ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く 作:2F29くん
昼休みの終わりを告げる予鈴が校舎中に響いた。
「やべ、もう授業かよ」
廊下を歩いていた少年が時計を見上げる。黒髪を短く整えた、ごく普通の男子生徒だった。
「三枝、急がないと遅れるぞ」
後ろから友人に声をかけられ、少年は振り返る。
「分かってるって」
「お前、いつもギリギリだよな」
「間に合えばいいだろ」
そう言って笑った少年の名前は三枝悠真。ラバー学園一年C組。SAPは6,000。成績も運動能力も平均的で特別目立つところはない。異能も戦闘向きとは言い難かった。
《強質》
触れたものの性質を一時的に強める異能だ。鉛筆を少しだけ硬くしたり、紙を少しだけ丈夫にしたり。幅広く応用できるが、決闘で派手に活躍できるような能力ではない。
「そういや悠真、この前の測定どうだった?」
「6,000だった」
「お、上がったじゃん」
「前より300くらいな」
「いいなぁ。俺まだ5,000台だぞ」
「誤差だろ、そんなの」
二人はそんな話をしながら教室へ戻っていく。最近は学園中が十傑の話で持ちきりだった。
特に一年生でありながら八位に入ったエイル・グレイ。
同じクラスでありながら自分とは二つも桁の違うSAPを持つ彼女の話は、悠真にとっても少し遠い世界の出来事だった。
「そういや今日、訓練の予定あったっけ?」
「ある。昨日の続きやろうぜ」
「また?」
「昨日負けたままなんだから当然だろ」
「はいはい」
くだらない話をしながら教室へ入る。
教師が来れば授業を受け、休み時間になれば友人と話す。特別なことなど何もない。それが悠真にとっての学園生活だった。でもそんな生活を愛してもいる。
放課後。
「じゃ、行くか」
「ああ」
二人は訓練場へ向かう。
廊下を歩いている途中、悠真がふと足を止めた。
「……どうした?」
「いや」
悠真は自分の手を見る。
ほんの一瞬、指先が震えたような気がした。
「なんか変な感じしなかった?」
「何が?」
「……いや、なんでもない」
悠真は手を握り直す。震えはもう消えていた。
「寝不足じゃない?」
「かもな」
それ以上、二人は気にしなかった。
訓練場に着く。周囲ではすでに何人もの生徒が異能を使って訓練を始めていた。
「今日は負けないからな」
「昨日も聞いたぞ、それ」
悠真は笑いながら訓練用の道具を手に取る。訓練場では、放課後の練習が始まっていた。
広い敷地のあちこちで、生徒たちが異能を使っている。火花が散り、風が巻き起こり、離れた場所では土壁がいくつも立ち上がっていた。
その一角で、悠真は友人と向かい合っている。悠真は肩を回してから、少し離れた場所に置かれた木製の訓練用具へ目を向けた。
「じゃあ、始めようぜ」
「ああ」
合図と同時に、友人が駆け出した。悠真も迎え撃つ。二人とも身体能力は決して高くない。
SAP6,000。
この学園では、どこにでもいる程度の数値だ。それでも訓練を重ねてきた分だけ、動きには慣れがあった。
右から迫る友人を避け、悠真は訓練用の木刀を掴む。
《強質》
その異能で木刀の硬度を高める。
それだけのごく小さな変化。だが、悠真はそのまま振り抜いた。硬度で勝っているというだけでアドバンテージとなる。
「うおっ!」
友人が慌てて後ろへ跳ぶ。
「危ねぇな!」
「今の避けるかよ」
「昨日より速くなってないか?」
「そうか?」
悠真自身は特に変化を感じなかった。
再び距離を取る。周囲では他の生徒たちも訓練を続けている。ほんとに戦いやすい雰囲気で助かる。
「次で決めるぞ」
「来いよ」
二人が同時に動いて、悠真が木刀を大きく振る。互いの木刀が接触する瞬間、相手の木刀がわずかに軋んだ。
「……?」
悠真は眉を寄せる。握っている感触がおかしい。いつもより硬い。いや――硬すぎる。指に力を込めただけなのに、木刀がまるで鉄のような感触になっている。
「悠真?」
「ちょっと待って」
悠真は木刀を見つめた。自分の異能が発動している。それは分かる。だが、今までとは明らかに違った。
「……俺、こんなに硬くできないぞ?」
「何?」
友人が近づこうとする。
「危ないから触るな!」
悠真は反射的に手を引いた。その直後だった。木刀の表面に細かな亀裂が走った。硬くなりすぎた木材が自らの内部の負荷に耐えきれなくなったように砕ける。
「え……」
悠真の手からバキバキになった木刀が落ちた。乾いた音が訓練場に響く。
「大丈夫か?」
訓練場が一気に騒然となる。
悠真自身も何が起きているのか分からない。
「違う……俺じゃない!」
必死に異能を止めようとする。それでも止まらない。しかも触れていない物まで変化し始めた。
それに気付いた教師が生徒たちを下がらせる。
「全員、訓練場の外へ!」
その頃。
玲斗は訓練場へ向かっていたわけではなかった。ただ、別の用事を終えて寮へ戻る途中だった。
廊下を歩いていると、突然訓練場の方から大きな声が聞こえた。
「……何だ?」
玲斗は足を止める。声の感じからしてただ事ではない。少しだけ迷ったあと、声のした方へ向かった。
訓練場の入口が見える。
その中では教師たちが生徒を避難させていた。
「異能が暴走したのか……?」
玲斗は入口から中を覗く。そして、中央にいる少年を見つけた。しかも周囲の訓練用具が次々と異常な変化を起こしていた。これは暴走しているっぽいな。
「三枝! 落ち着け!」
教師の声が飛ぶ。
「俺……止められないんです!」
男子生徒――三枝と呼ばれた少年は、必死に自分の手を押さえている。玲斗は状況を眺めた。
異能の暴走。 それだけなら未熟な生徒なら稀にある。だが、何かがおかしい。
暴走している本人が一番理解できていないようだ。ただの暴走なら誰しも経験したことがあるはずなのに。
「……あれは」
その瞬間、三枝の周囲で防具が大きく膨れ上がった。玲斗は反射的に一歩下がる。ただ通りかかっただけだった。それだけなのに、どうやら面倒なものに巻き込まれたらしい。
彼の周囲にある訓練用具が、次々と異常な変化を見せていた。木材は異様な硬さを持ち、金属製の器具は歪み、床にまで細かな亀裂が走っている。
「……仕方ないか」
玲斗は近くに置かれていた木刀を手に取った。
「君、危険だ! 下がって!」
「大丈夫です。ここは任せてください」
玲斗は短く答えると、訓練場の中央へ駆け出した。
三枝が玲斗の存在に気づく。
「え……?」
玲斗は迷わず距離を詰める。狙うのは首筋。一撃で意識を奪うならばそこが多分ベストだろう。
それで終わらせるつもりだった。
だが――。
踏み込んだ瞬間、足元の床がシロアリに食べられた木材のように脆くなる。急いで足の力を抜くと、なんとか壊れることは防げた。
「……っ」
足が止まってしまう。それでも玲斗は足元にある影を踏むことで床の影響をなくす。そしてもう一度踏み込んで木刀を振るう。
しかし、木剣が途中で軌道を乱した。
周囲の空気でも、床でもない。
振るった木剣そのものの性質が変化していた。まるでゼラチンのように柔らかくなってしまった。こんな物を振り回してもなんの意味もない。
玲斗は即座に距離を取る。
「……なるほど」
物質の性質を変える異能にしか思えない。でも、本人の反応からして元からこういう異能ではなかったのだろうな。だから、本人は明らかに制御できていない。
「違う……!」
三枝が叫ぶ。
「俺は何もしてない!」
「分かってるよ」
玲斗は役割を果たせなく鳴った木剣を捨てて周囲を見る。
教師と生徒合わせて数人いる。できれば見せたくないがそんなことを言っている場合ではない。
「……割り切りだな」
玲斗の足元を支えていた薄い影が広がる。誰にも気づかれないほど静かに。床を這う影が三枝の足元へ伸びる。
「……え?」
三枝が影の存在に気づき足元を見る。次の瞬間、影が立ち上がった。
三枝の身体を無理やり絡め取り、動きを止める。これで異能は使えなくなってくれるでしょ。
「な……」
がら空きになった懐に踏み込む。そして――首筋へ手刀をお見舞いする。無機物は変化されてしまうなら、素手で相手をすればいいだけ。
なんだか脳筋だな…。
一瞬頭の中に出てきた言葉を打ち消していると、三枝の身体から力が抜けた。 倒れ込む身体を影が受け止め、そのままゆっくりと床へ寝かせる。
異能の暴走と思われる状態も少しずつ収まっていった。
「先生、この人を医療棟へお願いします」
問題も起こしていない生徒の鎮圧なんて教師が行うと責任問題に発展しかねない。だから俺が鎮圧したけど、これからは教師の仕事だ。面倒なことはやってもらおう
「は、はい。ありがとうございます、助かりました。それとこの事は学園に報告しておきますね」
先生は彼を抱えて走っていった。あんな小柄なのによく走れるな。
それよりさっきのは何だったんだ?異能の暴走がトリガーとなって変質したのか?そんな話は聞いたことないけど。
「……変だな」
玲斗は小さく呟く。最近は妙に引っかかることが多い。これはちょっと調べるために動いた方がいいな。このまま受け身になってると良くない気がするし。