壊れた楽園からの少女達 作:名無しの投稿者
キヴォトスに存在するとある自治区。そこは星すら見えない程の暗闇の空に満たされていた。深く沈む静寂の中で崩れかけた校舎の中にあるたった1個の壁掛け時計だけが時間を刻んでいた。
「……」
唯一の壁掛け時計が存在する教室。そこで椅子を複数個繋げて紐で脚を縛っただけのベッドで寝ている少年が苦しそうな表情で呻き声を上げていた。
「う、あ……」
その呻き声に反応するように、教室の壁に貼り付けられた、9つの小さな円が1つの大きな円を取り囲み、繋がるような紋を見せる校章が縫い付けられた旗が壁の表面と共に落ちていく。汚れに塗れ、ほつれを見せるこの旗が存在するこの学園は、今や死に瀕していた。
ここは小さな自治区だ。だが、それだけではない。商店街からは人の気配が完全に消え失せている。道路には亀裂が走り、鬱々とした雑草が不気味に繁茂している。だが、この自治区が真に廃れたのは、この地に宿る呪いが原因であった。
「あがっ……!!」
少年の脳裏に赤い空が広がる。これが呪いであった。これを見たのは少年だけではない。この自治区に住んでいた住人達も、以前までいた先輩達も、皆。皆が揃って、様々な悪夢を垣間見た。人々は悪夢を見て夜を恐れた。眠ることに恐怖し、衰弱し、1人、また1人と自治区を捨てて逃げ出していった。だが、学園に残されたわずかな生徒たちには、逃げるだけの力は残されていなかった。そして、彼女達は逃げることもできず、悪夢に追い詰められ続けた挙句―――辿り着いた。辿り着いてしまった。その惨たらしく、残酷な救いの手に。
□□□□
「……ああー、くそ。また変な夢見ちまったよ……でも、あれだよなこれ」
どんよりとした灰色の曇り空。青空なんて見たことのないこの自治区では、この曇り空ですらいい天気だ。そんな、絶好のお昼寝日和に屋上で昼寝していた少年が顔を顰めながら目を覚ます。彼がこの学園に入学してから1年と数ヶ月ほどが経過していた。少数だが同級生がいた。先輩、後輩もいた。彼女達は夜に怯えながらも、昼間は明るく振る舞っていた。だが、彼は違っていた。
(……ブルーアーカイブの世界に転生して、見る悪夢が、あの赤い空、ね)
彼は所謂、転生者と呼ばれる存在であった。前世の記憶を持ち、ヘイローを持つ者として転生し、男子生徒として地元の学園に入学した。だからこそ、知っている。この世界がブルーアーカイブと呼ばれるゲームの世界であることを。彼が、いやこの自治区の人々が見ている悪夢の正体が、赤い空の世界。即ち、色彩が襲来した世界の話であることを。或いは、未来の話かもしれない。
(……こうやって、割り切れちゃってるから俺は、皆とソリが合わないんだろうな)
皆が辛い、苦しいと思うことを完全には理解できない。何故ならそれが何なのかわからないから。だが彼は知識があったせいでそうだと思えてしまっていた。
(伝えたところで、色彩がどうとかわかんないよな……むしろなんで知ってるんだ、って話になるし……)
そもそも、昼寝なんてできてる時点でなんだこいつ、と思われている始末だ。それぐらい、悪夢と睡眠は人々に密着しており、恐れられているのだから。
「……あ、いたいた」
「やっぱり屋上にいたね……ってか、また寝てたの?よく寝れるね?いや、本当に……」
「どうも、ま……嫌な夢見ようが寝なきゃ人間やっていけないんで」
そんなわけで、屋上で昼寝をするようになってからはこの場所は実質彼の居場所のようになっており、誰も近づこうとはしなかったのだが。この日は珍しく、2人の女子生徒が訪れていた。しかも、少年を探している様子だ。
「で……なんか用?人手のいる仕事?」
「人手……まあ、人手?」
「必要なのは確かだから……ね?」
「でも……」
「わかってるけど……」
「?」
1人でずっといるからか、こうして声をかけられるだけでもちょっと嬉しい。例え用事で呼ばれただけであっても。が、肝心の用事の内容を聞くと、2人は歯切れの悪い様子を見せてくる。その様子に少年が首を傾げていると、
「……ああもう。とりあえず連れて行こう。皆のためでもあるんだよ?」
「そ、そうだよね……ね、ねえ」
「何?」
「夢ってさ……苦しくない?」
片方の少女がそう問いかけてくる。少年は少し考え込むように頭を掻いていたが、
「まあ、見ていて面白いものじゃないのは確か。でも……そういうものだって割り切ってる」
「そっか、よかった」
「うん……それを聞けてよかった」
「んん?どういうことだ?」
「ほらほら、とりあえずこっちに来て!皆待ってるんだから!」
何がよかったというのか。まるで意味がわからないながらも、2人に手を引かれて校舎の中へと入っていく。理由を追求しようとしたが、2人とも無理に明るく振る舞ってる節があることに気付き、黙ることにする。彼女達も当然、悪夢で苦しんで限界の状態でこんなことをしているのだから。
「ついたついた」
「体育館?でも中ボロボロだし屋根も……」
「あ、屋根は頑張って補修したから今は大丈夫だよ。中も全部じゃないけど、頑張って掃除をしたからちょっとは綺麗になっているんだ」
「そ、そうなのか」
2人に連れていかれた場所は体育館の入り口だった。だが、彼の記憶している限り、体育館はほぼ野晒しのような状態でまともに使えないはずだ。だが、それをこの2人はわざわざ屋根の穴を塞いで、中も掃除して使えるようにしたというのか。
「……」
そこまでのやる気、どこから湧いてきたのだろうか。この学園に通う数少ない生徒たちが空元気を見せつつも、結局何もしない、そんな様子は飽きるほど見てきたというのに。何故急に、行動を起こすほどのやる気を得たのか。いまいち釈然としない様子で体育館の中に入ると、そこには2桁にも届かない、学園の生徒達が揃っていた。
「え?」
全校生徒がこの体育館に集められた。その理由がわからず、困惑してしまう。と、その内の1人が少年に近づいてくる。目の下に大きな隈ができているその少女は、この学園の生徒会長であったはずだ。
「待っていた、あなたを」
「は、はあ……いや、皆どうしたんですか?」
「……悪夢を晴らす」
「悪夢を晴らす?」
生徒会長の真剣な言葉に、少年は困惑した様子で聞き返す。自分達が見るあの夢の事を言っているのだろうが、今までそういった気配なんて何もなかったはずだ。なのにいきなり、悪夢を晴らすと言われても、そんなこと本当にできるのか、という疑問すら湧き上がってくるのは、ある意味仕方のないことだ。
「……まあ、そう思うのも無理ないよね?今までそういうことやってこなかったから」
そんな少年の様子に気付いたのか、くすくすと笑いながら副会長の少女が会長の隣に近づいて肩に手を置く。
「でもね、見つかったの。見つかって、解放されるって思ったら……何が何でもやりたくなったの」
「この子だけじゃない。私も、そしてここにいる皆が。そしてそれにはあなたが必要なの。このヘイマール学園の全校生徒が」
副会長の顔を一目見てから少年を真剣な表情で見る。その表情を見た少年は呆気に取られていたが、生徒会長だけではない、副会長も笑っていた顔を真剣な顔色に変えており、2人以外の全員が同様の表情を浮かべていた。それを見て、少年も首を縦に振る。
「わかりました。俺も協力します。この夢から、皆が醒めるなら」
「ありがとう。では、そこに立ってくれるかな」
言われるがまま、少年は移動する。そこには、
「……魔法陣?」
「あ、踏んだりしたら駄目だよ、あの白い粉で書いてるから」
「倉庫にあった石灰ですよ会長」
「ああそれそれ」
地面に石灰で描かれた謎の魔法陣のようなものが描かれていた。魔法陣の外側には人が立てるだけのスペースの円が人数分より1人少ない数描かれており、真ん中にも同様の大きさの円があった。それ以外には様々な文字や模様が書き込まれているのがわかる。
(もしかして、この魔術か儀式で悪夢をどうにかしようってこと?)
確かにそれならありえない話ではない……のかもしれない。そのまま、真ん中の円に少年が立ち、周りに少女達が立っていく。そしてすべての円が埋まると、少女達は全員ナイフを取り出す。
「あの、何を?」
「あなたは何もしなくて大丈夫。皆、血を出して」
「「「はい」」」
会長の言葉と共に、全員が自分の親指にナイフを突き立てる。傷痕を刻み、血が一滴魔法陣へと落ちていくと同時に、魔法陣が青い光を放つ。
「!?」
「始まった……!」
「儀式だ……本当に儀式が始まった!」
「これで私達は、解放され―――!?」
次の瞬間。魔法陣の外側の円に立っていた生徒から黒い靄のようなものが飛び出すと共に1人、突然倒れる。それに続くように靄が出ては倒れてを繰り返していく。瞬く間に全員が倒れ、立っているのは中心にいる少年だけとなってしまう。
「これは、一体何……ぐあああああああ!?」
飛び出した靄は、全て少年へと注ぎ込まれていく。全身を満たすどす黒い何かが、激痛と苦しさ、そして不快感を与えてくる。頭が割れそうなほどに痛み、頭を押さえようとするが靄が体を抑え込んでるせいで動かすことすらままならない。その中で、確かに知った。
―――雷の化け物によって世界が蹂躙される光景を見た。
―――全てが粉々になり、自分もバラバラになった。かと思えば、人ならざるものになっていた世界を見た。
―――不死の幽霊に蹂躙され、巨大な花を咲かせる大樹のようなものがキヴォトスの中心に聳える様を見た。
―――空が赤く染まり、不気味な塔が出現し、己が己じゃなくなっていく感覚の最中、崩れ去る全てを見た。
―――天使たちが世界を壊していき、滅びに呑まれかき消されていく様を見た。
―――鋼鉄の大地に投げ出され、数少ない食料を奪い合う凄惨な未来を見た。
そこにいたのは紛れもなく、自分で、自分があらゆる方法でその生を終えていく瞬間があった。今まで、見てきたそれはただの赤い空でおかしくなる世界だけだった。だが、それすら生温かったと、嫌でも認識させられてしまう。
「―――はっ!?」
少年が意識を取り戻した時。割れるような頭痛は今だに継続していたが、視界ははっきりとしている。倒れ込んでいた身体を起こして周囲を見ると、そこには他の生徒は誰もいなくなっていたのだった。
□□□□
たった1人だけの自治区となったヘイマール自治区。目を瞑れば思い出す様々な悪夢。それに疲弊し、数時間しか眠れず、ふらふらになりながら少年はまだ陽も昇ってない自治区を歩く。食べれそうな野草を集め、茹でて食べる。まともな食事もあまりしていない気がする。そんなことも食事の度に思うも、それを改善する気もまるで湧いてこなかった。
「……そりゃ、こんな辛いなら皆、いなくなっちまうわな……あーあ。今頃外の自治区で面白可笑しく過ごしているんだろうな」
少年に呪いを押し付けることに成功した皆は、少年が意識を取り戻した時には既に自治区からいなくなっていた。後から生徒会室に残っていた書類などから、とっくに外部への転校手続きは済んでおり、唯一の懸念事項であった悪夢を解消したかっただけのようだ。転校のことなんてまったく知らなかった。当然、引継ぎもなにもない。
「……何もないな」
眠れば悪夢の中で殺されてまともに休めない。起きていてもその日暮らしをするのがやっと。人がいないからお金を稼ぐ方法もない。人が来ないから経済も交流も発生しない。
「……いっそ出て……いや、出たところでだな……それで悪夢が消える保証なんてないし……出たところで、一応俺時期的には三年生だぞ?いまさら外出た先でどうしろってんだ……入れる学園もあるかどうかわからないし、今更不良生活に身を落としたところで何も変わんないし……」
教室に寝転びながら、呟く。結局はこれだ。何かをしようと考える。考える所まではできるが、色々な理由で諦めてしまう。気力がそこまで辿り着かず、そしてその気力もあらゆる理由で削れていく。
「……」
そんな少年が1人だけになってから続けていることがあった。体育館に存在する魔法陣。そこは、あの時に行われた儀式の痕が残っていた。魔法陣の一部は消えていたものの、当時の記憶を手繰り寄せながら石灰で書き足していく。悪夢を見れば見る程に、何故かそれがどういう形なのかわかる気がした。
「……逆にする」
そう言いながら書き込んでいく。わかるのはちょっとずつだ。去年、2年生の時にこの呪いを収束され、そこから数か月かけた。今ならば彼女達が何故、呪いを押し付けたのかがよくわかる。解き放たれたかったのだ。そして今、自分も同じように解き放たれたいと思う一心で、この魔法陣を完成させた。
「これで、俺の呪いは、この大地に根付く。そして俺はこの苦しみから……!」
ナイフで指を切り血を流す。そして、魔法陣の中央に勢いよく手を付けると、そこから光が周囲に迸る。少年の中から何かが抜けていく感覚と共に、ある映像が脳裏を過る。
―――鋼鉄の大陸で立つ、白い髪と肌の女性。侮蔑するように土下座したまま、心臓を貫かれ絶命した男性から目を離し、その手から細長い鋼鉄の物体を放つ。それは、動くことのできない白い肌と髪に赤い目をした少女の胸部を貫く。その体内には無数の機械が存在し、彼女が人ならざるものであることを証明していた。
もう動かない機械の少女に、ボロボロの黒髪の少女が這いながら涙を流しながら歩み寄る。少女が、機械の少女に手を伸ばす。そしてその手が彼女との手と重ねられた次の瞬間―――
「……え……?」
「な……?」
意識が現実に戻ってくる。頭を押さえ、痛みに耐えながら顔を上げる。そこには、
魔法陣の隅に描かれた円の中で二丁の巨大な銃を大事そうに抱えながら眠る少女がいたのだった。