壊れた楽園からの少女達 作:名無しの投稿者
「君は、この百合園セイアを呼んで何をしたいと思っているのかな?」
そう、魔法陣の隅に現れ少年に語り掛ける少女。一方の少年は先程垣間見記憶がどういうものか、自分を落ち着けるように分析してどうにか目の前のセイアの存在を受け入れようとした。正直な所、誰が現れるのかなんて皆目見当もついていなかったのだが、その中から百合園セイアがピンポイントで選ばれるとは予想もしていなかったのだ。
「……君が呼んだのに何を驚いているのかな?」
「わ、私の時と同じです。この世界に召喚された時に私達がいた世界の記憶が召喚者に流れ込むんです」
「……なるほど。そして記憶か」
(多分、場面的にはエデン条約編の調印式。先生とヒナがアリウススクワッドと交戦して先生が重傷を負い、トリニティに担ぎ込まれる場面……アリス、いや王女の時と同じだ。あり得たifの出来事……)
考え込む少年に怪訝な表情を向けるセイアに、王女が代わりに説明をしていく。それ自体は短いものであったが、セイアはそれで理解したのだろう。やがて、セイアがどういう可能性を辿ったのかを考え終えた少年は改めてセイアに向き直る。
「ごめん、ちょっと考え込んでた」
「構わないさ。どうやら私の世界が辿った結末は君には衝撃的だったようだね」
「……色々思うところがあってな……とりあえず、場所を移動した方がいいか?といってもこの自治区、荒れ果ててるけど」
「……いや、今更贅沢など求めはしないさ。あの地獄から一人だけ抜け出させてもらってるのだからね」
そう言い、肩を竦めるセイア。少年はセイアと王女を連れて移動を開始するのだった。
□□□□
このヘイマール学園で一番清潔な場所がどこかというと、少年が寝床にしているこの教室になるだろう。ここだけは他よりはまだ小奇麗になっている。ベッドにしていた椅子の紐を解いて分離させて距離を空けると、そこにセイアと王女を座らせる。そして少年も座る。
「さて、道中色々聞かせてもらったが……君達も随分、私欲の人間なんだね。ま、人間なんてそんなものかもしれないが」
「シーフ王……」
「……そのシーフ王というのはやめてもらえないかな。私は君と会ったことがないのだからね、王女。君のそれも、この世界に来てから名乗っているのだろう?」
「あう……ご、ごめんなさい、セイアさん」
「わかればいいさ。言い方が少しきつくなってすまなかったね」
「それで……セイアは何をしたいんだ?」
こちらの事情もここに来る途中でセイアには共有してある。それを踏まえたうえで、少年はセイアに問いかける。
「王女は同じような境遇の仲間を集めて再起を図りたい……ってことでいいんだよな?」
「はい」
「セイアは何がしたいんだ?あの夢だとゲヘナが先生を殺した、みたいに言われてたけど……まさか本当にそうだとは思ってないだろ?」
「ああ。実際に致命傷を与えたのはアリウスの生徒さ。むしろゲヘナは…………いや、あの二人は先生を守ろうとした側だ」
「え、げ、ゲヘナは……?」
「……今は触れないでおこう。そうだな、別にゲヘナそのものに復讐したいわけではないよ。まあ個人的に横っ面をぶん殴りたい女はゲヘナにもトリニティにもいるが……元の世界だったら思う存分やるがここだと厳密に違うからな……実際に本人を目の前にしたら我慢できる自信はないがね?」
そう言い、肩を竦めるセイア。この世界が流れ通りに進むのならエデン条約の調印式も起こりうるだろう。しかし、それはセイアが仕返しをしたい本人そのものというわけではない。そこがどうも引っかかるというわけか。
「だが、少し興味は湧いた」
「湧いた?」
「ああ、私はかつて未来に絶望していた。絶望して、愚かな選択を取り続ける彼女の、いや彼女達と言うべきか……その凶行を蔑んでもいた。だが……」
セイアは王女を見る。不敵な笑みと希望を入り混じったような視線を受け、王女が息を呑む。
「ここに、私が終わったはずの世界が、ただのボタンの掛け違えでしかなく―――先生は生き残り、先へ歩んだ世界から現れた姫君がいる。未来は変えられる……いや、この場合は分岐する、と言った方が正しいか。その生き証人がいるというわけだ」
「じゃあ!」
「ああ。この世界がどれだけ長く、分岐の果てを選べるか……それを確かめるのも悪くない」
セイアの言葉に王女が嬉しそうな顔を浮かべる。その言葉を聞き、少年もほっとしたように無縁を撫で下ろす。
「それで君は……む」
続けてセイアはあることを確かめようと少年に質問を投げかけようとしたその時。少年のお腹が鳴り、2人は少年のお腹に目を向ける。少年はそういえばそんな時間だったかと壁時計を見ると、
「悪い、お腹が減った……今昼だもんな」
「……私はあまりお腹が減ってないがね。多分飛ばされた直前の時間が違うのだろう。それにしても……今更気付いたがこの身体随分健常だな?もっと痩せ細っていてもおかしくないはずだが……」
「私は夕方ぐらいだったはずなので……言われてみると確かにお腹が」
「……そんじゃあ……このヘイマール自治区の地元飯……で満足できるかはわからないけど、食べるか?」
「はい!是非!」
「私の分はいらないが、興味はあるな」
期待するような王女の言葉に少年も笑みを零しながら準備を始める。二人を連れて校庭の一角に行くと、そこには井戸や薪のように積まれた大量の木の棒などがあり、焚火の跡も見えた。木を放り込んで火を慣れた手つきで点けると、2つの鍋に井戸から汲んだ水を入れてお湯を沸かしていく。その間に井戸の横に置かれた籠の中から芋を取り出して洗うと、それに切り込みを入れて鍋の中に入れていく。もう1つの鍋には野草を入れて茹でていく。
案内され椅子に座っていた二人はその手慣れた様子に感心したような声を漏らしていたが、やがて時間が経った食材を皿に乗せる。
「完成だ」
「かんせ……え?」
「待て。それは芋と野草を茹でただけでは?」
「……ふー……」
その衝撃的すぎる、料理とすらいえない料理に思わず待ったをかける2人。その声を聴いた少年は、どこか納得したように深いため息を吐きながら下の方を見ていたが、やがて顔を上げると、
「……調味料なんて便利なものがない」
「え?」
「ここにあるのは自生している食べれる野草とこの芋だけだ。故にこれを茹でて灰汁を取って食べることしかここではすることがない。どう?」
「え、えっと……い、今は遠慮しても、よろしいでしょうか……?」
「そうか……これは最初に1人分で正解だったな……」
このヘイマール自治区の絶望的な極貧生活事情を明かす。一応食べ物自体はいくらでも自生してるから食に困っていたわけではない。ないが改めて口にしてみるとあまりにないものが多すぎる。そんな衝撃の事実を聞かされれば当然、
「うわーん!ここの食糧事情が壊滅的すぎます!!」
「よく耐えてこれたね君は……って待て。私達もこれを口にしていくことになるのかい……?いや、確かに多少トリニティよりも環境が整ってなくてもそこは受け入れるつもりではあったが、これはさすがに度を……」
こういう反応にもなる。こういうのを見ると悪夢のせいでやる気のなかった時期とはいえ、さすがにもうちょっと頑張る必要はあったのではないかとも思えてしまう。逆を言えばこの2人を呼べたことでそれだけ心が大分楽になり、考える余裕も復活しているということだが。
「あ、芋の味が何かいつもより濃く感じる……甘味も感じるな……」
「君、味覚もやられていたのかい……?」
「かもしれない。まあこれからは前よりは美味しく食べれそう」
「……あの、セイアさん」
「……はぁ、仕方ない」
王女とセイアが顔を見合わせる。そして、
「買い物にはいかないのかい?」
「一応金庫の中には多少はある」
「銃は?」
「あるけどあんまり整備してないしする必要もなかったから撃てるかわからん。弾はある」
「……まずは我々が住む場所だけでも整える必要がありそうだね」
「それなら―――私にお任せください!」
確認を終え、どこか現実逃避を行うようにセイアが溜息を吐く。それを受け、王女が立ち上がり、手を校舎の壁に付けると光が広がっていき、手を当てた場所を中心にひび割れや穴が塞がっていき、本来の壁の姿へと戻っていく。
「これが物質の再構築……」
「……へえ。補修のための材料も必要ないんだね」
「とはいえ……名もなき神々の力が満ちてないと……今はこれが、限界ですけど……!」
ある程度作業を終えると疲労を浮かべながら王女が手を離す。少年やセイアも現実で初めてこの力を見たが、こうして現象として見せられると確かに驚きの方が勝る。
「あまり無理はしなくていいんだぞ?それに、直すなら全部をじゃなくて、教室1つとかに絞って最低限にした方が……とりあえず、2人とも同じ教室で寝てもらう方がいいよな?」
「そうした方がいいだろうね。彼女もそっちの方が楽だろう」
「あ、ありがとうございます……」
「とりあえず、掃除とか始めるか……」
王女の身を案じつつ、女子の寝泊りするスペースを作るため、少年たちは再び校舎の方に戻るのだった。
□□□□
夜明け頃。2人が来たおかげか滅ぶ世界の悪夢の影響は以前よりもずっと楽になっていた。それでも、まだ悪夢自体は見る。つまり、まだ呼べるかもしれない。そう思ったのか、少年は再び体育館を訪れていた。
(……別に、今のままでも俺はもう大丈夫。だから)
少年が魔法陣の中央に立ち、ナイフを見つめる。指の傷はものの十数分で塞がっていたが、痕自体は残っていた。そこに刃を突き立ててれば再び他の世界の生徒を呼ぶことが可能だろう。だが、
(ここから先は俺が楽になるために呼んだっていう言い訳は通じない。俺が王女を呼んだのは偶然だ。この世界や未来をどうとか、考えて呼んだわけじゃない)
ここからは自分が楽になりたいからという言い訳はもう通じない。2人の目的のために、そのために必要な戦力、人材を望んで呼び出すことになる。だが、呼ぶだけ呼んで、後は好きにしろ、なんてことが許されるのだろうか。
(いや、許されない……と思う。もしそうするなら……俺も見て見ぬふりをしちゃいけないはずだ)
原作の知識があるからこそわかる。エデン条約編、その調印式で先生が殺されたことで致命的に歯車がずれたセイアの世界。おそらくは原作通り先生が生き延び、最終的にデカグラマトン編までは辿り着いたようだがデカグラマトンに敗北を喫した王女。そのどちらもがあり得た未来であり、特にセイアの世界における先生の死因は状況だけ踏まえたらむしろ生き残ってる可能性の方が少ないようにも思える。
「……何もしなくても失敗する可能性があるなら、か。どうせ、俺が何もやらなくても2人は動くつもりだろうし……そうなるなら、俺が呼んだ責任取って、俺もやらなくちゃ、駄目だよな。俺が動いて駄目になるかもしれないけど、俺が動かないで駄目になるよりは……きっとマシだ」
ゆっくりと深呼吸をする。そうだ、この世界に絶対なんてない。何もしなかったから自分の知る物語通りに必ず進むなんてことはないのだろう。何せこの世界は今の自分にとっては現実なんだから。
「……よし」
ナイフを指に突き立てる。王女が来てから、気分がどんどん良くなっていくのを感じる。未来に歩いていこうという意思を感じる。頭の中の深い霧が晴れていくかのような心地よさの中、指が切り裂かれ、その痛みが自分を現実に引き戻す。ズキズキと痛む指の感覚と共に、両手を地面につける。次の瞬間、光が魔法陣を照らしていき、少年の脳裏に再び映像を映し出す。
―――それは、普通の街並みであった。だが、街に活気はない。ある会社のロゴが確認できるオートマタの兵士たちが街中を歩きまわり、それを遠巻きに獣人や生徒達が怯えた様子でそれを見ている。都市部の一角には巨大な穴が存在しており、その中は巨大な爆発が起こったのか、ボロボロの内装が広がっている。
場所は変わり、病院のような場所。そこには、全身を包帯で包まれ、様々な管や機器に繋がれた1人の少女が眠っていた。彼女から漏れる苦しそうな呼吸音。その近くの通路を通りかかった医師の獣人が言う。
「肺まで焼かれている。治る見込みも正直ない。医者の身で言うことではないだろうが素直に死なせてあげるのも優しさなのではないか?」
それを聞かされた1人の男性が、拳を握りしめながら言う。
「彼女を待っている人がいる。矯正局にいて、今の私では外に出すこともできないけど……それでも」
「……連邦生徒会もなくなって、あんたも組織も後ろ盾がなくなったのに、よく言うよ。それに……もう矯正局じゃない、監獄さ。それも、このD.U.地区には存在しない。彼女は絶対に、仲間達に会う事はもうできない」
医師のその言葉が合図となったように、彼女の呼吸の音が止まる。医師は男性に背を向け、歩き始める。
「どういう意図で特大級のサーモバリック弾なんて爆破したのかわからんし、生き残ったのも奇跡的だったが……その果てがカイザーに連邦生徒会を完全に掌握、解体されてこの様だ。生徒達の味方とか持て囃されてたシャーレも消えちまったし、これからどうなっちまうのかねこのキヴォトスは……」
医師のその呟きを最後に景色がぼやけていく。苦しみながら、後悔するかのように包帯の少女が声にならない呻き声を漏らし続ける中、その意識が現実に戻っていき―――
「……あれ……?」
「……は!?はぁ、はぁ……は……?」
現実に戻ると、黒い狐耳と長髪にセーラー服を着た少女が魔法陣の隅に立っていた。だが、その少女は困惑したように自分の手を見て、口に手を当てたり、頬に手を当て始める。
(……記憶が正しければ。確か―――七度ユキノ)
その姿を見ながら、少年はその少女、ユキノの名を心の中で呟くのだった。