死んでもいいデスゲーム 作:働け蜂
◇
ざわつく広場の中、八代はどこか他人事のような心持ちでいた。
ざわつく原因も理由もわかる。ただそれが自分にとって共感できるような事柄ではなかったというだけのことである。
「なんで......!」
隣に立っている男が身を戦慄かせながら呟いた。
ほんの数秒前までそこにはずいぶんと気合を入れて造ったのであろう美少女がいたはずなのだが、今や無惨にもヘソ出しミニスカルックのおじさんと化した彼の心境を推しはかることは出来ない。
神のようにこちらを見下ろすあの気狂いはこの状況を楽しんでいるのだろうか。
「諸君は今、何故と思っていることだろう。
ソードアート・オンラインの作者である茅場晶彦は、何故こんなことをしたのかと」
きっと楽しいに違いない。
「私の目的はすでに達せられている。
私の世界に諸君を招き鑑賞すること。それこそが私がこの世界を創り、この状況を生み出した理由なのだから」
私の世界などと宣うくらい、神様として振る舞えるのだから。
八代は固く拳を握りしめた。
湧き上がる怒りを抑えきれなくなってきたのだ。
「おい」
自然、ドスの効いた声が出てしまう。
「おい、って。あんただよあんた。
rinkochan、あんただ」
「はぇっ!? わた......俺ですか!?」
隣のおじさんことプレイヤーネーム:りんこちゃんが肩を振るわせた。ミニスカートがひらりと揺れる。とても見苦しかった。
さっきまで美少女だったのに。なんということだ。
「フレンドリスト開いてみ。んで俺の名前あんだろ。それを左にスワイプするんだ」
「え、なんで」
「いいから言う通りにしとけって。早くしないと間に合わなくなるぞ」
「あ、は、はい」
状況が状況だ。りんこちゃんはまともな精神状態ではないのだろう。
細かい疑問は置いておいて、八代の言う通りにし始めた。
対する八代はどこまでも冷静であった。
「できたな?
じゃ、ちょっと失礼」
りんこちゃんの肘を軽く押してやる。
フレンド登録を解除しますか? → YES
「ああっン!?」
艶のある声であった。
この期に及んで堂に入ったネカマであった。
「よしお疲れ。お互いがんばろう。
あとは好きに生きたり死んだりしようぜ」
やはり八代はどこまでも冷徹であった。
先ほど、半ば聞き流してはいたが、頭上の神様気取りは確かに言っていた。
このゲームの世界で死ねば、現実でも死ぬ、と。
単なる狂言と断ずるのは楽観が過ぎるだろう。なにせそれを確かめる術が無い。
死んだら、死ぬ。ここがゲームの中でさえなければ当たり前のことを言っているようだが、それが真実というつもりで行動すべきであろう。
ならば危機的状況である。
なにせこの時の八代ときたら素寒貧の半歩手前なのだ。
理由は明白。隣のネカマに全部貢いだからである。
防具ですらないシャツとズボン、初期装備の槍しか持っていない。
プレイスタイルの関係でステータスは敏捷に極振りしている。すなわち防御力ゼロであった。
貢いだ俺が悪い。高い授業料だった。
八代は怒りに震えた。これも己が馬鹿であったがゆえのことだと。
それはそれとしてりんこちゃんとはここでお別れである。あまりお近づきになりたくないヒトなので関係はこれまでにしたい。
彼が美少女だった頃に序盤の進め方をとても丁寧にレクチャーしたので、お互い生きていたらいずれまたどこかで会えるだろう。
特に会いたくはない。
「以上をもって、ソードアート・オンラインの正式サービスのチュートリアルを終了する。諸君の健闘を祈る」
いつのまにやら茅場の語りは締め括られていた。
実に良いチュートリアルだった、と皮肉を飛ばしてやりたい気分であった。
八代は人混みを掻き分け歩み始めた。りんこちゃんをフレンドリストと記憶から抹消しつつ、お目当ての人物にフレンドメッセージを送る。待ち合わせ場所と時間を添えて。
りんk......名も知らぬおじさんは未だ呆然としているようだがそれでいい。見捨てないで、などと騒がれると面倒だ。去るなら今のうちである。
人でなしの所業であるが、先にこちらに良いパンチを食らわせてきたのは向こうである。良心の呵責は少ししか無かった。
たぶん、この広場のあらゆる場所で似たようなやり取りがなされているのだろうなと思った。
女性装備の男性がそこかしこで目につくのがその証拠だ。阿鼻叫喚である。
広場の熱気と興奮は冷めやらぬ。もちろん悪い意味でだ。
依然変わらず地獄絵図であった。
茅場。これがあんたの見たかった世界なのかい?
◇
雨城八代はソードアート・オンライン、略称SAOのベータテスターである。
今はさほど重要な話ではないので詳細は省くが、彼がこのゲームをプレイするに至った経緯は単なる偶然である。
ナーヴギアというお高いハードとこれまたお高いSAOのソフト、そしてベータテストの参加権までもが一緒になった超高倍率の抽選に奇跡的に当選した豪運の持ち主だったというだけである。
もともと、こういったMMORPGというジャンルには明るくなかった。
ゲームは好きだったが、それも物心ついたときから家にあったレトロゲームを遊び尽くした程度のものであり、他者と協力したり、対戦したりするような類のゲームにはとんと疎い。
当初は自分でプレイするためというよりも、機材まるごと売り払うなりして生活費の足しにするつもりであった。
しかし、ベータテストの参加権の譲渡が手続き上ややこしすぎたので自分で遊んでみることにしたのである。
売る気でいたとはいえ、やってみればどっぷりとハマってしまった。
ベータテストの開催期間中、これまた幸運なことにも時間が空いていたことが、このゲームにのめり込むのに拍車をかけた。
もともとが凝り性である。こういったコツコツと仕様を把握して攻略をすすめていくゲームとの親和性が高かったらしい。
そうしてふと気がつけば、歩く攻略本と一部で呼ばれるようになるほどのプレイヤーと化していた。
自らが見聞きした範疇のありとあらゆるデータを丸暗記して諳んじることが出来たからである。
昔から記憶力が異常に良かった。興味の有無に関わらず、一度おぼえたことはそうそう忘れないというのが八代の一番の特技であった。
これはこのデスゲームと化したSAOでは強力な武器となるはず。
だから。
「なぁネズミの情報屋さん。俺の今の自己紹介、何コルで買ってくれる?
謎多きプレイヤーであるこの俺の、本邦初公開の貴重な情報だぜ」
「ンー、100コルかナ。たぶん誰もキョーミないシ」
「安くねぇか?
もう一声頼むよ。今手持ち0コルなんだわ」
「0テ。そうなった経緯が気になるから、それ教えてくれたら上乗せするヨ」
「ネカマに貢いだ。貢いだコルはそいつのミニスカの装飾代に消えた。
それ以上語ることはないしすぐにでも忘れたい」
「オーケー。情報提供感謝するヨ。
これ報酬の200コル。受け取りナ」
「ボアでも狩ったほうがマシだったなこの時間」
ベータテスト時代の知人の情報屋に連絡し、売れるもんはなんでも売るぞと情報という名の来歴を押し売りしたらこのザマであった。
知人は通称ネズミのアルゴと呼ばれている。ベータ時代から情報屋という風変わりなプレイの仕方をしていたプレイヤーだ。
八代は心の中で勝手に変人仲間だと思っている。
トレードマークは顔に描かれたネズミのヒゲのようなペイント。
第二層のとあるクエストを受けることで、クエストNPCによって強制的に顔面に刻まれる代物のはずなのだが......目の前の少女の顔にはすでにそのヒゲが描かれている。
自然と目が吸い寄せられるが、不躾すぎただろうか。
アルゴはふいと顔を逸らした。すぐに向き直してくれたが。
はじまりの街の片隅にある小さな酒場。二人はそこで待ち合わせた。
あまり知られていない場所であり、かつ実はここには個室がある。
個室といっても、見た目のうえではリアルの居酒屋にあるようなほんの気持ち程度の中途半端な暖簾がかかった区切られたスペースである。
しかし。このゲームのシステム上、ここは個室とみなされる。遮音性が高く、外から中を簡単に窺うことはできないようになっている。
密談にはぴったりな場所だ。
「それにしても、見た目がベータの時と変わってなくて驚いた。
どーせアルゴもネカマなんだろ?って思ってた」
どうせネカマのおじさんだと思って呼び出した相手が結構な美少女であったものだから、実は少し申し訳ない気持ちになっている。システム上とはいえ密室なんかに呼び出してごめん、と。
「ニシシ。おねーさんはおねーさんだヨ。嬉しいだロ?」
実際、彼女は初めは隠し切れない警戒心を抱いた表情で待ち合わせ場所に現れた。
いくらベータ時代の知り合いとはいえ、こんな状況で他人に人気のない場所に呼び出されたのだ。街中は安全圏であり危害を加えられるおそれは低いとはいえ、それなりに勇気のいる決断だったことだろう。
とはいえ、変に気を遣いすぎても気まずいだけであろう。
「そだね。いい意味の裏切りだったよ。
ちなみにそのヒゲはどうなってんの?
まだ二層が解放されてないのになんで顔にペイントついてんだよ」
「フェイスペイントをしてくれるNPCははじまりの街にもいるヨ。
西の通りの裏路地で小さい店やってル。
もうネズミってことで顔が売れてるからわざわざ描いてもらったんダ」
「マジかそれ知らんかったわ」
「情報料200コル頂戴するヨ。ホントは1000なんだケド今回はまけといてやル」
「マジかまた所持金ゼロに逆戻りだわ」
取引画面を操作してなけなしの200コルを支払おうとすれば、アルゴは「冗談ダ」と笑った。
このように、ベータ時代から二人は結構気安い関係である。雑多な情報を集めて精査するのが好きな者同士、ウマが合うのかもしれない。
「
おかげでオイラもちょっと落ち着いたヨ」
平静を装っていたようだが、目の前のこの少女も先ほどの茅場によるデスゲーム宣言に心乱されていたのであろう。
八代が彼女を呼び出し、ここで再会を果たしたその時に比べると随分と表情が柔らかくなったように感じた。
「一万人もいてその大半がパニクってんだから、少しくらい冷静なやつがいてもいいだろうさ。
特に俺らベータテスターは立ち回りをミスるとヤバいだろうしな。
あまり感情的にならないほうがいい」
八代はこの先起こりうることについていくつか予想を立てていた。
ベータテスターは危うい立ち位置にいる。
早々にアルゴに連絡をとったのは、情報のやりとりはもちろんだが、何よりもその忠告と、とある提案をするためであった。
「ヤバい、ッテ?」
「ベータテスターには情報というアドバンテージがある。
他よりも情報を多く持ってるやつが取る行動はある程度絞られる」
「フム」
「一つは情報提供。アルゴはこのタイプだろうな。
有償......だとこんな状況だってのに空気読めてねぇからある程度は無償かな。
正確な情報を撒いてプレイヤーに共有させ、全体的に自助力を高めるっつー利他的な行動だ」
「......まだ何も言ってないのになんでオイラがやろうとしてるコトを」
「書店のNPCの抱えてる紙の在庫が明らかに少なかった。
ベータ時代のデフォルトの在庫数が正式版で変動していたとしても不自然なほどにな。
誰かさんがたくさん買ったんだろうよ。本でも書くつもりなのかね」
「うわ。怖っ」
「素でヒくなよ。話を戻すけど、ベータテスターの取りうるもう一つの行動といえば?」
「......アー。抜け駆け、かナ」
「その通り。情報は自分のために使う。これもまた正しい行動だ。
泳ぎ方を知らねぇやつが溺れているとして、じゃあ泳げるやつは必ずしもそいつを助けに行くか?
手足ばたつかせてるやつに手取り足取り泳ぎ方を教えてやれるか?
自分も水底に引きずりこまれるかもしれねぇリスクを冒してまで」
「それは......ンー、関係性によるんじゃないカ?」
「そうだな。だから大多数が他人同士であるこの状況、ベータテスターは弱者を切り捨てる選択をとる可能性が高い。
1000人の行動が残りの9000人の恨みを買うかもしれねぇんだ。
アインクラッド100層のうち、せいぜいが10層分程度しか情報アドバンテージを持っていないにも関わらずな」
八代のこの予想は半ば確信に近い。
ベータテスターとそれ以外とで格差がありつつも人数比では圧倒的にベータテスターが少ない。
数は力だ。声は力だ。革命思想のようなものをもつ弱者が生まれやすく、容易に伝播しやすい構造になっている。
アルゴは目を見開いた。感情表現がリアルよりも顕著に出やすいというこの仮想空間、それにおいてさえ、普段は飄々としている彼女がこのような表情を見せたことは今まで無かった。
ショックを受けたのは想像に難くない。情報という自分の持つ一番の武器も、扱いを誤れば自分に牙を向きかねない可能性に思い至ったがゆえであろう。
「......あーやんは、どうするんダ?」
ぽつりと、絞り出すように言った。
不安の色が表情に滲んでいる。
「さっきも言ったけど、俺はもうネカマひとり見捨ててるからな。すでに悪者側だよ。
出会った人間みんなに手を差し伸べるなんて土台ムリなんだから、気に入ったやつは助けられそうなら助けるし、そうじゃないやつのことなんて知らん。
自然体でいかせてもらうつもりだよ」
「つまり?」
「善良な情報屋の少女、ネズミのアルゴの情報源とは?
実はそんな彼女を陰ながら応援していた人物が確かにいた。
それは若干人見知りだが心優しい正義のベータテスター、アヤなのであった。
そういうシナリオでいこう」
「シナリオって言っちゃってる時点でもう自然体じゃないだロ。
保身に走りまくってるじゃないカ」
アルゴは呆れたように笑った。
八代の開き直りぶりに、悩みかけたのがバカらしくなったらしい。
八代は冗談めかして言ったが、これらは紛れもなく本心であるし自分の身を守るうえで必要な立ち回りだと思っている。
ひとり見捨てた時点で、そいつが八代の悪評を吹聴などしようものなら誤魔化すのが難しいのは自明の理である。
だったら、善人に協力する人物としての評判で悪評を覆す必要があるのだ。
さらに付け加えるならば、この立ち回りであればアルゴがベータテスターであることを伏せておくのに都合が良い。
情報屋本人が悪名高きベータテスターなのではなく、あくまでその情報源がベータテスターだというだけであり、彼女は健気にも情報の裏取りまでしっかりとこなす善良な人間だと見なされやすくなるだろう。
「粗はあるだろうけど悪いシナリオじゃないと思うんだ。乗らないか?」
アルゴは聡い。八代の意図するところにきっと気づいていることだろう。
「......あーやんはそれでいいノ?
オイラが情報屋をやりやすいように立ち振る舞ってくれようとしてるみたいに感じル」
それを証明するようにアルゴは問うた。
ひょっとしたら、アヤは露悪的に振る舞うことで彼女を守ろうとしているのではないか、と少しロマンチックな思考にも陥りかけた。
しかし。
「それは買い被りすぎ。互いにメリットがありそうだから提案してるだけだよ。
俺はプレイヤーネームが悪目立ちするから、ひっそり生きていくのが難しい。
だからお互いイイ感じに隠れ蓑にし合おうぜって話だ。
お願いだから乗って欲しい。マジで」
「......ああ。あーやんて呼んでるから忘れかけてたケドそういえば」
「そう。aaaaaaaaは目立つだろこれ。
パーティ組んだ途端に視界の左端にこれが表示されたらぜってぇ忘れらんねぇもん俺だったら」
八代ことプレイヤーネーム:aaaaaaaaには他の選択肢がないだけであった。目立たないのは不可能である。
どう呼べばいい?とよく訊かれるので「アが八つだからアヤってことでよろしく」という由来から通称はアヤとなっているが。
この世界での彼の本名は紛れもなくaaaaaaaaなのである。名付け親の顔が見てみたい。
ログアウト不可でやり直しがきかないなんて初めからわかっていたらこんなネタネームにしなかったものを。
苗字をもじってrainとかにしておくべきであった、と後悔したところで今更であった。
「わかったヨ。
モウ、しょうがないナァあーやんは。
おねーさんが助けてあげるヨ」
アルゴはため息混じりに呆れて笑った。
変に頭が良いし色々と考えているにも関わらずところどころおバカなこの知人を放ってはおけない、と。
強力な味方をゲットした八代は内心ガッツポーズであった。
声は力だ。そして味方につけた彼女は情報屋。
そんな彼女の声は一騎当千の力を持つようになるはずだから。
「ありがとう。助かるよ。
じゃ、今後とも報連相をしっかりしていこう」
「だナ。いつでも連絡してくレ。
あーやんはこの後どうするんダ?
オイラは宿を見つけてあるから一旦帰るケド」
「俺も宿は取ってるけど、ちょっと街の周りで稼いでくる。
さすがに防具くらいは買いたいからな」
「だいじょぶカ? もう暗いゾ外は」
「街周辺のモブのモーションは完全に把握してる。
もし違う動きしてきたらその情報も流すわ」
「頼もしい限りだナ。
けどポーションくらいは持ってケ。少ないけど貸しといてやル」
「サンキュー」
アルゴからポーションを受け取り、八代は席を立った。
必要なことだったとはいえ、こうしている間にも時は過ぎているのだ。
このデスゲームでは戦わなければ生き残れない。
情報という舞台での戦いは二人で行うが、切った張ったはこちらの領分である。まずはその準備を整えねばならない。
暖簾をくぐり颯爽と躍り出る。
そして。
「お客様。
こちらお会計、2000コルとなっております」
酒場のNPCに伝票をつきつけられた。
2人分のドリンクと席代である。
八代はアルゴに振り向き、言った。
「アルゴ。ポーションもありがたいんだけど、金も貸しといてくれ」
「......ホントにしょうがないナァあーやんは」
彼女はもうこうなることはわかっていたのですでにメニューを操作し、コルを用意していたのだった。