壊れた楽園からの少女達 作:名無しの投稿者
『ふ、ふふ……』
「あ、アコちゃん?」
通信機の向こう側から聞こえてくるアコの声。それが笑いを含んだものに変わっていく。その変化に大丈夫なのかと、褐色肌に銀色のツインテールの少女、銀鏡イオリが心配したような声を漏らすが、アコはそんな声は耳に入っていないかのように声を上げる。
『随分とまあ好き勝手に言ってくれますね……』
「好き勝手も何も事実だろ」
『……ええ、まあそうですね。あなたのいう事にも一理はあります。とはいえ、それをここで論ずること自体が不毛なのですよ』
「……?」
最初こそ追い込まれていたようにも見えるアコだが、やがて何か突破口を見出したのか、どこか含みがあるかのような発言を繰り出す。が、その発言に首を傾げるのはアビドスの面々だ。
「どういうこと……?」
「アビドス自治区に風紀委員会を無断で侵入、便利屋の捕縛のためとはいえそのまま自治区への攻撃も辞さない姿勢、その上で止めに入った私達を一蹴してアビドス生徒会を呼びつける……明らかに非は向こうにあると思いますが……」
『何せここはアビドスの土地ではないのだから。そもそもアビドスが出張ってくることすらないんですよ』
「はあ!?それどういうこと!?」
(……ここで来たか)
アコの宣言にセリカ達が絶句する。それを尻目に、少年は目元を細めながらも内心で口元を吊り上げる。この情報を、向こうから開示してくれるのをある意味待っていたと言っていい。
(俺は、色々あって既に知っている。知っているけどその状況で知りようのない情報を口にすれば何故知っているか、という問題になってくる)
これがセイアならば未来視で確認した、といって誤魔化せるかもしれない。だが少年の場合はそういうわけにはいかない。ここでゲヘナがそのことを口にするか、或いはこの後でアビドスが調べてやっと土地の権利の関係を明らかにするか。それがない状態で少年がいきなりここは実はアビドスのものではなくカイザーが管理する土地になっている、なんて明らかにしてしまえばどうやって知ったのか。そんな情報を知れるタイミングがどこにあったのか、既に知っているなら何故教えてくれなかったのかといった不信感が生まれることになってしまう。だからこそ、開示させたい情報を開示できるように誘導させる必要があるのだ。
(……アコがこれを言ってくれたのは偶然だけど、おかげで立ち回りはしやすくなったな。今後の参考にするか……というかそうか。俺の方から引き出させるやり方の方が自然になるのか)
貴重な体験を得られたことに内心感謝しながら、少年はここからの立ち回りを考えつつ後ろのアビドスの面々を見る。
「今の話、本当か?」
「わ、わかりません。初めて知りました……」
「あいつらが嘘言ってる可能性は?そもそも、こんなことやってくる連中が律儀に本当の事言うとは思えない」
『で、ですがこの根拠があるから強気に出てきたと考えると辻褄は合います……』
当然、アビドスの面々はこのことは知らない。と、相手の方から聞こえてくるアコの声がどこか得意げに戻ってくる。どうやら今ので流れを取り戻したと思ったらしい。だが、
「じゃあ、ここはゲヘナの土地なのか?」
『それは違います。ですが、アビドスの土地ではありません』
「いや。それならそれで別の大問題が起こるだけだろ?相手が俺達からその土地の管理者になるわけじゃねえか」
『は?』
「それで、ここって誰が管理してるんだ?アビドスでもゲヘナでもないなら……まさかトリニティか?少なくともアビドスの土地じゃないってわかった上で来てるなら、当然知ってるんだろ?ここが誰の土地か」
そうは問屋が卸さない。アビドスの土地じゃないからアビドスが出張る必要はない、というのは一応は事実なのでその点だけなら苦しい部分は確かにあるのだが、じゃあこの土地の管理者には何の配慮もしなくていいのかという別問題が発生するだけで根本的な解決には何もなっていない。
「そもそも、こっちがやりたいのは便利屋にぶち壊した店の補填はちゃんとやれよ店長に謝れよってだけの話なんだから、禊やったら後は割とどうでもいいんだ。違うか?」
「それはそうだけど……」
後頭部を掻きながら、こちらの提案をシロコに確認する。
「でもお前らにこいつら連れてかれたらその後はそのまんまだろ?補填も何もしない、それはそっちでやってくれ、ってな」
「それはそれでどうなのよ……」
「まあ、ゲヘナがそれやったら一発で財政破綻とかしそうだから上の連中としてはやるにやれないからもう突っ張るしかないってだけなんだろうが……」
「どれだけやってるのよ……」
便利屋だけでなく、温泉開発部に美食研究会、その他不良やら問題児の数々と、とにかくゲヘナの人間が理由はどうあれ他の自治区で破壊活動をしたり、みたいな話は珍しい事ではない。そういう知識として少年が知っているだけでなく、実際にそういう話をちゃんとこの世界でも自治区の外で見聞きしているのだから。
「で、だ。もう1つだけ疑問が浮かぶわけだが……なんでこいつらはそれを言わなかったんだ?」
「……それって」
「そうだ。そもそもの問題としてこいつらは便利屋を捕まえに来たってわけだが……こうしてアビドスが出張ってきた。だというのに、さっきまでこいつらは力を見せつけて適当にこの問題を終わらせようとした。他の問題児はゲヘナの外にいる分には散々っぱら放置かましてんのになんで便利屋だけ、しかも今回だけ構う?あんまりにもおかしいじゃねえか……なあ、行政官よ、お前ら、何しにここに来た?」
『……』
アコが黙り込む。だが少年の方も内心冷や汗をかきまくりだ。生まれて初めての舌戦、正直追い込めているのかどうかすらわからない。
『まあ、いいでしょう。随分と必死なようですが……つまり、わかっているのでしょう?戦えば負けるということが』
「……どうとでも受け取ればいいさ。それで?その考えが正しいなら力尽くでねじ伏せて便利屋を奪おうとするか?」
『私達の目的は先生です。先生の身柄を渡していただけるのなら……便利屋はそちらに引き渡しましょう』
(よし、引き出した!)
だが、先には進んでくれたようだ。そう思いながら、少年はさらに交渉を続けていくのだった。
□□□□
「……本当に聞いて呆れるな……ゲヘナと言われればそれまでだが、風紀委員会がやっていい行動じゃないだろう。これでは便利屋とかとほとんど変わらない」
「……改めて聞くと、本当にそうですね……そして、この時、純粋に気付けたことにすら気付けずただ言われるがままだった私達も、ですが……」
そこから場所は離れ、廃墟の建物。そこで遠くに潜ませたドローンから聞こえてきたアコと少年の交渉を聞きながら、ユキノは呆れたような表情を浮かべつつも周囲を警戒していた。
「しかし、隠す場所は問題ないように思えるが……それでもばれるのか?」
「ホシノ先輩、そして風紀委員会を追ってきたヒナさんにばれる可能性がありますからね。そこから私達の存在に辿り着かれるわけにはいかないので……ですが、それがわかっているならやりようがあります」
アヤネはドローンを操作しながら慎重に立ち回っていく。ユキノも何かの間違いでここがその2人にばれないようにと周囲に警戒を向けながら会話を続けていく。
「しかし、何故風紀委員会はこのタイミングで接触を?」
「……確か、チナツさんが先生やシャーレについての報告書を上げていたようですが、それを確認したのがこのタイミングだったと……」
「……この時期だとエデン条約で忙しいのだろうが……それでも部下が挙げた報告書だろう……?」
「そこはわかりませんが……少し、まずいかもしれませんね……風紀委員会の兵力を集めています。私達の時と同じ……残存兵力を集めて一気に力で押し潰そうとする手段をいつでも取ろうと思っているはずです」
「そのための時間稼ぎ、か……確かに邪魔な存在は力で叩き潰せば簡単ではある。相手は人数は勿論だが学園としての立場もゲヘナより劣っている……だが」
ユキノは窓の外を見る。
「このまま素直に、というのも困るな。ふっ……私もどうやら、随分と悪いことを考えるように……いや、今更か」
「ユキノさん」
ユキノの下に王女が折り畳まれた服を持って現れる。ユキノがその服を開くと、
「!これは……風紀委員会の制服か?」
「はい!再構築しておきました!これを使えば、潜入もできます!ここは、私達に任せてください!」
それはなんと風紀委員会の制服であった。それを見たユキノは口元に笑みを浮かべると、
「助かる、是非とも使わせてもらう」
「こちらからも援護します。気を付けてくださいね」
「ああ」
風紀委員会の制服に着替え、帽子を被って耳と目元を隠す。そして建物を飛び出していくのだった。
□□□□
「……先生を?なんでゲヘナが?」
「それに、先生は今、シャーレへの私達の依頼を受けてアビドスに来ています。さらに先生は対策委員会の顧問にもなってくださっていますし……それを引き渡すというのは」
「……それが目的なのか?お前や部下の連中の」
『ええ。まあ便利屋が目的というのも間違いというわけではありませんが……一番の理由は先生。何せシャーレというのは中々に……興味が湧く組織ですから』
「……」
アコの今回の行動における真意を聞いた少年は風紀委員会を見る。先生を狙ってきたというその言葉の真意は、やはりシャーレが超法規的組織であるからだろう。こうやって、D.U.地区から飛び出してアビドスに仕事に来ている、小さいとはいえ他の学園の組織の顧問という超重要立ち位置に収まっているのだ。その影響力は計り知れないと、彼女も知ったのだろう。実際、後のことを考えればそれに至ったこと自体は慧眼ではある。
「……だったら、先生がシャーレにいる所に交渉しにくればいいだけの話だ。よその学園に仕事してる時に言うもんじゃないんじゃないか?」
『……』
「確かに、そうよね……」
『ええ、それこそただの外交問題にもなりますし、なんなら先生やシャーレからの覚えだって悪くなります。先生だって、こんなことをしてくる学園の依頼などを受けたいかというと……』
「私はそこまで気にしてないけど……」
「連邦生徒会の方は別だろ……」
「気にした所でそこまでできるかは知らないけど……」
「……信用ねえなぁ連邦生徒会……」
だからこそ、普通ならシャーレといい関係を築くためにもこんなことはしない方がいいのだ。先生がシャーレに戻ってきたところを狙って会いにいけばいい。風紀委員会ならばチナツが世話になったので改めてそのお礼に、とも言えばいくらでもその理由を見つけられるはずだ。だがそれをしないのは。
「……トリニティへの牽制、でしょ」
「!?」
「便利屋……」
「あいつら、起きてたのか!?」
「そりゃあ、それだけ目の前でお喋りしてたら?」
アコはその理由についてだんまりを決め込んでいたが、そこでその情報を明らかにしたのは目覚めたカヨコであった。どうやら少年らの話が長引いたせいで目が覚めてしまったらしい。
『く……』
「トリニティへの牽制?どういうこと?」
「今、ゲヘナはトリニティとエデン条約っていう条約を結ぼうとしている。そんな中でシャーレという存在が現れた。トリニティは遅かれ早かれシャーレに接触する。そうなれば、ゲヘナは出遅れる。それが嫌だった……違う?」
『ちっ……』
「はあ!?じゃあアビドスは本当に関係ないじゃない!!」
「むしろ、私達をダシにしようってことでしょ?本当にふざけてるわね」
目を覚ました便利屋はそれぞれ不満の表情を風紀委員会へと向ける。アコは少しだけ嫌な顔をしていたのか通信機の向こうは無言のままだったが、
『……やれやれ。穏便に済ませたかったのですが仕方ありません』
「……それだけ本気ってわけか……」
その言葉だけ呟くと、カヨコが目を細める。少年も、ひしひしと嫌な予感を感じ取っていた。
(くそ……力押しでどうにかする気か……それやられると本当に厳しいんだ……が?)
風紀委員会は隠していた戦力を切ってこちらを押し潰そうとする気なのだろう。言葉がこれ以上は通じない、そんな相手にどう立ち回ればいいのか。少年が必死に頭を回していたその時だった。何やら爆発音のような音が鳴ってくる。
「……ん?」
『……え!?』
直後、アコの驚きの声が漏れる。それと同時、遠く離れた時点でさらに爆発が何個も発生する。
「今のは……?」
「砲撃部隊の方だ……でも、一体誰が!?」
『イオリ!余計なことは言わないでください!』
何が起こったのかを理解し、思わず声を上げるイオリ。しかし、既にそれを口にしてしまったことでその情報は少年達にも伝わってしまう。そして、その声を聞いた少年は、
(誰だ?ホシノ?いや、ホシノはここにそのまま直行してくるはずだ。となれば不良やヘルメット団?いや、わざわざ狙う理由なんてない……となれば。あの3人か!)
誰がこれをやったのかを理解し、内心ほくそ笑むのだった。