壊れた楽園からの少女達 作:名無しの投稿者
「……こうなってるのか」
トリニティを訪れていた少年は、調印式の舞台となる古聖堂の周辺を見て回っていた。トリニティの中でもそれなりに大事な施設だからか中に入ることはできなかったが、中にはいるつもりはなかったのでそこは問題ない。それよりも今は、当日のための下見の意味合いが強い。
(やっぱり実際に自分の目で見ると違うな。それにしても……アビドス編の後、ちゃんと百鬼夜行にも行ってたようだし、要所要所でイベントは起こってるんだな……さすがに全部、っていうのは現実的な日数で考えると無理だろうけど……じゃないと年末年始イベが2回あるミレニアムのあれこれはどうなのってことになるし……そこはもうしょうがないよな)
現在、先生はゲヘナへ出張中だ。風紀委員会と海に行く、なんて発言をしていたので考えられるのは夏イベだろう。そして、出張とはいえ海に行くというのは半分休暇のようなものだというところもあり、今日はシャーレは休みということになっていた。故に、何もすることがないならと軽いお出かけも兼ねて出てきたのだ。
(当日の先生のルートは完全にはわからないが……ヒヨリから聞いたヒナとの最後の交戦ポイントと、ユキノとセイアの予想したそこまでのルートをなぞるか)
先生がアリウスによって殺される未来を回避するためにも、必要なことだ。他の皆も手が空いている人は同行すると言ってくれたが、先生がトリニティにいる間、情報収集等のために現地でばれないように尽力してくれていたことを考えると、D.U.地区に残って書類などを片付けていた少年よりもかなり働いてくれているといえるだろう。そういうこともあり、他の皆にはゆっくり羽を伸ばしてほしいと告げて1人で足を運んでいた。
(……お、これとか持ち帰るか)
道中、良さそうな店が見つかりそこで皆の為にお菓子などを購入しながらルートを辿っていく。今日は夕飯は少し豪勢にして皆で楽しもう、なんて考えながら歩く。道中、無限に湧き続けるであろうユスティナ聖徒会から先生を守りつつ単独で、基本的に全部の相手をしながら進んでいくとなるとどうなるか。という予測でたてられた道筋は、ミサイルによる攻撃で崩壊してなければ本当に平和そのものだ。
「……ま、さすがに裏道とかまでいくと急に静かにはなるか……」
しかし、それも表通りだけ。細い裏通りまで行けば多少は静かになる。とはいえ、こういうところには不良も潜んでいるのだ、あまり深入りもしたくない。多少探ってみる程度にしてさっさと表通りに戻るかと考えていたその時だった。
「うおっ!?」
「きゃっ!」
裏路地から出てきた人にぶつかる。白いローブのような外套を深く被り、気配を隠すように移動していた人物はどうやら少女のようっであったのだが、少年は彼女が背負っている銃を収めたケースを見て、
(ヒヨリ……?いや、俺の所にいるヒヨリはここにいないし、いるのなら事前に何か言ってくるだろうから……この世界の方か?)
それがこの世界のヒヨリであることに気付く。調印式前、襲撃に失敗してアリウスへのトリニティの警戒は上がっているが、その中を1人で出歩いているのならなんとも不用心か、それともそれだけ見つかったところで問題ないと自負しているのか。
(どっちもありえるなヒヨリの場合は……)
「あいてて……うぅ、まだちょっとつっぱって……」
「?おい、大丈夫か?」
痛そうに腹部を抑えながら蹲るヒヨリに少年も首を傾げる。まさか怪我をしているのだろうかと近づき、しゃがみ込もうとするとヒヨリは顔を上げて慌てて後ずさる。しかし腹部に走った痛みに顔を顰め、同時に少年の制服を見てそれがトリニティのものではないことに気付く。
「え、えっと、トリニティの人じゃない……んですか?」
「ああ、ちょっと買い物でな。それより大丈夫か?お前、お腹でも痛いのか?」
「あ、いえ……だ、大丈夫です……そ、そうだ。トリニティの外から来たんですよね?その……誰からも見つからないような、でも普通に生きていけそうな場所って、あったりします……?」
「はい……?」
かなりテンパっているのだろうか、困惑しながら少年がヒヨリを見る。フードの下から覗かせる彼女の顔には絆創膏が貼られており、首にも包帯が見える。今の様子といい、かなりの怪我をしているように見えるが、何かあったのだろうか。
(こいつなんで怪我をしてるんだ?俺の記憶が正しければナギサの襲撃自体にスクワッドは関係してなかったはずだけど……いや、2回目をやったところを捕まえようとしたから確実にってことでスクワッドを投入したのか?それで手痛い反撃を受けて……じゃあなんで1人でここにいるんだ……それに普通に生きていけそうな場所って)
どうにも切羽詰まったような様子を覗かせる。先日の襲撃失敗でベアトリーチェから何かをされたのだろうかとも考えるが、アツコがいる上に調印式が近い以上、いくらベアトリーチェといえどそこまで変な事はスクワッドに対してできないようにも思えるが。
(そもそもそれもベアトリーチェを過大評価しすぎって言われたらどうしようもないんだが……一旦置いておくか。考えてもわからん……で、普通に生きていけそうな場所か。もしかして……今からアリウスを離れた後のことを考えてるのか?だとしたら随分と先を見据えているような……)
まるでアリウスを出て生きるにはどうすればいいか、なんてことを今聞いてくる可能性として考えられるのはなんだろうか。ヒヨリがアリウスから切られたからだと言われれば、スクワッドというアリウスの生徒という括りでは最高峰の戦力の1部を何故切り捨てるのかという疑問が出てくる。しかし、こんな作戦が失敗して自分達が逃げる時の事をどうして聞こうとしているのか。
「……そうだな。俺もあんまり詳しいことは言えないけど、ブラックマーケットとかはどうだ?値段の良し悪しはおいといて質を問わなきゃ大体なんでもあるし、身元が不明でも荒事とかもあるが仕事は受けられるはずだ」
「ほ、本当ですか!?」
「それで、なんでそんなことを聞いてくるんだ?というかお前、何があったんだ?」
「……!!い、いえなんでもありません!えっと、色々教えてくれてありがとうございました!えへへ、それじゃあ」
一応、ブラックマーケットの存在は教えておく。もしかしたらエデン条約編第4章が終わった後、原作通りサオリが別行動を取る形で居なくなった時にヒヨリ達の方から会いに行けるかもしれないし、そちらの方がいいだろうと考えて。
(まあ、アリスクってイベントとか最終編とか見るになんだかんだで合流してってパターン多いからそこまで気にすることもないけど……まあ、ヒヨリには世話になってるしな。別人だけど……)
慌てて走り去るヒヨリ。その背中を見つつ、下見を再開する少年。そして少年から距離が取れたところでヒヨリは安心したように溜息を吐くと、
「……これで、アリウスに戻れなくても一応生きていけそうな場所は……でも、どうすれば姉さんたちのところに……うう、私が何をしたっていうんですか……?」
悲しそうな表情をしながら外套のフードを深くかぶる。自分が何か悪いことをしたのだろうか、と言われてしまうと、正直地面に落ちてる小銭を拾ったりとか、落ちてる雑誌を拾ったりとか、割と褒められないことをしているという自覚は正直ある。しかし、それで殺されるほどなのだろうか。あの後、川に落とされた自分は奇跡的に拾ってくれた少女達に病院に運ばれて一命を取り留めた。しかし、病院の先生がトリニティに連絡を入れようという話をしているのをヒヨリが入院している病室の扉越しに聞いてしまったため、今の状況でトリニティに捕まったらどうなるか考えたら恐ろしくなり、まだ完治もしておらず、怠さの残る体で急いで病院を抜け出したのだ。
「……でもあの人、良い人、でしたね……まあ、私がアリウスだと知らないからなんでしょう、けど……」
自分が真実を隠していたからというのはあるだろう。だが、踏んだり蹴ったりな出来事があまりにも多すぎたせいか、ちゃんと優しくされただけで嬉しさを感じていた。まあ、それを言うならば大怪我を負った自分を病院まで運んでくれた人達も該当はするのだが、さすがに会えもしない人に感謝はしても礼は言えない。
「これで、隠れられますね……後は、私があの日。ナギサや先生を殺せばきっと、皆も誤解しただけだって……」
マダムは先生に対して警戒をしており、始末も視野に入れるようなことを言っていたはずだ。ナギサの方も今もピンピンしているようなので、始末は失敗したということか。それなら、調印式の日にアリウスが起こす混乱に乗じて2人を仕留めれば。そうすればきっと、サオリ達はあんなことをしたのは間違いだったと言ってくれるはずだ。そう信じて、ヒヨリもトリニティに見つからないようにこそこそと移動を再開するのだった。
□□□□
「ナギサ様、そろそろ時間です」
「……わかりました」
1週間後。支度をしていたナギサのいた部屋の扉をノックし、ティーパーティーの生徒が入ってくる。ナギサは一度深呼吸を置いて鏡を見る。特に目元を確認してから部屋の外へと出ていく。ティーパーティーの生徒が部屋の中を見ると机の上には化粧道具が広げられており、先ほどまで身だしなみを整えていたことがわかる。
「ナギサ様、大丈夫かしら?」
「ミカ様を幽閉してからずっと調子が悪そうにしていましたからね……」
「魔女とはいえ、かつてはナギサ様の幼馴染でありかけがえのないご友人であったのは事実ですから……ミカ様はナギサ様に対して申し訳ないとか考えていないんですか?」
「それについては完全にだんまりですわね。それでいてあれがない、これがない、と要求だけは一丁前で……そんなことをやられたらナギサ様じゃなくても疲れますわ」
化粧をしていたのも、調印式のために、というよりも隈などを隠そうとしているのが大きいのだろう。ミカを牢屋へ入れた後、ある程度ナギサを知る人物から見れば化粧などでは誤魔化せない程にやつれ疲弊していた。それもさもありなん、さすがにこれは今後に響くだろうし調印式が終わった後はゆっくり休んでほしいものだと皆が思う中、ナギサは車に乗り込み、調印式の会場である古聖堂へと向かう。
(ミカさん……何を拗ねているんですか。何故アリウスのことを教えてくれないんですか。何故認めてくれないんですか)
車の揺れが、ナギサの疲れ切った体と心に安らぎを与えてくる。このまま、眠ってしまえと、そう言ってくるかのように。意識が揺れ始め、まどろみに落ちようとする中、ナギサが考えていたのは、黙したミカの姿であった。
(私がミカさんを眠らせたことに怒っているんですか?でも、しょうがないじゃないですか……あなたは強い、それに……怖かった。2回も殺そうとして、しかもセイアさんも殺したって……セイアさんを殺したのに、何食わぬ顔で、いつも通りに笑って、私の傍にいたあなたが……今度は私を殺そうとした。そんなの……怖くならないわけ、ないじゃないですか……)
今もミカは牢屋で呑気に過ごしているのだろう。ナギサから聞かれたことは全部突っぱねて、「そんなことよりお茶しない?」だの、「あれがないんだけどさ、いつくるの?」だの、我が儘に振る舞う彼女の様子はさすがに辟易としてくる。それが所謂、ナギサに対して構ってほしいという仕草なのはナギサだけは理解しているが、だからこそ怖かった。自分がちょっと前に何をしていたのかわかってこんなことを言っているのかと。そこを知るためにもミカがアリウスと何をしようとしていたのか、そういうわからない部分を知りたがっているのに。
(……もう、いいです。まずは調印式……調印式さえ終わらせて、ゲヘナと連携を取れるようにすれば多少は治安関係も落ち着くはず。そうなってから改めて……)
一旦ミカの事を頭の片隅に追いやり、眠気覚ましの飲み物を口にする。無理矢理意識を覚醒させると、古聖堂に到着した車内から降りて古聖堂の中へと入っていく。古聖堂の中には正義実現委員会やシスターフッドが既に灰って警備をしており、先生も別室で見守ってくれているようだ。アリウスという不安材料こそあるが、この警備に加え風紀委員会までくるのだ、戦力だけならすでに過剰なほど。ミカがわざと隙間を作っていた時期ならばともかく、今の古聖堂を落とすことなど不可能だ。そう考えながら調印式に臨んだナギサを含めた面々を―――
閃光が襲い掛かった。