壊れた楽園からの少女達 作:名無しの投稿者
「……うーん」
トリニティにある学生寮の1つ。これまでは使われていなかったのだが、今回補習授業部の設立に伴い用意された場所で、先生は唸っていた。既に最初のテストが終わり、その結果を見たのだが、結果としては散々なものであると言えるだろう。
まず、ヒフミ。彼女はしっかりとテストに合格していた。まあ、彼女は元々テストを受けなかっただけなので、しっかりテストを受けたらこうなるのはある意味当然と言えるだろう。ペロロという鳥のようなマスコットのためにテストの日を投げ捨てるというのは正直先生も擁護できなかったが……
そしてコハル。彼女に関しては、1年生なのに2年生のテストを受けて落第するという背伸びしすぎた結果だったため、ちゃんと1年生のテストを受け直したことで点数に関してはいくらか改善自体は見られていると言える。最初のテストこそ落ちたが、2回目、3回目といけば順調に点数を伸ばしてくれるだろう。そういう意味ではヒフミの負担も大きくなるが是非頑張ってもらいたい。
続いてアズサ。彼女はどちらかという知識不足という印象が強く感じられた。本人も他のトリニティ生と比べると少し常識や価値観がずれているという印象があったが、決して本人は地頭が悪いわけではない。どう勉強すればいいか、どこを学ぶべきかを理解した今、その点数は急上昇している。最初のテストで不合格になったのはその伸びしろが間に合ってなかっただけといってもいいだろう。この調子なら心配はもういらないはずだ。
最後にハナコ。彼女が最大の問題児だ。会話にあからさまに下ネタを織り交ぜたりしてコハルに怒られたり、ヒフミに軽く引かれたりしている所は一旦置いておくとして、学力に関しては普通にコハルに分からない所を教えることができるあたり、1年生の内容は今も覚えているのだ。だというのに彼女の今回取った点数はまさかの一桁台。いくら1年生と2年生の内容が違うとはいえ、こうも急激に点数が変化することを不審に思った先生はこの特別寮に移動して4人が寮内の掃除をやっている間にトリニティの校舎の方に赴き、ナギサと話をしていた。そこで知ったのは、ハナコは1年生の時に既に2年生のテストも受けており、そちらで優秀な成績を収めているという事実。であるならば、1年経って内容を忘れている部分があったとしてもこんな点数になるわけがなく、彼女がわざと手を抜いているのは明白だ。
『薄々察してはいましたが……実際にその事実を目の当たりにしてしまうと頭が痛くなりますね。そんなに嫌なら水着で露出徘徊だの奇行や怪しい言動を繰り返すのではなくさっさと転校届を出してトリニティから出て行けばいいのに……全く、迷惑をかけてほしくはないですね』
ティ―パーティーのテラスから出ていく直前にナギサに言われた言葉が今も耳に残っている。とはいえ、見ている限りではなんだかんだでハナコは今の補習授業部での生活を楽しんでいるようにも見えるため、完全にトリニティが嫌いだという風には見えないのも事実ではあるが。
「はぁ……」
問題児、という意味では確かにハナコも気にはなるが、それ以上に先生が気にしているのはヒフミの必死ぶりだ。ヒフミはどうも、全員合格に躍起になっているように先生には見える。1週目に少し気になってその理由を聞いたこともあったのだが、
『勿論、早く合格するためです!やっぱり、早めに合格できる方が皆さん嬉しいでしょう?』
こう答えられてそれ以降は何も聞くことができずにいた。そんな状況であったからか、
「ヤッホー、先生!」
ミカの突然の来訪は先生にとって渡りに船といえたかもしれない。
□□□□
「……」
先生は言葉を失っていた。ミカが語った、補習授業部の真実。掃除されておらず、濁った水が見えるプールの近くまで移動した先生にミカはここならばれる心配はないと言っていたが、確かにそうせざるを得ない内容ではあるだろう。
「そっか、だからヒフミはあれだけ必死に……このことは、ヒフミしか知らないって事?」
「そこは私は4人の様子を見たわけじゃないからどうとは言えないけど……ナギちゃんがはっきり教えたであろう人はヒフミちゃんだけのはず。先生から見てどう?」
「……多分、ヒフミだけしか今のところは知らないと思う」
テストに対して絶対に合格してやるという意思を見せているのはヒフミとコハルだけだ。だが、コハルに関しては合格して1日でも早く正義実現委員会に復帰してやるという意欲の現れであり、とても退学のことを知っているとは思えない。アズサもテストには受かりたい、そのために頑張るという意思を示してこそいるが、それも普通の学生の範囲。そしてハナコは知っているはずがないだろう。もし知っていたら、テストに対してあんな対応をするわけがないのだから。
「……そっか。まあ、私もなんとなく考えてたけどそんな感じかぁ……どうするの、先生?皆に教える?」
「……それは」
ミカの問いかけに先生は黙り込んでしまう。この1週間、ヒフミが必死に皆を合格させようと頑張っていたことは知っている。そんな彼女の精神的負担を見ていると、この事実を他の皆に教えるべきかどうかは正直何とも言えないのが実情だ。もしここで不合格になったら退学になってしまうというプレッシャーに潰されてしまったら。知らぬが仏という言葉通り、何も知らないままの方がいいのではないのか。すっかり考え込んでいる先生を見たミカも少し考えていたが、
「まあ、この件について私が言えるのはここまで。これ以上は私はどうにもできないけど……私はやっぱりアズサちゃんは他の皆が退学になるのは困るからね、そこは先生を応援するかな!」
「うん、任せて。頑張ってみるよ、生徒達のためにもね」
「よろしく!あ、ナギちゃんずっと監視してるからあんまり込み入った話を寮内でするのは止めた方がいいよ!」
「……え?」
これ以上は話しても仕方がないと判断したのか、先生にアズサたちを託して去っていく。1人、プールサイドに残った先生は話すかどうか、もし話としても今のミカの話が本当ならばナギサの監視をどう掻い潜ればいいのか悩みながら戻るのだった。
□□□□
「……この事実を他には?」
「ヒフミだけかな。ヒフミはナギサに最初から教えてもらっていたらしいんだ」
「なるほど……だからヒフミさんは凄く頑張っていたんですね。私にも合格してもらおうと……なるほど、退学になりたくないから、と」
「……は、ハナコ?」
「いえいえ、なんでもありませんよ」
数日後。皆の勉強の様子などを見ていた先生は、それらを元にある一計を講じていた。テストの結果などを踏まえ、個人面談をしたのである。個人面談の内容自体は真面目なものだ。今回の補修における勉強の態度や今後の勉強についてなど、隠されている事実には一切触れずに行っていく。だが、面談が終わる時に先生はそれぞれに封筒を渡していた。「他の誰にも見せないで」そう付け加えて。そういえば、パーソナルな部分にも深堀した内容であるのだから、監視しているナギサだってあれこれ邪推することもできない。
そして、ハナコ以外には真面目に書いた。ハナコがこの事実を知ってどう動くのかわからないため、まだヒフミにはハナコにも真実を教えたということは伝えていない。そしてハナコの封筒の中身にだけ書かれた補習授業部の真実の内容を受け、彼女は監視の手が届かないこのプールサイドを夜中にこっそり抜け出してきていた。そして先生の話を聞いて一瞬、怪しい目を見せた後、
「事情はわかりました。そういうことであれば次のテストは頑張ります。テストでは手抜きをしないので安心してください」
そうはっきりと告げる。これで最大の懸念事項が解決したことに先生は安堵しつつも、真面目な雰囲気の今ならば聞けるのではと、ナギサがハナコの奇行や呆れた言動についての苦言を思い出しながら聞いてみることにする。
「……ハナコは、どうしてわざと手を抜いたりしているの?」
「ふふ、さてなんででしょう。それよりも先生、もっと大事な話があります」
「大事な話?」
しかしハナコは煙に巻くかのように話題を切り替えてしまう。先生としてもハナコのことを深く知れる機会だとも思ってはいたが、大事な話といわれるとこの状況下ではそちらを気にするしかない。
「ええ、これでこの補習授業部の真実を知っている人物はヒフミちゃん、先生、私、そしてミカさんの4人ですが……まず、ミカさんについては一旦置いておきましょう。この場所で先生に伝えたところから察するに、ナギサさんにばれないように立ち回ってくれているだけだと思います。直接の援護は気にしない方がいいでしょう」
ハナコの言葉に先生も納得したように頷く。この問題は、自分達で解決しなければならないということだ。そして、そのための方法自体は実にシンプルなもの。
「その上で言うのなら、もう然程心配しなくても問題はないでしょうね。他の皆さんも十分、合格点を取れるでしょうから。後は私さえ合格すればこの補習授業部は無事に終わるというわけです。なので……先生、今後も私達は何も知らない体で過ごしましょうか」
「!それって……」
「要するに、ナギサさんに私達のことを悟らせないためです。今、ナギサさんが何もしようとしないのは、何も知らないからこそ私がわざとテストを落としていると思い込んでいるから。そこが、唯一のチャンスでしょう。もしこの密会がばれてしまえば、どのような妨害をするかわかりませんから」
何もしない。ただ、座してその時を待つ。それだけでいいというハナコ。先生もひとまずはそうして、皆の退学を阻止するべきだと判断し、もう1度強く頷く。
「それでは、そのように。ああ、念のために戻る時間はずらしましょうか」
「そうだね」
「ではお先に」
最後にそう言い、ハナコはその場から去っていく。だが、先生に背を向けている彼女の表情は、
(……やってくれますね、ナギサさん。エデン条約の調印式締結を妨害しようという裏切り者候補を集めて、まとめて退学にさせようだなんて。しかもこのままでは、退学の原因は私にあったという筋書きができる……そんなに気に入らないのなら私1人だけ追い出せばよかったというのに。ふふ、本当に汚い方です。このトリニティに相応しいお人ですよあなたは。覚悟していてくださいね、ここから出たら……)
何かを決めたかのような、そんな不穏な表情を浮かべていたのだった。
□□□□
「……ユキノ、準備はできてるぞ」
『ああ、皆、準備はいいな?』
場所は代わり、夜のD.U.地区。少し離れた小さなビルの屋上。そこから双眼鏡である場所を見ながら、少年はユキノに連絡を取っていた。
『はい、皆さんの場所、把握しました』
『あ、はい……敵のスナイパーが潜伏してる場所、見えています』
『こちらもです!敵のパーティはバラバラになっているようです!タンクが遠くに見えます!』
『FOX2は私がどうにかする。後は……』
「この世界のユキノは俺とセイアがどうにかする、だな?」
「ああ。はてさて、他の皆は心配していないが、私達はどう転ぶのか気になるところだね」
まだ多くの生徒達が仕事をしている、連邦生徒会のビル。そこに襲撃を仕掛けようとするFOX小隊。この襲撃は多くの悪影響を及ぼすことになる。それを止めるため、それぞれの相手を見る。そしてセイアと少年は外套を羽織って身を隠すと、ビルの中を素早く降りていくのだった。