ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く 作:2F29くん
今朝から一年A組の教室には妙なざわめきが広がっていた。正しくはこの学園全体で広がっていた。
「おい、聞いたか?新しい一年の十傑と三年の蓮司先輩という人が戦うらしいぞ」
「蓮司先輩って三十位くらいの人だろ?」
「ああ。SAPは30,000くらいだったはずだ。三年生の中でもかなり上の方」
「でも相手は十傑の八位だろ。経験の差とかで誤魔化せるのか?」
「一年で十傑ってだけでも異常なのに、三年の先輩から決闘を申し込まれるって……」
教室のあちこちからそんな声が聞こえてくる。玲斗は自分の席でその話を聞き流していた。別に知らない人と知らない人の決闘になど興味はない。
そう思っていたところで、教室の前方が急に静かになった。自然と扉の方に視線が行く。その視線の先にはエイルが立っていた。
その隣にはいつものメイド服姿のリゼットがいる。丁寧にも俺に向かって深々と礼をしてくれる。
エイルは教室を見回し、玲斗を見つけると真っ直ぐこちらへ歩いてきた。
「玲斗さん」
「何?」
「今から決闘なので見に来てください」
随分と簡単な誘い方だった。玲斗はエイルを見る。あっ…八位ってエイルのことだったのか。少しは知っている人だったようだ。けど順位なんて覚えていなかったな。
じゃあ見に行くか?十傑の力を見ておくのも悪くないような気もするし。
「分かった、見に行こうか」
「ありがとうございます。それと、私の力を見たら隠し事なんてする気は失せますよ。ですから楽しみにしておいてください」
エイルが嬉しそうに笑う。すると、近くで話を聞いていた結衣が立ち上がった。
「じゃあ結衣も行く!」
「俺も行くぜ」
慎二も続く。それに詩織も少し遅れて席を立った。
「私も一緒に行きます」
詩織まで着いてくるようで、結局五人で決闘場へ向かうことになった。決闘場とは大規模な異能も行使できるようにステージが広く、観客席まで用意されている豪華な場所らしい。
ここを使うには許可が必要だが、十傑が決闘するとなるとここでしか出来ない。なぜなら、他の場所だと周りの建物まで破壊してしまうからだったりする。
「グレイ様」
歩きながらリゼットが淡々と問う。
「わざわざ玲斗様を教室まで迎えに行く必要があったのですか?」
「もちろん。あれが最適ですよ」
「そうですか」
リゼットはそれ以上何も言わなかった。ただ、その表情には僅かな呆れが浮かんでいた。
決闘場にはすでに多くの生徒が集まっている。やはり十傑が戦うとなれば噂も広がりやすいのだろう。なんて俯瞰していると既に戦う両者が揃っていた。
中央に立っているのは三年生の男子生徒。短い髪に鋭い目つき。鍛えられた身体は制服の上からでも分かる。
名は橋口蓮司。SAP30,050。
対するエイルは56,000。
と、決闘場の巨大モニターにはご親切に書いてある。
数字だけなら倍近い差がある。それでも先輩は堂々と立っている。
そんな相手を気にする素振りもなくエイルは向かい側へ歩いていく。
「八位」
蓮司が低い声で呼んだ。
「俺は、お前が一年だからって手加減するつもりはない」
「はい」
「俺は三年間この学園にいるんだ」
蓮司は拳を強く握る。その音がこちらにも聞こえそうになるほど。
「十傑がどんな奴らなのかも知ってる。あいつらは、俺たちとは次元が違う。化け物みたいに強い奴らだ」
視線がエイルを射抜く。これだけで周囲の雰囲気は変わる。
「だからこそ、一年のお前がその中にいることが納得できねぇ」
エイルは少しだけ笑った。
「なら、御託は良いので思う存分戦いましょうよ」
審判が二人の間に立つ。この決闘場には専用の審判が常駐している。彼は防御に特化した異能を持っていて、観客席を守る役割も果たしているだとか。
「橋口蓮司 SAP30,050、エイル・グレイ SAP56,000、開始位置へ」
審判の言葉と共に観客席が静まり返る。玲斗は腕を組み、二人を見ていた。エイルが強いことぐらい戦うところを見なくても分かるけど、お相手さんはどうかな?
「それでは始め」
審判が開始を告げると蓮司が消えた。地面を蹴った瞬間の加速。普通の生徒なら目で追うことすら難しい。
エイルの懐へ入り、拳を振り抜く。エイルは身体を大きく逸らした。すると、拳が頬の横を通過する。
それと同時に蓮司の掌が前へ向いた。
空気が異能によって振幅が大きくなる。ながてそれは衝撃波として現れる。
それを受けてエイルの身体が吹き飛ぶ。
「速っ!なんだこれ」
慎二が思わず声を上げる。
だが、エイルは空中で身体を捻ってそのまま地面へ落ちる――寸前。
重力の向きが変わった。
エイルの身体が斜め上へ引かれる。すると壁へ着地した。そのまま壁を蹴り、蓮司の側面へ飛ぶ。
「うわ……」
結衣が目を見開く。あまりに自由に動く姿は衝撃的すぎる。
エイルの拳が蓮司へ迫る。それを蓮司は腕で受けた。
直後に鈍い音が響く。それと時を同じくして二人の身体が同時に弾かれる。エイルは空中で回転し、そのまま空高くまで上昇する。蓮司も追いかけるように壁を蹴って追いかける。
空中で二人が交差した。蓮司は拳を突き上げ、上にいるエイルは体を捻り回し蹴りの要領で蹴る。拳と足がぶつかっただけで空の雲が衝撃波で散り散りになる。
「すごい立体的に動いてる……。私もあのようにならないと」
隣に座っている詩織が重々しく呟いた。それでも玲斗は反応しない。視線はエイルに向いている。
そしてそのエイルが右手を掲げた。
「
エイルが対象を指定して異能を行使する。すると蓮司の身体が急速に落ちる。急激に増した重力。身体が地面へ引き寄せられる。
「っ……!」
蓮司が歯を食いしばる。だが、玲斗は違和感に気づいていた。先輩の落下する速度が徐々にゆっくりとなっていることを。
もちろん重い。しかし初動とは全然出力が違う。
(重要なのは距離か)
エイルから離れるほど、重力操作の効果が弱くなっているのか?大幅とは言いづらいが確実に減衰している。
それでもエイルに近づくために先輩は地面を蹴って再び空中へ向かった。その最中にも空気を震わせながら、衝撃波を連続して放つ。
エイルはそれも空中で一つ、二つ、三つとリズム良く避ける。
「おおっ!」
慎二が歓声を上げる。他の生徒も声をあげているのですごいうるさい。鼓膜が破れそうになるから止めてほしい。
「蓮司先輩も負けてないじゃん!」
慎二の言葉に詩織は肯定しながら訂正を入れる。
「そうですね。でも、エイルさんはまだ余裕がありそうですよ」
俺の時もそうだけど詩織は本当によく見えているな。エイルはパフォーマンスなのか、思惑があるのか知らないけど、様子見をしているみたいだな。
蓮司は自分が飛ばした衝撃波の後ろをついて行くように跳躍する。すると瞬時に二人の距離が縮まる。
しかし、蓮司に対する重力が一気に強くなった。そのせいで蓮司の身体が沈む。その明確な隙にエイルが懐へ入り込む。
「そこです!」
重力がエイルの拳、一点へ集中する。重力が強いあまりに蓮司の身体を引き寄せながら殴る。すると、目で追えないほどの速度で地面へ落ちた。
しかし、蓮司は着地するタイミングで自身の足元に衝撃波を放って落下の衝撃を上手く殺す。
それでも衝撃波の威力は甚大で審判も動く。
「このままじゃ埒が明かねぇ。奥の手を使わせてもらうぞ!」
そう宣言した途端、蓮司の身体は炎に包まれる。その温度はすさまじく、周囲の草木は燃えて灰となる。
彼の奥の手は誰も想像できず観客はさらに盛り上がる。その声を遮るように蓮司は手を横に振る。
「俺の異能は衝撃波を出すだけじゃねぇ」
その言葉には熱がこもっている。さらに炎を纏っているので実際の熱さまでこちらまでやってくる。汗をかきそうだ。
「詩織、あれはどういう原理か分かる?もしかして異能が二つあるんじゃないかなぁ?」
玲斗がふざけた言い方で聞く。それに詩織は少し眉を動かすが、すぐにいつも通りの表情に戻って答える。
「先輩の異能である振動の応用だと思いますよ。空気中の分子を高速で動かすとエネルギーを持つんです。それが熱エネルギーとなって目に見える形になっているのです」
「ほえ〜そうなんだ。詩織は賢いねぇ」
玲斗のムカつく言い回しに再び詩織の眉が歪む。そんな彼女を一瞥すると、玲斗は文字通りヒートアップしてきた決闘に集中し直す。