─────アルベルトという子供は孤独である。
親の名も顔も知らず、俺はスラムにいる大多数のガキのひとりとして生きていた。
食べるものも住むところもなく、着るものがあるだけまだ上等。いたずらで殺されるやつもいれば、盗みを働いて殺されるやつもいる。酷いやつなんかは大人に騙され搾取されてから殺される。
誰の名前だって覚えちゃいない。覚える余裕もなかったのは確かだが、そもそも翌日そいつが生きてる保証はなかったし、逆に俺が生きてる保証もなかった。
たまに通りかかる魔導師連中や迷い込んだ観光客にみんなでよってたかってものをねだり、月に1度のペースで教会が振舞ってくれたスープを頼りに。生きる理由もないというのに、なぜだか俺は必死こいて生にしがみついていた。
─────アルベルト・ヒューテルは家族を得た。
ある時、管理局の連中がやってきて、そしてひとりひとりの魔力量や素質を確認し始めた。そこで俺は膨大な魔力量を見出され、子供のいない一般家庭へと養子に迎えられることになったんだ。
ただでさえ少ない将来有望な魔導師のたまご。もし使えそうな奴がいるのなら、スラムのガキからでも構わなかったんだろうな。生涯管理局に勤めることを条件に、俺は人並みの生活を得る権利を手に入れた。
ヒューテル家、今の俺の苗字だな。首都クラナガンに一軒家を構える老夫婦で、数年前に娘夫婦と孫を事故で亡くしちまったらしい。
どうも俺がそのお孫さんによく似ていたみたいでな。管理局関係で俺の引き取り手に名乗りをあげたらしい。結局、引き取られたあとは、かわいい顔立ちがあの子そっくりだって2人からよくハグされたもんだ。
…………おいお前ら。その疑うような顔をやめろ。俺だって昔は年相応にかわいかったらしいぞ。
とにかくだ。こうして俺はヒューテル家の一員になり、爺さん婆さんに感謝しながら美味い飯を食えるようになったんだ。
あとは知っての通りだ。俺は時空管理局の門を叩き、クロノやエイミィ、リンディさんと出会い。そして地球に来て、お前らと出会うことになった。
それが俺のこれまでだ。
△
「─────あれ、クロノとの馴れ初めが始まるんじゃないの?」
「フェイトちゃんは何を言っとるんや」
話が終わるやいなや、こてんと首を傾げるフェイトにはやてがツッコんだ。
「始まるわけないやろ。あっても印象的な思い出話とかがせいぜいやろ」
「……どういうの?」
「どういうのって……。そらあれや、一緒に楽しんだこととか、お互いに送りあったもののこととか、ふたりで見た花火とか」
「はやて、やっぱりそれカップルの馴れ初めだよ」
「フェイトちゃんに引っ張られただけや!」
うがぁと吠えるはやてに、となりに座るなのはがまぁまぁと肩を叩く。そしてニヤリと笑うと。
「─────なにか恥ずかしい過去とかでてこないの?」
「なんであのお話聞いといてそれが言えんねん!」
はやて渾身のハリセンがなのはの後頭部を襲う。ぱしんという乾いた音の後になのはのくぐもった声。そのやり取りを腕ん組んで見守っていたアルベルトは顎に手をやると。
「……今思うと、リンディさんやエイミィの前で普通に全裸になってた、俺ら」
「って、話すんかい!あと普通に恥ずいやつやめーや」
「まぁ当然、俺の勝ちだかな」
「何がや。いや、聞かんし言わんでええ。頼むんで言わんといてください」
「これってやっぱり、定番の幼なじみものになるのかな」
「ならないと思うよ」
「ふたりは何の話してんねん。やめーや
頭痛が痛いとボヤキ、思わず頭を抱えたはやて。
「はやてちゃんはなにか聞きたいこととかないの?」
「……私?」
「年齢制限付きでなければなんでも聞いていいぞ」
「何を食ってたらそんな寛容になるんや……」
しかしそう言われると、聞きたかったことがわんさか出てくるもので。たんと悩んだはやてはぽんと手を打つと頬を朱色に染め。
「お、お付き合いとか、そういのって、したことあるんか……?」
「乙女なの」
「なのはちゃんうるさいわ」
「だからクロノだって」
「フェイトちゃんはちょっと今日いい空気吸いすぎや。ちと落ち着きぃ」
恥じらう乙女はどこへやら。からかうなのはと純粋な目をするフェイトにはやては眉を顰める。
そして質問された方。アルベルトはあぁと1呼吸置いて。
「付き合ったことはないな」
「そうなんや」
「……はやてちゃん、安心した?」
「そういうんやあらへんて。気になってただけやから。知りたがってる人がおってな……」
「だが、年上の人に告白したことならある」
「─────えぇ!?」
「─────はい!?」
「─────うそ!?」
アルベルトの言葉に三者三様の反応を見せる。左から、そんなことがと驚愕するなのは。思ってもみなかった切り口を見せられて驚くはやて。やっぱりかと喜ぶフェイト。
「─────他になにか聞きたいことはあるか」
「それで終わりなん!?めちゃくちゃ気になること言っといて終わりなんか!?」
「終わりだ。俺が振られて終わった。それだけの話だぞ」
「そこが重要なんや!相手は、年上やったん?年下やったんか。金髪やったとかお淑やかな人やったとか、とにかく色々あるやん!」
「あー、綺麗な金髪で年上の人だった」
「…………ほな、行けるな」
「何がだ」
「なんでもあらへん。気にしんといて」
携帯を取り出してどこかに連絡を始めるはやて。そんな彼女に今度は3人顔を見合せる。
「あっ、そうだ。なら王様たちはどういう経緯でここにきたの?」
「そういえば、聞いてなかったかも」
「そもそもここ2年くらい音信不通だった理由も知りたいかも」
「あの日、急に帰ってきてたもんなぁ」
「あぁ……」
王様ことディアーチェにシュテルにレヴィ、そしてユーリ。惑星滅亡規模の大規模犯罪となったマクスウェル事件の後にエルトリアへと向かったはずの4人だ。
そんなエルトリアにいたはずの彼女たちがどうしてミッドチルダで療養していたはずの彼と共に姿を現し、一軒家を手に入れて共同生活を送っているのか。
3人の視線に話していなかったなと前置いたアルベルトが語り出す。
「それはだな─────」
△
今から3年前、マクスウェル事件終結後の事だ。
覚えてるとは思うが、俺はマクスウェルからシュテルとレヴィを庇って左腕と内臓をいくつか持っていかれた。ましてやその後、3人とユーリとの戦闘に介入した俺は両膝も木っ端微塵に砕かれた。
そうだ。シャマルに死ぬほど怒られたあれだ。医務室脱走事件。勝手に脱走して4人の戦いに乱入したやつ。クロノのやつもブチ切れてたっけか。あれは悪い事をした。
なんでそんなことしたって。色々あるんだ。
とにかく、お前たちが
私より重症だったって?バカをいえ、子供のお前の方が重症だった。むしろ、あのまま俺をロケットに括り付けて飛ばしてくれた方が、俺の精神的にはマシだったっての。
とにかくだ。俺はどんな怪我をしたことよりも、あいつら4人の仲を取りもてたってんならそれでいいんだよ。
マクスウェルの野郎が狙ったシュテルとレヴィ。もしあのふたりが受けてたら間違いなく死んでいた。ディアーチェとユーリだって、戦うことになるんだ。それだけは、ダメだろ。
─────家族ってのは、大事なものなんだ。
俺は爺さんと婆さんにそう学んだ。お前らにも言ったことあるだろ?
だから俺は、家族みたいに仲が良かったはずのアイツらが、仲違いして傷つけ合うのは見たくなかったんだ。
そしたらまぁ、シュテルとレヴィのやつにどうも懐かれた。ディアーチェにも家臣になる許可を貰えたし、ユーリも申し訳なさげだったが感謝してくれた。
そのあとは知ってるだろ。なのはの右目と右腕と同じ、エルトリアの技術で再生治療が施された。
だが、なのはに比べて俺の治療にはかなりの時間と体力が必要になった。だから表向きにはミッドチルダで療養中になっていたが、実際は環境の改善が進んでいたエルトリアでさらに本格的な治療を受けることになったんだ。
あそこの技術は凄いぞ。時間はかかるが切り飛ばされた左腕も潰れた内臓も2年で治りやがったんだ。……まぁ、俺の治療に関わってくれたイリスが言うには
そんなこんなでクラナガンで1年、エルトリアで2年、実質3年くらいかかって、ようやく俺は日常生活を送れる程度には回復した。
しかし戦闘機動はまだまだ無理だったし、できるようになるにはもうしばらくかかる予定だった。だから俺は、1度休職することにしたんだ。
そこにリンディさんも上手いことやってくれたみたいでな。傷病手当だの休職給付金だのと色つけてくれた上に、地球に一軒家まで用意してもらっちまった。
元々給料なんて爺さん婆さんへの仕送りくらいにしか使っていなかったから、お金ならたんまりとあった。だから俺は、地球でしばらくゆっくりすることに決めたんだ。
そしたら、それを聞いたレヴィとシュテルが着いてくるの一点張り。まだ全開じゃないことを知ってるからか、ディアーチェとユーリのやつらも面倒を見るって言って聞きやしない。
結局、フローリアン一家に押し負ける形で、俺はあいつらを連れて地球に来た。いや、帰ってきた。
─────アルベルト・ヒューテルは新しい家族を得たんだ。
△
「─────つまり、この3年間で4人を誑かしていた、と」
「違う、そうじゃない」
真顔で首を横に振るアルベルトをなのはが訝しむように見上げる。しかし3人の聞いている限り、そうとしか思えない様子で。
「─────療養てか言って仕込んどったんや。逆光源氏や」
「違う、そうじゃない」
軽蔑の眼差しを送るはやてに頬から血の気が引いていくアルベルト。藁にもすがる思いでフェイトを見た。彼女なら外れたことを言って何とかしてくれると期待を込めて。
「─────できたんですね、新しい家族」
「それはそうだが言い方が大変宜しくないな……っ」
「え?」
「フェイトちゃん、狙ってる……?」
「ちょっと、どうか思うで……?」
「えぇ……!?」
微笑ましそうな顔から驚愕を浮かべるフェイトに、全員が当たり前だろと頭を抱える。その言い方はかなり不味いのだ。
「でも言ったんでしょ、シュテルちゃんにかわいいとか綺麗だとか、そういうこと」
「……確かに言っていたが、それはそう聞かれたからでだな」
「レヴィが、好きって言ったら好きって返してくれる!って喜んでたよ」
「当然だが地球でいうライクだからな。ラヴじゃないからな」
「王様にも言ったんやろ。エプロンにあってるで、ええお嫁さんになるなぁ、って!」
「言っ…………た気がするな。多分、昨日」
「昨日かい!」
「あとは、傷を気にしてくれるユーリにも、むしろかっこいいだろとフォローすることも」
「……服、着とるやろなぁ」
「着てないな。一応傷を確認するとかなんとかで」
「アカン」
全員の言葉にアルベルトは考え込む。その姿を見て不安を覚える3人を他所に、ぽんと手を打つと。
「─────多分、そういうのは毎日言ってきたな。家族になったんだ。好きと伝えたって」
「恥じるべきだと思うけどなぁ!」
「なんやねんこのスケコマシゴリラ!」
「おっえー!おっえーなの!」
「ゴリラならシグナムみたいな脳筋仲間口説きぃ!」
「しまいには泣くぞ……っ」
「そういうのって、なんかちょっと、いいなぁ」
「フェイト……!」
「だめなの!そのくらいなら私が毎日囁いてあげるから、そっちに行ったらだめ!」
「そーやで、そのゴリラだけはあかん。そんためならシグナム使ってもええで」
「20歳を目前にした男が泣くぞ……!」
「あ、あはは……」
悔しげな顔でコーヒーを啜るアルベルト。しばらくなのは達から4人との付き合い方を考えるよう注意を受ける中、どたどたとお出かけしていた4人が駆け込んでくるのを聞き届けて密かに退室した。
△
7人の盛り上がる声を背景に、俺は静かに自室へと戻る。そして、机の上に立てられた写真立てのうちの一つを手に取った。質素な木の枠に囲われるのは、真ん中にガキの頃の俺、その左右に寄り添って立つ老夫婦の姿。
「─────俺、家族が増えたんだぜ、爺さん、婆さん」
ただいまを言ってもらう側から言ってあげる側に。誕生日を祝われる側から祝う側に。爺さんみたいにカッコつけて、婆さんみたいに料理を振舞って。俺が教えてもらったことを、今度は俺がやっている。
それに、こんなにも賑やかだ。だから、2人が心配してたみたいに、2人がいなくなったからって、もう寂しくない。こうして名前を呼んでくれるみんなが、俺にはできたんだ。
しかし、家族を得た幸福は、そのままあいつらを失うことへの恐怖になる。俺はその板挟みになっていた。
─────だが、今は。
少なくとも、今は笑って生きよう。爺さんと婆さんがそうしてくれたように、そう、育ててくれたように。
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