試合開始5分前──。
ヴィランチームが核の設置や迎撃準備を整えている間、ヒーローチームである上鳴と耳郎もまた、ビルの入り口手前で見取り図を見ながら今回の作戦を話し合っていた。
「じゃあまずは、現時点でわかってることについて……上鳴の個性は?」
「俺の個性は『帯電』。電気を纏ったり放出したりできるけど、操ることはできない。あと、キャパオーバーすると脳がショートしてすっげぇアホになる」
右手にバチバチと電気を纏って見せる上鳴に、耳郎は小さく首を傾げた。
「アホになるってどんくらい?」
「んん~……意思疎通ができなくなるくらい?」
「……大分見てみたくはある」
「ちょっと!!?」
声を上げる上鳴に、耳郎は笑いながら「冗談、冗談」と形だけの弁明を口にした。そしてそのまま、耳郎は自身の個性についての説明を始めた。
「私の個性は『イヤホンジャック』。耳たぶのプラグで音を聴いたり、心音を大音量で出力したりできる」
「へぇ~……ん? 待って? それって索敵とかもできる感じ?」
「まあ……ある程度は」
「マジ!? それ、今回の訓練モロ有利じゃね!? 核の場所で守ってるだろうし、耳郎がいりゃあ隠し場所の候補めっちゃ絞れるくね!?」
上鳴の賞賛を受け、耳郎は照れくさそうに自身のプラグを指でくるくると弄ぶのだった。
お互いの個性の確認が終わると、次に相手コンビの個性についての話し合いが始まった。
「上鳴は
耳郎の問い掛けに、上鳴は待ってましたと言わんばかりに胸を張って話し出す。
「アイツの個性は『言霊』! 言葉で対象の状態を強制する個性って聞いたぜ!」
「なんでアンタがそんな自慢気なのさ……まあ、別にいいけど」
耳郎は上鳴に軽いツッコミを入れると、顎に手を当てて思考を回し始めた。
「状態の強制……昨日の体力テストを見る限り、疑似的な念動力みたいなもんかな……? 槍も結構なスピード出てたし……どうしよっか……?」
「あっ、でも、槍の速さは例外、みたいなこと言ってたから、何か条件みたいなのがあんじゃね?」
「……ちなみに、その条件って?」
「…………あっ、そうじゃん! 結局あれから何も聞いてねぇ!!」
「だと思った……」
そうして次に、八百万の個性についての情報共有に移った。
「耳郎は知ってる? 八百万さんの個性。
「そういうのは本人に直接聞きなよ」
「いや、だって……ほら! あんな美人相手に緊張しない方がおかしいだろ!?
「意気地なし、見た目チャラ男のくせに」
「見た目だけで決めつけるのほんっとよくないからね!? 偏見ダメ、絶対!」
「はいはい。でも、意気地なしには変わんないっしょ?」
「うぐっ……!」
「んで、八百万さんの個性についてだけど……」
容赦のない指摘で上鳴を黙らせた後、耳郎は脱線しかけた話を元に戻した。
「八百万さんの個性は『創造』。体内の脂質を使って生物以外の色んな物を生み出す個性らしい」
「マジか……『四次元収納』とかふざけて予想してたら、それ以上に融通の利きそうな個性出てきて、正直めっちゃビビってんだけど……」
「そりゃそうでしょ。学年に四人しかいない推薦入学者の一人だよ? 生半可な個性じゃないって」
「マジで!?」
推薦入学者の内の一人が相手チームにいると知って上鳴が驚愕の声を上げるが、耳郎はそのことを気にも留めず目の前のビルを静かに見上げた。
「……実際、このビルが今頃トラップハウスと化してる可能性だってあるわけで……」
半ば呆れたような耳郎の呟きに、上鳴も彼女の視線を追うようにしてビルを見上げた。
事前準備と相性が良すぎる個性を持つ八百万と、八百万が『創造』で生み出した物を『言霊』ひとつで操れる霊……考え得る限り、最も敵に回したくない二人組だった。
時間差で事の深刻さに気付いたのか、上鳴の顔から瞬く間に血の気が引いていった。
「…………む、無理じゃね……?」
「……いや、まだ何とかなる、かも」
そう言って、一旦何かを考え込むように顎へ手を当てる耳郎だったが、すぐにパッと顔を上げて上鳴に視線を向けた。
「上鳴の個性って『帯電』だよね? スタンガンみたいなことってできたりする?」
「え? あ、お、おう。触れることができたら……って、まさか……!」
耳郎の問いに、上鳴は早々に嫌な予感を感じ取った。
「設置型のトラップだったら、うちが反響音とかで位置を特定できる。そうやって罠を回避しつつ相手に近付いて、上鳴の個性で気絶させられればうちらの勝ち……できる?」
「いや、できるはできるだろうけど!
入試の実技試験、上鳴は霊と同じ演習会場だった。
槍一本で縦横無尽に仮想ヴィランを屠っていく白髪の少年……緊張で記憶は朧気だったが、先日の体力テストで槍を持つ霊を見た瞬間、確信した──あの時の彼である、と。
当時の記憶を思い返しながら抗議の声を上げる上鳴に、耳郎は落ち着かせるように軽い口調で声を掛けた。
「大丈夫だって。万が一そうなった時のために、別のプランも考えてあるからさ」
「マジ!? はぁ~……それを早く言ってくれよ~、心配して損したぜ……」
ほっとした表情を浮かべる上鳴に、耳郎がもう一つのプランの説明を始めた。
「核を本物として扱うなら、上鳴の放電は使えないっしょ?」
「おう。下手したら核だけじゃなくて、耳郎まで巻き込んじまうからな」
「うちも遠距離相手への攻撃手段は一応持ってるけど、ピンポイントでの狙い撃ちはさすがに無理。だから、もう一つの方も近距離戦……」
耳郎が上鳴に耳たぶのプラグをシュルルルっと伸ばして見せた。
「うちのこれは、最大で6メートルまで伸ばすことができる。これを相手の身体にぶっ刺せれば、うちの心音を大音量で直接体内に流し込んで、気絶させることもできるんだよね」
「え、すごっ! じゃあ俺じゃなくて、耳郎が無力化すればよくね? 俺より射程長いんだしさ」
「そ。それがもう一つのプラン。でも、うちのこれは結構ゆっくりでしか伸ばせなくてさ……」
耳郎はそこで一度言葉を切ると、上鳴へ慈愛のこもった瞳を向けた。それを受けた上鳴は何かを悟ったかのように、瞬く間に絶望で顔を青く染めていった。
耳郎はそんな上鳴の肩にポンっと軽く手を乗せて、グッと親指を立てた。
「──ってなわけで、時間稼ぎ、よろ」
「『よろ』じゃねぇよ!!? 結局俺のすること何も変わってなくね?!!」
『屋内対人戦闘訓練、第四戦、スタァァァトォォォ!!』
抗議の声を上げる上鳴だったが──直後、イヤホン型の小型通信機からヒーローチームの突入を告げるオールマイトの掛け声が響いた。
◆◇◆◇◆
入り組んだ構造のビル内部を、上鳴と耳郎が周囲を警戒しながら進んでいた。
そして、ある程度進んだ地点で先行していた耳郎が右手を軽く上げて足を止めた。背後から追従していた上鳴もまた、耳郎の指示に従うように足を止めると、緊張した面持ちで周囲を警戒するように臨戦態勢を取った。
それを確認した耳郎がその場でスっとしゃがみ込み、壁面と地面に耳たぶのプラグを伸ばすとすぐに意識を集中させた。
この一連の流れは、二人が突入前に予め決めていた作戦のひとつである。
耳郎が個性で、風が建物を抜ける際に発する僅かな空洞音を聴き取り、周囲の罠の有無を確認する。その間、無防備になる耳郎の身を上鳴が身を呈してでも守り抜く──名付けて『上鳴肉壁作戦〜探索編〜』(耳郎命名)である。
上鳴と耳郎が相手の個性を把握しているのと同時に、霊と八百万もまた、こちらの個性を把握している。耳郎の索敵能力が知られている以上、何らかの対策がされている可能性もあったため、ヒーローチームは慎重に探索を進めていた。
罠が無いことを確認した耳郎が立ち上がり、上鳴へハンドサインを送って再度先行し始めた。
それを繰り返し、遂にビル最上階最後の一室──目的の核とヴィランチームがいる部屋の前に辿り着いた。
残り時間は僅か3分──。
霊の『言霊』と八百万の『創造』の相乗効果を最大限警戒して、ここ以外の全ての部屋の安全を確認して回った結果、ここまで時間が掛かってしまっていた。
しかし、後は突入を残すだけである。
耳郎が耳たぶのプラグを部屋のドア面に当てて内の様子を確認する。そのすぐ後ろで、上鳴が緊張した面持ちで軽く準備運動を始めた。
『罠──無し。核の位置──右奥。言葉 霊──正面奥・手前。八百万 百──正面奥・奥。OK?』
『ラジャー。準備OK』
予め決めておいたハンドサインを使い、静かに情報共有を済ませた二人。
上鳴は一度大きく深呼吸をすると意を決したように、扉の前に立った。その背後の少し離れた位置に耳郎が立ち、耳たぶのプラグの先端を前に向ける。
上鳴が『5、4、3、』とカウントダウンを開始し、『2、1、──』。
『0』のタイミングで、扉を開けた瞬間──。
──パァァァンッッ!!!!!
「ぅッグ……ッ!!!?」
爆音と共に、上鳴の頭に耳鳴りが響き、耳郎が苦悶の声を上げ、両耳を塞いで床に倒れた。
「ッ、耳郎! ッ!」
咄嗟に後ろを振り返った上鳴が驚愕し、声を上げた。しかし、視界の端で槍を構えてこちらに向かって来る霊の姿を捉えたため、上鳴は部屋の入口前に陣取る形で迎撃の構えを取った。
「(耳郎がやられた……! 作戦失敗──まだわかんない──案外無事かも──動けることに賭ける──無理でもプラグだけなら──俺が粘ればワンチャン! 何はともあれ……)」
──ぜってぇ通さねぇ!!
走馬灯のように高速で思考を回しながら、上鳴が個性を発動して全身に電気を纏う。
「下手に触ると怪我するぜ?!」
上鳴は恐怖で竦む身体を鼓舞するように軽口を叩いた──直後、纏ったはずの電気がまるで何かへ吸い寄せられるように、あらぬ方向へと流れていった。
「はぁッ!!?」
電気の流れていった方向──自分が入って来た扉のすぐ上付近へ視線を向けると、壁面に一本の小さな突起のようなものが設置されているのが見えた。
上鳴自身、それ自体には見覚えがあった。なぜならそれは、このビルの全ての部屋に、全く同じように取り付けられていたものだったから。
用途はわからなかったが、全ての部屋の全く同じ位置に、同じように取り付けられていたため、構造上の何かだと判断した。そして、多くの部屋を見回った今では『そういうものだ』と気にも留めなくなっていた
『それ』が現在──電気を纏うかのようにバチバチと音を立てている。
「(これ……避雷針かよ!?)」
上鳴は心の中で悔しそうに悪態をついた。しかしすぐにハッとして顔を正面に戻すと、霊がもうすぐそこまで迫って来ているのが見えた。
「(個性は使えない……! せめて、肉壁にでも……!)」
上鳴が覚悟を決め、背後の耳郎を守るように部屋の入口前で防御の構えを取った──直後。
「──『
「ぅえ!?」
霊によって紡がれた『言霊』で、上鳴の身体がまるで何かに引っ張られるように横へとズレた。そして、そのズレた上鳴の身体を正確に狙い撃つように、霊の陰に隠れていた八百万が鋭い踏み込みと共に槍を突き放つ。
「やあっ!」
「ゴフッ……!」
刃を潰された槍の先端が上鳴の鳩尾を正確に捉えると、彼の意識を一瞬で刈り取った。
そして、霊は未だ両耳を押さえたまま床に蹲っている耳郎へ駆け寄ると個性を使った。
「『
「ゲッ……やっぱ無理か……」
「ん……手負いの敵が一番怖い」
「ははっ、たしかに……完敗」
不意打ちを仕掛けようとしていた耳郎は、身体が動かないことを確認すると諦めたように笑みをこぼした。
『ヴィランチーム、ウィィィィイイン!!』
霊が耳郎の手首に確保証明用のテープを巻き付けると同時に、耳の小型通信機からオールマイトの声が響いた。
◆◇◆◇◆
試合終了後すぐに目を覚ました上鳴は、起き上がるや否や霊へと詰め寄った。
「人もいけんのかよ!!? 言えよ!!」
「? 聞かれてない」
「いや、確かにそうだけど!!」
内容は霊の個性について。
てっきり対物にのみ有効だと思っていた『言霊』が、実は対人にも有効だったということを身をもって知らされた上鳴は、責めるに責められない状況のもどかしさに声を上げた。
「霊さんの個性『言霊』は、生物・無機物を問わず、声の届く範囲の全ての対象に作用しますわ」
「へぇ~、すっご。めっちゃ強いじゃん。何かデメリットとかあんの?」
少し離れた所から八百万が説明を飛ばすと、横に立っていた耳郎が感嘆の声を漏らしつつ質問した。
「ん……対象によって、『言霊』の強制力に差が生まれる」
「差?」
「霊さんの『言霊』の強制力は、対象の質量に大きく依存していますわ。ですが、対人への『言霊』となれば、この限りではありません。身体の大きさや重さだけでなく、力の大きさや抵抗力なんかも加わるため、同じ強度の『言霊』を発したとしても、人によって強制力に差が生まれたりすることがあるんですの」
「へぇ~」
簡潔すぎる霊の説明に、八百万がすかさず詳しい補足を足した。
耳郎は納得の声を漏らしつつ、「さすが幼馴染、よく知ってらっしゃる」と、ある意味感心するかのように心の中で呟いた。
八百万の説明が終われば、上鳴は再度霊に詰め寄った。
「他は!? まだ言ってない弱点みたいなのあるんじゃねぇの!?」
「……増強型個性と相性が悪い」
「おぉ……!」
「……けど、同じ『言霊』を重ね掛けして、無理やり強制力を底上げすることもできる」
期待に瞳を輝かせる上鳴だったが、霊から告げられた力業にピシリッと動きを止めた。そして顔を伏せ、しばらくの間プルプルと小刻みに震えていると、バッと勢いよく天を見上げた。
「んな無茶苦茶なぁ~……!!」
上鳴の心の底からの嘆きは室内に留まらず、ビルの外にまで響き渡ったのだった。