ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く 作:2F29くん
「マジかよ……東雲たちが負けたぞ」
「西園寺さん強すぎだろ」
「慎二まで負けるなんて」
あちこちで驚きの声が飛び交う。だが、勝敗はまだ分からないことを皆理解している。なぜなら白鷺詩織がまだ残っているからだ。現在の第四班のメンバーは玲斗を除き満身創痍だった。
彼女が橘玲斗を以前の授業通りに倒せれば数的劣勢など覆せる。それを思えばどちらが勝つのか未知数だった。
ざわめきが一段大きくなる。
「結局、橘ってどんな異能なんだ」
「詩織がずっと狙ってた相手だろ」
「今度こそ分かるかもしれないな」
ミリアだけは静かに森の奥を見つめ、小さく微笑んだ。
「……どこまで隠しているのかしら」
玲斗の姿が木々の間へ消える。
「待ちなさい!」
詩織は迷わず後を追った。視界の先に一瞬だけ制服の裾が見える。次の瞬間には木の陰へ消え、また別の場所へ現れる。
「くっ……!」
距離は縮まらない。それでも詩織は足を止めない。今日こそ確かめる。
入学式で感じた違和感も、決闘で見せた冷静さも、あの底知れない実力も。
全部、この一戦で暴いてみせる。そうじゃないと私は進めない…。
玲斗は振り返らない。足元へ伸びる木々の影が静かに揺れる。影は詩織の位置を寸分違わず映し出していた。
姿を見る必要はない。
足音を聞く必要もない。あいうがどこを走り、どの木を避け、どの速度で迫っているのか。その全てが影を通し自分へ伝わってくる。
(もう少し……)
玲斗は速度を落とさない。だが、その数秒後。視界の先で木々が途切れていることに気付いた。
「……しまった」
行き止まり。詩織へ意識を向け続けるあまり、森の地形を読み違えていた。こんな馬鹿をやらかすとは自分でも驚きだ。
玲斗はゆっくりと立ち止まり、静かに木刀を握り直す。背後から近付く足音は、もう隠そうともしていなかった。
足音が止まる。
数メートル先で詩織も立ち止まり、静かに木刀を構えた。荒い息を整えながらも、その瞳だけは玲斗を真っ直ぐ射抜いている。
「……もう逃げないのね」
「逃げたつもりはないよ」
玲斗は短く返す。
その落ち着きが、詩織の胸の奥に燻っていた感情へ火を付けた。
「また、それ……!」
詩織が地面を蹴った。
異能で強化された脚力が土を砕き、落ち葉が一斉に舞い上がる。初太刀は風を裂く音すら置き去りにして玲斗の喉元へ迫った。
だが、その切っ先は空を切る。
玲斗は木刀を合わせない。足元へ伸びる影を踏むように半歩だけ身体を流し、紙一重で斬撃をかわした。
剣は背後の大木へ食い込む。
鈍い衝撃とともに木片が弾け、幹へ深い傷が刻まれた。
(……うわ、相変わらず威力高いな)
玲斗は内心だけで呟く。あれを正面から受ける理由はない。負けたいのであれば攻撃を受ければ良いだけだが、わざわざ痛い思いをする必要もない。
詩織は止まらない。木刀を引き抜くより早く身体を捻り、二撃目、三撃目と連続で振り抜く。強化された腕力に乗った剣圧だけで枝葉が震え、乾いた葉が雨のように降り注いだ。
玲斗は影から影へ滑るように位置を変える。
倒木が作る濃い影。
木々の根元へ落ちる影。
自分の足元から伸びる細い影。
その全てを踏み台にするように、最小限の動きだけで間合いを外していく。
「っ!」
詩織は踏み込みを変えた。
逃げ道を読むように斜めへ回り込み、玲斗の進路を塞ぐ。
今度は避け切れない。
玲斗は初めて木刀を合わせた。 甲高い衝突音が森へ響く。腕へ重い衝撃が走り、痺れが指先まで抜ける。
(やっぱり重い)
力比べはしない絶対にしない。木刀を滑らせて衝撃を受け流し、その勢いのまま後方へ飛ぶ。
詩織は追う。
玲斗はまた逃げる。
攻める者と、かわし続ける者。その構図は変わらない。それなのに詩織の胸のざわめきだけが、少しずつ大きくなっていった。
これだけ追い詰めている。
これだけ剣を交えている。
それでも玲斗の呼吸は、一度も乱れていない。
汗一つ浮かべず、ただ静かに自分を見ている。私は異能を使って強化していても息が切れぎれなのに
木刀がぶつかる。
乾いた音が森へ響き、詩織は一歩も引かず玲斗を押し込んだ。異能で強化された腕力が剣へ重さを乗せる。受け止めるたびに木刀が軋み、周囲の木々から葉がぱらぱらと舞い落ちた。
玲斗は正面から競り合わない。
木刀を滑らせ、足元へ伸びる影へ身体を預けるように半歩ずつ間合いを外していく。
追う。
また外される。
追う。
また届かない。
詩織は歯を食いしばった。
「……どうして」
返事はない。玲斗は静かに構え直すだけだった。その姿が、胸の奥に押し込めていた感情へ火を点ける。
「どうして、そんなに余裕なの!」
踏み込みと同時に木刀が唸る。
それを玲斗はかわす。
剣先は背後の幹を深く抉り、木片が勢いよく飛び散った。
「私は……!」
再び踏み込む。木刀がぶつかり、玲斗はただ受けた。
重い衝撃が腕へ伝わる。
(…ゴリラなんかとは比にならないな)
ほんの一瞬、玲斗の眉が動く。詩織は見逃さなかった。だが、その次の瞬間には衝撃を逃がされ、また距離を外される。
「私は家へ帰れば比べられた」
剣が交わると火花のように木片が散る。
「『また手加減しているお姉ちゃんに一撃もいれられなかったの?』と、家族から言われ」
玲斗は受け流す。
「『白鷺の娘なんだから、もっと頑張りなさい』そう姉からも言われた」
もう一度、剣がぶつかる。詩織の声は次第に震え始めていた。
「私は朝も夜も剣を振った……」
一太刀。
「勝ちたくて」
二太刀。
「追い付きたくて」
三太刀。
「追い越したくて!」
最後の一撃は今までで一番重かった。
玲斗はいつも通り真正面から受けず、木刀を滑らせて力を逃がす。詩織は息を切らしながら玲斗を睨み続けた。
「私はお前に勝ちたいんじゃないの」
その声は怒りだけではなかった。悔しさも、焦りも、積み重ねてきた年月も、全部混ざっている。
「ここまで積み上げてきた私を……そんな余裕そうな顔で終わらせないで」
木刀を握る手が白くなる。
「本気で来てよ」
短い一言だった。
その一言に込められた重さだけは、誰よりも玲斗へ届いていた。玲斗はしばらく黙ったまま詩織を見つめる。やがて静かに息を吐き、木刀を握り直した。
「……そうか」
その声音には先ほどまでの無関心はなかった。そして少しの間沈黙が続き、やがて玲斗はため息と共に口を開く。
「…分かったよ。けど、少し待ってくれ。ここには他人の目がありすぎる」
玲斗は一度だけ周囲へ視線を走らせる。木々の上。演習場の境界。枝葉の隙間に、小さな監視カメラがこちらを向いていた。
それを一瞥して玲斗は小さく息を吐く。すると足元の影が音もなく伸び、木の幹を伝うように這い上がった。黒い帯は枝葉へ溶け込み、そのまま監視カメラのレンズだけを静かに覆い隠す。
観客席も、先生たちも、その異変には気付かない。ただモニターだけが一瞬だけ黒く染まった。
「……ん?」
映像を見ていた教師が眉をひそめる。
「第四訓練場の映像が……」
「機材トラブルか?」
別の教師が操作盤を叩く。しかし映像は戻らない。周りの生徒も何が起こったのか分からず、喧騒に包まれる。
「あとで確認する。試合は続行だ」
そのやり取りは、森の中までは届かなかった。
詩織は玲斗の動きだけを見ていた。
「今……何をしたの?」
「少し、人に見られたくないだけだよ」
玲斗は静かに木刀を握り直す。
「君には見せようか」
その一言と同時に、右手をゆっくりと持ち上げた。
「――《方向指定《ディレクション》》」
何も起きない。
そう思った次の瞬間だった。
木々の隙間から差し込んでいた陽光が束になって不自然に折れ曲がる。
一直線。
いや、玲斗の指先に導かれるように、その光は詩織へ向きを変えた。
「っ!」
咄嗟に木刀を差し込む。眩い閃光が刃へ激突した。空気が震える。衝撃が腕から全身へ突き抜け、詩織の身体は数メートル後方まで弾き飛ばされた。
土を削りながら体勢を立て直し、詩織は荒く息をつく。
「……今のは何?」
玲斗は木刀を下ろさない。
「ただ太陽光のエネルギーの向きを変えただけさ」
詩織は玲斗の足元へ揺れる影を見る。そして、さっき自分を吹き飛ばした光を思い返した。
「待って……」
声が震える。
「影を使っていたはずなのに……今度はエネルギーの向きを変える?だって影にはエネルギーなんて持っていないでしょ!それに向きを変えるだけじゃ、今までの影の挙動を説明できない!」
詩織が声を荒げて聞いてくるが玲斗は何も答えない。
その沈黙が、かえって詩織の混乱を深める。
「そんなの、おかしいよ…」
木刀を握る手に力が入る。
「異能は……一人に一つのはず」
玲斗は静かに詩織を見つめた。
「安心してよ」
小さく笑みを浮かべる。
「僕も異能は一つしか持ってない」
詩織は目を見開いたまま言葉を失う。
「…何を、言ってるの…」
玲斗は答えない。ただ、再び木刀を構え直した。