「ゴメンね。……。私、行かなきゃ」
それは、必然か。或いは、救いか。
きっと未来を知る多くの者が言うだろう。
そう、このページを捲る者達には、必然と。
「あの子達が生まれた。なら、私はあの子達を迎えに行く義務がある」
「……! ……?」
彼女の最愛の人は言う。
何を言う。あの子達とは、誰だ。
「まだ、言葉にするのは難しい。でも、きっと。未来は、変わったんだと思う。大きく、……も知らないところで、私達の未来は、変わった」
「……? ……」
意味がわからない。共に静かに過ごしていたのに。
突然、彼女は迎えに行くと言い出した。
「うん、ゴメンね。わからない部分も多いと思う。でもこれは、私の定め。先に生まれた、私の義務。……といる時間は私にとっても、かけがえのない大事な瞬間だよ。だからこそ、あの子達にも教えてあげなきゃ。私だけ幸せなんて、不公平だから」
「……?」
まるで、彼女の知り合いのように言う。
どういう関係か問うと。
「何も知らない妹と、多くの自覚のある妹。……二人とも、私の大事な存在」
妹。身内か何か?
よくわからないが、そういう事なら行ってきていい。
最近、体調が悪いと時々言っていたが大丈夫か?
「うん。有り難いことにね。調子が元に戻ってきてる。……が嫌っている、コンパスって言う人達のおかげかな。……にはわからないと思うけど、彼等のことあんまり嫌いにならないで欲しいの。彼等はGBNにとって、とても大事な事をしている。マスダイバー……それを狩るフォース。意味が無いと思う? 印象が悪い? ううん、とても重要。単なる規約違反を取り締まる以上に、私達にとっては意味がある。私は、凄くコンパスに感謝しているんだ」
「……?」
直接関わりない、最大手のフォース?
PK行為をするような連中に?
「……は、理由を知らないからそう思うの。でも、私達にとって、コンパスはきっと未来に、最大の敵対関係になると思う。これは必然。何故なら、彼等はGBNを平和のために活動するから」
まるで彼女がGBNに居てはいけないように言う。
そんなことはない。彼女は何も悪くなど……。
「運命は凄く残酷だよ、……。それでも、共存できると私は信じたい。私も、生きていたい。簡単に諦めがつくほど、私はまだ満足に生きていない。それは妹たちも。だから、行かなきゃ。私はお姉ちゃんだもの」
……よくわからないけど、予言のように言う。
まさかAVALONが、コンパスと揉めるのか?
「場合によっては、有り得るね。AVALONのキョウヤさんは一人のダイバーであり、大人だから。板挟みになると思うけど、それでもきっと……私達や多くのダイバーを導いてくれる。だって……の自慢の、チャンピオンでしょう?」
笑って言われても困る。
クジョウ・キョウヤは、最強のダイバーだ。
それ以前に大人なのだろうか? いや、多分大人だろうけど。
それとどう関係が?
「つまり……に分かりやすく言うと、私は導く立場になった。妹たちに、沢山のことを教えなきゃいけないお姉ちゃんとして。私の経験した今までを、二人に伝えたい。GBNはこんなに広くて、綺麗な場所だって」
「……」
そこまで言うなら、いってらっしゃい。
要は私用で出かけるんだろう。
わざわざ言わなくとも、身内の話に首を突っ込む気は無い。
偶には外出も、良いと思う。
「ふふっ。一番大事な時間は、此処だから。ちゃんと戻ってくるよ」
そう面を向かって言われると照れ臭い。
兎に角、いってらっしゃい。
「うん。……、行って来るね」
自分は、何者だろうか。
二人は、初対面で衝撃を受けた。
あの三人のダイバー……確か、ユッキー、リク、リタと言ったか。
彼等は言っていた。ログアウトが出来ない?
どういう事だ。バグでGBNに幽閉されているのか。
普通ならリアルに戻らなきゃ行けないのに。
それが、出来ない? 運営に報告するか。
そう言われて、直感的にティフォンは拒絶した。
黙っていて欲しい。訳が分からないのは同じだから。
じゃあ二人は何者だ。サラもわからない、ティフォンもわからない。
ログアウト出来ないダイバー……。
ティフォンは、自分が普通じゃない自覚があった。
翌日にはもう、次々脳内に情報が流れてくる。
意識せずとも、垂れ流すように。
意味の無い情報の流れから、重要な情報を汲み取って確保する。
成る程、そういう事か。
「サラ、大事なことが分かったわ」
「……なに?」
人気の無い森のフィールド。
そこの一画に隠れて、二人はいた。
今日もボーッとしているサラに、ティフォンは腕組みしてぼやく。
「あたし達が何なのか、よ。見当がついたわ」
「そうなの?」
基礎的な操作はもう、分かった。
情報の流れから、汲み取ったこれがGBNの基礎的な操作。
そして、その無限に流れる情報を堪えられる、汲み取るという耐久性と動作がティフォンの異常性だと自覚した。
昨日出会ったリタというダイバー。
そのプロフィールから得た情報を拾い上げた。
ガンダム・キャリバーン……。素組みのこれを、データを拾って自分のプロフィールに貼り付けた。
つまり、勝手にリタのガンプラを自分のガンプラにコピーした。
きっと普通のダイバーにこんなことは出来ない。
マスダイバー、ブレイクデカール。
そういう良くないバグの話も情報も流れから得た。
脳内にはずっと膨大な情報の本流が存在する。
大河のように大きな流れだ。そこから、必要な情報を絞って、汲み上げる。
身を守るプロテクトのやり方を自前で考え思いつく。
情報は無限にある。必要な知識など探せば良い。
GBNのバグを食らわないために、現状の自分の情報を維持するやり方を、この時点でティフォンは得ていた。
キャリバーンには施した。自分も。
バグや損傷を受けても初期の状態に巻き戻せるように、リセットするリペア機能。
それを、サラにも与える。
「んん……ティフォン、なんか……身体が熱いよ……」
頭を撫でるティフォンに、サラは理解できずに文句を言う。
「我慢なさい。GBNのバグから身を守るプロテクトよ。今の何もない現状に何時でも戻せるよう、出来るようにしておく方が良いわ。これはあくまで所謂リセット。速めに手を打つのが最善手でしょ」
「わかんない……」
理屈を言っても分からないか。
この情報を汲み取る、そこから発展させてプロテクトを作って他者に与える、そもそも膨大な情報の本流を堪えられるのはティフォンの異常な能力だと自分で思う。
これが、自分の正体を知るキッカケ。
予想のつく、最悪の結論だった。
「――……随分と、器用な事が出来るんだね」
不意に、木陰から誰か出て来た。
ロングの銀髪に、綺麗な青の目をした、白いノースリーブのドレスを着た女の子。
「今の私のバグの負担を軽減してたのは、こっちにも情報のリソースが割かれていたから、なんだね」
「……なに? あんた」
警戒するティフォン。
情報の流れから外見と声でアバターを探して汲み取ろうとする。
……なのに、ない?
一つも、該当する情報が探しても見当たらない。
誰だこいつ。突然出て来て。
「うん? 膨大な情報の海から絞って探す事まで出来るの? 私はバグの受動的な探知ぐらいしか出来ないのに、凄くあなたはアクティブだね」
「……そう。あんたも同類か」
それだけで分かった。
こいつも、同じくログアウトが出来ないダイバー。
「それで? 何か用かしら? あたし達と同じサイバーゴーストさん」
「サイバー……ゴースト?」
サラが不思議そうに言う。
そう。これが、ティフォンの気付いた己の正体。
自分達は、GBNで生まれた幽霊だ。
他のGBNに似た世界でも有り得たらしい。
その世界に精神が幽閉されて戻れなくなった事例。
そう言うのを、サイバーゴーストと言う。
「サイバーゴースト? あぁ、成る程。自覚あるんだね、やっぱり」
「普通のダイバーはログアウト出来る。でもあたし達は出来ない。つまりGBNに幽閉されているって意味でしょ」
威嚇するティフォンに、少女は微笑んで告げる。
大凡、サイバーゴーストで合っている。自分もそう。
「私はイヴ。GBNの真っ先に生まれた……あなたの言うサイバーゴーストかな? だから二人のお姉ちゃんって意味になると思うの」
微笑む自称姉。
途端にティフォンが怯む。
「で、出たわね姉を名乗る不審者! 分かるわよ、余所だと夏になると姉を名乗って洗脳する聖女がいるって情報ぐらい知ってるわ!」
「ゴメンそれ私もわかんない」
ティフォンが逃げようとする。
落ち着けとイヴと名乗る不審者は言った。
「いきなり来て驚いたよね。大丈夫、私も同じ立場だから」
「大丈夫って言うダイバーは大体詐欺よ」
「あなたはちょっと情報収集のし過ぎかな」
苦笑するイヴは二人に合流する。
先ずは自己紹介して欲しいと言うと拒否るティフォン。姉を名乗って洗脳する不審者! とまだ威嚇する。
「いや、先駆者にその言い分はどうかと思う」
「ティフォン。……この人、悪い人じゃ無いよ」
サラは勝手に名を教える。
ティフォンが怒っても大丈夫の一点張り。根拠は何だ。
「サラとティフォン、ね。うーん……まさかバグに対するプロテクトまで用意できるなんて、思っても無かったよ。私は異常の探知とバグの吸収ぐらいしか出来ないのに」
「なに? あんたバグってんの? バグ取っ払って治す?」
ティフォンが問うと、良いのかイヴは言う。
結構負担が大きいし、ティフォンが既にプロテクトの防御があるとはいえ、心配になるのだが……。
「良いわよ、サイバーゴーストにバグは致命傷だし」
そう言うと、イヴとティフォンは握手してティフォンの情報の汲み取りを始める。
だが、凄まじい量のバグを抱え込んでいるイヴ。
唖然とするティフォンだが、出来ないこともない。
とりあえず踏ん張って片っ端からバグった部分を汲み取って、汲み取ったバグを余剰データとしてデリート。消すという作業も出来ると今更気付く。
そりゃコピーも出来ればデリートも出来るか、と軽く考えて凄い速度でサルベージ&デリート。
ものの数分で、イヴの数年分の抱えたバグが浄化された。
ついでにもうこれ以上バグが吸収できないようにティフォンがキッチリプロテクトでガードしておく。
バグったらGBN全体に分散させる。
GBNのバグは世界全体で負えば良い。
イヴが一人で背負う理由も無い。
「……久々に身体が軽い。ありがとう、ティフォン」
「あんた、ちょっと有り得ないレベルで内部バグってたわよ。全部消したから良いけど、もう止めてよね」
呆れたように言うティフォンに、どうしてもその成り立ち故に溜め込む性質のイヴは感謝する。
少なくとも、ティフォンのガードを今後バグが貫通することは無さそうだ。
「でも良いのかな。ブレイクデカールの負担を私が背負えなくなると、GBNその物が危険なんだけど」
「コンパスって所がマスダイバー狩りまくってるから多少の事じゃ、GBNがぶっ壊れる事なんか無いでしょ」
イヴの懸念材料は後々、起きてしまうのだが。
置いてけぼりのサラが問う。結局、イヴは何しに来た。
「ああ、そうだった。お姉ちゃんとして、知らないことを二人にいっぱい伝えたいと思って来たの」
微笑みながら自分の経験を語っていこうと言うイヴ。
だが素っ気ないティフォンが拒否る。
「五月蠅いわよ自称姉。情報なら随時更新してるっての」
「自称姉って言う呼び方、凄いショックだから止めてティフォン」
こうして、二年後イヴの最愛のパートナーを長年苦しめる運命はティフォンによって呆気なく回避された。
イヴはもう苦しまない。
彼女の最愛の少年も運命が覆り、今の世界で戦うことになる。
「そうだね。先ずは私の唯一の、一番大事な人の事を知って欲しいな」
そう言うと、まあゆっくり時間もあるし聞いて欲しいとイヴは語ろうとする。
「突然来た自称姉の惚気とか聞きたくも無いわ。勝手に言ってなさい」
「私は……知りたい……」
聞く気のないティフォンと純粋に知りたいというサラ。対照的な妹たち。
(サイバーゴーストの私達には、強欲かもしれない。でも二人にもどうか……大切な人が出来ると私は祈っているから)
そう思いながら姉はこれまでの経験という惚気を語る。
案の定ウンザリするティフォンと、憧れるように聞き惚れるサラ。
イヴは大事な妹たちに、寄り添えるダイバーが出来ることを、切に願うのだった。