ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く 作:2F29くん
翌朝、目を覚ますと窓の外はすでに明るくなっていた。
制服へ着替え、身支度を済ませて部屋を出る。廊下には同じように登校する新入生たちが歩いており、昨日よりも学園らしい活気が感じられた。
男子寮を出ると、向かいの女子寮から結衣が歩いてくる。
「おはよう、玲斗くん」
「おはよう」
「ちゃんと眠れた?」
「うん。初日で疲れてたみたい」
「それならよかった」
結衣は安心したように笑い、そのまま自然に俺の隣へ並ぶ。
昔からこうだった。
待ち合わせをした覚えはないのに、登校時間だけは不思議と合う。
二人で校舎へ向かう途中、中庭では朝練を終えたらしい上級生たちが汗を拭きながら歩いていた。木刀を肩へ担ぐ者、異能の話で盛り上がる者。その光景を眺めていると、この学園にも普通の学生生活があるのだと実感する。
「まずは食堂だね」
「朝から元気だな」
「朝ご飯は大事だから」
食堂へ入ると、昨日とは比べものにならないほど賑わっていた。席を探していると、聞き覚えのある声が響く。
「橘! 朝倉さん! こっちこっち!」
慎二だった。
トレーいっぱいに料理を載せ、こちらへ大きく手を振っている。
「朝からそんなに食べるの?」
結衣が目を丸くする。
「勝つためには食う! 異能も体力勝負だからな!」
「いや、それは食べ過ぎじゃない?」
「これは腹八分目だ」
「嘘つけ」
思わず笑ってしまう。
慎二と他愛ない話をしながら朝食を済ませると、食堂の入口付近が少し騒がしくなった。
「見ろよ。今学園内で話題の留学生だ。やっぱり綺麗だな」
視線の先には、一人の少女がいた。
白銀の長い髪を揺らしながら、静かに食券を受け取っている。周囲からこれだけ注目されているというのに、本人はまるで気にしていない。
ただ空いている席を探し、窓際へ腰を下ろす。
「人気者だね。みんなあの子を見てる」
結衣が小さく呟く。
「留学生だからかな?」
「それもあるだろうね」
それ以上、その少女を見ることはなかった。他人の噂に興味はない。食事を終え、席を立とうとした時だった。
「おはようございます」
振り向くと、詩織が教科書を抱えて立っていた。
「おはよう、詩織さん」
結衣が笑顔で返す。
「昨日は校内を回れましたか?」
「うん。おかげで迷わずに済みそう」
「それならよかったです」
詩織は穏やかに微笑む。
昨日の決闘を思い出させるような雰囲気は一切ない。今の彼女は、誰からも頼りにされる優等生そのものだった。
「そろそろホームルームですよ」
「そうだね。急ごう」
四人で食堂を出ると、教室へ向かう生徒たちの流れへ加わる。
今日はいよいよ班編成。
昨日先生が言っていた実戦授業も始まる。
教室へ入ると、昨日とは違う賑わいが広がっていた。初日の緊張はすっかり薄れ、クラスメイトたちは思い思いに会話を楽しんでいる。
俺が席へ向かうと、結衣も何事もなかったように隣へやって来た。待ち合わせをしたわけでもない。けれど、昔から気づけばこうなっていた。
慎二はそんな俺たちを見て苦笑する。
「相変わらず仲いいな」
俺は肩をすくめるだけだった。
幼馴染。それだけで済む話だ。もしその言葉で済まなくなったら縁の切れ目と思うしかない。
教室へ流れる穏やかな空気とは裏腹に、時折こちらへ向く視線だけが少し気になった。
理由は考えるまでもない。昨日の決闘だ。
人の少ない訓練場を選んだはずだったが、噂だけは予想以上に早く広まったらしい。近くでは「本当に勝ったらしい」「相手は詩織さんだったんだろ」といった声が小さく聞こえてくる。
「橘、本当なのか?」
慎二が信じられないという顔で聞いてきた。
「まあね」
それ以上話すつもりはなかった。余計に目立つだけだからだ。その時、前方の席から椅子を引く音がした。
詩織だった。
教室中の視線を受けながらも、その表情は普段と何一つ変わらない。
「昨日の決闘はとても有意義でした。私は負けましたが大変勉強になりました」
静かな一言だった。
言い訳も、悔しさを見せることもない。ただ事実だけを告げると、詩織は席へ戻り、何事もなかったように教科書を開いた。
その姿を見て、教室の空気が自然と落ち着いていく。
誰もそれ以上、昨日の話題を口にしようとはしなかった。昨日の詩織を知る俺だからこそ分かる。教室へ私情を持ち込まない。それが彼女の強さなのだろう。
ふと隣を見る。
結衣は詩織を静かに見つめていた。穏やかな笑顔は変わらない。それでも、その視線だけはどこか冷たく見えた。
俺が気づくと、結衣は何事もなかったようにこちらを向いて微笑む。
「どうしたの?」
「……いや、何でもない」
気のせいだと思うことにした。
その頃、廊下が少しだけ騒がしくなる。開いた扉の向こうを、白銀の髪の少女が教師と並んで歩いていた。
その少女今朝見かけた留学生だった。この階にいるということは同学年。もしかして、彼女が一年生で十傑となった生徒だろうか?
気になって視線を向けていると、一瞬視線があったような気がした。しかし、すぐに視線を外して前を向き直している。
関わるつもりはないが、十傑に興味がないわけではない。ただ、今はそれより今日の授業に集中しよう。
教室の扉が開き、先生が缶コーヒーを片手に入ってくる。さっきまでの賑やかさが嘘のように消え、生徒たちは一斉に席へ着いた。
先生は出席簿を教卓へ置くと、教室を見渡す。
「今日は班を発表する」
その一言で、空気が引き締まる。昨日先生が言っていた実戦授業。いよいよ始まるらしい。
先生は名簿を一枚めくり、小さく頷いた。
「班はこっちで決めた。呼ばれた奴はその場で立て」
静まり返った教室で、先生が最初の名前を読み上げる。先生は名簿へ目を落とした。
「第一班――白鷺詩織、斎藤慎二、東雲大和、篠原美月」
教室が小さくざわつく。
詩織は静かに立ち上がり、一礼した。隣では慎二が早くも東雲と篠原へ笑いかけている。その明るさに、二人の表情も少しだけ和らいだ。
先生は構わず次の班を読み上げる。
第二班。
第三班。
班が決まるたび、教室のあちこちで安堵や落胆の声が漏れた。
そして先生は最後の一枚をめくる。
「第四班――橘玲斗、朝倉結衣、黒崎悠真、西園寺陽菜」
結衣の肩から、小さく力が抜けた。その表情だけで、同じ班になれたことが嬉しいのだと分かる。俺も結衣の異能は把握しているので、授業を楽に進められそうで安心した。
一方、教室の後ろでは黒崎悠真がゆっくり立ち上がった。長い前髪が目元を隠し、その表情はよく見えない。
「……よろしく」
かろうじて聞こえるほどの声だった。
その直後だった。
「よろしくー!」
教室中に響くほど元気な声とともに、一人の女子生徒がこちらへ歩いてくる。
明るい茶色の髪を揺らし、メイクを分かりやすくしている少女――西園寺陽菜だった。
「橘くんって結構かっこいいよね」
初対面とは思えない距離まで近づく。彼女にはパーソナルスペースという言葉を教えてあげたいな。
「彼女さんとかいるの?」
その言葉に、結衣が一歩だけ前へ出た。俺を隠すわけでもなく、陽菜を遮るわけでもない。
ただ自然に、その間へ入る。
「玲斗くんが少し困ってるみたいだけど?」
柔らかな笑顔。
優しい声。
それなのに、空気だけが少し張り詰めた。
陽菜は結衣と俺を見比べると、「あっ」と小さく笑った。
「朝倉さん、もしかして結構独占欲強いタイプ?」
結衣は笑顔のまま首を傾げる。
「何のことかな?」
「ふふっ、面白い!」
陽菜はまったく怯えた様子を見せない。
むしろ楽しそうだった。
「安心して。橘くんを取ったりしないから。ただ仲良くしたいだけ!」
そう言って俺へ手を差し出す。
「改めてよろしくね!」
「……よろしく」
握手を返すと、陽菜は満足そうに笑った。
「思ったよりクールなんだね。また話そ!」
軽く手を振り、自分の席へ戻っていく。結衣はその背中を静かに見送っていた。怒っているわけではない。けれど、あの笑顔の裏で何を考えているのかは分からない。
俺は小さく息を吐いた。