ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く 作:2F29くん
決勝戦 第一班 対 第四班
大型モニターその文字が映し出された瞬間、訓練場の空気が変わった。準決勝までの歓声とは違う。どちらが勝つのか――そんな期待が観客席全体を包み込み、クラスメイトたちの視線が一斉に二つの班へ集まる。
観客席といってもすごく簡易的なものだが、それでも生徒たちの気持ちも高まる。
森林ステージの目の前で陽菜が大きく息を吐いて膝へ手をついた。その額には汗が滲んでいた。結衣も静かに呼吸を整えながらモニターを見上げ、黒崎は眼鏡を掛け直して小さく息を呑む。
俺は三人の様子を一通り確認してから、自然と第一班へ目を向ける。
東雲は肩を回しながら笑い、慎二は木刀を軽く振って感触を確かめている。篠原は近くの木にもたれ、興味なさそうに二人を眺めていた。
ふと、慎二が木刀を肩へ担ぐ。
「なあ」
三人が視線を向ける。
「俺、朝倉さんとサシで戦いたい」
その顔には、少年のような笑みが浮かんでいた。
「同じ剣士として血が騒ぐんだよ」
木刀をくるりと回し、慎二は楽しそうに笑う。
「いいよな?」
東雲は豪快に笑い声を上げた。
「いいじゃねぇか! そういう勝負、俺も好きだぜ!」
篠原は呆れたように肩をすくめる。
「はいはい。じゃあ私と東雲で残りを見るから、ちゃんと勝ちなさいよ」
「任せろ!」
慎二は迷いなく頷いた。
その様子を静かに見ていた詩織が、短く口を開く。
「私は橘君を探す」
その一言で空気が変わる。東雲も慎二も軽く頷き、それ以上は何も言わない。誰が誰と戦うか。それだけ決まれば、第一班には十分だった。
『生徒は開始位置へ移動してください』
誘導がきたので俺たちはそれぞれ歩き出す。
前回までとはかなり違い、今回は相手との距離が少し近い場所から始まる。こちらの要である黒崎の異能が強く使えない。
これなら負けても不自然ではないな。
そう考えていると、開始を告げるブザーが森中へ響き渡る。
それと同時に黒崎は目を閉じると、ゆっくりと息を吸った。
《千里眼》。
視界が一気に広がる。森全体を上空から見下ろすような感覚の中、四つの人影が鮮明に浮かび上がった。
「見えます……! 第一班は二手に分かれています。詩織さんと慎二さんが単独行動、東雲さんと篠原さんは一緒です!」
玲斗は静かに頷く。
予想通りだった。
慎二は結衣を探す。先ほどこちらにも聞こえるほどの声量で言っていた。だから確定だろう。
それに詩織はおそらく自分を狙う。慎二と違い声は聞こえなかった。でも、様子を伺う限りは間違いないだろう。
残る二人は残った陽菜たちへ向かうのだろう。
ならば、こちらも動きを合わせる。相手の予想通りに動けば劣勢になるはずだ。このまま俺は詩織から逃げ切って、他の三人が負けた時に降参すればいい。
「結衣」
「うん」
「慎二を頼む。軽く料理してやってくれ」
結衣は何も聞き返さなかった。ただ一度だけ頷くと、木刀を握り直し、森の奥へ駆け出す。落ち葉を踏む音さえ最小限に抑えた足取りは、風が木々を抜ける音へ溶け込んでいった。
玲斗はその背中を見送り、小さく息を吐く。
(慎二なら、必ず正面から来る)
あいつは駆け引きを嫌う。剣士として勝ちたい。その純粋な気持ちだけで動く男だ。だから読みやすい。
森は静まり返っていた。湿った土の匂いが鼻を掠め、風が吹くたび葉擦れの音だけが周囲を満たす。結衣は木刀を握り直し、一歩ずつ慎重に森の奥へ進んでいた。玲斗から託された役目はただ一つ――斎藤くんを料理すること。
もちろん本当に料理するわけではないが、頑張らないと。
一方の慎二は、対照的だった。肩へ木刀を担ぎ、鼻歌まで口ずさみながら森を歩く。
「いやぁ……楽しみだな」
その声に緊張はない。ただ純粋に胸を躍らせているだけだった。同じ剣を振るう者と本気で戦える。その事実だけで足取りは軽くなる。やがて前方の茂みが静かに揺れた。慎二は立ち止まり、次の瞬間には満面の笑みを浮かべる。
「見つけた!」
木々の隙間から現れた結衣もまた足を止める。二人の距離はおよそ十メートル。互いに木刀へ手を添えたまま相手の目を見据える。
「探したんだぜ、朝倉さん。同じ剣士として、一回サシでやってみたかったんだ」
慎二は嬉しそうに笑う。しかし結衣は答えず、静かに木刀を構えた。その沈黙こそが返事だった。
同時に地面を蹴る。
十メートルの距離は一瞬で消え、甲高い衝突音が森へ響き渡った。
慎二の一撃は重い。腕だけではなく腰、肩、踏み込み、その全てを一つにした豪快な剣だ。まともに受ければ体勢ごと持っていかれる。
結衣は正面から受け止めず、木刀をわずかに寝かせて力を横へ流す。刃が擦れ合い、火花が散る。その勢いを利用して返す刀を放つが、慎二は半歩だけ身体を引き、紙一重でかわした。
「すげぇ強いな朝倉さん!」
嬉しそうな声と同時に再び踏み込む。
今度は縦ではなく横薙ぎ。結衣は上体を沈めてかわし、そのまま足払いを狙うように低い位置から木刀を走らせる。
しかし慎二は跳ぶ。地面を蹴った反動だけで身体を浮かせ、着地と同時に振り下ろしへ繋げた。
ギィィン――。
二人の木刀がぶつかるたび、乾いた音が森へ反響する。慎二は攻め続ける。結衣は受け流し続ける。押し込まれているように見えるが、結衣の視線は一度も揺れない。慎二の癖、踏み込み、呼吸、その全てを静かに観察していた。
(速い。でも一直線)
慎二の剣は力強い。だからこそ軌道も素直だった。読み切れれば怖くない。
慎二は口元を吊り上げる。
「避けてばっかじゃ終わらないよな!」
木刀が淡く光を帯びた。慎二の異能である《
次の一撃は先ほどまでとは比較にならない重さだった。結衣はかろうじて受け止める。だが腕へ衝撃が突き抜け、足元の土が僅かに沈む。
(重い……)
押し切られる。
そう判断した瞬間、結衣は力を抜いた。慎二の剣を流し、その勢いで身体を半回転させる。同時に左手が小さく動いた。
風が鳴る。
慎二の背後、何もない空間から薄い風刃が生まれた。
「っ!」
本能が危険を告げる。慎二は前方にかかっていた力を捨て、後方へ飛び退いた。次の瞬間、自分が立っていた場所を風刃が走り抜け、背後の大木へ深い切り傷を刻む。
「なるほど!」
慎二は驚くより先に笑っていた。
「当たったらまずそうだ!」
返事はない。
結衣は風を足元へ集める。背中を押すように吹いた追い風が、その身体を一気に加速させた。
「速っ!」
慎二が木刀を構え直した時には、結衣はすでに間合いへ入っている。鋭い一閃。慎二は辛うじて受け止めるが、その衝撃で体勢がわずかに崩れた。
その隙を結衣は見逃さない。
木刀を押し込んだまま、再び左手を動かす。
今度は正面ではない。
慎二の死角。
右後方から二枚目の風刃が音もなく迫る。
「またか!」
慎二は木刀を無理やり振り抜き、風刃ごと切り裂いた。爆ぜた風圧が周囲の落ち葉を巻き上げ、視界が土煙に包まれる。互いの姿は見えない。それでも二人は止まらなかった。姿ではなく気配を、音ではなく空気の流れを読み合いながら、再び木刀がぶつかる。
剣士と剣士。
力と技。
真正面から噛み合ったその戦いは、まだ終わる気配を見せなかった。