壊れた楽園からの少女達 作:名無しの投稿者
「……そうですか。ヒヨリが」
「……マダム。どう、されますか」
アリウス自治区。赤い肌の女性、マダムが座するその建物で、サオリは彼女を見上げながら、その意見を伺っていた。マダムはサオリから聞いた情報を咀嚼するように考え込むと、
「ヒヨリはどこまで先生に情報を?」
「あくまで私とミサキが確認した範囲内ではありますが、何者かに狙われているという形で情報を漏らしただけですが……」
「なるほど……殺しなさい」
「っ!!」
アリウスを裏切ったヒヨリ。その処遇をサオリはマダムに委ねたが、まだはっきりとアリウスのことを伝えていないという事は、何かしらの重罰で許してもらえないかという僅かながらの希望を抱いていた。しかし、そんなことはなかった。それを突きつけられていた。
「直接アリウスの事を伝えていないからいいと、そんなことはありません。むしろ、その最初こそが肝心。水際対策を怠れば、そこから蟻の一穴のように崩れ去っていきます」
「……」
「ヒヨリは完全に裏切るべきか否か、まだ考えているのでしょう」
「もしそうであるのなら……」
「ですがそれは、保身です」
「保身……」
「ええ、このままアリウスが目的を成せるのならこちらに何食わぬ顔でつくでしょう。逆に、こちらが不利と悟ればすぐに先生の側に鞍替えする。自分にはアリウス分校の情報があり、断片的な形で先生にそれを伝えている、故に信用される」
マダムの言葉にサオリは黙り込んでいた。確かに、ヒヨリが情報を断片的に明かしていないのはそういうことなのかもしれない。もう少し深く考えれば気付けるであろうその違和感に、彼女は気付くことができない。
「ある意味で、いい機会となるでしょう。このアリウスで必要なのは忠誠心です。利を重んじる蝙蝠女は必要ありません」
「……」
「ヘイローを破壊する爆弾を使いなさい」
「それは……!」
「裏切り者を殺しなさい。あなたも裏切りがどれほど愚かで、そして最低なことかはわかるでしょう?」
「……はい」
マダムにそう言われ、サオリは首を縦に振るしかない。そして、足元をふらつかせながら、彼女はマダムの前から去っていく。
「……断片的とはいえアリウスへの手がかりを知ってしまった先生は、予想以上に邪魔になりそうですね。聖園ミカがこのまま調印式を行ってくれれば都合が良かったのですが、それが脅かされるということであれば……始末しなければなりませんね」
そして、残されたマダムはそう呟き、不敵に笑うのだった。
□□□□
「……あ、あの?姉さん?なんでこんなところに私を?」
その日の深夜。トリニティに存在する、人気のない川の上の橋にサオリとヒヨリの姿はあった。ヒヨリには明日の作戦内容で大事な話がある、とだけ伝えて連れてきている。ミサキは察したのか無言のままだったし、もう1人、アツコと呼ばれる仮面の少女は悟っているかどうかはわからないが無反応なままであった。
「……これを」
「え?うわわわ!?」
「中は見るな」
ヒヨリに小さな袋を投げ渡す。突然何かを投げ渡されたヒヨリは慌ててそれを受け取る。一体何が入っているのかすぐに見ようとして、サオリに釘を刺されて止める。仕方ないので感触でどうにか理解しようとするが、中には綿で何か硬い物が詰められているのか、中々分かりづらい。仕方ないので振ってみて音が出ないかなどを確かめていると、サオリはヒヨリに背を向けて歩き始める。
「あ、サオリ姉さん……これがどうかしたんですか?」
「……ヒヨリ」
「……?」
「さよならだ。もう会うことはないだろう」
「え……」
一体何のことだ。突然の宣告にヒヨリは目を見開く。彼女からすれば、本当に何の心当たりも何もないのだ。確かにちょっとしたことはやったが、それだけでこんなことを言われる謂れまではない。
「……!?」
ヒヨリに投げ渡した袋が爆発し、ヒヨリの身体が吹き飛んでいく。爆発の光と衝撃、その音は、サオリのすぐ傍で発生したかと思うと、
「ぐぅ!?」
サオリの身体も吹き飛ばされてしまう。気怠さと痛みの中、地面に残った爆発が起こった跡を見ると、サオリに見捨てられるかどうかと思って走り出したのか、一気にこちらに距離を詰めていたヒヨリの痕跡が残っていた。
「……あの一瞬で気付いたか。これが爆弾だと」
露骨に逃げれば怪しまれてしまうかもしれない。ヒヨリだって腐ってもアリウススクワッドだ。確実に仕留めるためにはある程度の自爆も辞さない覚悟ではあったが、どうしても胸の奥のざわめきは消えなかった。
「……ヘイローを破壊する爆弾の威力か。直撃を避けてもかなりの威力だ……」
体がふらつく。確かにこれが直撃してしまえば、アズサが葬ったという百合園セイアもひとたまりもないだろう。死体すら残らないかもしれない。
(まあ、だからこそ表向き入院、なんてありもしない事実をでっち上げられたんだろうがな……)
念のために橋の上から川を覗き込む。川は流れが速く、血などはなかったが、仮にヒヨリの身体が残っていたとして、万に一つでも生存していたのだとしても、川に吹き飛ばされてしまえば最早生きてはいけないだろう。
「……すまない。だが、お前が悪いんだ、マダムを、アリウスを裏切り、トリニティの利になる行動をしたお前が、悪いんだ……!」
そう、強く拳を握りしめると、サオリはその場を去っていく。
「……おい、こいつ……」
「な、なんだこれ」
そして日が昇り、朝を迎えたトリニティ。その端の治安もそこまでよくない、だが逆を言えば正義実現委員会などの警備の目も届かない不良達の溜まり場のようにもなっている川辺。そこでいつものように他愛ない話をしたり小さな悪事の相談をしたり、気が向いたら水切りなんかもしていた、所謂不良に該当するスケバンのような恰好をした少女達はいつものように集まり、そしていつもは存在しないそれを見て驚いたような表情を浮かべていた。
「この人……血が」
そこには、か細い呼吸の音を漏らしている、血塗れの浅葱色の髪の少女がぐったりした様子で岸に引っかかっており、スケバン達もその少女の命の危機を察したのか慌てて彼女を引き上げるのだった。
□□□□
「……え?ナギサが目を覚ました!?」
「し、静かにお願いします、まだこの事実は公になっていないので……はい。体調の方は問題なさそうですが……念のため、後数日は検査や療養のために休むことになりそうです。尤も、襲撃犯が何者なのか判明するまではこのまま寝込んでいる事にされると思いますが……」
正義実現委員会の本部。大事な報せがあると言われて訪れていた先生は、ハスミからナギサが無事に目を覚ましたことを伝えられていた。近いうちに目を覚ますだろうとは言われてはいたものの、ナギサがいつ目を覚ますかわからないでいたことから先生としても不安だったが、最大の懸念自体はこれで取り除かれたとみていいだろう。尤も、襲撃犯についてはまだ手つかずだが。
「今、この事実を知っているのは私とツルギを始めとする、ナギサ様の警護を行っていた一部の正義実現委員会の生徒、ミカ様、そしてナギサ様の治療に携わっていた救護騎士団の生徒数名だけです。それ以外の皆さんにはナギサ様は今も意識不明であり、今後のトリニティの政に関しては、落ち着くまでは、遅くとも調印式の直前まではミカ様を通す形である程度を行う、と言っていました。普段あれだけの激務でしたし、補習授業部なんてトチ狂ったものをやり始めるぐらい疲れていたようですのでもうちょっと休んでもバチは当たらないとは思いますが」
「あ、はは……そ、そうだね……このこと、ハナコには言わなくてもいいの?」
「……ハナコ、ですか……」
今回の襲撃について知っているのなら、ナギサもハナコが冤罪で捕まっていることも知っているはずだ。彼女の頭脳を考えれば、ナギサの事を伝えるべきではないかとも思ったが、ハスミは渋い顔を見せる。
「彼女には全てが終わった後で十分でしょう。それに、窮屈でしょうがあそこは現状1番安全な場所でもあるので」
先生にはこのように誤魔化し、また変に掻き回されないようにしておく。先生はすっかりその気だし、先生が言うならそうなのかもしれないとハスミは思いつつあるとはいえ、まだハナコの疑いが完全に晴れているわけではないのだ。仮に犯人でなかったとしても、本人にその意図がないとしても奇行で掻き回しているのは事実だし、そもそもその頭の良さはハスミも認める所だ。自分を疑った腹いせに滅茶苦茶にして迷惑をかけられたらたまったものではない。
「……これで、ミカ様も安心するでしょう」
「そうだね……ナギサが目を覚ましたのなら……」
「それよりも先生、あなたの方です。昨日、マシロ……いえ、私達のスナイパーが敵スナイパーと交戦しました。その標的は、射程距離から判断しておそらく先生だと思われますが……今後は、トリニティの中を行動する際は護衛をつけてください。先生は銃弾1発で致命傷を負う身体なんですよ?」
「う、うん……気を付けるよ」
先生は苦笑いをしながらハスミに言う。そもそも、そのマシロという生徒が交戦したのがオトギなのだが、シャーレの部員で先生の後ろ盾があるとはいえ、トリニティ内部でSRTがうろちょろしてナギサ襲撃事件を探ってます、が明らかになるのは少々よろしくない。トリニティから連邦生徒会に抗議などがされる可能性もあるし、何より今後が動きにくくなると言われ、このことは明かさないでほしいと頼まれていた。そんなユキノ達も、セイアが生きている事、その証がミカの犯行動機を裏付けるものであるという証拠のことをセイアが生きていることを明かしていいのかどうかという観点から先生には報告できずにいた。
「それで先生、この後はお時間はありますか?」
「それは大丈夫だけど……」
「では、先生の護衛になる生徒達を紹介するので、ついてきてもらっていいですか?」
そう告げ、ハスミは先生を連れて奥の部屋へと入っていく。そして護衛となる生徒達を紹介される中、ティーパーティーの代理ホストとして書類仕事をしていたミカは、やってらんないと言わんばかりに両手を上げて声を上げていた。
「もー!忙しいー!!全然落ち着けないし時間も取れないー!ティータイムする時間もないじゃん!」
『ごめんなさい、ミカさん……私が復帰できればいいんですが、何分今はそれも難しく……』
「ナギちゃんが悪いわけじゃないのはわかってるけどさー、でもさー……こんなにホストが忙しいなんて知らなかったんだけど!?ナギちゃんいっつもティータイムばっかりしてるのに!」
ミカの耳に病室にいるナギサの声が届く。ミカの仕事ぶりは大丈夫なのか、ミカはちゃんとその才覚を活かせているのかナギサは不安ではあったが、寝込んでいる間にちゃんと回していたし、こうして仕事を見ていた限りは問題ない、そう思い安心していたが。少し気になるところをタブレットに表示された書類データから見つける。
『それはミカさんがそこしか見ていなかっただけだと思いますが……あ。ミカさん、調印式当日の警備についてなんですが……B地点の警備が少し少ない気がしますが……』
「え?あ、ほ、本当だね」
『逆にD地点は警備が多すぎますね。これ、ミカさんが考えたんですか?』
「うん!この方がいいかなって」
『……ここは正義実現委員会やシスターフッドを交えて考えた方がいいでしょう、警備は大事ですからね。それに、当日はゲヘナも来ますから。これにかこつけてゲヘナのテロリスト共が暴れて台無し、なんてことはなってはいけませんし』
「はいはい、ちゃんと考えておきますよー」
『あ、ちょっとミカさ』
ブツン、と通話を切り、ミカは机の上に突っ伏しながら、溜息を吐く。
「なんでナギちゃん今起きちゃうかな。全部終わった後に起きてくれれば、後はアリウスと仲良くするだけなのに……しかも、案の定調印式の駄目だしばーっか。穴があるのはあたり前じゃん、サオリ達のためなんだから……ん?……はい、もしもし」
『……サオリだ。少し、スクワッドの人員を調節した。理由は聞くな』
「……あ、丁度良かった。ねえサオリ。ナギちゃん起きちゃったらしいんだよね」
『そうか。もう1度眠らせよう。調印式にいてもらっては困る』
「話が早くて助かるよ」
直後、通知音が聞こえてくる。その番号を見てサオリだと気付いたミカがナギサの事を提案すると、サオリはいつにも増して冷たい声音でナギサを手にかけることを承諾する。しかしミカは多少なりとも疲れていたのもあるのだろう、その変化には気付かず、前回と同じようにするのだと考えて承諾してしまう。
「……」
ミカが通話を切ったのを合図とし、彼女が通話をしていた部屋の前に立っていた、トリニティの制服を着た金髪の少女が去る。それと同じ時刻、ミカとの通話を終えたサオリは、
「……桐藤ナギサを、殺す。アリウスのために……」
そう呟きながら、ヘイローを破壊する爆弾を握りしめるのだった。