で見送った。
小学校、中学校と遠巻きに見られるばかりで、友人と呼べる存在がほとんどいなかった霊。その変化を目の当たりにして、八百万は心が温かくなるのを感じた。
「(本当に、よかったですわ……)」
「八百万さーん! こっちで話そー!」
「言葉くんとの話、もっと聞かせてー!」
「ええ、もちろんですわ!」
芦戸と葉隠に呼ばれて、八百万は笑顔で応えるのだった。