ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く 作:2F29くん
桜が舞う。
春というにはまだ少し肌寒い風が、校門へ続く長い坂道を吹き抜けるたび、薄桃色の花びらが新入生たちの肩へ静かに降り積もっていく。その先にそびえる黒を基調とした重厚な門柱には、『ラバー学園』という文字が堂々と刻まれていた。
異能者なら誰もが知っているであろう学園。
国から特別な許可を受けた者だけが入学を許される、国内最高峰の異能教育機関。
異能を学ぶだけではない。
強者が評価され、実力が数字となり、将来さえ左右すると言われる学園。
それがラバー学園だった。
「すごい……」
隣を歩く朝倉結衣が、小さく感嘆の声を漏らす。校舎を見上げるその横顔は、幼い頃から何度も見てきた表情そのものだった。
「写真で見るより大きいね」
「ああ」
俺も校舎へ視線を向ける。
訓練施設だけでもいくつあるのか分からない。競技場ほどの広さを持つグラウンド、ガラス張りの研究棟、高層マンションと見間違うほど大きな学生寮。そのすべてが一つの敷地に収まっている。
もはや学園というより、一つの都市だった。
俺がここへ来た理由は単純だ。
異能を磨きたいからでも、日本一の学園へ入りたかったからでもない。
結衣に誘われた。
ただ、それだけだった。
『すごく自由な学園なんだって。校則もほとんどなくて、自主性を大事にしているらしいよ』
その言葉を結衣から聞いた時、少しだけ興味が湧いた。
自由。
その二文字は、俺にとって何より価値がある。
人から束縛されるのは嫌いだ。昔からそうだった。
誰かに管理されるのも、勝手に期待されるのも、必要以上に踏み込まれるのも好きじゃない。
だからこそ、自由という言葉だけを信じてここへ来た。
「玲斗くん」
隣から声がかかる。
「どうかした?」
「いや、人が多いなと思って」
校門前には制服姿の新入生が溢れていた。親と一緒に来ている者、友達同士ではしゃいでいる者、緊張した面持ちで立ち尽くす者。その誰もが今日から始まる新生活に胸を躍らせている。
「毎年倍率がすごいからね。入学できただけでも結構すごいことなんだよ」
「らしいな。けれど、あまりその実感はないな」
軽く笑って返す。
昔から、この程度の愛想を振りまくことには慣れていた。
相手が安心する返事をする。
相手が望む表情を見せる。
それだけで人間関係は驚くほど円滑になる。
その方が面倒事も少ない。
……もっとも、人が増えれば面倒事そのものは増えるんだけどな。
「おっ!」
突然、後ろから大きな声が飛んできた。
「二人とも受験会場ですれ違ったよな。まさか受かっているなんて俺も嬉しいぞ」
振り返ると、短髪の男子生徒が勢いよく駆け寄ってくる。初対面とは思えないほど人懐っこい笑顔を浮かべ、そのまま俺たちの前で立ち止まった。
「俺、斎藤慎二。クラスは分からないけど一年間よろしく!」
朝から元気なやつだ。
このテンションを維持できるだけでも一種の才能かもしれない。
「橘玲斗。よろしくな」
「朝倉結衣」
「よし、覚えた。クラスが違っても仲良くしような」
斎藤は満足そうに笑う。
少し騒がしいが、不快なタイプではないりこういう人間は裏表も少ない。
付き合う分には楽な部類だろう。
そんなことを考えていると、不意に校舎の壁面へ取り付けられた巨大モニターへ映像が映し出された。
『新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます』
落ち着いた女性の声が校内へ響く。
自然と周囲のざわめきも静まり、新入生たちは一斉にモニターへ視線を向けた。
『本校は生徒の自主性を何より重視しています』
『校則は最低限です』
『皆さん一人ひとりが責任を持ち、自由な学園生活を送ってください』
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で小さく安堵する。
結衣の言っていたことは本当だったらしい。
自由。
その言葉に偽りはなさそうだ。
少なくとも、この瞬間までは。
『なお、本校では、生徒一人ひとりの能力を正確に把握するため、校内全域へ観測システムを設置しています』
『異能の使用状況、身体能力、判断力などは常時測定され、生徒のSAPへ随時反映されます』
……は?
一瞬、思考が止まった。
今、なんと言った。
観測?
常時測定?
監視という言葉が真っ先に頭へ浮かぶ。
自由を売りにしておいて、やっていることは真逆じゃないか。
「結衣」
「え?」
「監視されるなんて聞いてない」
隣を見ると、結衣も困ったようにモニターを見上げていた。
「……結衣も初めて聞いた」
その表情を見れば分かる。
嘘ではない。
幼馴染として長い付き合いだ。結衣が嘘をつく時の癖くらい知っている。
本当に知らなかったのだろう。なら責めても仕方がない。問題は、この学園の方だ。
モニターにはSAPという謎のものについての説明が表示される。
SAP――Supernatural Abilitys Point。
異能の強さだけでなく、身体能力、戦闘技術、判断力などを含めた総合評価制度。ラバー学園では生徒個人の実力そのものを数値化し、その数値は順位だけでなく毎月の支給金額にも反映される。
入学前にも何度か説明を受けた制度だ。
新入生の平均は5000ポイントに調整されるらしい。毎月支給される金額は、そのSAPに十を掛けた額。
つまり平均的な一年生なら毎月五万円。
全寮制であるこの学園では、生活費の大半を学園側が負担してくれるとはいえ、生徒が自由に使える金は基本的にこの支給額しかない。
だからこそ、生徒たちはSAPへ異様なほど執着する。
ポイントは、そのまま実力であり、生活であり、学園内での立場でもあるのだから。
(……なるほど)
制度そのものは悪くない。
だが――。
(監視だけは気に入らない)
自由に生きるために入学した。なのに、その自由を見張られる。
皮肉にもほどがある。
俺は誰にも縛られたくない。
国にも。
学園にも。
ましてや――人にも。
だからこそ、俺は力を隠してきた。
強すぎる力は自由を奪う。注目されれば利用される。
期待されれば逃げられなくなる。
そんな未来は、ごめんだった。
俺が思考を巡らせている間にも、モニターからの説明は続いていた。
『また、本校では、実力向上を目的として
その一言に、新入生たちの空気がわずかに変わる。
ざわめきの種類が変わった。
期待。
興奮。
あるいは不安。
それぞれが違う感情を抱きながら、巨大モニターを見上げている。
『
『また、SAPが低い者から高い者へしか申請することはできません』
『勝者はSAPを獲得し、敗者は勝者が獲得したSAPの半分を失います』
下位の者は上位へ挑み、成り上がれる。
逆に上位は一方的に下位を狩れない。
強者だけが得をする制度ではないという意味では、よく考えられている。
「おもしれぇ!」
隣で斎藤が拳を握った。
「勝てばポイントが増えるんだろ? じゃあもらえる金も増えるじゃねぇか!」
……なるほど。
こいつは金が目的か。
いや、実際にはそういう生徒も多いんだろう。
SAPは数字で終わらない。
毎月支給される金額が変わる以上、生活そのものに直結する。
もちろん俺も金は嫌いじゃない。
将来の保険くらいには欲しい。
だが、そのために目立つつもりはない。
俺のSAPはおそらく約8,000ほど。
入学試験では適度に力を抜き、"少し優秀"程度に収めてある。
これくらいなら周囲から注目されることもない。
『最後に、皆さんへお知らせです』
『本日のクラス分けは、校舎中央ホールに掲示されています』
『確認後、各教室へ移動してください』
モニターが消える。
同時に新入生たちが一斉に歩き始めた。
「よし! 俺たちも行こうぜ!」
斎藤は相変わらず元気だった。
俺と結衣は顔を見合わせ、小さく頷く。
中央ホールへ向かう道中も、人の流れは絶えない。ふと視線を横へ向けると、至るところに黒い球体が設置されていた。
監視カメラ。
それも一つや二つじゃない。
廊下。
天井。
校舎の角。
校門。
ほぼ死角なく配置されている。
(徹底してるな)
さっきの説明は脅しでも何でもない。本当に監視しているらしい。少しでも目立てば、すぐに学園へ把握される。
それだけじゃない。
もし国とも情報が共有されているなら——。
(やっぱり隠し通すしかない)
力を見せるのは最低限にするしかない。
「玲斗くん」
結衣が少し歩幅を合わせてきた。
「ごめんね」
「何が?」
「この学園、自由だって聞いてたから……。玲斗くんのためになると思って…」
申し訳なさそうな顔。 本当に責任を感じているらしい。昔からそうだ。結衣は必要以上に自分を責める。
「気にするな」
俺は苦笑した。
「校則が少ないのは本当だったし、監視は予想外だっただけだ。」
「……ほんと?」
「ああ」
「怒ってない?」
「怒る理由がないだろ」
そう答えると、結衣はようやく安心したように笑った。
「よかった……」
その笑顔を見ていると、不思議と昔を思い出す。
結衣だけは昔から変わらない。俺に重い感情を向けることもない。必要以上に踏み込んでくることもない。
だから、一緒にいて疲れない。
やがて三人は中央ホールへ到着した。
巨大な電子掲示板には、新入生の名前がずらりと並んでいる。
「一年A組……あった!」
斎藤が真っ先に指を差した。
朝倉結衣。
斎藤慎二。
橘玲斗。
三人とも同じクラスだった。
「やった!」
斎藤は大げさなくらい喜んでいる。
「一年よろしくな!」
「そうだな」
俺は軽く返事をする。その横で結衣も嬉しそうに微笑んでいた。
「玲斗くん、一緒のクラスだね」
「そうみたいだ」
知らない顔ばかりの学園で、幼馴染が同じクラスというのは素直にありがたい。
……もちろん、それを口には出さないが。
「行こうか」
三人は一年A組へ向かって歩き出す。