壊れた楽園からの少女達 作:名無しの投稿者
(……ユスティナ聖徒会が全く出てきませんね……?どうにか、なったんでしょうか?というかこの世界の私はどこに……?)
ヒナとアリウススクワッドとの戦闘を遠くから隠れて見守る別世界のヒヨリ。彼女の目的は戦闘への介入ではなく先生の殺害を防止することであり、基本的な戦闘などはどうせ頑丈だしとヒナに投げていた。それもあって、殺気や敵意といったものが微塵にも感じられず、ある意味で完璧なステルス性を発揮しており、結果としてヒナらからも気付かれない状態となっていた。とはいえ、ユスティナ聖徒会が出ていないのもあってかヒナは彼女の知る状態よりもかなり余裕が見えており、戦闘は優位に進んでいるといっていいだろう。
(まあ本人はその時のことなんて知らないでしょうから、今の自分のコンディションは最悪だったって言いそうですけど)
(この分だと自分が出張る必要もないのでは?)なんてついつい考えつつも、スコープを覗き込む先はちゃんと見逃さないように注意する。すると、先ほどまではヒナが有利に進んでいるかのように思えた戦闘もアリウススクワッドが戦い方を変更したことで風向きが怪しくなっていた。遮蔽物に隠れた先生を追い立てるように攻撃していくようになっていた。先生も遮蔽物が破壊される前に別の遮蔽物に、といった感じで頑張って逃走してはいるものの、到底すべては避けきれない。その分はヒナが自分の身体を盾にして受け止めるといったことが続いており、
「今……!」
「っ!」
ミサキが移動中で回避のほとんどできない先生へ向かって放った小型ミサイルをヒナがマシンガンで撃ち落とす。しかし、間髪入れずにアツコとサオリが先生に向かって弾を撃ち込むと、そちらまで相殺することはできないヒナは両腕を広げながら先生の前に立ち、その弾を全てその身で受け止める。しかし、さすがの彼女であっても、先生をカバーしながら負傷した状態で戦うのは荷が重いのだろう。だが何よりも、
(姉さん……狙ってますね。ヘイローを破壊する爆弾をぶつけるタイミングを……)
サオリの何かを狙うタイミングを探っている様子を見て、ヒヨリのグリップを握る手に力が入る。いかにヒナといえどヘイローを破壊する爆弾を直撃してしまえばどうなるかわからないのだ。先生を守ることもそうだが、もしそういう素振りが見えたら爆弾をこちらで撃ち抜くしかないと考えながら戦闘を見守っていると。
「―――え」
先生の口から、呆然とした声が漏れる。お腹から広がる衝撃と熱。その場に立ちすくんでいた先生が何が起こったのか理解できないといった様子で腹部に視線を向けると、そこには小さな穴が空いた自分の腹部があり、そこから赤い染みが広がり始めていた。
「!?先生!?」
先生の身体から力が抜け、前のめりに倒れ始める。その様子にヒナが気付き、先生の姿を見て顔を真っ青にしながら駆け寄ろうとすると、ここがチャンスだと言わんばかりにサオリはヘイローを破壊する爆弾を取り出し、ヒナへと投げつける。丁度、ヒナの身体で遮られて先生の怪我はスクワッドからは見えないが、急にヒナが先生の方へ向かうという行動をとったため、サオリは一体何故、と思うよりも先にヒナを攻撃することを優先したようだ。
(……あの爆弾はまずい!)
「……何!?」
だがその爆弾は、2人が爆発に巻き込まれないような位置でヒヨリに打ち抜かれて爆発させられる。ヒナは背後で起こった爆風の正体など考える間も無く倒れ込んだ先生に駆け寄る。そしてその腹部を見て、表情を青ざめていると、
「……あ」
先生の背後、遠く離れたところから姿を覗かせ、スナイパーライフルを構えてヒナをサオリから救ったヒヨリの姿があった。だが、ヒナ自身、まさか自分が殺されそうになっていただなんて予想すらできないだろう。何より、目の前の先生の様子を前に、他の事になど意識が向くはずがない。だからこそ、目の前に見えたスナイパーライフルを構えた少女こそが、先生を撃った張本人なのだと、ヒナは即座に結論を下し、その表情に殺意と怒りを浮かばせる。
「―――ヒナ委員長!!」
「っ!?セナッ!!」
その時だった。ヒナの目の前に、スクワッドの視線を遮るように救急医学部部長の氷室セナと、彼女が操縦する車両が現れたのは。彼女の声に我を取り戻したヒナは先生を抱え、扉が開かれたままの車両の中に飛び込むと同時にセナは車を発進させる。
「セナ!!先生がお腹を……!」
「っ……余裕があるのなら操縦を!ここから近いのはトリニティの校舎、私が先生の縫合を行います」
すぐに、まだ立っている余裕がありそうなヒナに車の操縦を任せる。彼女では身長のせいか座ることもできず、椅子を後ろへと移動させて半ば立ちながら車を走らせる中、後ろへ移動したセナは先生を寝かせると、揺れる車内で糸を取り出す。
「……」
この状況での措置は難易度が高いのだろう、セナの表情にも冷や汗が浮かぶ。だがやるしかないと、セナは意を決したように針を先生の身体へと向けるのだった。
□□□□
「今のは……誰が」
「……」
「何?……なっ!?」
ヘイローを破壊する爆弾を破壊され、爆風で遮られている間にヒナと先生を逃がしたスクワッド。サオリが悔しそうな表情を浮かべるもすぐにアツコに裾を引っ張られ、ある1点を指差される。そこには、どこかへ消えようとしている別世界のヒヨリの姿がおり、彼女はアヤネのドローンによる索敵を受けつつ逃走を開始していた。そんな、ヒヨリがいた場所にサオリ達も急いで向かう。
「いない……」
「くそっ、失敗だ……古聖堂でユスティナ聖徒会を手に入れることはできず、そして先生を殺すこともできなかった……!」
「……!」
今回、達成しなければならないはずの目標。その両方に失敗してしまったという事実に、サオリの表情が悔しそうに歪められる。そんな時だった。アツコが何者かの気配に気付き、そちらにサブマシンガンを向ける。そこには、
「……!?え、嘘……」
「あ、はは……皆……」
「ヒヨリ……!?なんでお前が!?」
なんとヒヨリの姿があった。だが、その服装は別世界のヒヨリのものではなく、この世界のヒヨリ。そう、彼女こそがあの場にいた全員の意識外から先生を撃ち、その体を貫通させた張本人であった。無論、可能ならば急所を狙いたかったのだが、ヒナが完全に先生から意識を外しつつ、先生もうまく行動できずにいる一瞬を狙う必要があったこと、そもそも自分達とは違い先生は1発でも喰らえばその時点で重傷だし、この状況下で治療など見込めないことを考えれば急所を狙って外すより臓器を貫く怪我でも十分致命傷になると考えたが故の攻撃であった。
「……今のは、お前がやったのか」
「……はい。皆の為に」
が、ヒヨリの唯一の誤算は、サオリ達が爆発の煙でその時のことをまだ正確に把握できずにいるということに気付けていなかったことだろう。結果、ヒナは別世界のヒヨリを見て、本物のヒヨリが撃った一撃が彼女が撃ったものだと錯覚し、サオリ達はこの世界のヒヨリを見て、ヘイローを破壊する爆弾を撃ったのが別世界ではなくこの世界の方だと勘違いしてしまうことになる。
「だから、これで―――」
「そうか、完全に裏切ってそちらについたというわけか」
「……え?」
「命があったのなら、大人しく息を潜めていれば死んだことにされていたものを……!」
無理もあるまい。ヒヨリが2人いて、片方が先生達を守ろうとしていて、もう片方が先生を抹殺してアリウスの信用を回復させようとしていた、なんて正反対のことを考えているなんて、考えが及ぶわけがない。それ故に、ヒヨリはサオリから向けられた銃口に驚いたように目を見開き、
「なん、で……ひぇえええええ!?」
これが私達の回答だと言わんばかりに放たれたサオリの弾丸を前にみっともなく逃げ出してしまう。
「……先生を守るためにあの爆弾を相殺したのもヒヨリ、か。まあ……実力的にはできてもおかしくないけど」
「……もう、ヘイローを破壊する爆弾は手持ちにない。ヒヨリを追いたいが……」
アリウスの裏切り者として粛清したいところだが、今はやらなければいけないことが多い。先生の抹殺に心配してしまった今、自分達はトリニティとゲヘナに攻撃を加えただけでしかない。
「……ああ、わかった」
そんな折に通信が入ってくる。トランシーバーを取り出したサオリは、古聖堂に待機している部隊から通信を聞き取る。
「なんだって?」
「トリニティの生徒達が撤退したことで古聖堂の方は制圧したらしい。ひとまずそこへ向かうことにしよう。古聖堂さえ押さえることができた今なら……」
ゲヘナとトリニティが結ぼうとしているエデン条約を乗っ取る形だったのが自分達の契約だ。だが、そこにゲヘナとトリニティはいない。その状態で契約を乗っ取ることで手に入れられるユスティナ聖徒会を手に入れることができるのかは疑問が残るが、そこを含めて探らなくてはいけないようだ。全てがうまくいくとまでは思ってはいなかったが、まだまだ苦労はありそうだとサオリは溜息を吐きながら歩き始めるのだった。
□□□□
「……これで、処置は終わりました」
「お疲れ様です……」
救護騎士団の本部内に存在する手術室。そこにはセナの姿があった。彼女の傍には救護騎士団の生徒らが数名いたが、彼女達の目には他のトリニティ生が持つようなゲヘナへの嫌悪感は見えない。厳密には、セナに対する悪感情はない、といったところか。
「本当に助かりました。団長がいればよかったのですが……」
「この状況です。うまくいくことばかりではないでしょう」
ミネが失踪しているという情報自体はセナも知っているが、わざわざそれに言及するまでもない。このドタバタしている状況では彼女の手を借りることも難しいほどに切迫しているのだということにしておいた方が向こうとしても都合がいいだろうし、現にそのような形で誤魔化してくれたのでそういうことにしておく。
「それにしても、どうしてこんなことに」
「……アリウス分校って何人かが、でもおかしいよね……ミカ様はもう幽閉されているのに」
「トリニティにはもう協力者はいないはずなのに」
休憩を取るため、眠る先生の顔を一瞥してから手術室から出るセナ。手術衣を脱いでそれを回収していた子に渡して一息ついていると、その耳が遠くの方で話していた救護騎士団の生徒達の話を拾う。何か情報があればと、彼女達にばれないように近づいてそれを聞いたセナは、目を細める。
(アリウス分校。トリニティに協力者はいない……なら、まさかゲヘナに?だとしたら、一体誰がアリウスの内通を……?いえ、そもそも情報が足りな過ぎますし、私がやることではないでしょう。私がやるべきことは、先生の容態を見ることです)
気になることは多い。だが、自分の領分ではないと納得させつつ、校舎の方を見る。ヒナに伝えるべきなのだろうが、彼女はここにはいない。何故なら、
『今回の襲撃、ゲヘナが内通者として存在していたのでは?』
『元々自作自演が大好きな学園ですもの。今回の先生の負傷も、治療も含めて計画していたことなのでは?』
『……そんなに疑うのなら、私を拘束でも何でもすればいいわ。先生が目を覚ましたら話を聞いてくれればいい』
先生の治療の為にトリニティの校舎に入ろうとした時にこんなことを言われたからだ。ティーパーティーの生徒と思われる子らからこうも言いがかりをつけられてはっきりいってセナ自身も苛つきかける程であったが、今は争っている時間すら惜しいということは理解していたのだろう、ヒナが自分を拘束させ、事実上の人質にすることでセナの先生への治療と救護騎士団との協力が容認されたのだ。唯一の幸運は、現場で動き回っていた救護騎士団は怪我人がいるのにそんな面倒くさいことを上はしないでくれとちゃんと憤ってくれたことだろうが。「パテルは本当にさぁ……」なんてことを呟いた三年生と思われる生徒の言葉は、その場にいた全員の意見だろう。
「……先生。彼女の為に少しでも早く起きてくださいね」
日が落ち始める空を窓越しに見ながら、セナはそう呟く。何をするにも、これからどう動くにも、この混乱がある程度落ち着かねば始まらないだろう、先生が起きて音頭を取ってくれたら一番楽なのだが。そう思いながら、セナは視界の隅に入ってきた自動販売機に向かい、飲み物を購入するのだった。