ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く 作:2F29くん
中央ホールを抜けると、新入生たちはそれぞれ掲示された教室へ向かって歩き始めた。
一年A組は本校舎三階。
廊下には新品の制服に身を包んだ生徒たちが行き交い、期待と緊張が入り混じった空気が流れている。
「結構広いな」
思わずそんな言葉が漏れた。
教室へ向かうだけでも何度か角を曲がり、途中には食堂や購買へ続く案内板まである。校舎の中というより、小さな商業施設を歩いているような感覚だった。
「迷子になる人もいそうだね」
結衣が苦笑する。
「玲斗くんは大丈夫?」
「さすがに教室くらいは覚えられる」
「ふふっ、そうだね」
他愛ない会話を交わしながら歩いていると、斎藤が急に立ち止まった。
「そういえばさ」
「ん?」
「二人って付き合ってたりする?」
ずいぶん直球だ。
「違うよ」
俺が答えるより早く、結衣が首を横に振った。
「幼馴染なだけ」
「へぇー」
斎藤は納得したように頷く。
「なんか距離が近いからさ」
「昔から一緒だからね」
結衣はそう笑った。
物心ついた頃には隣に結衣がいた。だから一緒にいることが当たり前になっている。
それ以上でも、それ以下でもない。
「なるほどな」
斎藤はあっさり納得すると、それ以上その話題には触れなかった。
こういう空気を読むところは嫌いじゃない。
そんな話をしているうちに、一年A組の教室へたどり着いた。
扉には『一年A組』と書かれたプレートが掛かっている。
中からはすでに何人もの話し声が聞こえてきた。
「入ろうか」
扉を開くと、一斉に何人かの視線がこちらへ向く。
とはいえ、それもほんの一瞬だけだった。
みんな自分のことで精一杯らしい。
教室の後方にはロッカーが並び、窓際には春の日差しが差し込んでいる。
黒板にはまだ何も書かれていない。
俺は自分の席を探して歩き出した。
「玲斗くん、隣だよ」
結衣が座席表を見ながら手招きする。どうやら席は出席番号順ではないらしい。学園側の配慮で出身校が同じ生徒は固められているのだろうか?
まあ、ただの偶然だと思うけど。
俺の席は窓側から二列目の後ろ。
その左隣が結衣だった。
「また一緒だね」
「運が良かったな」
「うん」
結衣は嬉しそうに笑う。
その様子を見ていた斎藤が少し離れた席から声を掛けてきた。
「俺は前の方かー!」
「寝たらすぐバレそうだな」
「それは困る!」
朝から騒がしい。教室のあちこちで笑いが起きる。
少なくとも、クラスの空気は悪くないらしい。
席に座って教室を見渡していると、一人の女子生徒が前方で周囲へ声を掛けているのが目に入った。
「皆さん、席は分かりましたか?」
落ち着いた口調。
よく通る声。
教室のあちこちで戸惑う新入生へ声を掛け、席を案内している少女がいた。
黒髪を肩口で切り揃えた端正な顔立ち。整った姿勢に柔らかな物腰も相まって、入学初日とは思えないほど落ち着いた雰囲気を纏っている。
「ありがとう」
「助かった!」
「いえ、お気になさらず」
自然な笑顔。
嫌味がない。
「すごいね、あの子」
結衣が感心したように呟く。
「ああ、そうだな」
確かに気配りはできるらしい。
入学初日でここまで動ける人間はそう多くない。
すると、その女子生徒はこちらへ歩いてきた。
「こんにちは」
柔らかな笑みを浮かべ、軽く頭を下げる。
「私は
「お願い?」
俺が聞き返すと、詩織は少しだけ困ったように笑った。
「皆さんには下の名前で呼んでもらっているんです。苗字は少し堅苦しく感じてしまって…。だから、よければ『詩織』と呼んでください」
非常に自然な言い方で違和感はない。
先ほど彼女から席を教えてもらった生徒も、
「分かった」
「よろしく、詩織さん」
と、すんなり受け入れていた。
俺も特に断る理由はない。
「よろしく、詩織」
「はい。よろしくお願いします、橘くん」
穏やかな笑顔。
優等生。
そんな言葉がよく似合う第一印象だった。
だが、ほんの一瞬だけ。彼女の視線が俺の顔をじっと見つめる。
ほんの数秒。それだけだった。
すぐにいつもの柔らかな笑顔へ戻る。
「では、失礼しますね。」
そう言って、詩織は別の生徒の方へ歩いていった。
「玲斗くん、気をつけてね。ああいう人はだいたい裏があるものだからね」
結衣が小さく呟く。偏見に満ちている気もするが、言いたいことは分かる
「もちろんだとも」
返事をしながら、俺は教室をもう一度見渡した。
個性的な生徒は多そうだ。
この一年、退屈することはないかもしれない。
もっとも。
退屈しないことと、平穏に過ごせることは別の話だが。
その時。
教室の前方の扉が勢いよく開いた。
「はいはーい、席ついてー」
気の抜けた声とともに、一人の女性が教室へ入ってくる。
白衣のポケットへ両手を突っ込み、大きく欠伸をしながら教壇へ立った。
「今日から一年A組の担任になった高橋佳奈でーす。よろしくー」
そう言うと、黒板へ自分の名前を書き始める。
ずいぶん気の抜けた教師だ。
教室中が静まり返る中、高橋は振り返って一言だけ付け加えた。
「ちなみに生徒同士の揉め事は基本、自分たちで解決してね。先生、面倒なの嫌いだから。仕事を増やされるのは勘弁」
その一言に、教室中が一瞬だけ静まり返った。
先生は黒板へ自分の名前を書き終えると、チョークを適当に教卓へ放り投げた。
「じゃ、とりあえず入学おめでと」
気の抜けた声とともに、小さく拍手をする。
しかし教室は静まり返ったままだ。
「あれ、ここ拍手するとこだった?」
誰も反応しない。
「……ま、いっか」
本当に適当な人らしい。
こんな教師で大丈夫なのかという不安はあるが、少なくとも細かいことを口うるさく言うタイプではなさそうだ。
「じゃあ最初に、この学園で一番有名な奴らを紹介しとこうかな」
高橋は教卓のタブレットを操作した。
次の瞬間、教室前方の大型モニターへランキングが表示される。
教室の空気が、一瞬で変わった。
誰一人として私語を続ける者はいない。
映し出されたのは、ラバー学園の頂点に君臨する十人だった。
一位 神無月 澪 SAP150,000
二位 白鷺 奏音 SAP120,000
三位 賭生 遊児 SAP100,000
四位 黒羽 迅 SAP67,000
五位 黒羽 静馬 SAP65,000
六位 霊華 SAP62,000
七位 物部 創 SAP58,000
八位 エイル・グレイ SAP56,000
九位 相沢 刹那 SAP53,000
十位 剛力 健 SAP50,000
「既に知ってるやつも多いと思うが、こいつらはSAPの上位十人で俗に十傑と呼ばれている。他の生徒とは隔絶した強さを誇っているぞ。簡単に言うと化け物だな」
最後は呆れたように先生は言う。
「……すげぇ」
誰かが思わず呟いた。
十位ですらSAP50,000。
平均的な生徒の十倍近い数値だ。
しかも、三位から上はさらに別格。
数字だけ見ても、そこに越えられない壁があることが分かる。
先生はランキングを眺めながら肩をすくめた。
「こいつら十傑には決闘《デュエル》を挑むなよ。お前らじゃ無理だ」
先生はランキングを見たまま、面倒くさそうに言った。
「特に一位と六位、あれはもう人間として数えるのやめとけ。あまりにも異質すぎるからな」
教室が静まり返る。
冗談を言っているようには見えない。
「あまりパッとしない奴もいるだろうから、以前あった事件を話そう。昔な、六位が一位と戦いたくなったらしい」
先生は面倒くさそうに缶コーヒーを一口飲んだ。
「当然、一位は断った。けど六位の方が問答無用で攻撃を始めたんだ」
教室が静まり返る。
「一位は余波を抑えるために巨大な結界を張ったらしいんだが……結局、全部は抑えきれず校舎は半壊。訓練棟も一つ吹き飛んだ」
「…………」
教室から音が消えた。さっきまでざわついていた空気が、嘘みたいに静まり返る。
「勝敗は一位が危なげなく勝ったらしい。けど、六位はピンピンしていた。これがあいつのヤバいところなんだけどな」
「後から話を聞くと、両者とも加減して戦っていたらしい。ほんとふざけてるよな」
クラスの空気を変えるため先生は画面を切り替える。
「あと、一年で十傑入りしてる化け物が一人いる」
表示されたのは一つの名前だけ。
エイル・グレイ SAP56,000
「……本当にいるんだ」
教室のどこかで、小さく呟く声が聞こえた。
「噂じゃなかったんだ……」
「一年で十傑とか、意味分かんねぇ」
先ほどまでとは違うざわめきが広がる。
驚きよりも畏怖。
名前が出ただけで教室の空気が変わる。それだけで十分だった。
俺はその名前だけ覚えておく。
十傑。
できれば関わりたくない相手だ。
先生は話を切り替えるためにランキングを閉じる。
「無駄話をしすぎたな。じゃあなにか学園について質問はあるか?」
先生が教室を見渡す。すると、一人の女子生手ーー詩織が手を挙げた。
「これから何をするんですか?その説明をまったくされてなくて…」
先生は今後の説明を忘れていたようで、額に手を当てている。
「あっそうだ、その話をしないと。これからは外に出て軽く戦ってもらう。それが一番手っ取り早く互いを理解できる。これが初めての授業だよ」