ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く 作:2F29くん
蓮司が炎を纏ったまま地面を蹴る。先程より速度をさらに上げてエイルへ突っ込む。
それに対してエイルは重力を気にせず横へ跳ぶ。
蓮司はそれを追うために炎を放ち空中で方向を変える。エイルも重力の向きを変えてさらに上へ。
炎を纏って跳躍する者。重力を操って空を舞う者。
両者が空中で何度も交差する。あまりに縦横無尽に飛び回るので、観戦している生徒は首を痛める一方だ。
蓮司の拳がエイルの肩を掠める中、エイルの異能で重くした蹴りが蓮司の胸へ入る。
蓮司が凄まじい速度で吹き飛んで壁へ衝突する。それでも立ち上がり、もう一度強く地面を蹴る。また戦場へ戻っていく。
それでも、少しずつ差が出始めていた。
蓮司の動きが僅かに鈍る。飛ばしている衝撃波も炎も弱くなっている。しかし、エイルにはまだ余裕がある。
玲斗にはそれがはっきりと見えていた。
(純粋なスペックの差が出始めたな)
SAP58,000と30,000。この数値は異能だけで決められる数字ではない。先輩は本気でエイルが手を抜いても全てに差がある。これじゃあエイルがどこまで戦えるのかイマイチ分からないな。
「お前の力はよく分かった。まさしく十傑にふさわしいだろう。始めに言ったことは撤回させてもらう。そしてこれで終わらせる!」
身体に傷が見られる状態で言い張る。その姿は勇猛で、見た者全てに勇気を与えるようなものだった。
《
――ゴゴゴゴゴ。
炎が一際大きくなって周囲の空気も大きく震え始める。そして決闘場の床にあった小石が跳ねたり、蒸発したり、異様な状況が生まれる。
観客席からざわめきが起こる。
「ちょっと、あれ大丈夫なの?」
「さすがに死ぬんじゃないか?」
そんな心配の声など無視してエネルギーの塊がエイルに近づく。それを受けて髪が激しく揺れ、制服の裾が大きくはためく。そんな状態でもエイルは左手をゆっくりと下へ向けて伸ばす。
まるで下々の者へ裁きを与えるように
「
両者の異能が激しくぶつかりあう。しかし少しも拮抗することなく、蓮司の炎が押されていく。炎が渦を巻き、衝撃波が決闘場全体へ広がった。やがてそれは蓮司をも飲み込んでいく。
観客席との境界へ向かった余波を、審判の防壁が受け止める。それでも透明な壁が大きく震えた。
「……まだ……だ」
蓮司が立ち上がろうとする。その間にエイルはゆっくりと着地した。そして静かに歩き出す。一歩、二歩、二人の距離が近づいていく。
そのタイミングで蓮司は異能を行使しようとする。
「もうやめたらどうてすか?分かっているのでしょう、あなたじゃどう足掻いても勝ち目は無いと」
エイルの言葉を受けて蓮司は諦めたように苦笑する。
「そうだな、潔く負けを認めるよ。このままダラダラしていてもダセェだけだ」
「それでは敗北を認めたということでよろしいですね」
審判が確認をとると蓮司は頷いた。すると、審判はゆっくりと片手を上げた。
「勝者――エイル・グレイ!」
決着がつくと歓声が一気に沸き上がった。それに力が抜けたエイルは大きく息を吐く。そして観客席へ視線を向ける。その目が橘玲斗を捉えた。
すると、エイルはいきなり手を振り出す。そのせいでこちらに視線が集まる。特に隣から冷たい視線を感じるが怖くて見れない。俺を見るんじゃなくて変動したSAPでも見といてくれよ……。
一人だけが嫌な気持ちになってこの決闘は終了した。
決闘場を出たあとも、廊下には先ほどの戦いについて話す生徒たちの声が残っていた。エイルと蓮司先輩、二人の決闘はそれだけ学園中の注目を集めていたらしい。
「最後の炎すごかったな〜。熱をビンビン感じた」
慎二が興奮気味に話す隣で結衣は少し真面目な顔をしていた。
「うん、すごかった。あんなの直撃してたら玲斗くんでも……」
「玲斗?あいつならなんだかんだ大丈夫そうだけどな」
「ふっ…そうですね」
詩織が吹いたように笑う。それだけ面白かったのだろう。
玲斗は三人の会話を聞き流しながら、窓の外へ視線を向けた。
なんだか今回の決闘は胡散臭いんだよな。先輩はエイルのことを初めは舐めていた。しかし、彼ぐらいの実力ならば戦う前からエイルの強さに気づくだろうに。
どうなっているんだ?
――玲斗が疑念を抱いている頃。
生徒たちの知らない場所で一つの間接照明が明滅していた。ラバー学園の地下深く。そこには、学園関係者ですら存在を知らない研究室があった。
薄暗い室内には、いくつものモニターと端末が並んでいる。その前に一人の男が座っていた。白衣を着た細身の男。年齢は三十代ほどに見える。
男は先ほどの決闘映像を再生していた。エイルが重力を操る。蓮司が衝撃波を放つ。炎を纏う。
そして、最後に二つの異能が大規模に正面からぶつかる。
映像が止まった。
「……面白い」
男は画面を見つめたまま、淡々と呟いた。机の上には古びた資料が積み重なっている。異能の発現記録。過去の研究論文。歴史上に存在した異能者の記録。
そして、膨大な数の生徒データ。
男が一枚の資料を手に取る。そこには一つの研究題目が記されていた。
《異能の起源と可変性》
「人間は、いつから異能を持つようになったのか」
資料をめくる。
「生まれた時から存在するのか。それとも……」
男の指が古い記録の一文をなぞった。
「何らかの条件によって後から獲得したのか」
答えはまだ出ていない。だからこそ、研究する価値がある。男は再びモニターへ目を向けた。
今度は決闘場全体の映像。生徒たち。観客席。審判。そして、戦闘によって変化するSAPの記録。
膨大な情報が画面を流れていく。
「これだけの高レベルの異能者を同じ環境で観察できる場所は他にない」
男は椅子から立ち上がった。研究室の壁にはラバー学園の校舎を描いた設計図が貼られている。その一部には、赤い印がいくつも付けられていた。
「実に素晴らしい場所だ」
その声には学園への敬意すら感じられた。研究を続けるために、この場所を利用しているだけなのに。
端末が短く鳴る。男は画面を見ると、そこには金額の記された送金記録が表示されていた。
桁の大きさに男は僅かに口元を緩める。
「……今回も十分か」
誰から送られた金なのか。それを知っているのはこの男だけ。ただ、その金があれば研究をさらに進められる。新しい設備も買える。過去の資料も集められる。口の堅い者も雇える。
男にとって重要なのはそれだけだった。
「金を出してくれるパトロンがいる限り、私は研究を続けられる」
モニターの光が眼鏡に反射する。
「ならば、こちらも期待に応えるとしよう」
男は端末を操作して学園のシステムへ接続する。そこには大量の生徒情報が画面を埋め尽くされている。その中には当然、玲斗の名前もあった。
しかし、男はそこに目を止めなかった。今の彼にとって玲斗は数多く存在する異能者の一人に過ぎない。
男は画面を閉じ、研究室を後にした。誰もいなくなった室内。消えかけたモニターに、先ほどの送金記録だけが残されている。
送金者の名前は橘とだけ。そして備考欄には短い文字だけが残されていた。
――研究を続けてください
その夜。
研究室とは別のさらに離れた場所。暗い部屋の中に一枚の写真が置かれていた。それには幼い少年が写っている。
写真を見つめる人物の顔は暗闇に隠れている。しばらくして、その人物が写真へ手を伸ばす。
そして指先が少年の頬に触れた。
「……」
何も言わない。ただ、慈しむように写真を撫でる。やがて写真は伏せられた。
その人物は暗闇の中で静かに微笑む。まるで母親のように。