午後の授業を終えて放課後──。
初めて本格的な訓練を行った1年A組の生徒は、興奮冷めやらぬ中、教室で訓練の反省会のようなものを行っていた。
「はーい! 私、言葉くんの個性についてもっと詳しく知りたいでーす!」
緑谷が爆豪を追いかけに行った後、見えない右手を真っ直ぐ立てながら葉隠が声を上げた。
それを聞いたクラスメイトたちからも同意の声が上がり、霊に視線が集中する。
「? 『言霊』……言葉で対象の状態を強制する個性」
「いや、それはわかってんよ……」
首を傾げながら答える霊に、上鳴が半分呆れたようにツッコミを入れた。しかしそれを受けてなお、霊は不思議そうに頭の上に『?』を浮かべるだけだった。
「えー、解説の八百万さん。説明をお願いします」
「え、ええ……霊さんの個性はできることの幅が広すぎますので、説明を受けるより、質疑応答の形で理解を深めるのがよろしいかと」
芦戸にエアマイクを向けられた八百万が戸惑いながらも、そう口にした。
「あっ! そういうことなら、ずっと気になってたんだけどよ……
「「それだー!!」」
真っ先に質問を投げた切島に、上鳴と瀬呂が声を揃えて反応した。
「『言霊』ひとつで色んなもの作れるんだったら、めっちゃ強くない!?」
「さすがに条件みたいなのがあるんじゃないかな? まだ二日目だけど、これまで『槍』以外作ってるの見たことないし」
「体力テストん時、『何でもは無理』みたいなこと言ってたような……確かに、条件があるなら知りたいかもな」
「ケロ。どうして『槍』だけは作れるのかしら?」
「さあ、どうなんだいっ、言葉くん! ネタは上がってるんだよ!?」
「…………」
霊の座る机をバンッと叩いて、見えない顔を寄せる葉隠。透明ゆえに緊迫感はないが、葉隠の見えない顔を通して、その背後にいるクラスメイトの視線は真っ直ぐ霊に注がれていた。
怒涛の質問量に、霊が助けを求めるように左脇で控えていた八百万を見上げた。
「オールマイト先生の仰られた通り、意思疎通を疎かにしてはいけませんわ。これも訓練だと思って、頑張ってください」
我が子を送り出すように微笑む八百万に、霊は覚悟を決めたように一度頷くと、再度クラスメイトたちの方へ向き直った。
「……槍を作るのは、さっきも言った通り『状態の強制』……でも、それだけじゃない」
そこで一度言葉を切った霊が、口を大きく開けて、舌をみんなが見えるように突き出した。それを見たクラスメイトが一様にぎょっと目を見開く。
ギザギザとした歯が生え揃った口の中──突き出された舌の表面には、凶悪に牙を剥いて笑う口元の入れ墨が刻まれていた。
そして霊は一度口を閉じてから、改めて説明を始めた。
「……この舌は、舐めた物質の構造を解析・記憶することができる」
「つまり、言葉くんは、その舌で舐めた物質をいつでも好きに呼び出せるってこと?」
「無理……色々ルールがある」
葉隠の問い掛けに、霊は首を軽く横に振って否定を示す。そして、人差し指を立てながら説明を続けた。
「まず1つ……無から有を創り出せるわけじゃない」
「あっ、そういやぁ……体力テストん時、槍作った時の地面、クレーターみてぇになってたな」
「ん……あくまで記憶した通りの構造に、対象の形を強制させてるだけ。新しく生み出してるわけじゃない」
「なるほどなぁ……」
声を漏らす切島の他にも、多くのクラスメイトが納得するように何度も頷いた。その様子を視界に収めながら、霊が人差し指に続いて中指を立てながら続ける。
「2つ……構造を強制するには、素となる物質も予め解析・記憶しておく必要がある」
「ええっ!? 土とかも舐めとかなくちゃいけないの!?」
「ん」
芦戸が驚きの声を上げるのに、霊がコクリと頷いた。
「構造の強制には、2つの解析データが必要。『素となる物質のデータ』と『強制する構造のデータ』……その2つがないと、発動しない」
「質問いいだろうか? その記憶できるデータ量には、限界はあるのかい?」
「……たぶん無い、と思う」
飯田の質問に、霊はしばらく考えた後、曖昧な返しをした。
「今のところ限界は感じてない……それに、父さんも似たような個性持ってるけど、限界は無いって言ってた……から、たぶん無い、と思う」
「なるほど……ちなみに、御父上の個性を聞いても?」
「ん……『味覚ストック』。食べた味を解析・記憶して、その味を細部まで再現できる」
「へぇ~、確かに似てるな~」
「なんか、ザ・料理人の個性! って感じするね」
「ええ。実際、霊さんのご実家は老舗の高級料亭を経営しておりまして、霊さんのお父様はそこの総料理長を務めていらっしゃいますわ」
「「マジでッ!!?」」
芦戸の呟きに八百万が肯定と補足の説明をすると、上鳴と芦戸は弾かれたように驚愕の声を上げた。
「はぇ~、ただ者じゃないとは思ってたけど、まさかの高級料亭の跡取り息子だったとは……」
「八百万さんの実家もそんな感じ?」
「わたくしの家はヒーロー関連事業とほんの少しコネクションを持っているくらいで、いたって普通の資産家ですわ」
「普通、かな……?」
「どっちもどっちじゃね?」
そんな、話が若干脱線しかけ始めた頃、教室の扉がガラララッと音を立てて開き、緑谷が戻って来た。
そして、飯田と麗日が緑谷に今まで判明した霊の個性の情報を伝えると、顎に手を当てて何かをブツブツと高速で呟き始めた。独り言のようなもので細部までは聞き取れなかったが、静かな教室で響くブツブツ声は皆の視線を集めるのには十分なものだった。
しばらくしてハッと意識を現実に戻した緑谷は、皆の視線が集まっていることにも気付き、「ま、またやっちゃった~……!」と見るからに激しく動揺した。
「なぁ、緑谷。オメェも何か気になったことねぇか? 本人に直接問い詰めるなら今うちだぜ?」
「……そんなことない。聞かれたら、いつでも答える」
「今じゃねぇとオメェ、八百万にばっか頼って長文説明サボるだろ?」
「…………」
切島に抗議の視線を向ける霊だったが、返された指摘に素直に押し黙る。それを見ておかしそうに笑みをこぼした切島が、霊を親指でグッと指差しながら緑谷に「な?」と仕方なさそうな笑みを向けた。
そうして、緑谷が遠慮がちに霊へ質問を飛ばす。
「えっと、昨日の体力テストの時の話なんだけど……言葉くんが個性を使う直前、槍とかボールを投擲するような動作をしたりしてたのが気になって……発声ひとつで効果を発揮する『言霊』の個性だったら、わざわざあんな動きをする必要はないと思うんだけど、アレって何か意味があったりするのかなって……」
「……アレはイメージの補強が目的。『言霊』の『状態の強制』は、要は『イメージの押し付け』……対象をどんな状態に強制するかを明確にイメージする必要がある。そのイメージを強固にすることで『言霊』の強制力が上がって、喉の疲労も抑えられる……から、できるだけ動作は省略しないようにしてる」
「イメージの押し付け……なるほど、そうか……! 確かに言葉くんは個性を使う時『刺され』『飛べ』といったごく短い単語しか使ってなかった。でもそれだけだと方向・速度・目標地点といった具体的な要素が指定できていない……けど、頭に思い浮かべたイメージを声を介して対象に押し付けていたとすれば全てに説明がつく! 言葉くんの個性は『言霊』……言葉に宿る力のことを指す……つまり、言葉くんの個性は『思い浮かべたイメージを言葉に込めて、対象にぶつける個性』! そうか、そういうことだったんだ……! …………(ブツブツブツ)」
またしても思考の海に沈んでいった緑谷に、その場にいる全員が苦笑いを浮かべた。そして緑谷が現実に戻って来るまでの間、またもやそれ以外のクラスメイトからの質問タイムが始まった。
そして、一番最初に手を上げたのは尾白だった。
「はい。槍以外も作れたりする?」
「ん、使える武器はひと通り」
「じゃあ、槍以外を作らない理由、みたいなのがあったりする感じ?」
「……『言霊』はイメージを強固にすればするほど強力になる。槍は一番使い慣れてて、イメージも一番強固だから、速く作れて喉への負担も少ない……あと、投擲のイメージもしやすいのが理由」
霊の回答を受けて、尾白が納得と感嘆の声を漏らす。そして次に耳郎が小さく手を上げた。
「うちからもいい? 今日の訓練で
「状態の固定……『動くな』『飛べ』『浮かべ』とかは、2つの解除方法がある。予め効果時間をイメージして個性を使うか、任意で解除するか……前者は時間経過で勝手に解けるけど、後者は解除しない限り、持続的に喉へ負担を蓄積し続ける」
「その場合、うちのは前者だったってわけか……なるほど」
耳郎が顎に手を当て納得を示すと、蛙水から霊に声が掛かった。
「ケロ。言葉ちゃんの個性で相手の状態を強制できるなら、今日の訓練の時、上鳴ちゃんの個性を封じることもできたんじゃないかしら?」
「あぁ、言われてみれば確かに……発動型の個性なら封じられそうだよな」
蛙水の指摘に瀬呂が便乗した。それを受けた霊は、すかさず否定の言葉を口にする。
「無理。相手の動きを封じて、間接的に個性を使わせないようにすることはできる……けど、発動前の個性そのものを封じることはできない。個性を発動する感覚は人それぞれだから、一律のイメージが通じない」
「発動前はできないってことは、発動後の個性はどうにかできるってこと?」
「ん……個性による」
「じゃあさっ! 言葉くんがこのクラスの中で、個性を解除できそうだなって思う人は!?」
芦戸の問いに答えた霊に、葉隠が詰め寄った。
それから霊はクラスメイトたちをぐるっと見回した後、ゆっくりと口を開いた。
「……上鳴」
「俺かよッ!!?」
ガタッと椅子から立ち上がった上鳴に、クラスの至る所から笑い声が上がった。
「……電気はありふれてるからイメージしやすい……でも、纏っただけなら解除できるけど、放電とかは無理。間に合わない」
「あ、あっぶねぇ……このクラスで一番俺が弱いのかと……」
「ケロ。相性の問題よ、上鳴ちゃん。そう悲観することないわ」
「サンキュ~、梅雨ちゃん……」
慰めの言葉を口にする蛙水の優しさに、上鳴は涙ながらにほっと息をついた。
そしてちょうどその時、思考の海から戻って来た緑谷を確認すると、八百万が声を掛けた。
「霊さん、そろそろ遅くなってきましたので、今日はこの辺でお開きにしましょう」
「あぁ~、もうこんな時間かぁ……確かにそろそろ帰んねぇとな」
八百万に言われて、切島が時計を見上げながら言葉を漏らした。それを皮切りに、他のクラスメイトたちからも同様の声が上がり始めたため、霊は最後に『言霊』のデメリットだけを簡単に説明して、終わらせることにした。
1つ──『言霊』による強制力は、対象の質量や意思の力などによって増減するため、重くて大きいものや、力が強いものとの相性が悪い。
「……予め決めた効果時間より、短い時間しか持たなかったりする」
「対象によっては、その辺も微調整せにゃならんってことか……」
「うぅ~、聞いただけで難しそう~……」
霊の説明に瀬呂が軽く腕を組んで納得を示し、葉隠が頭を抱えて苦悶の声を漏らした。
2つ──法則を無視した『言霊』は、その分負担が大きく、強制力は弱くなる。
「……例えば?」
「『浮かす』と『墜とす』とでは物理法則がある分、『墜とす』方が負担が少なく、強制力も強くなる」
「そーゆー要素もあんのか……思ったより結構複雑だな」
耳郎の問い掛けに霊が答え、横から切島が感嘆の声を漏らした。
3つ──対象に自分がイメージした状態を押し付けるため、理解が足りていない事象は起こせない。
「対象が燃えた状態を強制する、みたいなのは、
「今は、ってぇと?」
「理論上は可能……けど、昔やろうとして百に泣いて止められた」
「わ、忘れてくださいっ!!」
顔を真っ赤にして声を上げる八百万に、クラスメイトたちは微笑ましげな眼差しを向けた。
4つ──構造を強制する『言霊』は、通常の『言霊』より喉への負担が大きく、強度は使用する材質によって大きく変化する。
「……緊急時以外、あんまり使わない」
「一度作ったもんは、ずっと残り続けんのか?」
「ん……素となる物質を解析・分解・再構築してるだけ……ものとしては残り続ける」
「……錬金術に近いもんか」
霊の説明に、轟が顎に手を当てながら納得した。
5つ──『言霊』は、自分自身には使えない。
「なるほど……だから昨日の体力テストの時は、わざわざ槍を作って……」
「(ブツブツ)……自分自身には無理ってことは着ている服にも『言霊』は使えたはず……けど、さっき言ってた投擲のイメージで『言霊』の強制力を底上げするためにも槍が一番状況に適してたのか……! 確かに構造の強制は喉の負担も大きいっていうデメリットもあるけど、それを補って余りあるメリットも……(ブツブツ)」
飯田が顎に手を当てながら納得し、同じく顎に手を当てた緑谷はブツブツと思考を回していた。
6つ──喉の負担が限界に達した場合、一定のクールタイムを設ける必要がある。
「その段階で無理に使えば最悪吐血する」
「「怖ッ!!」」
淡々とした霊の説明に、芦戸と上鳴が悲鳴にも近い声を上げる。
「ケロ。今までそうなったことは?」
「ん、一回だけ」
「一回はあるんや……」
「昔、扉を開けたら霊さんが血まみれで倒れているのを発見しました……」
「……その時も泣かれた」
「当たり前ですわッ!!」
そう声を荒げる八百万に、クラスメイトたちは同情にも似た温かな視線を向けるのだった。
そして、霊が7つ目の弱点を挙げようとした瞬間、教室の扉がガラララッ!と勢いよく開いた。
残っていた生徒たちが一斉に視線を向けると、そこには髪を逆立たせ、赤い瞳でこちらを鋭く睨む1年A組の担任教師──相澤消太こと『イレイザー・ヘッド』が立っていた。
「おい、お前らいつまで残ってんだ。さっさと帰れ……ッ!」
残っていた生徒たちは皆声を揃えて「はいっ!!」と元気よく返事をし、弾かれたように教室を後にするのだった。
こういうの考えるの大好きです。
『個性だって身体機能の一つ』という言葉を基に、色々チートになり過ぎない程度にまとめました。モデルにしたのは『呪術廻戦』の呪言師──狗巻 棘と、『夜桜四重奏』の言霊使い──五十音ことはです。
実技試験や体力テストなんかを読み返してみると、「あぁ~」と思うところが出てくると思います。
よく分からないところや、不思議に思ったところ、疑問に感じたところなどがありましたら、コメント欄に書いてくれると嬉しいです。その時は、霊に代わってボク(作者)の方からより詳しく説明します。