ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く 作:2F29くん
放課後。
人気のない教室には、数人の男子生徒が集まっていた。カーテンは閉め切られ、夕暮れの光もほとんど差し込んでいない。
机を囲む男たちは、誰一人として笑っていなかった。その中央には一枚の紙が置かれている。
そこに書かれていたのは橘玲斗の名前。
そして、9,400というSAPだった。
「橘玲斗……こいつはやりすぎた」
低い声が静かな教室に響く。そして、周囲の男たちは無言で頷いた。あの方との決闘、団体戦の決勝。そこで何があったのか彼らは知っている。
そしてその過程、結果、全てを到底許すことができなかった。
玲斗のSAPは彼らより高い。だが、それだけなら問題にはならない。逆に自由に決闘を申し込むことはできる。
これは明確なチャンスだった。
「……決着をつけよう」
しばらくの沈黙の後、一人の男子生徒が立ち上がった。
「俺が行く」
他の者たちが顔を上げる。それだけで話は決まった。そして皆でいつものように同じ垂れ幕を見る。そこには"詩織さんファンクラブ"と書いてある。
翌日の昼休み、廊下には生徒たちの足音と話し声が響いていた。窓の外では風に揺れた木々が葉を擦り合わせ、教室から流れてくる笑い声と混ざっている。
玲斗は一人で廊下を歩いていた。すると角を曲がったところで、一人の男子生徒が壁際に立っているのが見えた。
こちらを見ている。
玲斗が近づくと、男子生徒は壁から背を離した。
「橘玲斗であってるな?」
「そうだけど」
玲斗が足を止める。男子生徒は一度だけ周囲を確認すると、真っ直ぐ玲斗を見た。
「決闘を申し込みたい」
玲斗は少しだけ目を瞬かせた。あまりにもいきなりすぎる。それともこれが普通なのだろうか?
こちらの返事を待っているのか、相手との間に沈黙が広がる。しかし、待ちきれなくなったのか口火を切る。
「白鷺詩織さんのためだ」
「……」
詩織はこいつに命令でもしたのか?あまり想像しづらいがありえないと切り捨てるのは早計すぎる。それとおそらく相手のSAPは自分より低い。だからこうして言ってきているのだろうし。
決闘を申し込む条件も満たしているなら、断る権利はこちらにない。
「分かった、受けるよ。その代わりと言ってはなんだが君と詩織の関係を教えてくれる?」
その質問を待っていたのか、男子生徒は食い気味に答える。それに押されて玲斗の表情が僅かに固まる。
「私は詩織さんファンクラブの会員No.3だ。どうだすごいだろう」
「…うん、なるほどね…」
玲斗はいつもの笑顔を浮かべた。しかし、脳内は混乱で満ち溢れていた。
ファンクラブ?何を言っているんだ?
「じゃあ君は詩織の命令で俺に決闘を挑んだの?」
そう問うと、彼は謎に誇らしげに語る。
「もちろん自主的にやっているとも。ただお前を我らが看過できなかった。それだけだ」
なるほどな。理解はできないが納得はできた。なら、さっさと戦って勝とう。目立つつもりはないが、自分より下の相手に負けるのも良くない。
「私たちはお前を許せないのだ!天使であらせられる詩織さんと――」
男子生徒は拳を握りこむ、手のひらに爪が突き刺さるほど。それだけで思いが伝わってくる。けれど、至極どうでもいいので次々と熱弁している内容を右から左に流す。
「そうなんだね。じゃあ今からしようか。俺は準備なんて必要ないから」
「心意気はよし。けれど、私の詩織さんへの気持ちに勝てる者はいないということを証明する!」
熱が入り切っているので最初よりテンションがバグっている。だが、その表情にはこれから始まる戦いへの覚悟が浮かんでいる。
一方の玲斗はいつもと変わらない。
「じゃあ、訓練場に行こうか。校庭でも出来るらしいけど目立ちすぎるから」
それだけ言い残し玲斗は廊下の先へ歩いていく。男子生徒はその背中を睨むように見つめながら後ろをついていく。
訓練場には生徒が少しいる。決闘を行なっている者、それを観戦している者、玲斗を追ってきた者。
そんな者たちを意に介さず玲斗は訓練場の中央に立っている。向かいには先程決闘を申し込んできた男子生徒がいる。
玲斗は相手の姿を一度だけ確認した。SAPは自分より低い。それだけ分かれば十分だった。これだけで方針は決まる。
「詩織さんに近づくなら、せめて俺たちを倒してからにしてもらう」
「近づくって……俺から近づいたことなんてほぼないよ」
玲斗は困ったように笑う。けれど、男子生徒は返さず構えを取った。
《決闘申請を確認しました》
《橘玲斗 SAP9,400》
《渡辺明 SAP6,500》
《双方の承認を確認》
《決闘を開始します》
同時に男子生徒が踏み込んだ。初撃は速く、玲斗は身体を半歩だけずらす。
すると、拳が頬の横を通り過ぎた。
続く二撃目。今度は先ほどより深い。
玲斗は上体を逸らす。しかし相手の拳が制服の袖を掠めた。それだけなのに腕まで衝撃が広がる。これがこいつの異能か。
周りから小さなどよめきが起こる。お願いだからあまりこっちを見るな。
渡辺はそのまま距離を詰めてくる。
だがそれまでの動きを見て、玲斗は相手の癖を掴んだ。
こいつは視線が分かりやすすぎる。進む方向ばかり見ている。
次の一撃が来る。
進む方向も分かりきっている相手など敵ではない。
玲斗の身体が僅かに沈む。すると、渡辺の拳が空を切る。その瞬間には玲斗は相手の懐へ入っていた。
拳を握る、力を込めすぎる必要はない。武器だって、異能だって必要じゃない。これぐらいの相手ならば。
一撃腹部へ叩き込む。
「っ……!」
乾いた音と共に渡辺の身体が折れた。玲斗は追撃せず、その場から一歩離れる。
彼は膝をついたまま、立ち上がろうとする。だが、足に力が入らない。力をこめるために歯を食いしばるあまり、口から血が出てしまっている。
「無理はしない方がいいぞ」
玲斗は諦めさせるためにプレッシャーをかけて言い放つ。すると、糸が切れたように倒れた。
その瞬間ザッと歓声が上がる、こちらまで届いてくるほど。
これには玲斗は小さく息を吐いた。なんでこんなに目立つんだろうか?こいつのファンクラブのメンバーが人を集めた可能性すらあるか。
自問自答をしていると決着を告げる電子音が鳴る。
《決闘終了》
《勝者 橘玲斗》
《SAP》
《橘玲斗 9,400 → 9,500》
《渡辺明 6,500 → 6,400》
もう用事が終わったので訓練場から降りる。すると、一目散に慎二が走ってくる。
「おい、なんで話しかけたのにこっち向かねぇんだよ。ずっと話してた俺がバカみたいで恥ずかしかった」
玲斗はそんな声を背中で聞きながら、その場を離れていく。あれと同類だと思われるのは心外だ。
「どこに行くんだよ玲斗〜!」
慎二のおかげで訓練場に笑いが広がる。しかし、少し離れた場所には玲斗を睨んでいる者たちがいた。
暗い教室に集まっていた男子生徒たち。その者たちは誰も口を開かない。開けない。勝てるとは思っていなかったが、一矢報いることはできると思っていた。
しかし、結果はこのザマ。
「お前たち、このままでは我らの威信が保てない。我ら総出で行くぞ」
この場にいるファンクラブメンバー3名が同時に頷く。この数があればあのいけ好かない男も倒せると信じている。だからこそ、この学園のルールすら破ってみせる。