「─────近所付き合いか」
そこまで広くは無いうちのリビング。しかし、この家に住み着く居候のひとりのこだわりによって妙にアンティーク調で整えられた無駄にお洒落なこの部屋で、俺はクロノと向かい合ってすわっていた。
苦い顔をしながらコーヒーをすする彼に、追加の砂糖を差し出した。
「お前や母さんじゃないんだ。そんなに砂糖はいらん」
「そうか?俺のでも、もう2、3個入れてもいいと思うんだが……」
「気の狂った甘党め」
「ふんっ、リンディさんにもそれを言えるのか!」
「母さんとお前は別枠だ」
巨漢と母さんを一緒にできるものか。そう鼻で笑うクロノを軽く睨みつける。
「……そう凄むな。割と怖いぞ」
「そこまで凄んでいない」
「あと、その顔と声で甘党だと思うとバグる」
「ギャップ萌え、か」
「違う。気持ち悪くてだ」
長い付き合いの友人になんて失礼なやつなんだ。そんなんだから身長が伸びんのだと心の中でそうごちる。
「なにか、変なこと考えなかったか」
「なにも」
「……怪しいけど、まぁいい。それで、近所付き合いだったか」
ひとつ頷き、思い出して語るは2日前。ヴィータと隣町のショッピングモールに買い物へ出かけたときだった。
「─────まて」
早速かけられるクロノの待ったの声。いきなり頭を抱えてため息をひとつ。
「お前とヴィータで買い物か」
「あぁ」
「よく通報されないな」
「されるぞ」
「されるのか」
「今回もされたぞ」
「されたのか」
俺に近づく警察が何故か戦々恐々だったと漏らすと、当たり前だとクロノがツッコム。現地の人々からすると、俺は殺気立って見えるんだとか。
しかし、もはやシャマルとシグナム以外の誰といても通報されるのだ。俺からすれば慣れたものであり、時たま同じ警官が来るので何人かは顔見知りになっているまである。
「最悪の顔見知りだな」
「なんでだ」
「犯罪者予備軍と秩序を担う行政機関」
「ふざけろ」
「僕なら速攻で捕縛している」
「フェイトといる時だけだろう。このシスコンめ」
「違う。例えそれがなのはやはやてであってもだ」
……クロノの戯言は置いておき、続きに行こう。
「ヴィータの好きなのろいうさぎのポップアップショップというものがそこで開かれていたんだ」
「デパートでやっているあれか。ミッドでも見かける光景だな」
「そうだ」
「それで、お前はその保護者役か」
「そういうことだ」
というもの、俺とヴィータは同じのろいうさぎ愛好家。それ関係だとはやてたちを頼るよりも、俺のことを頼ってくれていた。
そして出向いたポップアップショップ。ライト層からコアなファンまで集まるそこへ、目を輝かせるヴィータとはぐれないようにと手を繋ぎ、さぁ買いに行こうと意気込んで1歩を踏み出した。その瞬間だった。
「─────受付で、入場拒否された」
「当たり前だろう」
「何故だ」
クロノの言い分に思わず肩をすぼめる。わかってはいた。なにせ会場は非常に小さなもので、俺のように2人分の肩幅がありそうなやつが入場するのはすこし厳しいと。子供ふたりが横に並べばいっぱいになる細い陳列棚の間を、小さな子供と保護者で溢れかえるあそこへ入ることは叶わないと。
だが、ヴィータと一緒ならきっと大丈夫。そう信じていたのに……っ!
「俺は、受付で為す術もなく入場を断られ、断腸の思いで入場プレゼントを受け取り、しかしのろいうさぎの限定ぬいぐるみを諦めることになる。きっと、そういう運命だったんだ」
「そのルックスでぬいぐるみを求めるな……」
「うるさい。だが、ヴィータは違った。決して、諦めなかった」
思いだすのはヴィータの小さな背中。そして、俺の肩に手が届かないが故にほぼケツの辺りをばしんと叩き。
『あたし、こいつが周りに迷惑かけないように見張ってるんで、どーか入れてやってください!』
『ヴィータ……』
『心配すんなアル。あたしが着いてっからな!』
彼女の気遣いに俺のハートはきゅんきゅんして、そして思わず涙ぐんでしまった。
そんな彼女に突き動かされたのか、俺とヴィータは他との距離に気をつけることを条件に入場を許され、無事限定ぬいぐるみとお互いの望むグッズを手に入れることに成功した。
ヴィータと一緒にポップアップショップでお買い物を楽しんだ俺たちは、それから彼女の服とはやてへのプレゼントを見繕い、最後に出張動物園でかわいい動物たちと触れ合って帰ってきた。
「俺の選んだ服も気に入ってくれたし、はやてへのプレゼントを上手くいったらしい。それに、最後に触れ合ったハリネズミがとてもかわいくてな……」
「……ひとつ、言わせてくれ」
「なんだ」
「─────なっさけないな、お前は」
「何を言う」
「あと、シンプルに気持ち悪い」
「何を言う……っ!」
ふたつも言いやがって。そんな俺の思いを汲み取ってかクロノは呆れたように。
「そもそも、入場拒否はサイズの問題じゃない」
「ならなんだ」
「お前が犯罪者予備軍に見えるからだ」
「ルックスに文句あるなら俺の親に言え……っ!」
「本人の知らない親に言える文句があるか!」
「そうだった」
「そうだろ。素で忘れるな」
俺は脳筋なのだ。そこまで重要じゃないことは、意識していないとぽんと忘れてしまう。
「かなり重要じゃ……、まぁいい。それで、近所付き合いのお悩みはどこからだ」
「そう急かすな」
「急かしていない」
俺が急かされたと感じたら、それは急かされていることになるのだ。
とにかく、それぞれの荷物を俺の愛車に詰め込み、混雑する駐車場を出発した。─────その矢先、ひとつのサイレンが聞こえた。それは、俺の車の真後ろについた警察車両のものだった。
「どうやら、児童誘拐犯に間違われたらしい。とんだ災難だ」
「それは仕方がない」
車を止め、警察と俺が会話していると、通報した妙齢の女性も出てきて、やれロリコンだの、変態だの、ハイエースされているだの、筋肉モリモリマッチョマンだの。
「酷いと思わないか」
「妥当だな」
「泣くぞ」
「やめろよ、情けない……」
そこはまぁ、ヴィータとたまたま通りがかったシグナムの証言で何とかなってな。
「まて、隣町まで出向いてたんだろう。シグナムはそこで何をしていたんだ」
「道場破りに来ていたらしい。看板を抱えていたから無事に成功したんだろうな」
「僕はもう、頭が痛くなってきた」
「無理してコーヒー飲むからだ。ミルクいるか?」
「子供扱いしないでもらおうか─────っ!」
そうして開放された俺は助手席でのろいうさぎのぬいぐるみを抱きしめるヴィータ、後部座席で木刀の手入れを始めたシグナムと荷室に転がるどこかの道場の看板数枚を乗せ、帰路に着いた。
「シグナムは、いったい何件の道場に被害を振りまいてきた……っ!」
「知らん」
「それに、看板はどうした」
「面倒事を避けるために、なのはの実家に後処理をお願いした。そういうことは詳しい人に任せるのが1番だからな」
「急に常識ぶるな」
「辛辣だな」
そして道中でふたりをはやて宅へと降ろし、シャマルからの夕飯の誘いを断って帰宅した俺を待っていたのは。
「─────通報を受けて駆けつけた警察官たちだった」
「何をどうしたらそうなった」
「俺が聞きたい」
ちなみにそれに関しては、未だに理由はわかっていない。だが、可能性として1番考えられるのは、ご近所さんからの通報で。
「そこで、僕に相談を?」
「リンディさんには聞きづらいからな」
「まずはソーメンもって挨拶回りしてこい」
「したし、自治会にも入っているぞ。回覧板だって回してるし、この間みんなで清掃活動にも参加した」
「真面目か」
「ただ、怖がられている節がないことも無いような気が……」
「それは仕方がない。なら、こういうのはどうだ」
「ふむふむ─────」
△
買い物に出ようと外に出て、玄関の鍵をかう。買い物袋にお財布、携帯、そしてメモと折り込みチラシ。それらを確認した私は歩きだそうとして、じゃあじゃあと水が葉を叩く音に気がついた。
「あら、ヒューテルさん」
「ん、お隣さん」
こんにちは。そう朗らかに笑う大柄な彼は、最近家族と一緒にやってきた外国人。少し、いやかなり高い背丈とがっちりとした身体、そして彫りの深い顔。落ち着いた雰囲気もあって大人びて見えるが、これで18歳なんだとか。
「こんにちは。水やりお疲れさまね」
「当番なので。やらないと、怒られます」
低い声で上手に日本語を話す彼は、呆れたように頭を搔いていた。
怒られる。それはきっと、彼と一緒に住んでいる4人の女の子達にだろう。髪色や風貌はそれぞれ個性的だがみな親類同士で、長期休暇で日本に来る彼へ着いてきたのだとか。
「奥さんはお買い物ですか」
「そうなのよ。息子も食べ盛りでねぇ。もう参っちゃうわ」
「うちのもです」
お陰で食費も馬鹿にならない。そう笑う彼だが長期休暇で日本に家と車を買うくらいなのだから、きっとそこまでお金には困っていないはず。
私の旦那ももっと稼ぎが良ければ、だなんて不躾なことは考えない。旦那は十分に頑張ってくれているし、私は今の生活で満足しているのだから。
それに、他のご近所さんから長期休暇の理由も怪我の療養が理由だと聞いている。頬や首に傷のある彼の風貌のことを思うと、きっと彼は某国の軍人さんで、任務中に怪我をおってしまったのだろう。それなら、手当だのなんだのでお金周りに余裕があるのも納得はできる。
「でも、息子さん好き嫌いせずに食べてくれそうじゃないですか」
「それはもう、ありがたいことにねぇ」
「うちなんて魚は嫌だ野菜は嫌だ肉々しすぎるのも嫌だ。もうどうしたものかと」
だが、こうして談話しているとさして怖いものは感じない。女児向けの魔法少女アニメがプリントされたエプロンを羽織って子供の食育に悩む。なんともかっこいいイクメンにしか見えない。
「なら、今夜は何になさるのかしら」
「今夜はシュテル、茶髪の子が任せてくれと言うので任せてあります」
「あら、お料理できるの?」
「花嫁修業だとか何とか、今頑張っていますよ」
茶髪の子といえば、物静かで落ち着いた子のことだ。花嫁修業とはなんともかわいらしいものである。案外、その矛先は彼だったりして。
「─────何時まで水売ってるんですか」
「そこはせめて油を売れ、シュテル」
「水商売はやめておけ、と。失礼、お隣さんでしたか。こんにちは」
「えっ、えぇ。こんにちは」
ガラリと空いた窓から顔を覗かせるのは、話題に上がっていたシュテルちゃん。今の発言を聞いていると、思っていたよりもアグレッシブな子のようだ。
「アルベルト、お隣さんを口説いているところ失礼しますね」
「く、口説くだなんてそんな……」
「口説いていない。世間話だ」
「そうですか。それで、今夜は何が食べたいですか?」
「米が食いたい」
「それは顔を見ればわかります。私と貴方の仲ですので。それはそれとしておかずの方です。肉か魚か私、どれがいいですか」
「肉だな」
「今日も動揺は無し、ですか」
「いちいち動揺していられるか」
「意気地無しめ。それでは」
─────やだ、かなりアグレッシブな子なのね。
大人しい見た目とは裏腹に、かなりぶっ飛んでいるようで。若い頃の私でも言わなかったような文句を簡単に言って見せるではないか。
「あぁ、それとレヴィが一緒にお風呂に入ると騒いでますよ」
「そろそろ、ひとりで入らせろよ……」
「めんどくさいです」
「めんどくさがるなよ」
レヴィちゃんというのは、青い髪をした元気な子のことだったはず。少し前の清掃活動ではしゃいでいた彼女は、幼顔だったが肉体はそれなりに成長していたように思えて。まさか彼は彼女と共に入浴しているのだろうか。
それでは。今度こそそう言い残して屋内へと姿を消したシュテルちゃん。まったくとため息を着く彼は、出したままになっていた水を止めると薄く笑みを浮かべ。
「あのぉ、あの子なりの冗談なので、気にしないでいただけると……」
「そ、そうよね。あはは……」
「あはは……」
気まずそうに背を向ける彼には申し訳ないが、少ししこりの残る会話になってしまった。いつもより少し小さく見えたその背中を見送って、私はそそくさと買い物へ駆け出した。
─────それから数日後。彼が赤毛の少女を誘拐したとして警察が大量に押し寄せ、私は彼を訝しむ目を強めることとなるとは、その時はまだ想像もしていなかった。
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