ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く   作:2F29くん

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第4話

 模擬戦はその後も滞りなく進み、最後の一組が勝敗を決すると、先生は空になった缶コーヒーをゴミ箱へ放り投げた。

 

「今日の授業はここまでだ。これからは自由時間とする。校内を見て回るのも勝手だが、立ち入り禁止区域には近づくなよ。面倒事を起こしたら私が怒られる」

 

 適当な締めくくりに、教室からは小さな笑いが漏れる。

 

 生徒たちはそれぞれ知り合った者同士で話し始め、訓練場はさっきまでの緊張感が嘘のように賑やかになった。

 

「玲斗くん!」

 

 結衣が小走りで駆け寄ってくる。

 

「けがしてない?」

 

「平気だよ」

 

「本当に?」

 

 心配そうに肩へ手を伸ばしかけ、途中で「あっ」と気付いたように引っ込める。

 

「ご、ごめんね」

 

「結衣が謝ることじゃないよ」

 

 そう返すと、結衣はようやく安心したように微笑んだ。

 

「よかったぁ……」

 

 その笑顔を見ていると、自然と肩の力が抜ける。

 それを感じ取ったのか結衣が一歩だけ俺の隣へ寄ってくる。ほんの少し、肩が触れそうなくらいの距離まで。

 

「この後さ、寮を見に行かないか?」

 

 斎藤が気軽に誘う。

 

「結衣は玲斗くんと一緒なら、どこでもいいよ」

 

 即答だった。

 

 その返事に斎藤は「あ、そう?」と笑うだけで気にした様子はない。

 

 結衣は斎藤へ笑顔を向けている。

 

 けれど、その笑顔は俺へ向けるものとは少し違った。

 

 礼儀として笑っているだけ。そんな印象を受ける。もう少し隠せないだろうか?

 

「じゃあ三人で行くか!」

 

 斎藤は何も気付かず歩き出す。

 

 結衣も「うん」と返事をして後に続いた。

 

 校舎へ向かう道には、模擬戦を終えた新入生たちが思い思いに歩いている。異能の話で盛り上がる者、寮生活への期待を語る者、さっそく決闘(デュエル)を申し込もうと意気込む者までいて、入学初日らしい賑やかな空気が広がっていた。

 

 自由な校風というのも、あながち間違いではなさそうだ。

 

 監視されていることだけは気に入らないが、それ以外は思っていたよりも窮屈ではない。少なくとも今は、誰かに縛られるような雰囲気は感じなかった。

 

 結衣がこの学園を勧めた理由も、少しだけ分かる気がした。

 

 

 

 

 寮の案内が終わり、気付けば空は夕焼けに染まり始めていた。

 教室へ置いた荷物を取りに戻り、そのまま廊下へ出る。

 

 人通りは昼間よりも少なく、校舎には部活動へ向かう生徒たちの足音だけが静かに響いていた。

 

 その時だった。

 

「……橘さん」

 

 背後から、静かな声が聞こえる。聞き覚えのある声だった。

 振り返ると、そこには白鷺詩織が立っていた。

 

 昼間と変わらない穏やかな笑みを浮かべたまま、小さく頭を下げる。

 

「少し、お時間よろしいですか?」

 

 その声音は柔らかい。

 けれど、なぜか断ってはいけないような空気をまとっていた。

 

 

 

 放課後の廊下には、部活動へ向かう生徒たちの足音が響いていた。

 俺は詩織へ視線を向ける。

 

「何か用?」

 

「はい。できれば、人の少ない場所でお話ししたいんです」

 

「ここじゃ駄目なのか?」

 

「……少し、込み入った話なので」

 

 断る理由も見当たらない。

 

 俺は小さく頷き、詩織の後をついて歩き出した。

 

 校舎を抜け、中庭を横切る。さらに訓練棟の裏手まで来ると、生徒の姿はほとんど見えなくなっていた。吹き抜ける風が木々を揺らし、葉擦れの音だけが静かに響く。

 

 詩織は立ち止まると、一度だけ周囲を見渡した。

 

「ここなら、大丈夫ですね」

 

「それで、話って?」

 

 問いかけると、詩織は俯いたまま指先を落ち着きなく絡め始めた。

 

「実は、その……」

 

 いつもの落ち着いた口調とは違う。

 どこか緊張したように声が震えている。

 

「今日、一緒に戦って……その……」

 

 言葉が続かない。

 

 何度か口を開いては閉じる姿は、本当に何かを伝えようと決心している少女そのものだった。

 やがて小さく息を吸い込み、ゆっくりと顔を上げる。

 

 頬はわずかに赤く染まり、その視線は真っ直ぐ俺へ向けられていた。

 

「私、橘さんのことが好きに――」

 

 そこで言葉が止まる。

 

 沈黙。

 

 風だけが二人の間を吹き抜けた。

 

(……これは告白でもされるのか?まだ会って間もないというのに?)

 

 一瞬だけ、そんな考えが頭をよぎる。

 

 次の瞬間だった。

 

「――なるわけねぇだろ」

 

 低い声だった。

 

 さっきまでの柔らかな声音とは別人のように冷え切っている。俯いていた顔がゆっくり上がる。

 そこにあった穏やかな笑みは消えていた。

 

「……ん?」

 

 思わず声が漏れる。

 詩織は一歩踏み出し、俺との距離を詰めた。

 

「お前、授業で手ぇ抜いてやがったよな」

 

「何のことだ?」

 

「とぼけんな」

 

 さっきまでの丁寧な口調は跡形もない。

 荒々しい言葉が、怒りとともに吐き出される。

 

「あの程度の攻撃、お前なら避けられただろ」

 

「買いかぶりすぎだ」

 

「違う」

 

 即答だった。

 

「あの最後の一撃だってそうだ。避けようと思えば避けられた。わざと食らっただろ」

 

 詩織の拳が震えている。怒りだけじゃない。

 もっと別の感情を押し殺しているようにも見えた。

 

「そういう目なんだよ……」

 

 小さく漏れた声。

 

「そういう、余裕ぶった目が気に食わねぇんだ」

 

 詩織は唇を強く噛む。

 

「本気を出さなくても勝てる相手だって思ってんのか? それとも、お前もあいつと同じで……」

 

 そこで言葉が止まる。

 

 言い過ぎたと気付いたのか、一瞬だけ表情が揺らぐ。

 しかし、その揺らぎもすぐに怒りへ塗り潰された。

 

「……いや、違うな」

 

 詩織は自嘲するように笑う。

 

「違うなら証明しろ」

 

 鋭い視線が俺を射抜く。

 

「口で何を言われても信じねぇ。本気じゃなかったっていうなら、本気で戦って見せろ」

 

 その声音は静かだった。

 けれど、怒鳴るよりもずっと重く、相手を逃がさない圧があった。

 俺は詩織の視線を受け止めたまま、小さく息を吐いた。

 

「悪いけど、その期待には応えられない」

 

 短く返すと、詩織はゆっくりと目を細めた。俺の言葉を受け入れるつもりなど、最初からないのだろう。

 

「まだ誤魔化すのか」

 

「誤魔化してるつもりはない」

 

 静かなやり取りだった。しかし、その静けさとは裏腹に、二人の間には張り詰めた空気が流れている。

 

 詩織は拳を握り締め、何かを堪えるように唇を噛んだ。その手は小刻みに震えている。ただ怒っているだけではない。長い間押し殺してきた感情が、今にも溢れ出そうとしていた。

 

「……私を見てなかった」

 

 その一言は、怒鳴り声ではなかった。

 

 だからこそ重かった。

 

「授業中、お前の視線は一度も私を見てなかった。相手として見ていない奴の目だった」

 

 俺は否定しない。ただ黙って聞いていた。

 

「そういう目をする奴は嫌いなんだ」

 

 詩織は拳を握る。白くなるほど力を込めた指先が、小さく震えていた。

 

「……昔から何度も見てきた」

 

 その言葉だけが、静かに零れる。

 

「『どうせ勝てない』『相手にならない』……そんなふうに見られる目だ」

 

 俺は少し眉をひそめる。

 詩織は今日が初対面だ。

 それなのに、その言葉は俺へ向けたものというより、もっと別の誰かへ向けているようにも聞こえた。

 

「お前は違うって言うんだろうな」

 

 風が吹き、長い髪が揺れた。

 

 詩織はそれを払おうともせず、静かに言葉を続ける。

 

「でも、私は何度も見てきた。だから分かる」

 

 一歩、詩織が距離を詰める。

 

「本気で戦ってる奴と、力を隠してる奴くらい」

 

「勘違いだ」

 

 短く返す。

 

 それだけで十分だった。

 しかし、その一言が詩織の感情に火をつけた。

 

「本気で戦ってる奴と、力を隠してる奴の違いくらい」

 

 俺は数秒黙ったあと、静かに首を横へ振る。

 

「勘違いだ」

 

 その一言だけだった。

 

 それが詩織には、何より気に入らなかった。

 

「……そうかよ」

 

 乾いた笑みが漏れる。

 

 諦めたような笑い方だった。

 

 けれど、その笑みは一瞬で消え失せる。

 

「だったら証明しろ」

 

 一歩。

 

 詩織が俺との距離を詰めた。

 

「私に決闘(デュエル)を申請しろ」

 

 その声は不思議なほど落ち着いていた。感情を爆発させるのではなく、すべてを押し殺した先にある静けさ。だからこそ、その言葉には有無を言わせない重みがあった。

 

「断る」

 

 即答だった。

 

 俺には戦う理由がない。目立つ理由もない。

 

 決闘(デュエル)で勝てばSAPは上がる。学園での評価も変わる。そんなことは避けたい。

 

 だから断る。それだけだった。

 

 詩織はしばらく俺を見つめていたが、やがて小さく息を吐く。

 

「お前が自分から決闘を申請したくなるまで、私は何度でも追いかける」

 

 静かな宣言だった。

 脅しではない。

 あれは――決意だった。

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