ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く 作:2F29くん
今日は団体戦があったので、いつもより下校の時間が早くなった。そのせいで玲斗くんとも早く別れてしまった。落ち込んだ気持ちを抱きながら部屋の扉を閉める。すると、自然に小さく息が出てきた。
「はぁ…ただいま」
静まり返った部屋に返事はない。制服を脱ぎ、鞄を机へ置く。そして引き出しから一冊のノートを取り出す。その動作はルーティーン化されて久しい行動だった。
ノートの表紙には何も書かれていない。開けば、そこには時刻と出来事が整然と並んでいた。しかし、持ち主のことは何一つ書かれておらず、誰かの行動や細かい状態だけが書かれている。
『4月10日』
『11:47 白鷺詩織と接触』
『11:48 人気のない場所へ移動』
『12:02 決闘終了』
その誰かの行動を書き表した少し下に、一行だけ書き足しされている。
『玲斗くんにけがは無し』
その文字を見て、ようやく口元が緩む。
「本当にこの時は無事でよかった。玲斗くんに何かあったら私、詩織さんのことを…………まぁ、考えるだけ無駄か。玲斗くんに何かできるとは思えないし」
ノートを静かに閉じると、今度は今日使った二つのお弁当箱を机へ置いた。
蓋を開ける。中は綺麗に空っぽだった。
結衣は嬉しそうに微笑む。
「今日も残さず全部食べてくれた。私の愛情を受け入れてくれた」
いつも玲斗くんは受け入れてくれる。なんて幸せなことだろうか。まぁ、玲斗くんは昔から好き嫌いが少ないというのはあるけど。
彼は疲れている日は食べる量が少し減る。逆に元気な日はメインディッシュを一番最後まで残して味わう癖があるからいつまでも見ていられる。
そんな小さな特徴も私は全部知っている。
お弁当箱の横へ箸をそっと置く。指先が箸の前で止まる。だってそれは玲斗くんがさっきまで使っていた箸。
あと少しだけ。
ほんの少しだけ。
「…………」
震える指先。ゆっくり持ち上げた箸は口元へ自然と近づいてくる。このままいけば私は玲斗くんと間接キ――。
そのまま箸は静かに机へ戻された。
「駄目」
玲斗くんに知られたら嫌われる。その一言だけが結衣を現実へ引き戻す。理性を取り戻さなければいけない。
「まだ我慢。そう、まだ我慢」
小さく呟き、お弁当箱を丁寧に洗い始める。洗い終えると、机の上に置いあスマホを手に取り、以前から撮っていた写真を一枚ずつ確認した。
教室で笑う玲斗くん。
私へ振り返る玲斗くん。
木陰へ向かう玲斗くん。
そして、白鷺詩織と二人きりになった玲斗くん。
その一枚だけを見つめる時間が、少しだけ長かった。
「…距離が近付きすぎ。今日も二人は戦ったみたいだけど、こんな状態にはなっていないよね?」
ぽつりと漏れた声は、誰にも届かない。プリンターから写真がゆっくりと吐き出される。結衣はそれを大切そうに持ち上げ、部屋の奥へ歩いた。
壁には数え切れないほどの写真が並んでいる。
入学式。
登校中。
教室。
中庭。
訓練場。
どの写真にも玲斗が写っていた。いや、写真の中心は全て玲斗だった。その隙間へ今日プリントした写真を貼る。
結衣は壁一面の写真を見上げ、安心したように微笑む。
「部屋でも玲斗くんが見れて幸せだなぁ」
その笑顔は、学校で誰もが知る優しい幼馴染のものと何一つ変わらなかった。
クラス内の団体戦から数日が過ぎた。
団体戦の話題も少しずつ落ち着き、教室にはいつもの空気が戻っている。それでも、一つだけ以前と違うことがあった。
第四班のメンバーが教室へ入れば「おはよう」と真っ先に声を掛けられる。団体戦で見せた立ち回りは、本人の知らないところで思っていた以上に印象を残していたらしい。
「はい、今日のホームルーム終わり」
先生は出席簿を閉じると、面倒そうに肩を回した。
「寄り道するのは自由だけど、補導だけは勘弁してね」
それだけ言い残し、さっさと教室を出ていく。実はこのクラスで一番帰るのが早いのは先生だった。
これが一年A組ではいつもの放課後だった。
「玲斗!」
陽菜が勢いよく席を立つ。
「買い食い行こうよ。今日は私、コロッケ食べるって決めてる!」
その元気な声に教室の何人かが笑う。陽菜はそのまま黒崎の机へ向かった。
「黒崎くんも行こうよ」
「ご、ごめん。今日はちょっと用事があって……」
申し訳なさそうに頭を下げる黒崎へ、陽菜は残念そうな顔をしたあと、すぐに笑った。
「そっか、じゃあまた今度ね!」
「うん。また誘って」
黒崎は少しだけ嬉しそうに笑い、鞄を抱えて教室を出ていった。
「じゃあ私たちも行こっか。買い食いなんていつぶりだろうね?」
結衣が玲斗へ声を掛ける。
三人は並んで学校近くの商店街へ向かった。
夕方の商店街は学園帰りの学生で賑わい、揚げ物の香ばしい匂いが風に乗って流れてくる。これは嫌でも購買意欲が高まってしまう。
「やっぱり放課後はこれだよね!」
陽菜は揚げたてのコロッケを頬張り、幸せそうに目を細めた。玲斗は缶ジュースを片手に歩き、結衣はその隣を穏やかな表情で歩く。
そんな何気ない時間が流れていた。
「橘!」
後ろから声を掛けられる。振り返ると、同じクラスの男子二人が小走りで近付いてきた。
「今度、剣術の練習付き合ってくれない?」
「団体戦の動きを見てて、ちょっと教えてもらいたくてさ」
いきなりのお誘いだったが、玲斗は嫌な顔せず応える。
「僕でよければ」
「助かった!」
二人は礼を言うと、そのまま友人たちの方へ戻っていった。
陽菜は感心したように玲斗を見る。
「すっかり有名人じゃん」
「そんな大げさな。どうせ一過性のものだよ」
玲斗は苦笑する。まさかクラスメイトから剣を教えてくれと言われるとは思っていなかった。彼らは影で隠す前の俺しか見ていないはずだ。なのに、教えを乞われるとはね。
玲斗の心情を察してか、結衣も同じように笑っていた。
陽菜はコロッケを食べ終えると、次は通りの向こうにあるクレープ屋を見つけて目を輝かせた。
「ちょっと見てくる」
返事を待つことなく駆け出していく。
「食欲がすごいね」
結衣が苦笑すると、玲斗も肩を竦めた。
「見てるだけで満腹になりそうだ」
二人がそんな他愛もない話をしていると、また後ろから声が掛かった。
「橘くん、朝倉さん」
今度は別のクラスの男子生徒だった。
「団体戦見たよ。あの立ち回り結構すごかったな。うちのクラスで勝った人とはまた違う方向性で、見ていて面白かった」
「そう、なら良かったよ」
玲斗が笑顔で応じると、生徒は満足そうに手を振り、そのまま友人たちの方へ戻っていく。
そのやり取りを横で見ていた結衣は、変わらない笑顔を浮かべていた。
「最近、本当に話しかけられることが増えたね」
「俺としては前の方が気楽だったかな」
「ふふ、玲斗くんらしい」
結衣は小さく笑う。
その笑顔はいつも通り穏やかだった。けれど、玲斗から視線を外したほんの一瞬だけ、去っていった男子生徒の背中を静かに冷たく見つめていた。
「お待たせ!」
クレープを片手に戻ってきた陽菜は、嬉しそうに一口頬張る。
「やっぱり甘いものは別腹だね」
「お昼ご飯もコロッケも食べてた人が言う台詞?」
結衣が呆れたように言うと、陽菜は悪びれる様子もなく笑った。
「だから別腹なの!」
三人の間に笑いが広がる。商店街を抜けると、陽菜は分かれ道で立ち止まった。
「私が二人を誘ったけど用事を思い出しちゃった。ごめんけどここでね」
手を振りながら歩き出し、途中で振り返る。
「また明日ね!」
「うん、また明日」
陽菜の姿が見えなくなると、その場には玲斗と結衣だけが残った。
二人は並んで歩き始める。
夕暮れの住宅街は静かで、聞こえるのは鳥の鳴き声だけだった。
「そういえば、明日のお弁当は何がいい?」
結衣が何気なく尋ねる。
「結衣が作るものなら何でも嬉しいよ」
その一言に、結衣は少しだけ目を丸くした。それからすぐに柔らかな笑みを浮かべる。
「じゃあ、期待しててね」
穏やかな時間が流れる。
その様子を女子寮近くのベンチから静かに見つめる一人の少女がいた。風に揺れる淡い髪。制服の胸元には一年生の学年章。
少女は玲斗から視線を逸らすことなく、小さく呟く。
「……やっと見つけた」