ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く 作:2F29くん
寮へ戻る生徒たちで校舎にはまだ人の気配が残っていた。その内の一人である男子生徒が校舎を出て歩いている。
友人と別れ、人気の少ない路地を一人で進む。
角を曲がったところで、足が止まった。そこには男が立っていた。
制服ではない。乱れた髪に鋭い目つき。細身の身体には無駄な肉がなく、シャツの下に鍛えられた身体が透けて見える。
「……誰ですか?」
男子生徒は怪しげな男を警戒する。しかし男は答えない。
ただ男子生徒の顔を確認すると、ゆっくり歩き出した。
「三浦だな」
「なんで俺の名前を――」
男の手が動く。次の瞬間、彼の意識が途切れた。倒れた身体を男が片腕で受け止める。これぐらいの重さなら片手で十分だ。
「……ったく」
面倒そうに呟きながら、男は三浦を担ぎ上げた。その動きには人間離れした力があった。男の名は鬼塚隆史。強盗殺人の罪で指名手配されている犯罪者だった。
目を覚ました三浦が自分の置かれている状況を理解することはなかった。知らない部屋。知らない天井。そして――自分がここへ来た理由も。
「……どうなってるんだ」
三浦は額を押さえる。放課後に友人と別れたところまでは覚えている。そこから先だけがまるで切り取られたように存在しない。
同じ頃。
薄暗い部屋の中で、鬼塚は壁にもたれながらスマートフォンを眺めていた。その前では白衣の男が三浦のデータを確認している。
「良くやってくれた」
「仕事だし」
鬼塚は短く答えた。
「次も頼めるか」
「もちろん。こんな俺を雇ってくれる人なんて他にいねぇから」
荒い口調。だが、その返事に迷いはなかった。そして鬼塚はスマートフォンをポケットへしまう。
「じゃ、俺は帰らせてもらう」
「そうしてくれ」
鬼塚は部屋を出ていく。その途中、自分の指先に小さな傷があることに気づいた。血が一滴手の甲へ落ちる。
鬼塚はそれを見つめる。
「運ぶ時にできたものか」
血が皮膚に触れた瞬間。身体が大きく震えた。血管が浮かび上がり、筋肉が膨れ上がる。皮膚の一部が黒く変色し額から二本の角が伸びていく。
人間の面影を残しながらも、その姿は明らかに鬼へ近づいていた。
これが男の異能――《血鬼》
血を浴びることで鬼のような姿へ変貌し、身体能力を大幅に引き上げる異能。
その血は他人のものである必要すらない。鬼塚自身の血でも同じ力を引き出せる。
少し壁に寄りかかっただけで僅かに軋んだ。
「……ほんとめんどくせぇ。少し血が肌に触れるだけでこれだよ」
それだけ言って元の姿へ戻る。そして何事もなかったようにその場を立ち去った。
部屋に残った白衣の男は生徒の生体データを閉じた。その下には何十枚もの資料が重なっていた。
どれも生徒の名前と異能について記されたもの。
男はその中から一枚を取り出す。しばらく眺めたあと、静かに机へ戻した。これからは大事な手術が待っている。気を引き締めなければ。
翌朝、三浦の席は空いていた。だが、誰もそれを気に留めなかった。そして時は過ぎて夕方。三浦は何事もなかったかのように学園へ戻ってきた。
教師に尋ねられても、本人には何も分からない。
昨日の放課後から、今日の夕方まで。その時間だけが、綺麗に抜け落ちていた。
そして――。
それは三浦だけではなかった。
放課後の鐘が鳴ってから、しばらく経った頃だった。エイル・グレイは教室の窓から校庭を眺めていた。クラスに馴染めていない私にはこれぐらいしかやることがない。
夕暮れの光が校舎を斜めに照らし、生徒たちがそれぞれの寮や訓練場へ散っていく。けれど、エイルの意識はそこにはなかった。
「お嬢様」
背後から、聞き慣れた声が届く。振り返ると、リゼットが立っていた。相変わらず感情の読めない表情。ただ、いつもより急いでいるように感じる。
「何かあったの?」
「特定の生徒について、少し気になる話を教師がしていました」
エイルは遠のいていた意識を手繰り寄せる。
「名前は?」
「三浦という一年生です」
その名前を聞いた瞬間、エイルの記憶に昨日の光景が浮かんだ。廊下ですれ違った男子生徒。特に目立つところのない、普通の一年生だった。
「……おそらく昨日、普通に見かけたわ」
「その生徒ですが、昨日の放課後から一時的に行方が分からなくなっていたそうです」
「一時的に?」
「今朝には戻っています」
エイルは眉を寄せた。
「なら、大きな問題ではないんじゃない?」
「身体に異常はありません。ただ――」
リゼットが言葉を切る。
「昨日の放課後から今朝までの記憶がないそうです」
エイルの視線が書類へ戻る。記憶がない。それだけなら珍しい症例というわけではない。精神や記憶に干渉する異能も存在する。
だが――。
「行方不明以前の記憶は残ってるんですか?」
「はい」
「連れ去られた可能性は?」
「本人にはその認識もありません」
エイルはしばらく黙った。窓の外へ目を向ける。夕暮れの空はゆっくりと色を失いつつあった。
行方不明になったのに無傷で戻ってきた。しかも、その間の記憶だけが存在しない。奇妙という言葉では足りない。
「他にも同じような状態の生徒はいる?」
「はい、他にも数名同様の生徒がいるそうです」
リゼットが答える。
エイルは目を細める。そこまで聞いて、ようやく違和感の正体が形になった。身体にも異常はない。それなのに確かに空白がある。しかも複数人ともなると
(ただの記憶障害とは思えない)
「玲斗さんのところへ行きましょう」
「承知しました」
一年A組。教室には玲斗さんと結衣さんが残っていた。玲斗さんは椅子に座り、机に突っ伏して少し寝ている。結衣さんはその隣で鞄を整理していた。
教室にいてくれて助かった。
そのまま教室に入り、彼の席の前まで歩く。
「玲斗さん、少しいい?」
エイルが声をかけると玲斗が顔を上げる。
「どうした?」
「奇妙な事件がありました」
結衣の手が止まった。
「事件?」
「この学園の生徒が昨日の放課後から今朝まで行方不明になっていました」
優しそうな寝ぼけ眼から玲斗の表情が変わる。
「誰だ?」
「一年の三浦という生徒が初めで、他にも複数人確認しています」
「……三浦」
玲斗が名前を反芻する。しかし、誰だか分からない。
「現在は学園に戻っているのですが、その間の記憶がないそうです」
「記憶が?」
結衣の表情が曇る。
「うん」
エイルは頷いた。
「身体には大きな異常はないらしいです。ただ、どこへ行っていたのかも、何をしていたのかも覚えていないそうで」
玲斗は黙って考える。
「原因は?」
「分かりません」
エイルは正直に答えた。
「……まぁ、そうだよね」
玲斗は窓の外へ目を向ける。しばらく沈黙が続いた。
「だから相談しに来たの」
「分かった。じゃあこれからの方針でも考えようか」
「ええ、そうしましょう」
エイルは玲斗をまっすぐ見つめる。
「あなたの影なら、普通の方法では見つけられないものも探せるんでしょう?」
結衣が玲斗を見る。
先日のエイルさんとの話し合いでどこまで話したのか分からない。聞きたかったけど影に阻まれてしまった。まさか私が知らないことまで教えてないよね?
玲斗は少しだけ考える。
「……調べる価値はあるな」
「やってくれる?」
「ああ、もちろん」
玲斗が立ち上がる。これから大規模に異能を使うのだから集中しよう。けど、影は目立ちにくいからよく使ってるけど苦手なんだよな。
「ただ、三浦が事件に巻き込まれたと決まったわけじゃない。それも含めて探すから忙しくなるよ」
「分かっております」
エイルも頷く。でも、不謹慎だけど内心ワクワクしてしまう。彼は影をどのように使って情報収集をするのだろうか?
考えていると、教室の後方からリゼットが静かに口を開いた。
「一つだけ、追加で情報があります」
三人が振り返る。
「三浦様が最後に発見されたのは旧訓練棟の近くだそうです」
玲斗の目が細くなる。
「旧訓練棟?」
「現在はほとんど使用されていない施設です」
結衣が不安そうに尋ねる。
「どうしてそんな場所に……?」
「それも分かっていません」
リゼットは淡々と答える。関係ないけどいつもこの子こんな感じだな。表情筋が死んじゃったのかな?おっとこれはまずい、思考が逸れてしまった。
旧訓練棟。
行方不明になった生徒。
切り取られるように失われた記憶。
そして、何も分からない原因。
まだ何一つ確定していない。それでも、偶然で片付けるには状況が出来上がりすぎている。
「……行こう」
「旧訓練棟へ?」
「ああ。まずは、そこを調べる」
調べる範囲が一気に縮まった。他にも情報が欲しいので学園全域に影を広げるが、手がかりの見つけやすさは段違いだ。
「私も行く」
結衣がすぐに立ち上がる。その速度は俺の目でも追えないぐらいの速度だった。簡単に言うと引くほど速い。
エイルも頷いた。
「私も」
その後ろでリゼットが一礼する。
「同行いたします」
四人で教室を出た。夕暮れの廊下を歩きながら玲斗は何度も考えていた。
何が起きたのか。どうやって戻ってきたのか。
校舎の西側。使われなくなった旧訓練棟が夕闇の中に静かに沈んでいる。四人の足音が近づいても、その建物は何も答えなかった。