「─────おっはよぉ!」
ずしんと腹部を圧迫する何か。ブランケット越しに確かな重みと熱を感じつつ、眠気まなこを擦りながら目を開く。
腹の上に跨るようにしてこちらを見下ろすのは、青く長い髪を1つ結びにして肩から垂らした少女で。
「……おはよう、レヴィ」
「おはよっ。よく眠れた?」
「いや……?」
スマホを見れば時刻は朝の6時前、目を覚ますには少し早い時間だ。にも関わらずハイテンションな彼女の脇の下に手を入れて持ち上げ、ベッドの脇に運ぶ。
昨夜はシグナムと飲みに出かけて、4軒ほど居酒屋をハシゴして、それから─────。
「……歩いて帰ってきたな、俺」
「うん。頭にネクタイ巻いてたよ」
「……ネクタイは知らんが、シグナムはどうした」
「シグナム?」
「そうだ。たしか、一緒に肩を組んで歩いていて……。」
ズキンと痛む頭に手をやると、確かにそこには何かがはちまきのように巻いてある。身につけた覚えもないが、おそらくネクタイなのだろう。
水を飲みたい。そう思って立ち上がり、不思議そうに首を傾げるレヴィの顔を見て。そして、レヴィのものではない肌色の何かをベッドに見た。
「……?」
肌色が隠れているのは、ブランケットの中。先程まで俺がくるまっていたそれだ。よく見れば、人1人分程のその膨らみからは鮮やかなピンクブロンドの長い髪が生えていて。
いつも通り無邪気なレヴィは、首をかしげたままその膨らみを指さしていて。
「─────シグナムなら、一緒に寝てたじゃん」
△
「─────アルちゃん」
「はい」
癖のある金の髪を揺らし、彼女はむっすりとした顔で腕を組む。そんな彼女の目の前で、俺は正座を強制されていた。
ユーリ。おそらくこのヒューテル一家においていちばんの発言権を持つ子で、いちばん優しい子だ。そんな彼女は随分とお怒りな様子で。
「1ヶ月禁酒、だね」
「それだけは勘弁を─────」
「泣くほどなの!?」
ユーリによって告げられたのは、あまりにも残酷なもの。俺からすれば、死刑宣告にも等しいものだった。
「ユーリ、俺の趣味はなんだ」
「お散歩?」
「好きだが、そうじゃない。嗜好品的な意味でだ」
そう言うと、少し頬を赤らめそっぽを向き、数秒俯くと。
「……その、えっちな本……?」
「違う」
どうしてそうなった。そう心の中で強く突っ込む。すると横で状況を見守っていたシュテルがため息を着くと。
「アルベルト、あなたが部屋にそういった類の写真が掲載された雑誌を放っておくから、ユーリが余計なことを知ってしまうのですよ」
「心当たりがないんだが」
「白いビキニのお姉さんの写真が表紙のやつじゃない?」
「……グラビアか」
「ですね」
そう言われるとそういえば、地球に滞在しているアースラの船員に貰ったものがあった気がする。とはいえ大して読んだ覚えはなく、部屋の隅でほこりを被っていたようなものだが。
「……読んだのか」
「………………はぃ」
「言っておくが、俺のじゃない。貰ったものだ」
「……そ、そういうことにぃ」
「違うからな?」
「なんかめっちゃおっぱいデカイ水着のおねーさんのやつだよね。私たちがいるのに、そーいうのどうかと思うけどなぁ」
「やめんかレヴィ。……まぁ、うむ。アルベルトも、男なわけだからな……」
「ディアーチェ、そんな目で俺を見るな」
「後学のために拝読を」
「なんの後学だ、シュテル」
決して目を合わせてくれないユーリ。何故か憤りを見せるレヴィの横で、恥ずかしそうに目を伏せるディアーチェ。
きりりとした顔でとぼけた事を言うシュテルは放っておいて、俺は静かに正座を解いた。
「俺の楽しみ、それは─────」
「酒と女とタバコだぜぇ」
「シュテル……」
「はい」
「……俺の趣味は、飲みに行くことと風呂だ」
「どのみちお酒じゃないですか」
「シュテル……」
「はい」
すました顔で茶化すシュテルを睨みつける。
そう、地球においての俺の趣味。それは多種多様なお酒を飲むことと、風呂の湯船に浸かることだ。
「何気に、うちで1番の長風呂はアルベルトだからな」
「毎日1時間は入ってるよねぇ、考えらんないや」
「レヴィはカラスの行水ってやつだからな」
「私カラスじゃないもーん」
「そういう意味じゃないぞ」
「しかも熱いんですよね、湯船」
「……そうか?」
「鈍感め」
だいたいいつも、22時を回ったくらいからが俺の入浴時間。追い炊きでなるだけ銭湯に近い温度まで上げて肩まで浸かり、身体の芯までじっくり温める。
そのなんとも心地のいいこと。ミッドやアースラ艦内でのシャワー生活にはもう戻れそうになかった。
「お酒はぁ」
「地球のは美味いのが多いんだ。種類も豊富だし、日本酒や焼酎みたいな、ここでしか楽しめないお酒も沢山ある」
「ふむ……」
「わかんないかも」
「そのうちわかるようになるさ」
なんと言っても彼女たちはまだまだ未成年。大きくなるまでお酒なんて─────。
「何知った気になってるんですか。あなたも未成年でしょう」
「……ミッドじゃ、飲めるからな」
「老け顔だからですね」
「違う。法的にセーフなんだ」
「では、
「─────ノーコメントだな」
「ダメじゃん」
若干の気まずさに、全員から顔を背ける。
そこにガチャりと扉の開く音。振り返ると、オーバーサイズの白いシャツにカーゴパンツを履いたシグナムが立っていた。
「それ、俺の服……」
「他に入る服がなかったんです。」
「ならいいか」
「いいんだ……」
「……ふむ、微かにお前の皮脂の匂いがするな」
「やめろ」
「……くそっ」
「ねぇ王様、なんでシュテルん悔しがってるの?」
「放っておけ」
襟元を鼻に近づけるシグナムに待ったをかける。
そんな彼女は顔を上げ、ぐるりと1度部屋を見渡すと。
「─────こういうことか」
「
「いい心構えですね、この泥棒猫!」
「猫って、どっちかといえば私たち……」
「レヴィ、もうシュテルには触れるな」
「はーい」
「あはは……」
俺の隣にしゃがみこみ、そして姿勢正しく正座。真剣な顔で3人の視線を一身に受けると。
「─────私たちは、やっていない」
「ディアーチェ、シジミ汁だ。シグナムが二日酔いで壊れた」
「二日酔いになると思って昨夜仕込んでおいたわ。まっておれ、2人前用意しよう」
「王様、私もー」
「……なら、3人前だな」
そう言って、カルガモの子のようにレヴィを引っつけてキッチンへと消えていくディアーチェ。シグナムはその背中を不思議そうに見送ると。
「……同衾しただけ、だからな」
「そこが問題なんです」
シグナムの呟きをシュテルが遮る。眉を顰めるシュテル、その横ではユーリも勢いよく顔を上下させており。
「なぜあなた達は、
「そ、そうだよ……!」
「……ふむ」
そう言われてハッとする。まさか、ブランケットにくるまっていたシグナムもまた、裸だったのだろうか。
「アルベルトは裸族なので、まぁいいでしょう」
「良くないよ……っ」
「私は眼福なので構いません」
「すまんユーリ、そろそろ慣れてくれ」
「むり、服は着てよぉ……!」
「ですがユーリ、最近は自分から見に─────」
「わ、わぁ─────っ」
俺は昔から、寝る時は全裸が基本だ。というのも、爺さん がそうだったから俺もそうしていて、そしてこうなった。
だから俺が風呂から上がった23時頃。ユーリたちが寝ていると思って服を着ず自室へ向かう時があるのだが、何故かシュテルとユーリとはそれなりの頻度でかち合うのだ。
「……正直に言うと、昨夜のことはあまり覚えていないのだが」
「俺もだ」
「ダメ大人どもめ」
「ふむ……」
腕を組んでじっと考え。そして弾かれるようにしてこちらを振り返ると。
「─────たしか、私は自分から脱いだ」
「─────痴女じゃねぇか……!」
「なっ、違う!」
「違わねぇだろ!」
「部屋が暑かったからのはずだ!」
「暑いわけがないだろ、年中空調効いてるぞ」
「……き、きみが暑苦しいからだ!」
「どんな言いがかりだ!?」
じっとりとしたふたりの視線。思わず声を荒らげる俺に、シグナムは目を伏せ。
「そう、暑苦しかったんだ。あの無駄にでかくて、無駄に暑苦しくて、無駄に鍛え上げられた身体が─────」
「やめろ、具体的に話すな」
「そう思うと」
「……そう、思うと?」
「─────きみを脱がせたのも、私だな」
「─────やっぱ痴女じゃねぇか……!」
そう言うと、珍しく頬を赤らめたシグナムが歯を食いしばってこちらを睨みつけ。
「痴女じゃ、ない……!」
「もう否定できるレベルにいないからな!?」
「あなたの主に連絡を入れておきます。うちの子が襲われました、と」
「やめてくれ……っ」
「また語弊が生まれるな……」
「─────と、いうかアルちゃんは服を着てぇ!」
△
『最後によったあのお店、悪くなかったな』
『肉が美味い店は最高だな!』
『いや、あそこは魚だ。次は魚を食う』
『あれ、ネクタイ返し忘れた』
『む、あのサラリーマンのか』
『外人さん外人さんってすごく良くしてくれたな、あの人たち』
『日本人のあぁいうところは好きだぞ、私は』
『酒飲んですからだろぉ!』
『ふっ、それも、まぁあるかもな』
『……ってか、なんで家来た?』
『近いから泊まっていけど言ったのはきみだろう』
『……そうだっけか』
『部屋にツマミと酒はあるんだろう』
『あぁ、お気に入りのがあるぜ』
△
『……ふむ、やはりアルベルト、きみはいい身体をしている』
『ふっ、よせやい。照れちまうぅ』
『照れることはない。むしろ誇れ、ベルカの騎士から見ても素晴らしいものなのだから』
『ほんとにそうか……?』
『不安か?……なら、実際に見せてもらおう』
『ん……?─────なんて、脱がせんだ』
『なに、脱いで見せてみろというのだ!』
『そんなメチャクチャ、まかりとおるかぁ!』
『なら私も脱ぐ!それで平等だ!』
『……ならいいか!』
△
『うぅ……飲みすぎた……』
『私も、もう無理だ……』
『なんで俺たち、全裸で……』
『気にするな……。私はもう寝るぞ』
『脱がせに来るから動いて、急に酔いが……。イェーガー、一応、ここまでの記録頼む……』
『─────|Understood. I will save the correspondence from after you return home.《了解。帰宅後のやり取りを保存します。》』
『おー、一応、俺が脱がせたって、疑われないよう……』
『……む、それじゃあ寝苦しいだろう、全て脱げ』
『パンツ剥ぎ取られるぅ!やだぁ!』
『観念しろぉ』
△
「─────
「ありがとう」
ネックレスとして掛けたドックタグとアクセサリー。無骨なドックタグの裏で光と音を発するのは、俺のデバイスの待機形態。オオカミが青い宝玉を加えているように見えるものだ。
再生されたのは、昨夜の記録映像。俺もシグナムが駅前で合流し、次々と飲み歩いて俺の部屋へとたどり着いたそのあとのもの。
間違いなく俺が脱がされていて、そしてそのままぐったりとベッドに倒れ込んだ俺の横に、脱衣したシグナムが気絶するように崩れ落ちていた。
「シグナム」
「……なんだ」
「申し開きは?」
気まずそうにそっぽ向き、じっくり考え込むと。
「きみの身体が悪い……っ」
「反省の色はゼロかよ……っ」
ふたりともダメ。シュテルとユーリのハリセンがそれぞれの頭頂部に着弾する。
そうして、ディアーチェの用意してくれたシジミ汁を、肩を並べて啜る俺たち。そんなやり取りが、はやてたちが迎えに来るまで続くのだった。
お気に入り、評価、感想お待ちしております♡