ヤンデレと関わりたくない俺は、最強の異能を隠して異能学園を生き抜く 作:2F29くん
最後の八班まで班名が読み上げられると、先生は黒板の前へ立ち、白いチョークを走らせた。
一本の線が枝分かれし、八つの班を結ぶ。
「今発表した八班で、本日の実戦授業を行う。形式はトーナメント方式だ。一回戦で敗れた班はその時点で終了。勝ち残った班が次へ進み、最後まで勝ち抜いた班が優勝だ」
教室の空気が一気に熱を帯びる。
「優勝しかねぇな!」
慎二の声に、あちこちから笑いが漏れた。
「でも第七班は雪代がいるんだろ?」
「じゃあ反対の山に入れた班は運がいいな」
「いや……当たったら終わりだって」
自然と視線が一人の幼女へ集まる。窓際に腰掛ける銀髪の生徒――雪代ミリア。
彼女のSAPは32,000。
一年生とは思えないその数値だけで、彼女の実力を疑う者はいない。同学年に十傑となった化け物がいるのであまり騒がれていないが、普段なら十分話題になるほどの数値だった。
しかし、本人はそんな視線など存在しないかのように窓の外を眺めていた。"孤高"という言葉が彼女には似合う。
「雪代」
先生が名前を呼ぶ。
「団体戦だ。班で――」
「私は戦わないから。あなたたちだけで頑張って」
先生の言葉を遮るように、小さな声が教室へ落ちた。体躯に似合わないほど冷たい声色。そこには怒りも、挑発もない。
ただ、それが当然だと言わんばかりの静けさだけがあった。
教室が水を打ったように静まり返る。
「雪代、それでは班活動にならない」
「私が出れば終わる。それじゃ意味がないでしょ」
それだけ言うと、再び窓の外へ視線を戻した。もう話は終わった。そんな態度だった。
先生は小さく息を吐いたが、それ以上は何も言わない。
無理に言っても考えを変えないことを知っているのだろう。
俺はそのやり取りを黙って見ていた。教師の指示すら聞かない。それでも反抗的には見えない。ただ、自分の価値観だけを信じ、それを曲げるつもりがない。
雪代ミリアという人間は、そういう人間なのだと理解した。
「組み合わせは黒板を見ろ。十分間、班ごとに作戦会議を行う」
黒板へ視線を向ける。
第四班――橘玲斗、朝倉結衣、黒崎悠真、西園寺陽菜。
第一班――白鷺詩織、斎藤慎二、東雲大和、篠原美月。
昨日戦った詩織とは反対の山になっていて、決勝までは当たらない。これは途中で負ければいいだけだな。
「詩織さん! 絶対優勝しましょう!」
東雲が勢いよく拳を握る。
「その前に一回戦で負けたら笑うけどね」
篠原が呆れたように肩をすくめる。
「負けねぇって!」
慎二が笑い飛ばすと、詩織は小さく笑みを浮かべた。
「ふふっ。まずは目の前の相手に集中しましょう」
その一言だけで、三人の空気が少しだけ引き締まる。
「じゃあこっちも集まろ!」
陽菜がぱん、と手を叩いた。
「せっかくの団体戦なんだし、勝つための作戦会議だよ!」
結衣は当然のように俺の隣へ立つ。
黒崎も静かに輪へ加わった。
全員が揃ったことを確認すると、陽菜はにやりと笑う。
「じゃあ最初に確認ね。この班で一番頭が回るのって……橘くんで合ってる?」
三人の視線が、一斉に俺へ集まった。
陽菜に呼ばれ、俺たちは教室の隅へ集まった。
周囲では、それぞれの班が思い思いに作戦を立て始めている。慎二の大きな笑い声が聞こえたかと思えば、別の班では静かに黒板を見つめる者もいた。
俺はトーナメント表へ目を向ける。初戦の相手は第七班。雪代ミリアの班だった。
ふと視線を横へ移す。トーナメント表の隣には、今回使用するステージの紹介画像が貼られていた。そこは木々が生い茂っている。どうやら敷地内の森林で行うらしい。
「橘くん、何か考えようよ」
陽菜が俺の顔を覗き込む。
「細かい作戦はいらない」
黒板から目を離さず答える。
「昨日の授業で軽く見たとはいえ、詳細な相手の能力は分からない。だから最初から動くのはリスクが高い」
「じゃあ、どうするの?」
「まずは勝手に動かないことだな」
三人が黙って俺を見る。
「俺が相手に探りを入れる。その間は無理に攻めなくていい。合図を出したら動いてほしい」
陽菜は一瞬だけ考え込むと、すぐに笑った。
「なるほどね。まず相手を見るってことか」
結衣も隣でこくりと頷く。
「玲斗くんがそう言うなら、それでいいよ」
二人が玲斗の意見に賛成している中、黒崎は小さく手を挙げる。
「あの…僕の異能は索敵に優れているんです…」
その声はか細いがきちんと聞こえた。
「そうなのか?なら聞かせてほしい。君の異能で何ができる」
そう問うと、彼は少しどもりながらもこちらを見つめて言う。
「…僕の異能は千里眼です。遠くを見ることが出来ます。おそらく、初手で相手の位置は捕捉可能だと思います…」
これは有能だな。相手の位置が分かるというのはものすごいアドバンテージとなる。本気で勝とうと思うのなら必ずほしい人材だろう。
「黒崎くんは最初に相手を探してほしい」
「…見つけたら?」
「そこから先は俺が考える」
四班では作戦が練られていた頃、第七班では少し違う空気が流れていた。
「雪代さん、本当に出ないんですか?」
班員の男子が遠慮がちに声を掛ける。
ミリアは椅子に腰掛けたまま、窓の外を眺めていた。
「私は戦わないから。あなたたちだけで頑張って」
体躯に似合わないほど冷たい声色。
その言葉に迷いは一切ない。
「でも、団体戦ですよ?」
「だから?」
短い一言だけで会話は終わる。
班員たちは顔を見合わせ、小さくため息をついた。
それでも誰一人として責めようとはしない。
相手が雪代ミリアだからだ。
「全員、訓練場へ移動!」
先生の声が教室に響く。
一斉に椅子が引かれ、生徒たちが立ち上がる。
その中で、ミリアだけは動かなかった。
先生は一瞬だけ彼女へ視線を向ける。だが、何も言わず踵を返した。
俺はその様子を横目で見ながら教室を出る。
七班に雪代ミリアという脅威はいない。初戦は勝てる可能性が高い。残念ながら。
――問題は、その後だ。
「詩織さん、決勝まで行きましょう!」
東雲が拳を握る。詩織は優しく微笑み、小さく頷いた。
「ええ。まずは目の前の試合に集中しましょう」
そう答えながらも、その視線は無意識に廊下を歩く橘玲斗の背中を追っていた。
……また、戦えるだろうか。
その想いだけは胸の奥へしまい込み、詩織は静かに歩き出した。
黒崎の異能は、予想以上にこの地形と噛み合っていた。
森林では視界が遮られる。
だからこそ、相手を先に見つけられるだけで大きな優位を得られる。
俺は黒崎へ索敵を任せ、結衣と陽菜には黒崎の援護を頼んだ。相手の能力が分からない以上、情報を集めながら戦う。それが今できる最善の一手だ。
短い作戦会議を終え、俺たちは先生の案内で訓練場へ向かった。
校舎を抜けると、目の前には広大な森林が広がっている。
高く伸びた木々が空を覆い、昼間だというのに林の中は薄暗い。足元には落ち葉が積もり、踏みしめるたびに乾いた音が鳴る。
身を隠す場所はいくらでもある。
索敵能力の価値がさらに増す地形だった。
森林の入口には、第七班の三人がすでに待機していた。
だが、その中に雪代ミリアの姿はない。
宣言通りか。
三人は互いに顔を見合わせると、小さく頷き合う。
不利なのは誰よりも理解している。それでも逃げるつもりはないらしい。
先生が両班の中央へ歩み出る。
「第一試合、第四班対第七班。制限時間は二十分。班員全員が戦闘不能、または降参した時点で決着とする」
それに続けてと言って先生が森林マップを見せる。
「第四班は西側、第七班は東側から開始する。開始位置へ移動しろ。開始の合図は校内放送で行うからそれまでは動くな」
先生の指示に従い、俺たちは森林の奥へ進んだ。木々が密集し、人影はすでに見えない。
静かな森の中。誰も口を開かない。やがてステージに設置されているスピーカーから機先生の声が響いた。
『団体戦第一試合、開始まで――十秒』
黒崎は静かに目を閉じる。
十。
九。
八。
……。
『試合開始』
「黒崎くん」
「……はい」
彼の瞳が静かに輝いた。