ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く 作:2F29くん
先生の言葉が終わると、教室中がざわつき始めた。
「いきなり実戦かよ」
「入学初日だぞ?」
「でもラバー学園らしいな」
そんな声があちこちから聞こえてくる。俺も驚きはしたが、別に嫌ではない。
「おら、さっさと移動するぞ」
先生は教卓から離れ、さっさと教室を出ていく。生徒たちも慌てて立ち上がり、その後を追った。
校舎を出ると、案内されたのは広大な訓練場だった。地面は特殊な素材で舗装され、周囲には観客席まで設置されている。所々に刻まれた深い傷跡が、この場所でどれほど激しい戦いが繰り返されてきたのかを物語っていた。
「広……」
斎藤が思わず声を漏らす。
「ここ全部訓練場なのかよ」
「第一訓練場だ」
先生は面倒そうに答えた。
「ラバー学園には同じ規模の訓練場がいくつもある。授業でも
生徒たちは感心したように周囲を見回している。俺も軽く辺りへ目を向けたが、監視カメラが視界に入った瞬間、それ以上見回す気は失せた。
先生はタブレットを操作し、大型モニターへ名前を映し出す。
「お前らの試験結果は見てる。たが、実際に戦ってる姿を見たほうがこちらもやりやすい。勝敗はどうでもいいから名前を呼ばれた二人は前へ出ろ」
最初の組が呼ばれ、戦いが始まる。
炎を操る男子生徒と、氷を生み出す女子生徒。異能同士がぶつかるたびに鈍い衝撃音が響き、周囲から歓声が上がる。先生はそれを眺めながらタブレットへ何かを書き込んでいた。
「次」
淡々と試合は進んでいく。
十組ほど終わったところで、先生が再び名前を読み上げた。
「橘、白鷺」
一瞬だけ周囲の視線がこちらへ集まる。
「橘さん」
白鷺は穏やかな笑みを浮かべ、小さく頭を下げた。
「よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
俺も軽く返事をし、訓練場の中央へ向かう。
背後では斎藤たちが何やら話していた。
「詩織さんって入試でも上位だったよな」
「確か10000近かったって聞いたぞ」
「橘、大丈夫か?」
心配するような声が聞こえてきたが、気にする必要はない。もともと勝つつもりはないのだから。
開始位置まで歩くと、白鷺はもう一度丁寧に一礼した。
「授業とはいえ、お互いけがには気を付けましょう」
「そうだな。でもどうやら周りの反応からすると、俺の方がけがしそうだけど」
俺が肩をすくめながら言うと、あちらも苦笑いを返してくれる。
そんなやりとりを無視した先生が二人の間へ立ち、俺たちを交互に見渡す。
「どっちかが負けを認めるか、先生が止めたら終了だ。……始めろ」
開始の合図が響いても、詩織はすぐには動かなかった。互いに十メートルほどの距離を保ったまま、静かに向かい合う。春風が二人の間を吹き抜け、足元の桜の花びらをさらっていった。
「……来ないんですか?」
柔らかな笑みを浮かべたまま、詩織が口を開く。
「そっちこそ」
「ふふっ。では、お言葉に甘えて」
次の瞬間、詩織の姿が弾かれたように前へ飛び出した。
「速っ!」
誰かが思わず声を上げる。
一直線に踏み込んできた詩織の拳が、俺の顔面を正確に狙う。拳が届く寸前、俺は半歩だけ身体をずらした。風を切る音とともに拳が鼻先をかすめ、そのまま空を切る。
間髪入れず、左の回し蹴り。
さらに肘打ち。
詩織は一切攻撃の手を止めない。流れるように連撃を繋ぎ、逃げ道を塞ぐように距離を詰めてくる。異能はまだ使っていない。それでも十分速い。一般の一年生なら最初の一撃で勝負は決まっていただろう。
(速いな。でも、見えないほどじゃない)
反撃するのは簡単だ。
だが、それでは意味がない。
俺は攻撃の軌道だけを見極め、最小限の動きでかわし続ける。飛び退くことも、体勢を大きく崩すこともしない。ただ数センチ身体をずらすだけで、詩織の拳はことごとく空を切っていく。
「……」
詩織の眉がわずかに動いた。
偶然ではないと気付いたのだろう。
攻撃のテンポが変わる。
拳を見せておいて、途中で蹴りへ切り替える。さらに着地と同時に低い姿勢から足払いを放ち、俺の視線を上へ誘導した直後、もう一方の拳を突き上げてきた。
(フェイントか)
悪くない。
この年齢でここまで組み立てられるのは素直にすごいと思う。
俺は上体だけをわずかに反らし、拳を避ける。その勢いのまま一歩だけ後ろへ下がると、足払いも紙一重でかわした。
「今のまで避けたぞ……」
「橘ってあんなに動けたのか?」
「いや、でも押されてるだろ」
観戦している生徒たちの声が聞こえてくる。
そのくらいの評価で十分だ。
攻撃を避けるのが少し上手い生徒。その程度に思われていれば問題ない。
詩織は一度距離を取り、小さく息を整えた。その表情は相変わらず穏やかだが、俺を見る目だけが少し鋭くなっている。
「橘さんは避けるのがお上手なんですね」
「運がいいだけだよ」
「……そうですか」
その返事に納得した様子はない。
次の瞬間、詩織は今まで以上の速度で地面を蹴った。踏み込みと同時に訓練場の床が鈍い音を立てる。一直線ではない。左右へ細かく軌道を変えながら距離を詰め、死角へ回り込もうとしてきた。
(本気で崩しにきたか)
ここまで避け続ければ警戒されるのは当然だ。なら、一度くらいは攻撃を受けておいた方が自然かもしれない。
詩織が右の拳を突き出す。
俺はそれをかわすために半歩だけ身体をずらした。
――その瞬間だった。
拳は途中で軌道を変えた。
右の拳は囮。本命は左だった。
踏み込みと同時に腰を捻り、左拳が一直線に俺の肩を捉える。
(なるほど)
この年齢でここまで組み立てられるのは素直にすごい。
避けることはできる。
だが、それでは避けすぎる。
俺は反応をほんのわずかだけ遅らせた。
鈍い衝撃が肩へ走る。
身体が勢いよく弾かれ、数メートル後方まで押し出された。着地の瞬間に力を逃がしながら地面を滑り、体勢を崩さないよう足に力を込める。
砂煙が舞い上がり、訓練場が一瞬静まり返った。
「そこまで!」
先生の声が響く。
張り詰めていた空気が一気に緩み、あちこちから安堵したような声が漏れた。
「やっぱ詩織さんか」
「最後のフェイント、見えなかったぞ」
「橘も避け方は上手かったけど、あれは無理だろ」
誰もがそんな感想を口にする。
その評価なら十分だった。
攻撃を避けるのが少し上手い。それ以上でも、それ以下でもない。ただの一年生――そう思われているなら成功だ。
詩織は構えを解き、小さく息を吐いた。その表情は穏やかなままだが、試合開始前とはどこか違う。俺を見つめる視線だけが、わずかに鋭さを帯びていた。
先生は缶コーヒーを一口飲むと、気だるそうに口を開く。
「白鷺。攻めは悪くねぇが、少し素直すぎるな。相手が格上なら、今のじゃ通用しねぇ」
「はい」
「橘。回避は悪くなかった。ただ、お前は守りに寄りすぎだ。勝つ気があるなら、もう少し攻めろ」
「分かりました」
短く返事を返す。
もちろん、そのつもりはない。攻めれば目立つ。目立てば実力を探られる。それだけは避けたかった。
「よし、次!」
先生が次の組を呼ぶと、生徒たちは再び訓練場へ視線を向ける。俺も斎藤と並んで端へ下がった。
「惜しかったな、橘!」
斎藤は悔しそうに頭を掻きながら笑う。
「でも結構すごかったぞ。俺だったら最初の一発で終わってた」
「そうか?」
「ああ。あれだけ避けられるだけでも十分だって」
「ありがとう」
適当に笑って返し、次の試合へ目を向ける。
その横で、詩織は何も言わず自分の列へ戻っていた。
クラスメイトと談笑し、普段と変わらない穏やかな表情を浮かべている。
だが、一度だけ。
試合を眺めるふりをしながら、ほんの一瞬だけこちらへ視線を向けた。
すぐに逸らされる。
それ以上、詩織が話しかけてくることはなかった。