ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く 作:2F29くん
訓練場で起きた異能暴走から数日が経った。
三枝はすでに意識を取り戻している。大きなけがもなく、学園側も原因の調査を続けているらしい。でも、今のところ明確な原因は分かっていない。
玲斗は人気の少ない中庭へ向かった。そこには先に結衣が来ていた。
「玲斗くんがこんなところに呼び出すなんて珍しいね」
「少し相談したいことがあってね」
玲斗がベンチに座ると結衣も隣へ腰を下ろした。彼女には何も伝えていないのに、今から話す内容を分かったような顔をしている。
「もしかして異能が暴走したという件?」
「そうだよ」
玲斗は訓練場で起きたことを話した。三枝本人には敵意がなかったこと。自分の意思とは関係なく異能が強くなっていたこと。
そして触れた物だけではなく、周囲の物まで異常な変化を起こしていたこと。
「……確かに変だね」
「ただの暴走なら、それでいい」
玲斗は中庭の木々へ視線を向ける。
「でも、俺にはそうは思えない」
「玲斗くんは何か理由があると思ってるの?」
「分からない。だからこそ調べようと思ってる。俺の身にまで普及しそうなんだよ、最近の出来事が」
玲斗くんの表情があまりにも真剣なので、こちらも真剣にならさずを得ない。それでも真剣な顔がかっこよくて少し照れてしまう。
「どうやって?」
「俺の影を使う」
玲斗は自分の足元へ目を落とす。影なら、人目につかず広い範囲を探れる。誰かが話している場所を探したり、人の動きを追ったりすることもできる。
今回のような事件が他にも起きていないかを調べるにはかなり便利な能力だ。
だが――。
「ただ、もちろん影にも限界がある」
「限界?」
「広げれば広げるほど、一つ一つの情報を細かく拾えなくなる。それに、何かを見つけてもそれが重要な情報なのかを判断できない。重みが分からないんだ」
玲斗は少し考える。
「それに一人で動き回れば変な人の目についてしまう。それだけは避けたい」
「なるほど」
結衣が頷く。
「じゃあ、誰かに手伝ってもらう?」
「そうなるしかないよな」
「……だったら」
結衣が少しだけ考え込む。そして口から出た言葉には苦味が含まれていた。
「詩織さんはどう?ある程度力を見せたんでしょ。だから、今は粘着してきてないんだよね」
結衣の表情が曇っている。なぜだか肌寒く感じるが気にせず玲斗は一瞬黙って考える。しかし、結論は瞬時に出てくる。
「却下」
「即答なんだ」
「信用できない。彼女は表と裏があって扱いづらい」
随分辛辣な評価が飛び出てきた。それを聞いて結衣は苦笑する。
「でも詩織さんなら頭もいいし、こういう調査には向いてると思うよ」
「それは認める」
玲斗は否定しなかった。
「けど、あいつは俺に協力する理由がない」
「……そうだね」
「そんな相手と組むことは難しいよ」
玲斗は淡々と言う。詩織の能力や頭脳を考えれば協力者としては優秀だろう。それでも、玲斗自身が抱えている秘密まで知られる可能性を考えればリスクが大きい。
「そっか…」
結衣は小さく頷いた。表情はいつもと変わらない。けれど、胸の奥では少しだけ安堵していた。詩織が玲斗くんに決闘を挑んだ時の彼に向けられていた敵意も忘れてはいない。忘れられない。
本当は他の女と一緒に行動してほしくない。けれど、それを玲斗くんに言うつもりはない。
「じゃあ、他に誰がいるかな?」
「それを考えてる」
二人は黙り込んだ。この学園に入って間もないので候補が少ない。口が堅そうである程度の実力がある。そして、玲斗の秘密を知っても問題がない。
条件を並べるほど、選択肢は狭くなる。
「……エイルさんは?」
結衣がぽつりと呟いた。玲斗の眉が動く。自分でもその考えが浮かんだが消していた。しかし、本当に知り合いが少ないので選べない。
「……嫌だな」
「ふふっ」
「笑わないでくれよ」
「だって、すごい嫌そうな顔してるから」
「面倒なんだよ、あいつは。しかも立ち位置が特殊すぎる」
玲斗は露骨に嫌そうな顔をする。エイル・グレイ。一年生でありながら十傑の一人。実力だけを見れば申し分ない。もはや邪魔なぐらちには。だが、玲斗にとってはできるだけ関わりたくない相手だった。
「でも、他にいないよ?」
「……」
玲斗は言葉が出せなくなった。その通りすぎて。これまで他人と浅い関係しか結んでこなかった自分を恨むしかないな。
「……分かってる」
小さく息を吐く。
「明日、話してみるか」
「うん」
もう方針は決まった。玲斗は頭をかきながら立ち上がった。できれば関わりたくない。自分一人で済ませたい。でも俺にはその実力がない…。
玲斗は中庭を出る前に、一度だけ空を見上げる。
「……前向きに考えるしかないか」
玲斗の瞳にはわずかな決意が宿っている。こうなった橘玲斗は強い。
翌日の放課後。
玲斗は校舎裏の中庭にいた。人通りは少ない。周囲からも見えにくい場所を選んだのは、これから話す内容を聞かれたくなかったからだ。
しばらくすると、足音が近づいてくる。
「玲斗さん」
振り返る。すると十傑のエイル・グレイが立っていた。側にはいつもの通りリゼットが仕えている。
「来てくれたか」
「呼んだのは玲斗さんでしょう?」
エイルは玲斗の前で足を止める。
「それで何の話でしょうか?」
「実は君と取引をしたくて」
玲斗はこれまでの出来事を簡単に説明した。蓮司先輩に抱いた不信感。三枝という生徒の異能暴走。学園側も原因を掴めていないこと。
そして、自分たちで調べるつもりだということ。
エイルは黙って聞いていた。
「……私に協力してほしい、と」
「そうだとも」
「理由は?」
玲斗は少し黙った。ここから先は慎重に言葉を選ぶ必要がある。
「簡潔に言うと自己防衛だ。最近は裏に何者かの意思を感じて気味が悪い。それを知っておきたいんだ。けれど、人手がまったく足りない」
玲斗の言葉を伝えると二人の間に微妙な空気が流れる。それでも玲斗はまっすぐと彼女を見据える。
この空気を終わらせたのはエイルだった。
「玲斗さんの思いは分かりました。けれど、私のメリットは何ですか?まさかタダで働かせる訳ないですよね?」
こちらに這い寄りながら言ってくる。それはずっと考えていた。俺が彼女に提示できる最大のメリットはこれしかない。背に腹は代えられないな。
「俺の異能を教えよう。ずっと気になっているんだろう?」
エイルの目が僅かに細くなった。
「あなたの?」
「もちろん」
これは思っていた返答とは違うものだった。もっと物理的なものかと思っていたのに"情報"だなんて。これは一本取られましたね。
「分かりました。その条件をのみましょう。リゼットを外しましょうか?」
「いや、大丈夫。彼女にもぜひ手伝ってほしいから」
そう言うとリゼットさんは軽くお辞儀をする。面倒事を押し付けられたのにこの対応とはプロだ。
「じゃあ実際に見せるよ」
玲斗の足元に、ほんの僅かな影が揺らめく。そして、これからは見られると困るので辺り一帯を影で包む。
「これは知ってるよね。それと《
玲斗は地面にあった石を上に向けて投げる。しかし石は上に行かず、横へと飛んでいった。そして影に飲まれていく。
「……これが《
エイルはその名前を口の中で確かめるように呟いた。団体戦で見た光景、あれと同系統の動きだった。間違いないなくあの時の異能だった。
しかし、引っかかることがある。
「本当に二つだけ?」
「……」
玲斗は答えなかった。それがこの場で最善だと考えて。
「否定しないんだ」
「気になるか?」
「当然でしょう」
エイルは玲斗から目を逸らさない。私はこれまで数え切れないほどの異能を名鑑で見てきた。だが、目の前の青年はどう考えても普通ではない。
二つの強力な異能。それだけでも異常だ。
なのに――。
「あなたには、まだ何かある」
「……」
玲斗は否定しなかった。
肯定もしない。
ただ、静かにエイルを見返す。
「気になるなら協力して。そうしてくれたら何か見れるかもしれないよ」
エイルはしばらく玲斗を見つめていた。やがて小さく笑う。
「……なるほど」
一歩、玲斗へ近づく。
「これからは仲間として一緒に頑張りましょうね。私も似たような違和感は持ってたから協力は惜しまないわ」
「助かる」
「リゼットも異存は無い?」
主人の問いかけにメイドは頷くのみ。拒否権など持っていない。
まぁ、その権利を持ってたとしても返答は変えませんけど。だって面白そうですもん。お嬢様が興味を持つのも理解できる。
「じゃあこれからよろしく」
「はい、こちらこそ」
二人は固い握手を交わす。そしてエイルはもう一度玲斗を見る。最近起こってる事件のことも気になる。けれど、それ以上に――目の前にいる青年が何を隠しているのか。
「……楽しみね」
「何が?」
「何でもない」
エイルは微笑んだ。こうして、玲斗の調査にエイルとリゼットが加わることになった。まだ名前すらない、小さな集まりだが。