雄英に入学して二日目の今日、午前の通常授業を終えて昼休みを迎えた緑谷、飯田、麗日はカフェスペースにやって来ていた。
「うわぁ、すっごい人!」
「この人数を淀みなく捌いているのか……流石だ……!」
「クッキングヒーロー『ランチラッシュ』はヒーロー免許を持たない料理人をたくさん弟子に取っているから、そのお弟子さん達も一緒に勤務しているんじゃないかな」
「なるほど……熟練の料理人たちが揃っているわけか……!」
ランチラッシュはヒーローのサイドキックの他に多くの料理人の弟子を取っており、その弟子の教育の場を提供するという名目で雄英の食堂勤務を引き受けている。そのため、雄英高校では栄養満点の食事を安価で食べることができるのだ。
既にカフェスペースは多くの生徒で賑わっていた。そして、その人だかりの中にひと際目を引く二人組がいるのが見えた。
「む……あれは……」
「八百万さんと……言葉くん、やっけ……?」
「ああ、二人も学食に来ていたんだな」
「うん。でも、どうしたんだろう……? 人を待ってるってわけでもなさそうだけど……」
三人の視線の先には、足を止めたまま食券機の前に並ぶ生徒たちの様子をじっと観察している八百万と霊の姿があった。
とりあえず話を聞いてみようという飯田の提案に乗り、三人は八百万たちのもとへ向かった。
「言葉くん、八百万くん、どうしたんだい? 並ばないのかい?」
「あ、飯田さん。それに、麗日さんと……たしか、緑谷さん、でよろしかったでしょうか?」
「は、はひ! 緑谷出久です! よろしくお願いしましゅ!」
「ええ、ご丁寧にどうも。八百万 百です。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「……言葉 霊。よろしく」
ひと通りの自己紹介を終えたところで、麗日が話を切り出す。
「それで、二人はどうしたん? 何か困ってるみたいやったけど……」
麗日の問いに二人は一度顔を見合わせると、八百万が困ったように頬へ軽く手を当てた。
「ええ、それが……」
「……注文の仕方がわからない」
「「「え?」」」
霊が続けた予想外の言葉に、三人が間の抜けた声を漏らした。その様子を見た八百万が恥ずかしそうに言葉を続ける。
「その……実はわたくしたち、これまで食券式の食堂を利用する機会が無かったものでして……」
「……中学では、ウェイターに直接注文する方式だった」
「お金持ちやないか~……!」
「麗日くんッ!!?」
霊の何気ない一言に麗日が目を見開いてふら~と倒れたため、飯田が慌てて受け止める。緑谷はただただ「そういう学校も、あるんだね……」と仏のような笑顔を浮かべるのだった。
その後、三人は霊と八百万に食券での注文の仕方を手取り足取り教え、共に昼食を済ませた。
「言葉くんは実に美味しそうに食事をするのだな……」
「わかる! なんか、幸せ~ってのが伝わってくるって言うか!」
「たしかに、ほんの少し表情が柔らかいような……?」
「……そう?」
「ふふっ、霊さんは入学前から食堂に来るのを、ずっと楽しみにしていましたからね」
食事を共にしたことで五人の距離が縮まったのは言うまでもない。
ちなみに五人のそれぞれのメニューは、緑谷がカツ丼、飯田がカレー、麗日が焼き鯖定食、八百万が和牛リブロースステーキ、霊が鯖の味噌煮定食だった。
◆◇◆◇◆
午後の授業、ヒーローに必要な様々な法的知識、及び対ヴィラン戦闘における技術を学習する──ヒーロー基礎学。
「わーたーしーがー……?!」
「──普通にドアからきたァ!!」
そう勢いよく1年A組の教室の扉を開けて入って来たのは、シルバーエイジのヒーローコスチュームに身を包んだ不動のNO.1ヒーロー──オールマイトだった。
「オールマイトだ……!」
「スゲェや、ほんとに先生やってるんだな……!」
その迫力にA組の生徒が口々に感嘆の声を漏らす。ヒーローを志す彼らにとって、オールマイトはまさに伝説のような存在だった。
そしてそれは、普段は無表情の霊にとっても同じことであった。
「(すごい迫力……! この距離でも肌がビリビリする……!)」
口元には歪んだ笑みを浮かべ、頬を冷や汗が伝う。
高揚、緊張、期待……普段なら表に出ることのない様々な感情が、今だけは抑えきれずに滲み出ていた。
そして教卓の前に立ったオールマイトが力強い笑みを浮かべて説明を始める。
「私の担当はヒーロー基礎学。ヒーローの素地を作るため、様々な訓練を行う科目だ。単位数も最も多いぞ? 早速だが、今日はこれ!」
「──戦闘訓練!!」
オールマイトの言葉に爆豪は凶悪な笑みを浮かべる。一方の霊は、冷静にポケットからのど飴を1つ取り出すと、ポイッと口の中へ放り込んだ。
「そしてそいつに伴って……こちら! 入学前に送ってもらった個性届と、要望に沿って誂えたコスチューム!」
「「「おおぉぉぉ!!」」」
オールマイトの指差した方──黒板を正面に見て左側前方の壁が隆起し、中から番号の振られたアタッシュケースが計20個、姿を現した。
そのハイテクな光景か、はたまたコスチュームに対する期待感か、クラスの至る所から歓声が上がる。
「着替えたら順次、グラウンド
「「「はーい!!」」」
そうしてA組の生徒は、それぞれのアタッシュケースを持って更衣室に向かった。
◆◇◆◇◆
更衣室に着いた霊がアタッシュケースを開けると、そこには要望通りのコスチュームが入っていた。それらをひとつひとつ、身体の調子を確かめながら身につけていく。
防刃防弾、耐熱、防水、伸縮性に優れた膝丈ほどの漆黒のフード付きコート。そのコートと同じ素材で作られた少しゆとりのあるズボン。
重厚感が感じられる丈夫なミリタリーブーツ、腰のタクティカルベルトには複数のポケットが取り付けられている。
そして、何よりも目を引くのが霊の首元。
首元から顔の半分までを覆う大型の機械型マスク。
喉を厳重に守るという役割の他に、霊の声を増幅する機能や、吸う空気を常に清潔に保つためのフィルター、個性の反動を軽減するための冷却機能などを内蔵した超多機能マスクである。
着替えを済ませた霊の姿は、その露出の低さや全身黒で統一したコスチュームも相まって、どこぞの暗殺者のような風体だった。
「言葉、そのコスチュームかっけぇな!」
「ん、切島も」
「ハハッ、ありがとよ!」
出席番号の影響か、着替えのロッカーが隣だった切島が声を掛けてきた。その声に釣られる形で、更衣室に残っていた他のクラスメイトも霊へ視線を向けた。
「おおぉ! ザ・仕事人って感じがするな、それ!」
「マスクかっけぇな。個性用のサポートアイテムか」
「折角のイケメンなのに、目元しか見えないのはちょっと勿体なくね?」
「「「確かに」」」
上鳴、砂藤、瀬呂が思い思いの感想を伝えると、霊は頭に被っていたフードを取って見せた。
全身黒一色のコスチュームに身を包んでいるためか、霊の白色の頭髪がより一層目を引き付けた。それに伴って、霊の半分しか出ていない顔面と宝石のような碧眼にも目がいくわけで……。
「…………フード取るなら、まずはコスチュームの色をどうにかしねぇとな……」
「「「それな」」」
切島の呟きに、三人は霊から視線を逸らしながら同意するのだった。
そうして、残った全員でグラウンドβへと向かった。
道中、霊のコスチュームを見た常闇から「深淵を纏いし者よ……今宵相まみえたこと、嬉しく思う」という意味深な言葉をかけられた霊は、頭に『?』を浮かべながらも、とりあえず「ありがとう」とお礼を返すのだった。
◆◇◆◇◆
一般入試でも使用された都市型グラウンドのひとつ──グラウンドβ。
着替えを済ませた生徒たちがグラウンドβの巨大なトンネル型のゲートをくぐり抜けると、そこには既にオールマイトが立っており、彼らを笑顔で出迎えた。
「格好から入るってのも大切なことだぜ、少年少女! 自覚するのだ。今日から自分は──ヒーローなんだと!」
思い思いのヒーローコスチュームに身を包んだA組生徒たちを見回し、オールマイトが笑みを深めた。
「いいじゃないか、みんな……かっこいいぜ! さあ始めようか、有精卵共!!」
オールマイトの言葉を聞いて、霊はマスクの下で小さく笑みを浮かべた。そして、視界の端で幼馴染の姿を捉え、ギョッと目を見開いた。
「百……」
「あ、霊さんですね。そのコスチューム、よくお似合いですわ」
「ん……それより百、それ……」
霊は八百万の方を指差しながら、困惑を抑えられないといった風に呟いた。
八百万は胸元どころか上半身の前面をパックリと開けた赤いジャケットに、腿の半分ほどもないタイトスカートを身につけただけの、露出が高すぎる格好をしていた。
「これですか? 要望ではもう少し布の量を抑えるよう申請したのですが、どうも受理されなかったようで……、どうでしょうか……?」
不安そうに問い掛けてくる八百万に、霊は少しの間言葉を詰まらせる。
色々大丈夫なのかだとか、そんな格好で寒くないのかだとか、様々な思いが喉元まで出かかるが、霊は心からの言葉を紡ぐことにした。
「ん、似合ってる」
「っ、ありがとうございます、霊さん」
霊の言葉に、八百万は花のような笑顔を咲かせるのだった。
そして、少し遅れて緑谷が合流したところで、オールマイトは改めて授業を再開させた。
「さっ、戦闘訓練のお時間だ」
「先生! 此処は入試の演習場ですが、また市街地演習を行うのでしょうか?」
「いいや、もう後二歩先に踏み込む」
全身をフルプレートの鎧のようなコスチュームに身を包んだ飯田の質問に、オールマイトは二本指を立てて答え、続けた。
「ヴィラン退治は主に屋外で見られるが、統計で言えば、屋内の方が凶悪ヴィラン発生率は高いんだ。監禁、軟禁、裏商売──このヒーロー飽和社会! おっほん……真の賢しいヴィランは闇に潜む。君らにはこれから、ヒーロー組とヴィラン組に分かれて、2対2の屋内戦を行ってもらう」
「基礎訓練も無しに?」
「その基礎を知るための実戦さ!」
蛙をモチーフにしたコスチュームに身を包んだ蛙水の疑問に、オールマイトはグッと拳を固く握って答えた。
「ただし! 今度はぶっ壊せばOKじゃないロボじゃないのがミソだ!」
「勝敗のシステムはどうなります?」
「ブッ飛ばしてもいいんすか?」
「また、相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」
「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか?」
「このマントヤバくない?」
「(んんん~、聖徳太子~……!)」
次から次に質問が飛び交う様子に、新米教師であるオールマイトはもどかしさを抑えるように拳を握った。
そして一度生徒たちを落ち着かせると、懐から一枚の小さな紙切れ──カンペを取り出して、説明を再開した。
「いいかい? 状況設定はヴィランがアジトのどこかに核兵器を隠していて、ヒーローはそれを処理しようとしている。ヒーローは時間内にヴィランを捕まえるか、核兵器を回収すること。ヴィランは制限時間まで核兵器を守るか、ヒーローを捕まえること」
「──コンビ及び対戦相手はクジだ!」
「適当なのですか!?」
「プロは他事務所のヒーローと急造チームアップすることが多いし、そういうことじゃないかな?」
「そうか、先を見据えた計らい……失礼致しました!」
「いいよ、早くやろう!」
疑問の声を上げる飯田だったが、全身緑のジャンピングスーツを着た緑谷の言葉を聞いて納得した。そこまでの考えに至らなかった霊も、内心緑谷の頭の回転の早さに感嘆していた。
そうして一人ずつクジを引いていき、急造チームが次々と出来上がっていった。
ちなみに霊の引いたクジは『C』──チームメイトは八百万に決定した。
「よろしくお願いします、霊さん」
「ん、よろしく」
そして初戦。オールマイトが引いたクジには『A』と『D』のアルファベットが印されていた。
「Aコンビがヒーロー、Dコンビがヴィランだ! 他の者はモニタールームに向かってくれ!」
「「「はい!!」」」
オールマイトが先導する形で麗日、緑谷、飯田、爆豪を残したA組生徒たちは、モニタールームへと向かった。
◆◇◆◇◆
『屋内対人戦闘訓練、ヒーローチーム、ウィィィィイイン!!』
Aコンビ(麗日&緑谷) 対 Dコンビ(飯田&爆豪)の勝敗は、ヒーローチーム──Aコンビの勝利で終わった。
しかしモニタールームで観戦していたA組の生徒たちは、その映し出されている映像に、皆一様に言葉を失っていた。
「なんだよ、こりゃあ……負けた方がほぼ無傷で、勝った方が倒れてらぁ……」
「勝負に負けて、試合に勝ったということか」
「訓練だけど」
上鳴の呆然とした声が響き、常闇が仰々しく言った言葉に蛙水が容赦のないツッコミを入れた。
そして、保健室へ搬送された緑谷を除き、全員がモニタールームに集合したところで、先ほどの訓練についての講評が始まった。
「まあつっても……今戦のベストは飯田少年だけどな!」
「っ、っ!!?」
「勝ったお茶子ちゃんか緑谷ちゃんじゃないの?」
オールマイトからの唐突な賞賛に、飯田が困惑と驚愕が半々といった表情を浮かべ、蛙水が純粋な疑問を口にした。
「んん~、そうだなぁ~、何故だろうなぁ~……わかる人!!」
「はい! オールマイト先生」
わざとらしくそう言ったオールマイトが手を上げると、八百万も同様にビシッと右手を上へ伸ばした。
「──飯田さんが、一番状況設定に順応していたからです」
「…………」
ビシッと手を上げたまま固まるオールマイトを横目に、八百万は淡々と続ける。
「爆豪さんの行動は、戦闘を見る限り私怨丸出しの独断。小物のヴィランを演じたのであれば納得はできますが、それを訓練の場で行う利点はありません。そして先ほど先生が仰っていた通り、屋内での大規模攻撃は愚策。緑谷さんも同様……受けたダメージから鑑みても、あの作戦は無謀としか言いようがありませんが……爆豪さんを相手に個性を温存し、時間を稼いだこと自体は評価できます。麗日さんは中盤の気の緩み。そして、最後の攻撃が乱暴すぎたこと。張りぼてを核として扱っていたら、あんな危険な行為はできませんわ」
そこまで言って、八百万は呆然と立ち尽くしたまま話を聞く飯田の方へ視線を向けた。
「相手への対策を熟し、核の争奪をきちんと想定していたからこそ、飯田さんは最後、対応に遅れた」
「っ、くぅっ……」
八百万の淡々とした評価には嘘がなく、だからこそ飯田は嬉しさを噛み締めるように口元を歪めた。
「ヒーローチームの勝ちは、『訓練』だという甘えから生じた反則のようなものですわ」
「(……お、思っていたより言われた……)」
完璧以上の分析をした八百万に、オールマイトは頬をピクピクと引きつらせた。
「ま、まあ、飯田少年もまだ、固すぎる節があったりするわけだが……。まあ……正解だよ、クゥ~!」
「常に下学上達、一意専心に挑まねば、トップヒーローになどなれませんので」
サムズアップするオールマイトに、八百万は自信満々にフフンっと胸を張った。
そんな幼馴染の様子をすぐ隣で見ていた霊は、「オールマイトに褒められて嬉しくなってる……」と心の中で呟き、マスクの下で微笑ましそうな笑みを浮かべるのだった。
そして、ビルを移して第二戦──。
ヒーローチームBコンビ(障子&轟) 対 ヴィランチームIコンビ(尾白&葉隠)の屋内対人戦闘訓練の結果は、ヒーローチームの圧勝に終わった。
轟が開始直後、ビル一棟を丸ごと氷漬けにするほどの氷結を放ち、ヴィランチームを一瞬で戦闘不能にして見せたのだ。
「仲間を巻き込まず、核兵器にもダメージを与えず、尚且つ敵も弱体化……!」
「最強じゃねぇか!!」
轟の氷結の影響は地下のモニタールームにまで及び、肩を震わせながら講評を口にするオールマイトに、切島がやけくそ気味に声を上げた。
「百」
「あ……ありがとうございます、霊さん」
凍えて涙目になる八百万に、霊は着ていたコートを脱いで彼女の肩に優しく掛けた。
身に着いた霊の紳士ムーブは極自然に行われたため、周りで凍えるクラスメイトは最初何が起きたのか理解できなかったが、すぐに羨望の眼差しを向けた。
その視線の先が八百万か霊か、はたまた暖かそうなコートに向けられていたのかは、視線を向けた本人のみぞ知る。
そして、第三戦を挟んで第四戦──。
ヒーローチームGコンビ(上鳴&耳郎) 対 ヴィランチームCコンビ(言葉&八百万)の屋内対人戦闘訓練が始まるのだった。