─────あの夜のことを、私は忘れない。
アルベルト・ヒューテル。上半身に軽装を、下半身に重装を施したアンバランスなバリアジャケット。近接特化だと主張する無骨な
彼は長くも短い事件の中で、何度も私たちの前に立ちはだかり、そして圧倒してみせた。
繰り出される攻撃は、どれも正確にして無慈悲なもの。こちらが放つ魔法は全て自律可動の魔法障壁に阻まれ、しかし彼は魔法を放つことはせず、わざわざ寄って剣を振るう。
気狂いか。勇み足で誘導弾と砲撃の渦中に飛び込む彼を見た私はそう感じた。ひとつ当たればふたつ当たり、それが続けば堕とされかねない砲撃に、彼は怖気ることなく空を飛び回った。
酔狂か。決して誘導やトラップを使用しないスタイルは、夜天の元のベルカの騎士達のように、もしくはそれ以上に接近戦に拘りでもあるのだろうかとも考えた。
しかし、違った。私たちを、ごく短時間であればユーリでさえも凌駕してみせたあの強さは、気狂いや酔狂ではない。
─────彼には、それしかなかったのだ。
△
「─────どうしたんだ、シュテル」
「ん」
ガチャりと開いた自室のドア。タブレットから顔を上げてそちらを見ると、無言で立ち尽くすシュテルがいて。
時間は22:30。いつもなら入浴を済ませていてもおかしくない時間だ。だと言うのに、シュテルは寝巻きではなく、髪も濡れた様子がない。
「風呂か」
「……いえ、今はディアーチェが入っています」
「なら、どうした?」
普段から感情表現の少ない彼女。そこに能面のような虚無を被れば、内心を俺が察することなんてできやしない。
しばらくの無言。やがて俯いたままのシュテルはそっと部屋へと入ってくる。
「随分と暗いな」
「……思い出して、しまったんです」
「あん?」
酒の入ったグラスを置いて、ベッドに腰掛けるシュテルを見る。
いつもより沈んだ声。俯いて見えない表情。思い出したという内容こそ察しはつかないが、なにか思い悩んでいることくらいは分かった。
「何をだ」
「あなたが、私たちを庇った時のことを」
「……マクスウェル事件か」
「はい」
フィル・マクスウェルによる一連の騒動。俺と4人が出会い、家族になるきっかけとなった事件。それは、管理局の中でも珍しい惑星破壊規模の大事件。今思えば、とんでもない修羅場で飛び回っていたものだと感嘆する。
「あの時、船の中。あなたは私たちに家族がなんだとご高説をしてくれましたね」
「あぁ」
「ユーリを堕とした後、彼女の介抱をしてくれて、これで喧嘩は終いだと笑っていましたね」
「あぁ」
「……覚えてなさそうですね」
「……いやぁ?」
確かに家族について話した気はするし、ギリギリ使える回復魔法をユーリにかけてやった気もする。だが、流石に何を話したかまでは覚えていなかった。
じっとこちらを見つめる彼女から逃げるように視線を逸らせば、やがて小さなため息がひとつ。
「その方があなたらしいです」
「そうか……?」
「むしろ、一言一句覚えていたとしたら、それはそれで気持ちが悪いです。ナルシストみたいで」
「……そ、そうか」
ようやく柔らかく微笑んだシュテルに安心し、俺は冷蔵庫を開けた。
「なにか飲むか」
「コーラかジンジャーエールか無糖の炭酸水か。それ以外にあるんですか?」
「レヴィが置いていったジュースがあるぞ」
「とってあるのでは?」
「あげるって言われてたから平気だ」
「なら、それをいただきます」
缶ジュースを数本も入れればいっぱいになる小さな冷蔵庫。それはお酒の割り材や缶チューハイが入っている自分専用のものだ。
「ほい、タガメサイダー」
「─────やっぱりコーラでお願いします」
「だろうな。俺も飲む気はない」
「どうするんですか」
「……今度、クロノかユーリ辺りに飲ませるかな」
「騒がしくなりそうですね」
「しれっと出せば飲むだろ」
「飲み終わったあとにネタバラシですか」
「その方が面白いだろ」
「睡眠妨害にならないようお願いします」
「分かってる」
キンキンに冷えたコーラの缶のプルタブを開けてシュテルに手渡し、俺はジンジャーエールを一気に飲み干す。地球のジュースはどれも美味しいものばかりだ。
「それで、お前たちを庇った時のことか」
「はい」
シュテルの隣、ベッドの縁へと腰掛けて、そっと彼女の頭を撫でてやる。少し硬い表情が、少しだけ和らいだ気がした。
「あの時、あなたは私とレヴィを庇い、その後の私たち4人の戦いにも割って入り、結果として左腕と両脚、そして消化器官の一部を失いました」
「……痛かったな」
「当たり前です。……そして、あの時空を舞った血の飛沫を、真っ逆さまに海へと落ちていくあなたの姿を、私は思い出してしまう」
「……トラウマ、なんだろうな」
「だと思います」
理解できる。俺だって10年以上管理局で魔導師をやっていて、目の前で何度も仲間が堕ちていくのを何度も見てきた。それに、スラムにいた頃に人の死には慣れたつもりだった。
だが、見知った人が致命傷を負う様は、苦悶の表情を浮かべたまま冷たくなっている様は、慣れることなく俺の心に幾度となく襲いかかるのだ。
「俺も、そういった類は忘れられないな」
「……そのための、お酒だったりするのですか?」
「いや、酒は美味いから飲んでるだけだ」
「そうですか」
撫でていた手を離そうとシュテルの頭から浮かす。しかし、その上からシュテルが手を乗せる。
「……あなたはいつも、何か話しづらい話題の時はこうして頭を撫でてお茶を濁そうとする」
「うぐっ」
「ユーリやレヴィならそれでもいいかもしれません。しかし、私はそう簡単に行きませんよ」
「……じゃあ、なんで抑えてんだ」
「それはそれ、これはこれ。撫でられるのは嫌いじゃないので」
「髪型は気にしないのか」
「これからお風呂なんですよ?気にしたって仕方がありません」
ので、迅速に撫でてください。その言葉に軽く髪を梳いてやると、気持ちよさそうに目を細める。やはり、そういうサガなのだろうか。
「……今は、エリトリアの技術もあって貴方の体は完全に再生しました」
「足を向けて寝られん」
「そこは別時空なので心配は無用かと」
「それもそうだ」
「リハビリも、かなり進んできました」
「なのはが右手を使っているのと一緒で、俺も積極的に動かすようにしているからな。この間、デバイスが帰ってきてな。シグナムと1戦交えてはみたが、やはり鈍っていたな」
「聞いていませんが」
「言ってないからな」
ホウレンソウ。そう呟くシュテルから目を逸らし、缶を一気に呷る。
「まぁ、無理をしてシャマルに怒られるのはあなたなので、私は別に気にしませんが」
「おい」
「そんなことはどうでもいいのですが」
「よくはないだろう」
「─────なぜあの時、あなたは私たちを庇ったのですか」
「スルーかよ……」
ボヤいて、しかしシュテルが真剣な眼差しでこちらを見上げているのに気がついて。俺は撫でていた手を今度こそ離し、目を伏せて考える。
正直、あの時は無我夢中だったことしか覚えていない。なのは達には傷つけ合うのを見たくはなかったと言っては見たが、だがもしひとつだけ核心と言えるものがあるとすれば。
「体が、勝手に動いていた」
「……は?」
「考えるでもなく、気がつけば、俺はお前とやつの間に割って入っていた」
シュテルの顔が分かりやすく困惑に染まる。 当たり前だ。的確な状況判断力を求められる魔道士が、体が勝手に動いて、その結果が瀕死の重症だなんて馬鹿げている。
だが、俺のこの行動の理屈は、俺自身よくわかっている。どうしようもないものなのだと。
「シュテル、お前のトラウマと同じだな。誰かを待たせる奴よりも、もう何も無い俺が死ぬほうがマシだと、当時の俺はそう考えていた」
「……初めて聞きました」
「こんなこと、クロノにも言ったことがない」
「それはレアですね」
希死念慮という訳では無い。むしろ、死にたくはなかった。
だが、なのはやはやて、クロノのように待っている家族がいるやつが怪我をするくらいなら、もう家族のいなかった俺がその全てを背負う。そんな傲慢な男だったというだけのこと。
「……まぁ、今はそんなこと、死んでもできないがな」
「私たちのため、ですか」
「そうだな。お前たちという家族ができた。それに、クロノからもガツンと言われてな。エイミィや母さん、フェイトを悲しませるな、だと」
「家族以外にも、あなたを大切にしてくれる人はいますから」
「なのはのやつと一緒に、みんなからしこたま怒られた」
「想像できます」
「だろ?」
「苦笑する彼女と項垂れている貴方の弱々しい姿が」
「言い方よ」
思わず笑った俺の声に、シュテルの小さな笑いが混じる。
しばらく笑って一息ついて、そこに下の階からレヴィが風呂の順番だと呼ぶ声が響いた。
「……先日、復職届が机にあるのを見ました」
「…………見たのか」
「はい」
復職届。作戦中の重症によって戦闘機動が取れなくなり、魔導師としての職務を停止した俺が、再び最前線へと向かうこととなる1枚の紙切れ。
まだまだ療養が必要な身。しかしいざとなればこれを提出して有事の際に剣を取る。そういう覚悟の元でリンディさんに手配してもらったものだ。
「アルベルト、もう、無理はしないでください。もし何かあれば、ディアーチェやレヴィ、ユーリが悲しみます」
「わかっている。それに、シュテルも泣かせたくはないからな」
「……本当です」
空になった缶を片手に立ち上がり、机の引き出しをひとつ開ける。名前が記入され、後は提出と承認を待つばかりのそれをじっと眺め。
「もう、俺だけの体じゃないからな」
△
─────まったく、この人は。
「シュテルんがアルの部屋から出てきたのなんで!?」
「な、なにしてたの……?」
「何って……」
リビングで髪の濡れたレヴィとユーリに詰め寄られるアルベルトの背中を見上げる。
大きくて広くて。触ってみると硬くて熱くて。レヴィがよく飛びかかっている背中。それは、私のトラウマだったもの。
この背中越しに、彼の太い左腕が飛んでいき、腹を貫く刃の切っ先が姿を見せ、左へと抜けて血を空へと振りまき、そして彼はそのまま海へと落ちていった。
─────もし、復職したら?
彼は迷うことなく最前線へと向かうだろう。そこで剣を振るい、守れる全てを守ろうとして戦うはず。
─────でも。
まだ、彼を結び止める物がいささか弱い。ディアーチェとレヴィとユーリと私。見渡して家族だと笑う彼の言葉はきっと本心。先の事件のような無茶はもうしまい。
ならば、しっかり家族として、私たちを幸せにしてもらもんだ。私たちを引き取りヒューテルの姓を名乗らせたのだから、そういう責任が彼にはあるはず。
「何を騒いでおるお前たち。風呂をあがったのならば早く寝るぞ」
「えー、でも王様ぁ」
「……はぁ、シュテル、なにか話さぬか」
「─────彼にはしっかりと、責任をとってもらいましょう」
「だ、そうだ。責任を─────」
「せきにん?」
「そうです。幸せにしてもらわなければいけません」
「えっ、シュテル、それ、どういう意味……!?」
「なんだその責任とやらは!?シュテルといったい何をしたアルベルトぉ!」
「そ、そうですっ」
「え、知らん……」
首を傾げるレヴィを置いて、今度はディアーチェとユーリに詰め寄られるアルベルト。
そんな賑やかな様子をしばらく眺め、そして私はひとり浴室へと向かった。