壊れた楽園からの少女達 作:名無しの投稿者
「……ご注文は?」
「……何か、悪いな……昨日の今日で押しかけたようで……一応金は落とすからさ」
「あー……いやまぁ、あなたは悪くは……」
「セリカちゃん?一応言っておくと彼、3年生らしいよ?」
「えっ!?そ、そうだったんですか!?あ……ご、ごめんなさい」
「他校の生徒だし別に畏まらなくていいぞ。ま、ウチには敬ってくれる後輩もいないんだから先輩もクソもないんだけどな」
そう言って笑いながら少年が市街地にあるラーメン屋の大人数用のテーブルに座る。その隣に先生が座り込むと、先生はセリカに笑って手を振る。それを見たセリカは複雑そうな表情を浮かべるとカウンターの方に戻り、柴犬の店長に皆から聞いた注文を伝えていく。
(……これが噂の柴関ラーメンってやつか)
店内を見渡しながら少年は感慨深さを感じていた。原作でもあった店なのだから行きたいと思うのも当然だろう。
(さて、とりあえず注文が来るまで時間がかかるだろうし)
水を飲みながら今日の朝の事を思い出す。今日はアビドスは自由登校日らしく、先生は学園に来る途中でセリカと出会ったそうだ。しかしセリカは行き先を告げずにいなくなり、どこに行ったのかをホシノ達に確認した所、このラーメン屋を紹介されてお昼を食べるついでに会いに行こうということになった。とはいえ、
(この世界で日雇いの仕事受けたりしてわかったけど、バイト先に知り合いが客として来るってバイト側からすると凄い気まずいんだよな……気にしない人も当然いるんだが……セリカの場合は先生に対してツンツンしてるからな)
セリカの先生に対するこの反応を見ると、まだまだ彼女が打ち解けるのは時間がかかりそうだ。少年に対してはある程度だが警戒心は解いているのが唯一の救いだが。
「……ん?」
そういえば今所持金ってどれくらいあっただろうかとポケットの中の財布を取りだそうとすると、先生が少年を制止してこの場は自分が払うと言い、少し悩んだがその厚意に甘えることを決めていると、店の扉が開いて1人の少女が入ってくる。
「……お客さんかな?」
「あれは……」
「ゲヘナの制服……っぽいな?確かに自治区は隣接してた記憶はあるが、ゲヘナの人も来る名店だったりするのか?」
「いやー……そういうのは聞いたことないけどね?」
「ん、もしかしたらこの店の味を聞きつけてやってきてくれたのかもしれない。ここは名店だから」
「確かに大将のラーメンは美味しいですからね~」
その少女、伊草ハルカは店長にラーメンの値段について確認し始める。その様子を見ながら呟いた少年の言葉に、ホシノが少し考え込んでから首を傾げていると、シロコとノノミが楽しそうに話す。やがて、ハルカが店を出て行くと、それから少しして陸八魔アル、鬼方カヨコ、浅黄ムツキの3人を連れて店に入ってくる。
(便利屋68、か……カイザーの依頼を受けてきたってことは明日、アビドスに来るってことだよな……あれ?このタイミングだっけ便利屋68って……ワンクッション置いてなかったか?……原作知識なんて18年以上前の話だし、悪夢で色々見ていたとはいえ、さすがにこういう日常の部分まで見れていないって……しかも、もしこれが昨日ユキノ達がカタカタヘルメット団を襲撃した影響って言われても俺には判別できないし……)
隣のテーブルに座った便利屋68は1杯分のラーメンを注文していたが、気を利かせた大将の厚意で山盛りのラーメンを渡されており、それを美味しそうに平らげていた。その後、先生がきっかけとなり便利屋68とアビドスで交流を深めていると、彼女達の中の1人、白黒の髪の少女、カヨコが少年に気付く。
「あなたは……」
「俺もシャーレだよ。一応今はそういう立場で来てるってことで……つーかそれ以外で来てもやることないんだけど」
「……男子生徒」
何かが引っかかったのか考え込むカヨコ。やがてそれに思い至ったようだ。
「聞いたことはある。男子生徒1人だけしかいない自治区があるって」
「よく知ってるなそんなこと……」
とはいえ、少年自身悟ってはいたがやはりヘイマールの存在は男子生徒という希少性を踏まえても殆ど知名度はないようだ。むしろそれを何となくでも知っているカヨコの方がおかしいと言うべきなのかもしれない。
「……にしても、愉快な人達なんだなゲヘナって」
「愉快……まあ、自由ではあるね」
(なんだろう……興味が湧いた、とはちょっと考えにくいんだよな。初対面だし……シャーレとの接点を作っておくのも悪くないってことか?先生は今皆と食っちゃべってるし、そういう意味じゃフリーの俺をってところか)
ワイワイとラーメンの美味しさに喜びながら話をしていくアル達を見ながら少年が呟くと、カヨコも答える。何かしら考えがあるのだろうが、まあそれもなしにわざわざ自分に話しかけもしないだろう。
(……或いは、明日戦う相手にシャーレがあるってんで少しでも情報を、っていう線も一応あるか?んまあ、残念ながら……俺から抜いて意味ある情報なんてないんだけど)
その後もラーメンを堪能しつつ、他愛ない話をしていく。探るような質問を投げかけられつつもそれをボロが出ないように頑張って避け、途中でアビドスの面々も話に無理矢理混ぜたりしながらも賑やかな昼食を食べ進めていくことにするのだった。
□□□□
「あ、定時なんで帰らせてもらうから」
「ちょっとおおおおおお!?」
「……こいつら傭兵とか便利屋とか言ってたけど漫才やりに来たのか?」
「いや、多分違うと思う……思うけど……」
翌日。便利屋68は大量の傭兵を引き連れてアビドスに討ち入りを仕掛けてきていた。それをシャーレと対策委員会が迎撃、数の多さを面倒に感じつつも確実に傭兵を潰しながら戦闘を続けていたのだが、時計の針が正午を指したことで突然傭兵たちが戦う手を止めて帰り始めてしまう。そしてその場に残ったのは、便利屋68だけ。
「……どうしてこうなったのよおおお!?」
「うーん、お金が足りなくて午前中しか雇えなかったからじゃない?あんなに前金貰ったのにね」
「で、どうするの?」
「……くっ……こうなったら一旦退くわよ!覚えていなさいアビドス!」
「……追った方がいいのかあれ?」
「いや、いいんじゃないかな……」
さすがに傭兵たちがいなくなっては便利屋だけでは戦えないと判断したのだろう、アル達も逃げ出していく。少年が指を指して追うかどうか聞くが、先生が首を横に振り、その必要はないと答えたことで戦闘は終了する。
(……そういや)
生徒達が校舎の中に戻りつつある中、少年はセリカを見る。セリカは先生の指示に対して少し体が硬直するような反応を最初は見せていた。そこから戦闘でうまく立ち回るには従った方がいいと判断したのかその通りに動いていたが、どうもワンテンポ遅れていたのだ。それだけではない、今日の朝も先生に対してツンツンした態度が継続していた。
(ああ、救出することがなくなったから、セリカが先生にツンツンしたままだったのか……今回の戦闘でそこは軟化したみたいだが……)
原作や多くの世界で起こっている、カタカタヘルメット団によるセリカの拉致。しかしアヤネ達が事前にカタカタヘルメット団を事実上壊滅させてしまった弊害が起こってしまったようだ。
(よかれと思ってやったら結果的には……ってこういうことか。あんまりそういう部分は考えてたらキリがないから、とは思っていたけど実際に目の前にしてみると感じる部分はあるな……あれ?)
廊下を歩いていた足がふと止まる。少年の脳裏に過ったのは、ある違和感。カタカタヘルメット団との最後の戦いが起こらなかった場合、他に何が変わるのか。そこまで考えた時に、廊下の先の教室から借金返済のための会議の続きを始める対策委員会の声を耳にしてようやく気付く。
(ああ……ブラックマーケットに行くためのきっかけが消滅するから銀行強盗の下り丸々消滅するのか……まあ、いいか……わざわざ犯罪なんかする必要もねえだろうし……そもそも記憶が確かならあそこで手に入れた証拠全く使わなかったどころか首絞めかけてたはずだし……)
この後起こる、ブラックマーケットでの1件がすっ飛んでいることに。
□□□□
「……はい、わかりました。はい」
数日後の夜。アヤネは少年から話を聞いて、ぐっと嬉しそうに手を握る。その様子を見つつ、外を警戒していたユキノが少年との通信の内容を確認する。
「向こうは順調そうだな」
「はい。セリカちゃんも誘拐されることもありませんでしたし……まさかブラックマーケットに行かなくても済むとは思いませんでしたけど」
「ブラックマーケットに行っていたんですか?」
「ええ、そこで銀行強盗を先生と……」
「銀行強盗?しかも、先生と?」
思わずユキノがアヤネを凝視する。その視線に気付いたアヤネが慌てた様子で誤魔化そうとする。
「わ、私のいた世界だけです!多分他の世界ではそんなことしてないと思います!それに、あれ自体はカイザーの不正の記録を盗むためのものではありましたけど……」
「あ、ああ……じゃないと先生の経歴を始めとして大変なことになるだろうしな……いや、アヤネのいた世界の先生もなんでそれを許可したんだと……言いたい……ところだが……」
「……ユキノさん?どうしたんですか?」
他の世界の先生は無罪だと何とか主張するアヤネ。しかし、話をしていく中であることを思い出してしまい、ユキノは顔に手を当ててしまう。
(そういえば……後輩達がヴァルキューレに不法侵入した件、先生が……いや、目的はヴァルキューレの癒着の証拠なんだろうが……この2つの世界でこうだったと考えると、アヤネはああ言っているがおそらく他の世界でも……いや、今は考えるのはやめておこう)
(そういえば私達も先生とセミナーを襲撃していましたっけ……)
別の世界で先生がやっていたという銀行強盗。それをどうこう言うには自分達も心当たりが残念ながらあったために何も言えなくなってしまう。ユキノは咳ばらいを入れて強引に話題を切り替える。
「それで、これからどう動くつもりだ?」
「そ、そうですね……といっても……ゲヘナの風紀委員会なんてどうにもなりませんからね……便利屋を追うという名目でシャーレの先生を確保しに来ていますし……便利屋の皆さんをアビドスの外に出す、でもしないと……」
「……先生が目的ならそれはそれで別の理由をつけられるだけじゃないか?」
「おそらくそうなんですよね……かといって風紀委員会を止めようとするのもそれはそれで別の問題が起こりそうですし……」
(……そもそも仮にも治安を取り締まる側が正当な理由なしに組織だって自治区の外に行く時点で問題だろう……?武力侵攻と受け取られてても文句は言えないし、アビドスだからその心配がなかったとはいえ2年前を知っている人がいたらどうする気だったんだ……?)
ここからのアビドスもまだ問題は多い。このことに関して色々と思うところや考える所はあるものの、ここは一旦少年に託すしかないだろう。今はまだ、自分達の存在を明かすと不利益が多いのだから。
「今は我慢する時ですね」
「ああ。彼から指示が来た時にいつでも動けるようにしておくべきだろう」
そう呟き、砂が舞い始めた外の景色に目を移す。
(砂嵐が吹き始めたか……こうして実際に訪れているとわかるが、潜伏や隠密もしやすいのは利点の1つではあるな)
そんなことを考えながら、ユキノは2人と共に夜を過ごしていくのだった。